Act 3. Zero seconds experience 13-1
‐Everyone knows, anyone not knows.‐
Chpt13 涯なき闘い
☆Sept1 何処へ
どこにいくべきか、決まっているわけじゃない。
位置情報を見ると、いまだレオン・ドラゴの領内だった。
けど、レオン・ドラゴへはいけない。雇ってくれないだろうし、それどころか、拿捕されるにちがいない。
アカデミアにもどって『kOO』をかえしても、同じだとおもう。ぜったい、信じてもらえないだろう。
管理局をたよっても、できることはなにもない。だって、中枢の運営機能は狂ってし、作者もこまってるぐらいだし・・・
がむしゃらにすすんだけど、どこにもあてはない。けど、どこかへむかわずにはいられない。
とまれば追いつかれるし。
眼をさましても、まだ夜中だった。疲れはとれていなかったけれど、コックピットで話しあう声がしたので、あたしもそこへ出る。
ANKAは、あたしのアクセス権をつかって履歴をしらべ、文書館の『kOO』が、どういう経緯で、あたしたちのトランク・ケースに入ったかを突きとめていた。
なんてこたぁナイ、ネット上のことゎすべて現象でしかない。
だから、文書館からカットして、あたしたちのトランク・ケースにペーストしただけのこと。カット&ペーストだ。
なんの答にもなンない。
けど、やっぱそうかっておもったのは、ウイルスがこんなことするはずない、だれかがIEをイジっている、ってことだ。それだけは、あたしにも、はっきりとわかった。
ANKAが、
「作者でなければ、なかまの運営者よ。あるいは、このていどなら、システムに侵入できるハッカーという可能性もある」
しかし、その言葉に、イースは、
「そうとはかぎらない。運営者を脅迫か、買収かすることができるやつということもありうる」
エリコが不満げに、
「ウイルスとつながってるって考えるなら、やっぱ、ハッカーよね。そうだとすると、ますますはんいひろくなってお手上げだけど」
でも、あたしは、
「でも、あたしたちを見はれるのは、ハッカーじゃないんでしょ?」
「そこよね。ほんとこんがらがってくる! ウイルスと聖典盗難はべつのことなのかなー」
「でもさー、少なくとも、聖典のほうは、あたしたちを知ってるやつだよ。だって、ピンポイントじゃん。限定されない?」
ANKAが首をふり、
「いや。こっちが知らなくとも、むこうが知ってるばあいがあるし、わたしたちを知らなくても、ぐうぜん、えらんだのかもしれないし」
エリコがなかばキレぎみに、
「じゃ、なんもわかんないンじゃーん。五里霧中ってわけぇ?」
降りしきる雨のなか、黒い森をどこまでもすすんだ。
太い樹木をよけながら、もの凄いスピードで。よぎる樹影が眼に止まらないくらいだった。
「少し應龍や麒麟、海馬を休憩させよう。
もう、3、4千キロくらい走っているよ」
イースがいった。
ANKAもやむなくうなずき、
「わかった。
でも、もう少し走ろう。休むのは夜があけてからだ。
ま夜なかの深淵で立ち止まるべきではない。亡者の声が地獄からわき上がって、とり憑かれてしまいそうだ」
病んでるなー。だいじょぶかなー、ANKA?
なぁ~んて、ぼーんやりおもったりしてる・・・
え?
なにか声がした。
声というより吠え声だ。
ぁうわぁぁぁぁぁ~ぅぅぅん、ぐわぁぁぁ~ぅわん。きみのわるい、長くのびた断末魔のような咆哮。
「なんなのっ!」
あたし、さけんじゃった。
「わかんねーよー、いきなし出て来たんだぉー」
監視用ディスプレイのまえでエリコがほほをふくらませて息まく。
・・・・・・ハァ、またまた、こいつの見おとし? もり上げてくれるよな、いつも。
「人狼のようだね」
イースが平静にいう。ANKAは、もう少し深刻だった。
「1匹じゃない。群れているね」
あたし、不安。
「逃げきれるかな?」
「だいじょうぶだよ」
そのときキャビンに入って来た非錄斗が微笑む。もー、ステキぃ!
