Act 3. Zero seconds experience 13-2
‐Everyone knows, anyone not knows.‐
Chpt13 涯なき闘い
☆Sept2 なまえがない!
そこは、日本人的には、谷というよりは川をはさんだ盆地、山にかこまれた平野って感じの場所。
小さな小さな丘がある。
じっさいは、丘ではなくて、青草の生えた大きな石、磐、っていうものだった。だいたい直径が30メートルに足りないくらい。草におおわれて見えないが、さぐると、石のいろは黒だった。
頂点に亀裂があって、一本の木が根をはっていた。亀裂から泉がわいているからだ。
木はその水を糧にして育っていた。
なん千年もまえに種がここにおとされた(という設定な)のか。
ビーチパラソルみたいで雨が降っても屋根になって、ここにいればぬれなさそう。
根元に洞があり、泉はその洞のなかにあった。
ジョリーを洞のまえに停めた。
洞は南をむいている。
老樹の北に、2頭の海馬を配した。
そして、東に1頭、西に1頭、海馬を。
南に2頭の麒麟を坐らせる。ジョリーのまえに。
こうして四方をかこみ、国家の城壁とした。
應龍は木の上で休む。
城壁の内がわに絨緞をひいた。木の葉が屋根のようにしげっているので、雨にぬれるしんぱいはない。
なんとなく公園で幼児がやる砂場のお城づくりっぽかった。
南が出入り口で、出入りのときは麒麟に動いてもらう。だから、あたしたちは、麒麟門とよんだ。
ジョリーが宮殿だ。
洞は宮殿の奥になる、聖なる場所として、『kOO』を安置した。
「さあ、国家登録しましょう」
ANKAは、あたしのケータイから登録する。そのさい、正式に『kOO』を保管していることを宣言した。きちんと理由をそえて。
返信が来る。受諾された。
あたしのクドク・ポイントは権限の委託を受けたのせいもあって、QDQ:1066になっていた。もう、完全に実感ない。
ともかく、手つづきは終った。
「国家って、こんな小さくていいの? ゆっくり歩いても、1分かからないで外壁をまわれるよ」
「大きさは関係ない。
住む人々がしあわせのためのルールをまもらなければならない集団、そのしあわせが外の人におびやかされない場所、それが国家だ。
国が大きくなるのは、だれのものでもないひろい場所があったか、クドク・ポイントで買ったか、わるい王さまの国をほろぼしてじぶんの国に吸収したか、だいたい、そのどれかだ」
「神聖シルヴィエ帝国とかゆーのも、そうなの?」
「ああ。
あれは。たぶん、リアル・ウイルスのせいだよ。ほんとうならば、あんなに繁栄できるはずはないんだ。
帝国は科学的な武力にすぐれ、武力でまさっているからつぎつぎ国をほろぼし、ほろぼした国を吸収して、大帝国になったんだ」
「やっぱ、そういうことなんだ・・・・・・
一連の事件にシルヴィエがからんでる可能性はある?」
ANKAがあたしを見た。
「その可能性はあるかもしれない。ウイルスの恩恵にいちばんあやかっている国だ」
「シルヴィエに『kOO』はあったの?」
「あるわけないじゃん」
「じゃ、もし、シルヴィエに『kOO』があれば、無敵になっちゃうのね」
ANKAは、急にだまると、彼女の小書斎に入ってしまった。
あたしたちは、せまい国をてきとうにくぎってじぶんの領土にした。
「わたし、公爵エリコね。ここは、先祖代々(だいだい)の所領」
「あー、あたし、ミーシャ伯爵!」
あたし、ただゴロンとよこになった。
ジョリーって、ゆれの少ない乗り物だったけど、さいきん、猛スピードで走ることが多かったし、ゆられないわけではなかったし、こうしてひさびさに地面にしゃがんでくつろぐと、なんかほっとした。
「らくだわ~」
なんとなくおもちゃの家か、箱庭っぽい。
イースは、ちかくの石や木材をひろってきて足場をつくり、海馬や麒麟の背なか越しに外が見られるようにした。海馬のまわりは液体になるので、木の板を泛かべるようにしいて、その上に足場をのせていた。
「まわりのようすが見えるようにつくったんだ。
さあ、迦楼羅、木の上に物見台をつくりたいから、手つだってくれないか」
イースと迦楼羅は、森から木を集めて物見台をつくり、はしごをかける。
周辺の川や森や丘陵地帯が見わたせた。
