Act 4. Under the flag of “ Cloud ” 19
†Physical phenomenon is zero, because it is physical phenomenon.†
Chpt19 湖上城の月
太陽はすでに深くかたむいていた。
斜面の角度がかなりきつく、垂直に感じられる。龍は飛翔するからいいんだけど、ユリアスの龍馬はそういうわけにはいかない。脚で登った。汗だくで難儀、なかなかすすまない。
やっと頂上に着いたとき、夜になっていた。あたし、息を飲んだ。信じらんない光景。
月の光に照らされた広大な湖があった。山の上に。湖は鏡みたいに波がない。
ユリアスがつぶやくようにいう、
「カルデラ湖っていうんだ。
火山が死んでから、噴火口に水がたまってできる湖のことだ。
おわんみたいにまわりは垂直にちかい岩の壁、そのなかに湖があって、湖の中央に城砦があれば、もう難攻不落さ。
というか、ちかづけない」
城は湖の中央にある岩の上に剣のように建っていた。無表情に、冷厳としていて、周囲を睥睨している。
異様な光景。タペストリーよりはるかに凄絶だ。あたし、しばらくうごけなかった・・・・・・
「どうやっていくんですか」
非錄斗がきいた。
ユリアスがこたえ、
「空路がいちばんいいね」
「空路って、あたしたちは、いいけど、あなたや龍馬はどうするの?」
って、いい終わんないうちに、数千万の星が鳴りひびく夜空を、なにか黒くて平べったいものがせまってきた。
ステルス戦闘機?
いや、ぜんぜんちがう。
漆塗りのような黒い鱗で、眼が朱紅いろの龍の群れが屋根のない大きな車を牽いて、目のまえの空中に躍っていた。これ、龍車というべき?・・・・・・なの?
覆面をかぶった男が龍車から階段を伸ばして降りて来た。眼のとこだけがほそく切ってある。髪が銀いろっぽい白髪で、オールバックだった。ヴィクトリア朝時代のイングランドの執事みたいな服装をしている。
「シーザーと申します。お待ちしておりました、ユリアスさま、ユリアスさまのご友人さま。
さあ、どうぞ。お乗りください。そちらの龍馬もいっしょに乗れますよ」
空を飛んだ。
ふしぎな光景だ。
ひろいバルコニーに着陸。ぶきみな白い城。なんか人の住んでる感じがしない。生物がいそうな感じがまったくない。月面かよ。時が止まったかのような静寂。
高さ7メートルくらいありそうなアーチの入り口には、すけるような絹のカーテンが風もないのにゆれている。
案内された部屋はウェイティング・ルームだった。高級ホテルのバーみたいな感じ。カウンターがあって。あたし、おもったんだけど、ここであたしお酒飲んだら罪なのかしら? からだには同じ現象起きるのよね?
暗いバーでジュース飲みながら待つ。エリコにメール入れてみる。
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ。廊下は暗いのでお気をつけください」
ロウソクの燃える暗い廊下を歩いた。儀装した2人の男が立つ扉を入ったところは食堂。ひろいし、彩りも複雑で、クリムゾンやら、木彫の濃い暗褐色やら、真鍮ランプとロウソク台の金メッキやら、漆喰の白やら、額縁の金塗りやら、絨毯の深い緑や黄いろやら・・・・・なのに、アカデミアの食堂より陰鬱なのは、なぜ?
古くて廃れた教会か、地下の納骨堂のほうがはるかに陽気な気がする。
天井高くて見えない。それなのに壁の上のほうにも、くすんだ肖像画が・・・・・先祖の雄姿が画かれてるらしいけど、判別できねーし、意味なくね?