ずぶぬれの迦楼羅もキャビンに入って来た。
「ジャジュが手綱をにぎってる。だいじょうぶさ」
「なんのなのー」
ミーシャも起きて来る。
あたし、教えて上げる、
「じんろ」
「ジンロー?」
エリコがあたしたちをにらみ、
「は? 発音しっかりしてよ。人狼でしょ? 凶暴な森の殺し屋、環境的生物・・・・きゃぁーっ!」「いやーぁっ」「わっ」「あぶない」
とつぜん、ジョリーが大きくゆれた。4人ともたおれた。
「体あたりされたようだな」
イースと迦楼羅は、まったくバランスをくずさない。
彼女は、剣をぬき、雨のデッキに出る。
「どーすんのよ、やばいじゃん、たくさんいるの?」
「わめくな、エリコ!」
って、あたし。
窓の外をのぞいた。
よく見えないけど、うごきを感じる。なにかがたくさん走っている。光っている眼がときどき見える。迦楼羅がふたたびデッキに出ると、ビュッ! ビュッ! ユユとともに弓矢を射る音。
ぶぅん! ぶぅん! というのは、エチカが弩を発射するにぶい音。
ガラスがわれそうなくらいはげしく音を立てて、ジョリーがゆれる。また人狼の体あたりだ!
窓ガラスに牙をむき出し、眼をひんむいた顔がはりつくのが一瞬、見える。怖いよーっ!
「じゃ、僕もいってくる。きみたちは、ここにいて」
非錄斗も剣をぬき、大きな楯を持ってキャビンの外へ。手綱をにぎるジャジュを防御する役をするためだ。
人狼がデッキに上がろうとしてなんども飛び上ってくる。イースは、もの凄いスピードで走るジョリーのデッキの上で体勢をくずすことなく、つぎつぎ人狼を斬る。
神技だ。
夜明けまえになると、人狼がすうっといなくなった。速度をおとし、非錄斗がジャジュと交替して手綱をにぎる。ミーシャは、すでに眠っていた。エリコもうつらうつら・・・・・・
「どうやら、もういないらしい。
さあ、ちょうど朝が来たし、休憩しよう」
疲れきった顔でキャビンに入るなり、ジャジュがいった。雨はやんでいた。
ジョリーを深い森のなか、木々や岩にかこまれたくぼ地に停める。
あたしたちは、朝日を浴びて休息した。
正午にちかいころ、あたし、眼がさめる。
となりでエリコとミーシャが寝ていた。カーテンをあけると、ANKAもデスクにむかって眠っている。デッキに出た。
ジャジュと迦楼羅がならんで坐り、眠っている。非錄斗とエチカは後部にいるにちがいない。
イースだけが目ざめていて、デッキを降りて100メートルくらいのところを歩いてる。
あたしは、非錄斗のところにいきたくなった。デッキを歩いてうしろへまわる。エチカ、ユユ、非錄斗がしゃがんで眠っていた。
しずかな森。あたし、なにげにむこうの大きな岩を見た。あれ?
なんだか、岩が少しうごいているような気がした。
ここについたときは、まだうす暗かったから、よく見えなかったけど、いま、見ると、その岩のところどころに、2、3本ずつ太いこげ茶いろの毛が生えている。
岩がふくらむように少し動いて、またもとにもどる。
呼吸みたい。
え?
