Act 4. Under the flag of “ Cloud ” 17-2
†Physical phenomenon is zero, because it is physical phenomenon.†
Chpt17 レオン・ドラゴ
☆Sept2 大枢機卿イヴィル
老人は、聖者イヰの物語を吟詠した。
「人々よ、知れ。
いまや世界に冠たる帝国シルヴィエも、かつては、ノルテ北辺の小国、いや、数千年まえは、1つの貧しい、小さな、小さな村であった。
かがやかしき聖者イヰがあらわれ、聖教の本となる教えを説き、やがて迫害され、権力者の手によって」
あたし、エリコを指で突く。
「あのさー、数千年まえって、IEあったの?」
「ぅぷっ、バカねっ、そういう設定をしたユーザーがいたのよ。あったりまえじゃーん」
「・・・・・殺された。おお、彼は、あらがうことも逃げることもせずに。教えを受けたさいしょの聖教徒たちは、弾圧に耐え、受難を崇高へと変えた。
聖者は、かつて説きたもう、『人は、執著する勿れ』と。
また、聖者は、説きたもう。執著のなくなるとき、にくしみは友愛によって終わる。
すなわち、人よ、ききなさい。
汝を虐げる者あらば、彼を祝福せよ。右のほほをうたれたならば、左をも差し出せ。
しかし、時が経ち、聖者の教えが多くの人の口に上るようになると、国王は、彼をにくんだ。
地上の権力者は、地上の権威より強い、天上の権威を憎悪した。
そして、命じたのだ。
聖性を詐称する者をとらえよ、と。
磔刑の火が聖者の身を焼きつくす。おお、その悲愴よ、崇高よ、神聖さよ。神よ、永久に祝福されよ。
ああ、人々は、胸裂かれる悲しみに泣く。
しかし、これははじまりにすぎなかった。権力者の不条理な手は、貧しく力弱き信徒たちをもゆるさない。
迫害の時代がはじまったのだ。
おお、しかし、名誉のためでもなく、権力のためでも、金銭のためでもない信念には、屈すべき理由がない。
いかにふみにじられようとも、いくら焼きはらわれようとも、絶えることもなくつぎつぎと生える草木のように。
ついに受難した聖教が絶大の力を誇った権力者を屈服させた。
やがて栄え、いつしか数多の宗教を統合し、大いなる聖性を世にあきらかにした」
人々は、拍手し、宴がさらにもり上がった。ここにいる人たちは、シルヴィエ聖教徒ではないはずだったけど、語り部のうまさと、ロウソクと松明のあかりのもとで語られる物語の崇高さに感激していた。
ふしぎな気持ちだった。
翌朝、和解交渉で総務大臣ヴァローが主張する、
「あなたがたの書きこみは誹謗中傷です。
雨や雪の多い季節なのです。あの軍服は着替え用です。民兵をよそおうためのものではありません。
よって、即刻取り消しを求める」
「なぜ正規の軍服ではないのでしょう」
「まにあわなかったのです。正規のものは、高価で、手がこんでいるから」
「正規の軍服は人数ぶんギリギリしかないということですか」
「いまのところは」
「では、軍服の在庫管理帳簿、軍の予算書と決算書、軍服の発注記録または納品書、発注業者名簿とその業者の全帳簿の公開を求めます。
それらの書類を突きあわせれば、最終的な軍服の数がわかります。もしも、それが兵士の数より多ければ、あなたがたの主張はウソになります」
ヴァローは、絶句したまま、だまってしまった。
ANKAは、さらに追い討ちをかける、
「兵士を偽装させようとした、いや、させた上に、さらにウソをかさねるおつもりか。
いまのウソも、わたしたちに公表させたいとお望みですか?」
あたしたちは、あきらかに有利だった。
有利な立場に乗じて、あたしたちは、ハン・グアリスの管理権を要求した。
ANKAがひとしきり説明し、こうつけ加える、
「つまり、所有権はそのままレオン・ドラゴのものとしておいてよいのです。
ただ、そこの場所を、わたしたちにまかせてほしい。わたしたちは、あなたがたから干渉されずにハン・グアリスで活動したい。ただ、それだけです」
ANKAがそう説明した。つまり、難民に手を出させないための作戦だ。
「しかし、それは、いたずらにヴォゼヘルゴのうらみを買う。ボダシェヴィ大統領は、レオン・ドラゴに敵意と憎悪をいだくであろう。
それに」
総務大臣は、いったん、言葉を切った。そして、
「そうなれば、イヴィルどのが、いや、神聖シルヴィエ帝国がなんというか」
「イヴィル?」
「シルヴィエの大枢機卿です」
外務大臣のオーゼ卿がそういった。
スーキキョー? なんだ、それ? エリコをチラっと見る。
「眼でうったえんな、っつーの! 教えてほしいンなら、言葉でいってくれないかしら?