物見台の、さらにその上では、應龍が休んでいる。
風がここちよい。あたし、おもわず、
「のどかな風景だよね。
こんなところで見はりなんて、ほんとにひつようなのかなー」
エリコがタブレット型のタッチパネルを手に憂鬱な表情で、
「あんたたち、のんきなこといってるわね。
ねー、この記事、見なよ。
ジンは、レオン・ドラゴに着いて早々(そうそう)、人をふるえ上がらせるような武名をとどろかせたらしいわ」
記事の内容は、南部地方の農民の暴動をおさえて、ジンが武勲を上げたというものだった。
しかし、エリコが語る、
「ただ、ほかの掲示板とか読むと、農村の13歳の娘が暴行されて殺され、容疑者の若者2人が逮捕されたけれど、逮捕された加害者のうちの1人が警察署長の息子だったとかで、即日釈放され、村人が大反発したってことらしい。
それで、数日つづく暴動になったのよ。
そんな事情をあえて無視して、ジンは、強引に軍武力をもって、抗議するの農民たちを激烈に弾圧したらしい。
そうとう残酷な仕うちをしたらしいよ」
ジンって・・・
「そのうち決着をつけてやるさ」
イースが暗くつぶやいた。
翌日、ちかくに館を持つ男爵が3人の騎士をつれ、葦毛のりっぱな馬に乗ってあらわれた。
「余は、マックンロー・ドルトン男爵である」
大きなうす茶の口髭をたらして、セイウチっぽかった。
「この谷にながれる川、エジンバールは」
彼は、情感をこめ、芝居がかった口調で言葉を区切った。
「北大陸を南下して大河ローマンの激流とぶつかり、裂大陸間海洋へとながれこむ。
おお、偉大なる、母なる海へ。
しかるに」
エリコが麒麟門から出ていった。
「で?
なんなのよ、要件をいってくんない? 詩の朗読には、あいにくきょーみがないんだけど?」
男爵の表情が険悪になる。
「すなわち、この谷は、余が塩やオリーブオイルを荷揚げし、羊の毛をつみこむための、だいじな交易のかなめ」
ただの小さな舟着き場じゃん(笑)。
「されば、まもなく申請してこの谷一帯を、余の領地としようとしていたところ、どこからともなくあらわれたいやしき者たちが余にことわりもなく、余の領地となるべき土地を略奪、あさましき欲望で谷の一部を不法にも占拠し、国家を名乗るしまつ」
「ようは、あんたがグータラしてて、手つづきがおそかっただけじゃん。さかうらみだよ。
だいたい、あのへっぽこ桟橋を、まるでものすごい貿易港みたいにいわないでくれる?
そもそも、わたしたちの国はここだけなんだから、なんの支障も影響も、・・・関係すらないじゃん」
「よって、余は、宣戦布告する」
「かなり後悔するとおもうよ? いいの?」
「貴族に二言はない」
「負けたほうは賠償金ね。
いっとくけど、わたし、商学講座出身だから。もし支払いがおくれたら、延滞利息つけるよ」
翌日、蹄の音をとどろかせ、マックンローが15人の騎士をひきいてあらわれた。
海馬の背なか越しに、あたしたちは、ながめる。
「きらびやかだねー。鋼鉄の戦士って感じー」
あたしがそういうと、エリコが、
「じつは、意外に貿易でもうかってるのかねー。田舎の舟着き場みたいだったけど。あなどれないわ(笑)」
「陣形がない。
とうてい、プロではない」
そういうと、イースは、麒麟門をあけて歩く。
いちど、立ち止まり、騎馬の軍を見すえる。つぎの瞬間、風のように走り、飛び、騎乗の戦士数十人をたおした。
彼女のまえでは、なみの騎士など、案山子みたいなもんだ。
たいがいは、刃身のひらたい部分でなぐられて、騎馬から落下させられる。起き上がろうとする者は、さらになぐられ、気絶する。
氷の炎となってかがやく剣に、敵のだれもがおそれをなした。
「どうした。立ちむかって来る者はないのか。勇気のある者は、いないのか。
ぼくらの主権をおかす者は、その罪を知れ。
おまえたちは、この」
イースが言葉につまった。ヘンな沈黙が起こったが、彼女が1歩ふみ出すと、マックンロー軍が恥もわすれ、見栄も捨てて、バラバラになって、脱兎のごとく退却した。
もどって来たイースは、意気揚々(いきようよう)どころか、むしろ、元気がないくらいだ。
「どうしたの?」
「ぼくらの国には、なまえがない。
国のほまれをたたえて名をいおうとおもったら・・・・・ないことに気がついたんだ!」