岩がぬうっと、こっちをふりむいた。
あたし、悲鳴が出そうだったけど、こらえた。つーか、悲鳴がちぢんだ。声も出ないってやつ。
巨大でごつごつして、剛毛の生えた石みたいな皮膚、岩に見えたのも、とうぜんだ。
あたまが小さくて、鼻と耳が大きい。眼はくぼんで・(てん)みたい。ぱっと見、顔が顔に見えなかった。
怪物が立ち上がる。立ち上がっても、背の高さがほとんど変わらない。
「トロールだ」
いつのまにかイースがそばに来ていた。
「トロールって?」
「北欧の妖精さ」
「妖精―っ? 見えないよ」
「妖精といっても、国によっていろいろあるからね。
粗暴なやつだから気をつけたほうがいいな。こっちに来るようすはないが」
「だって、さっきふりむいて、こっち見たよ!」
「たぶん、わかってないとおもう。
さあ、したくをしようか」
そこへエリコがケータイ片手にやって来た。
「ねー、あんたたち、こんなとこでのんびりしてるばあいじゃないわ。いま世界中で『kOO』があるのは、こことアカデミアぐらいなもんよ。25の都市は、今日、発覚した2件でぜんぶ持っていかれたことになるわ。
いーえ、アカデミアだって、神軍舎(アカデミアを守護する重装機甲騎兵隊やファイアーウォール部隊の住んでいるところ)の時計塔に安置されていたのは盗まれたそーよ。のこっているのは、学長の所有するものと大司教の所有するものと地下の聖櫃にあるものとで、アカデミアですらあわせて3冊よ・・・・・・・え?・・・
ぅきゃあぁっぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ! なっ、なに、あれわっ!」
トロールは、無表情にまたこっちを見た。こんどはじっと見つづけた。
「ばかっ、大きな声出すんじゃないよ、エリコってばぁ!」
「なにいってんの、もうこんなちかくに居んのよ、のんきなこといってないでにげるわよ!」
「もー、気づかれていなかったのに~っ」
「さあ、来るよ。みんなを起こして。出発だ」
そういって、イースは、馭者席へむかった。
トロールは、大きな棍棒を持って、ゆっくりちかづいて来る。
「あっ、来た、来ちゃったよ!」
ふり下ろされた棍棒の影があたしたちの上で太陽をさえぎった瞬間、ジョリーがうごき出した。ズォーン!
「ひゃあー」
地面がゆれる。あたし、風圧でころんじゃった。危機一髪!
「ぅわ、追いかけてくるよ」
エリコがさけぶ。
エチカが来て弩を射放つ。
トロールの肩にあたるが、ぜんぜん、動じない。
また棍棒が! スピードが出たジョリー、かろうじてかわす。
イースがANKAといっしょにもどって来た。
「もう、これで追いつけないよ」
ANKAがいう、
「さあ、キャビンにもどって。話したいことがあるから」
あたし、イース、エリコ、ミーシャ、そしてANKA。5人がキャビンのなか、コックピットで円をつくるように坐った。ANKAが口をひらき、
「考えたんだ。
このままでは、わたしたちは、どこにもいけない。いるべき場所がないからだ。身をおちつけられる居場所がないからだ。
だから国家をつくろうとおもう」
「えぇーーーーーっ!」
あたし、さけんじゃったんだけど? エリコだって眼をまるくしてるよ。
「国? 国って、どうやってつくるのよ? つーか、意味がわかんない」
けど、ミーシャは、
「いく場所が世界のどこにもないから、いく場所をつくるのね。
わたしたち、まちがっていないし、みんないっしょにいられれば、そこがわたしたちの居場所よ!」
イースもうなずく、
「ミーシャのいうとおりだ。くわしくきかせてくれ、ANKA」
「いいわ。
場所はどこでもいい。できれば、だれのものでもない土地がいいわ。だれかの土地だったら、ゆずってもらうか、買いとらなければならない。
土地を決めたら、国家の主権を主張する。
そうすれば、やたらにわたしたちを襲えないわ。主権を侵害すれば、すじのとおった理由がないかぎり、襲撃して来たほうがわるいことになるから」
エリコがいぶかしげな顔で、
「かってに国つくって、それで主権って主張できるの?
それじゃ、だれにでもできちゃうじゃん。そんなわけないわ」
「むろん、条件はあるよ」
「やっぱねー」
「クドクさ」
あたし、クドクってきくと、きょうみしんしん、
「どのくらいあればいいの?」
「1人で100以上なら王さまになれる。50以上の人間が5人以上いれば、共同で統治する国家ができる」
イースが口笛を鳴らし、
「いまの状況なら、ユリイカを王とする国家の樹立が可能だ」
エリコ、眼をむき、
「ユリイカが王さまーーーっ!」
あたしも、びっくり、
「えーっ、あたしがーっ?! 女王じゃないの?」
「そこじゃなくって!
