Act 3. Zero seconds experience 12-1
‐Everyone knows, anyone not knows.‐
Chpt12 ハン・グアリスの平原
☆Sept1 旅籠にて
「なにもない、緑の草の大海原さ。
むきを変えよう。なぜなら、あそこはレオン・ドラゴの王アルハンドロⅢ世の領内だ。
さあ、ちかくに街道があるはずだ」
イースの言葉で、あたしたちは、進路を変え、ハン・グアリスにはむかわず、森のほうへ、低く飛んだ。
天候が雨に変わっていた。
IEに来てから、はじめての雨だった。
ANKAがカーテンのむこうから出て来た。あたしのケータイ持って。
「わかったわ。やはりジンたちは、レオン・ドラゴにむかっている。
ルートと進行方向から推定して、街道ぞいにあるイ・ェンジェーロ村に宿をとる可能性が高い」
イースが剣にそっと手をおきながら、
「もう、ぼくらのうごきは気がつかれていないはずだよね。
奇襲をかけられる」
エリコがケータイ片手におきあがって、
「そうでもないみたいよ。これ」
見た。
ニュース版だ。
『 叡智学の高位取得者 『kOO』を略奪
先日、高名なタカフシ師の講座を修得し、アカデミアを卒業して青龍の称号をえた高位取得者ユリイカは、傲慢にも自ら『kOO』を所有するにふさわしい真理の究竟者と称して、文書館所蔵の『kOO』を奪って逃走。
ただちに追跡におもむいたアカデミアの重装機甲騎兵および特別高等警察重装機甲騎兵空挺部隊(こうとうけいさつじゅうそうきこうきへいくうていぶたい)の手をたくみに逃れ、現在も逃走中。
現在、各地で連続している『kOO』盗難事件と関連あるものとして、司法当局で調査中とのこと。
以下に逃走中のユリイカとその仲間4名の画像を公開する』
あたしたちの写真がデカデカと掲載されていた。
「ひどい。
しかも、傲慢にも、ってなによ! あたしが首謀者ってこと?」
あたし、ショックだった。エリコもぷんぷん、
「でしょ? さいあくだわ。だいたい、手を逃れって、なによ、みごとに撃退したんじゃない。こいつら、じぶんに都合よく話してるんだー」
「そこじゃないんだけど」
と、あたし・・・・
ミーシャだって、さすがに憤慨し、
「さいあくー、ひどいよー」
イースも表情をくもせ、
「これでは、うかつに外へ出られないな。
考えたもんだね。ぼくたちのうごきが確認できなくなったものだから、公開にふみ切ったんだ」
あたし、リアルに憂鬱だった。サイトでたたかれるなんか比じゃない。理由すらわかんないし。
「気にするな」
非錄斗がよこに坐った。
「気にするよー。ムリいわないで。なんでねらわれたり、誹謗中傷されたりしなきゃなんないわけ? しかも、さいしょッからだよ。運営サイドから、なんだよ」
「いまのIEは正常に機能していない。
ユリイカは、なんにもわるくない。病むなよ。僕がまもるから」
非錄斗、最高! なんか、きげん直っちゃったぁ。かな?
「さあて、これからどうするかよね」
ANKAが地図をひろげて考えこみながら、皮肉に微笑み、
「イ・ェンジェーロにむかおう。覆面でもするか(笑)」
村は平たい石をつみ上げただけの粗野な塀でかこまれ、欅の木のがんじょうそうな門にまもられていた。
扉は閉ざされている。
フードつきのポンチョを深くかぶり、ジャジュがバルコニーから降りて門をたたいた。声を上げる。
「旅の者です。村に入れさせてもらえませんかー」
しばらくは雨音だけしかしなかった。とうとつに、のぞき窓がひらいた。ギョロギョロした眼だけが見える。
「なに者だ。どこから来た?」
ジャジュは、努めてほがらかに、
「アカデミアからです」
いうひつようのないよぶんなことはしゃべらない。ジャジュには、そういうかしこさがある。アカデミアっていえば、相手も安心するし(就職さきにむかう新人がほとんどだから)・・・
けげんそうに眉をつり上げて、門衛の男は、
「言葉だけじゃ、信用できん。いうだけなら、だれにでもできるわい。
ぶっそうな世のなかじゃ。せっぱつまった難民がアカデミアから来たなんて嘘いわねーともかぎらんしな」
「難民だって? このIEで難民なんているもんか・・・・・・
仮にそうだとしても、難民は、救うべきではないか」
「じょうだんじゃねーや。
餓えて凍えて、追いこまれて、なにするかわからん連中じゃ」
「ひどいことを。
苦しんでいるから、やむにやまれずに道に外れたこともするのでしょう。
だから、そんなことになるまえに、あなたの持つ食糧や衣服をあたえればよいではないですか。 そうすれば、あなたは、大きなクドクがえられます」
「はははっ。クドクなんて、このご時世、なんの役に立つもんか」
「ばかな、ここは、IEだぞ」
「それがどうした。とっとといっちまいなっ」
そのようすを見ていたイースがマスクをして降り、ジャジュに替わっていう、
「おつとめ、ごくろーさんです。難民ではない証をお見せしましょう。
どうか、おちかづきのしるしに」
手になにかにぎらせた。もちろん貨幣だとおもう。門扉はあいた。
門をすぎてから、ジャジュが、
「なんてことだ。腐りきってる」
吐き棄てるようにいった。
イースがなだめる。
「気にすることないさ。これからは、きっとこういうことによく遭うことになるかもしれないし」