主人の伯爵がそこで待っていた。ユリアスは、礼をいう、
「とつぜんのわれらの願いをおききとどけくださり、拝謁の栄誉をあたえてくださったこと、深く感謝申し上げます」
伯爵は、彫像のように、まばたきすらせず、応答もしなかった。なんなの、こいつ。
氷河の奥のような碧い双眸。うすくて深いAZUL(青)。
髪はまっすぐでひざまでありそう、坐ると床に着く。真っ白だし。
ほそいコートも、レースが飾られ、刺繍の縫われた大きなカフスも、マフラーみたいに太いタイも、すべて真っ白。
顔は白大理石の彫像みたいにつるつるしてるし・・・・・なにも表情がない。
眼がどこも見てない。瞳が死んでいる。ぜんぜんうごかさないし。蛇みたい・・・。
手まねきで、ラグナレクは、あたしたち6人を席に導いた。
坐るよ。しかたないし。
シャンペンが来る。あたしたちは、ウーロン茶。
ユリアスが讃辞を叙べる。主人は、こたえない。
生牡蠣が給仕された。あたし、一口食べて驚いた。
「信じらんない、なんで、こんなに新鮮なの? ジェット機でも持ってんの? 滑走路ないみたいだけど」
「ほんとだ」
非錄斗も同意する。
「それがマジックなのさ」
ユリアスがいった。
フォアグラのソーテルヌ風味のゼリー添え。ワインはシャトー・ディケム。
主菜は子羊の骨つき背肉のロティのいちじくとクルージェット添え。ワインはシャトー・ラトゥール。
「幸先がいいぞ」
ユリアスがいった。
ANKAがきく、
「なんで?」
「来訪者とともにする晩餐というのは公的な儀式だからね。
食材やワインにランクがあるのさ。出てくる物で相手へのリスペクト度がわかる。私たちは、王さま級のもてなしを受けているよ」
あたし、信じらんないけど、なんかなっとく、
「うっそー。なんで? でも、どーりで、ちょーうますぎなわけだわ」
「ユリアスへのリスペクトのおかげかな」
非錄斗がそういったけど、ジャジュは、
「どうかな。
龍の称号は、第3位の称号で、はっきりいってIEでは世俗の王さまなんかよりは、ほんらい上なはずだし、ユリイカがムジョーのつかい手なのは、もう各地で知れわたっているから」
知れわたってんだぁ。すげー。なんか、有名って、きぶん最高。ぅふ。
ポテトのパセリ風味が出てきた。
うめーよ。用事わすれた、かんぺきに。
ANKAが、
「ところで、伯爵、ご相談したいことがあります」
ラグナレクが手を止めて、はじめてANKAを見た。かすれた、やや高めのエコーっぽい声で、
「シルヴィエの件か」
し、しゃべったぁー、つか、こ、怖ぇ―よー。なんでわかるんだよぉー。
「そのとおり」
「よかろう。ちかごろ倦み疲れていた。たいくつしのぎに、ちょうどよい。
ふ」
「じつは、もう1つ重要なお願いがあります」
「ウイルスの件だな」
だから、なんでわかるんだよー(怖)
「お察しのとおり」
ラグナレクは、とつぜん沈黙する。そして、とーとつに語りはじめた。
「5歳のころ、母を殺した」
まるで、贅沢なお世辞でもいったかのように微笑する。
笑った? 笑えるのか? つか、なんなんだ、こいつー。キモすぎ。
「父は、異形の私を殺そうとした。
出産の部屋で戦斧を持って待っていた。母は、産まれてくる子のためにいのちごいをし、産みの苦しみにたえながら、涙してうったえた。
私は、産まれた。父は、斧をふり上げた。母の悲痛なさけびがひびいた。
くだけちったのは、父の肉体だった。
私の『力』が自衛のために、私の意識にさきんじて父を殺した。
父が私を殺そうとしたのは、たんに私が異形の胤から生を受けたからだけではなかった。深い嫉妬だ。たんなる嫉妬。ふ。
それが人間というもの。じつに醜怪だ」
満足げに小さく微笑する。
盆にのせられた、なん種類ものチーズがはこばれた。どれかえらべって給仕がいうんだけど、そーゆー状況じゃなくねー? 空気読めやー。
「そのあとも、事件が私のまわりでは起こりつづけたのだ。