・・・・まあ、いいわ。ANKAのいうことにも一理あるわね。じゃ、ユリイカ、あんたには、名ばかりの王になってもらうわ」
「女王だぉーっ」
ANKAは、あたしたちを相手にせず、
「べつに王政じゃなくてもいいのよ。政治形態はえらべるわ。
共和制がいいとか、共産主義国家がいいとか、民主主義がいいとか」
イースも、
「さあ、では、場所をえらぼう。
だれの土地でもない、新しい運命の土地をさがそう」
「じつは、もう、候補地があるのよ、わたしのなかではね。それほど、とおくないわ」
またもエリコがしゃしゃって、
「でも、ここは、レオン・ドラゴがちかいよー」
「なんでダメなのよ?」
侮蔑の表情でエリコがあたしを見て、
「わかんないの? ジンがちかくにいるってことじゃん!」
「そっかー。彼女、あのあと、レオン・ドラゴに着いたのかしら」
ANKAが立ち上がり、
「それは確認ずみ。
もう、国に入っているわ」
イースも立って、扉にむかい、
「では、ちかいうちに軍勢をつれて、ぼくらをさがしまわるな。まあ、監視委員の権限を委託されているから、『眼』の追跡はまぬがれているけれども、しらみつぶしにさがされたら時間の問題だ」
あたし、あせる。
「やばいじゃん・・・・・」
「だから、国をつくるのよ。そして、闘いぬくしかない。
それしか選択肢はない。終わりが見えなくてもね。
さあ、いこうか」
ジョリーは森をぬけて、峡谷をわたり、山を越えた。むろん、まっすぐ走れる道などいかない。もの凄いスピードで木をよけ、岩をよけ、激流を飛び越え、谷を下り、斜面を駈け上がる。たてになったり、よこになったり、回転したりもするし、いままで乗ったどんなジェットコースターよりマヂでこわい。
「『kOO』を盗むことにどんな意味があるの?」
あたし、ANKAにきいた。
「『kOO』は、IEのハートよ。真理の精髄だし、究極の奥義だし、IEの精神なの。
それを盗むことの意味は、IE精神の弱体化だわ。つまり、リアル・ウイルスの仕事がしやすくなるのよ」
「たいへんなことだったのね?」
「国家を樹立して、『kOO』をまもる。この聖典は、もう、どこにも返さないわ。どこも安全ではないから。
国をつくるのは、そういう意味もあるのよ。正義と真実のために国をつくるの」
「・・・ANKA。あんたって、ほんっと、いろいろ考えてるんだねー。尊敬するし、うらやましいよ。なんで、そんなあたまがいいの?」
「叡智学の巨匠から、そんなこといわれるなんておもわなかったわ。
あんただって、青龍の称号を持つマスターなのよ」
「それ、まぢで実感ないんだけどー」
「じっさい、ムジョーのつかい手じゃん(笑)」
「そーなんだけど・・・・・
でもさー、ほんとに、だれなんだろ、盗みやってるのは?」
「だれかがやってるんだよね。
システムを狂わせているのはウイルスだけど、盗難は人間のしわざよね」
あたし、
「狂ったプログラムが、ってのは、やっぱ、考えられないの?」
「そうね。ウイルスにやられて聖典を盗む、って。とくに、わたしたちのトランクに移動させる、なんて考えにくいでしょ?
ログも見ても、だれがやったかまでは解明できない。少なくとも、わたしにはできなかったよ」
「そっかー。だれかがやってるんだよね。
でもさー。なんでだろー」
「いつかナゾも解けるさ。
いまは、できることをがんばろう」
大きな谷(Valley)に出た。
ANKAがえらんだ場所は、どう考えてもふさわしくない場所だった。
「なんで、ここなの?」
そういうエリコと、あたしも同じ気持ちだった。数少ない意見の一致だ。別荘にでもするならいいかもしれないけど。平和的すぎるっていうか、無防備におもえた。