枢機卿ってーのはねー、このばあい、神聖皇帝の相談役になる最高顧問よ。
シルヴィエには、5人の大枢機卿がいて、神聖皇帝は、そのなかから投票でえらばれるんだよ。しかも、票を入れるのは、その5人の枢機卿たちだけで、つまり、じぶん以外のだれかのなまえを紙票に書いて投票するんだってば。
そういうのを互選っていうの。お互いに選び選ばれるから」
とつぜん、樫の木彫の大扉がひらいた。
レオン・ドラゴの重鎮たちみんなが息を飲む音がきこえる。
そこに立っていたのは、大理石のような肌をした、冷ややかな表情の若い男だった。肩にかぶるゆたかなあかるい金いろのストレート・ヘア、不敵なうす笑いを泛かべ、王や大臣やあたしたちを睥睨している。唇がうすくて、酷薄に見えた。
こ、こわい。妖しい威圧感が全身から靄のように立ち上がっている。
「イヴィルどの・・・、猊下」
そうよばれた男は、ゆっくり歩き、衛兵が持って来た椅子に坐る。
「推参つかまつりました。貴国の重要事は、わが聖なるシルヴィエの重要事でもありますから」
上品に微笑む。
「つづきをどうぞ」
その異様なオーラに気おされて、だれも口をひらけなくなっていた。1人をのぞいて。
ユリアスがにこやかにいう、
「ちょうど、貴殿の話題が上っていたところでしたよ。しつれいかもしれませんが、おたずねいたします。
イヴィルどの、貴殿は、なぜこの国に来られましたか」
帝国の大枢機卿の表情が冷たくこわばった。
「さような質問をされるとは。いかなる意味をふくんでおられるのかな」
「いやいや、他意はございません。
ただ、帝国の大枢機卿たるおかたがいかなるご用むきで、レオン・ドラゴにおられるのかと、ふしぎにおもったのです」
「なんと。さような疑問は不要なもの。
われらが聖なる皇帝ジニイ・ムイのねがいはすべての者たちのしあわせと全世界の平和です。
そのために、私は、つかわされました」
「なるほど。稀有な、そして、気高いおこころざしとお見受けしました。
しかし、そのためとはいえ、大枢機卿をおよこしになられるとは。国の外へ派遣するには、あまりにも身ぶんの高きおかた。
次代の皇帝やも知れぬおかたを」
「なんと、畏れ多きことを。
不肖なるこのイヴィルめなどにあっては、皇帝のいとも高き御位を夢想にするとしても万死にあたいする不敬の罪。
お言葉をつつしまれよ、古王国の王族よ」
「よくごぞんじで」
「ユリアスどのを知らぬ者のほうが少なかろう」
「おたわむれを申される。
貴殿のおこたえがそれ以上にいただけぬものならば、和解の交渉をとめてまで問う意味も、もはやありますまい。
さあ、外務大臣、目下の事案についてのお話をつづけましょう」
しかし、イヴィルは、交渉を再開しようと口をひらきかけた外務大臣を制した。
「いや、少々口をはさませていただきましょう。
ハン・グアリスはレオン・ドラゴに固有の土地で、大平原を疾駈する騎馬民族の精神です。
このような民族の精神文化のよりどころをたやすく他者の管理にゆだねるのは、いかがなものかとおもわれます」
ANKAは、動じない。ゆっくりという、
「どうぞ、ごかってに。
あなたがたがそうするのであれば、わたしたちは、ただ、事実をすべて事実のまま、真実を人々に知らしめ、人々のこころの正義にうったえるでしょう。
わたしたちの力は、ますます大きくなっていくでしょう。
たとえ、強大な帝国であっても、正しい議論に屈する日がくるでしょう。
リアル・ウイルスが蔓延しても、アバターをあやつるユーザーは、人間です。
かならず正義が亨る」
「おどかしですか。脅迫が正義ですか」
イヴィルが嘲笑のような冷たいまなざしを凍てつかせた。
「脅迫?
事実の伝達が脅迫ですか。
ユヴィンゴから南下してくるシルヴィエ正規軍のほうが、よほど、おどかしじゃないのでしょうか?
いったい、彼らは、なにゆえに南下して来るのでしょう、枢機卿どの」
「さあ、軍のうごきは、私の管轄すべき事項ではありませんから。
おそらくは、この地方の紛争を調停するためか、もしくは、難民救済の活動かもしれないですね」
「わたしは、あなたを信頼しません。
シルヴィエも信頼しません。
帝国はIEにあるべき国ではありません。まるでリアル・ウイルスのような、ありうべからざる存在です。
人道を無視し、科学技術を発達させて大量殺りく兵器を開発し、ひたすら強くあればよいと考えるあなたがたのありかたは、IEの精神とは大きくかけ離れているからです。
あなたがたは、ユヴィンゴをあたかも属国のようにあつかい、ヴォゼヘルゴ支配に足手まといな難民を物のようにしまつしようとし、レオン・ドラゴの政治にも深く介入しています。
わたしには、すでに大国となったシルヴィエがさらに強大になろうとして、わざわざ他国の問題にこんなにもさまざまに関連していることじたい、ふしぎにおもうけど、権力の妄想や悪夢にとり憑かれた者って、こんなもんなんでしょうね。
どんなことであっても、すべてを支配し尽くさないとゆるさないのでしょう。
神聖シルヴィエ正規軍の南下も、あなたがたの世界戦略のうちの1つなのにちがいありません。
そして、わたしは、考えます。
あなたがたは、今日の交渉の結果によっては、その南下のスピードをはやめるでしょう、と」
「そうですか。
いや。もはや、私は、なにも申しますまい。
神聖帝国軍の南下がおどかしであると、あなたは、非難しました。
私は、むしろ、あなたがたのために、おどかしであればよいが、と祈るばかりです」
イヴィルは、そういって微笑むと、席を立ち、部屋を出た。
レオン・ドラゴの重鎮たちは、だれもがおびえて沈黙するばかりだった。
しかたなく、交渉は翌日に持ち越されたが、レオン・ドラゴがわは、再開と同時に、あっさりとあたしたちの主張を受け容れた。