亡父の可愛がっていた猟犬数匹が野獣の爪牙にひき裂かれたかのような惨殺体になっていたとか、私といっしょにあそんでいた召使のこどもが、とつぜん、あたまを破裂させて顔も判別できない骸になってしまった、というような事件が・・・つづいたのだ。
私が5歳になったとき、母は、教会に相談した。神父は、聖なる五鈷杵を授けて、いった、
『これで悪魔を刺せば、悪魔は、滅びます』
母は、驚き、そして、悩み考え、ついに決心した。
しかし、彼女が屋敷にもどるよりもまえに、私は、その悲痛な決意を知っていた。
私は、母を愛していた。私は、母に殺されるつもりでいた。
その晩、私の『力』が母を八つ裂きにした。
私は、じぶんが生きたいがために、じぶんの母を殺した。私は、じぶんを産んだ女を殺した。私は、この世で唯一じぶんを愛してくれた人を殺した。じぶんが生きたいがために。
ふ。素敵だ。
そう」
また、贅沢なお世辞でもいったかのように微笑する。
「きみも眼薬を眼に差したことがあるだろう。あれと同じだ。
わかっていても、まぶたがうごいてしまう。眼に入れるために差しているにもかかわらず、眼をまもろうとして、まぶたがかってにうごいてしまう。
それが生存の蠢きだ。
生きたいと渇望するみにくい、分別のない意志だ。無明なる生存への意欲だ」
たのしげに笑う、そのぶきみさ。
怖いょ~、もぉ、デザートがなんだったか、おぼえてねー。
「現実のすべて生存によって存在している。
生きたいという願望が、不安が、気遣いが時間性を構築し、過去・現在・未来を構成する。
存在を存在たらしめる意識が、意識に、意識として、現象をあたえる。
なにもかもがじぶんこそ生きたいと渇望してうごめく、みにくい、分別のない意欲だ。宇宙そのものが汚辱にすぎない。
それゆえ、現実は理不尽で、力だけの世界でしかない。
ふ。
ウイルスの居場所が知りたいのか?
そのために、わざわざここまで来たのか?
おろかな。ウイルスは、どこにでもあたりまえのようにいる。すべてがウイルスだ。識別できるはずがない。ムに均しい。ふ。おまえの問いは問いなのか?
ムこそアカデミアの説く真理の中枢ではないか? ウイルスは、IEの理にかなっている。考えてみよ、IEをよりリアルにさせるウイルスは、真理の中枢にあるに決まっている。IEの奥義そのものとして存在する。
だが、なんのために、それを知ろうとするのか? だれもが知り、だれにも知ることができない。
すべてすでに『力』によってさだめられている。しょせん、生存からは遁れられない」
「でも、努力することに意味があるっていってたわ」
あたし、声が出ちゃった。
ラグナレクがしずかなまなざしであたしにきく、
「だれがだね」
「イクシュヴァーン学長」
ラグナレクは、高らかに笑った。そして、
「虚しいことだ」
なんだ、それ? 意味わかんねー。
ANKAが問う、
「真理の中枢って、具体的に、どこですか」
ラグナレクが氷のまなざしで見る。そして、ふたたび微笑した。
「ふ。
龍の位に敬意を表してこたえよう。真理の言葉を。
『努力することに意味がある、さがすがよい』とな」
なんなの! それ、皮肉?
さっきは、虚しいっていったくせに!
でも、あたし、まだききたいことがあった、
「待ってよ、もぉ1つ、教えて。
なんで、あたしたちは、ねらわれるの?」
伯爵が少し、眉をつり上げた。
「あたしたち?
そうではない。
ふ。
青龍よ、正しく問わなければ、正しいこたえはえられない。叡智学の権威よ、正しく問いなおすがよい。さすれば、おのずからこたえはあきらかとなろう。
ユリイカよ、どのようなことにも原因がある。
あたかもそれは、かみあわさった左右2つの歯車のようなものだ。左の歯車が回転しているのに、右の歯車が回転しない、というようなことがありえないのと同じだ」
そういいのこして、ラグナレクは、席を立った。食事は終わった。ケータイ見た。エリコ、返信しろやー。