ANKAが冷めた顔で、
「どこ国の、どこの地域の人たちが、どういう理由で難民になって、どこに、どれくらいいるか、あとでしらべよう。
いまは、なにもしてあげられなくても、なにかできるときがくる」
ジャジュがうなずいた。
「たしかにそうだね」
村にある旅籠は1軒だった。
「ここしかないね」
1階が食堂で、2階が宿泊室になっている。2階の窓はぜんぶとじられていた。人影は・・・・なさそうだ。
「上から見られている可能性はない」
イースがつぶやく。
ジャジュが旅籠の車寄せにジョリーをよせた。ANKAがささやく、
「じゃ、ジョリーを裏の厩にまわしながら、エチカと迦楼羅とで厩のすべて、建物のすべて、周囲のようすを見て来て。
ジンたちのあの、ダチョウみたいな龍がつながれていないかとかね」
エチカと迦楼羅がすばやくジョリーを裏へまわす。
ANKAが降り、食堂の扉のまえに立った。
「いい? いくわよ。
くれぐれも、しんちょうにね。
いきなりジンたちと出っくわしたくないからね」
ジャジュとイースがつづいた。エリコとミーシャとユユ、そして、あたしと非錄斗。
入ったとたん、肉を炙るにおいにつつみこまれる。
「あーん、おなか空いたー」
ミーシャが小声でいった。エリコがにらむ。トイレをさがすようなふりをして、ジャジュが奥にある部屋をのぞき、なにげない顔で階段をのぼりはじめた。
店の中央にはレンガを組んだ上にのせた大きなグリルがあって、肉や野菜が炙り焼きされていた。
お客は少ない。男の人が3人だけ。あたしたちは、目立たない席をめざした。
奥の窓ぎわ。ちょっと、すきま風寒い。けど、外のうごきがよくわかる。
おくれて来た迦楼羅がイースの耳にささやく。
「厩には、あの生きものはいなかった」
エチカは、ジャジュを追うように2階へ。
エプロンすがたのオジサンがニコニコしながら、注文をとりに来る。
エリコが声をおさえてオーダー。太ったおばさんが来てフォークとスプーンとナイフとをならべる。そのあと、イースが、
「難民がこのあたりにいるらしいってきいたが?」
かなしそうに眉をしかめて、オジサンが話し出した。
「ええ、そうなんですよ。大きい集団や小さな集団が平原のあちらこちらにいます」
「いったい、どこから来た難民ですか」
「ヴォゼヘルゴですよ。あの国の民族や宗教が複雑なこと、ご存じでしょうか」
その問いに、ANKAがこたえた、
「知っています。
ヴァルゴ教、シルヴィエ聖教、ジゼルス教、ゾドア教がおもな宗教だ。
ヴォル人、ゼェリ人、ロゴ人、レオン人、ドラゴ人、アッシーラ人、セリヴィド人がおもな民族」
2人の少年が茹でたジャガイモと焼いたシカ肉を盛った大皿を持って来た。水の入った瓶と木製のコップが卓上におかれる。
イースがそっと、席を立つ。
「そのとおりです。
ヴォゼヘルゴのデヴォキサ・シロワテル・ボダシェヴィ大統領は、ヴォル人で、ヴァルゴ教正統派。
強硬な原理主義者でもあります。
入党からわずか1年でVAV(ヴォル人正統ヴァルゴ教徒党)の党首となったボダシェヴィは、さらにその2年後の大統領選挙で圧勝しました。
大統領となった彼は、ヴォゼヘルゴの土地はヴォル人の祖廟の安らぐ土地、先祖伝来の固有の領地、民族の魂魄が眠る場所と主張して、異民族を冷遇、いや、排斥する政策をはげしく、徹底して強行しました。
土地を奪われた人々は、ボダシェヴィを恨み、抗議運動を起こしましたが、大統領は、はげしくこれを罵り、武力で鎮圧し、死者は30万人を超えました」
イースとジャジュがもどって来た。
「2階に人気はない」
「推測があやまっていたかな。それとも、これから来るのかしら・・・・」
「それ以来、ボダシェヴィは、ヴォル人以外の民族の主張を、いっさい受け容れず、言論や活動の自由を制限したんです。
政治的なことだけじゃなくて、宗教や学問や芸術、すべてについてです。
すぐに、民族間で貧富の格差が大きくなり、地下に潜伏した抵抗運動は他国と通じて武装しました。
そのため、ヴォゼヘルゴでは、テロが頻発し、ついに虐殺と報復の連鎖から武力闘争が勃発、内戦が起こったのです。
戦火と政府の拷問と大虐殺とを逃れるために、ヴォル人以外の人々は、難民となって、近隣諸国にあふれるようになりました」
「よくある話ね」
エリコが口をモグモグさせながら、そういった。
ANKAは、即座にその言葉を否定し、
「現実世界ではね。
でも、ここは、IE。そういうことが起こるはずのない場所よ」
「とくに、シュッドレヒトのセリヴィド人は、徹底した迫害を受けています。
難民のうち、シュッドレヒト・セリヴィディアンが占める割合は、ほかの民族とは比較にならないくらい高いのです」
「シュッドレヒトか・・・・・あの干上がった塩湖」
「そうです。北大陸最大ともいわれる塩の大生産地です」
「なるほど。民族の問題だけじゃなくって、現実的な利益をむさぼろうとしているやつらもいるってことね」
エチカももどって来るなり、おおげさに腕をくんでうなずき、
「まことに、なにごとにつけ、原因が1つということはありえないものだ。なにごとも、かならずや複雑系的に理由がからみあっている。この問題もまた奥が深い。ふんふん」
ユユがミーシャにきく、
「これは、なんの肉かな?」
「知んないよー」
「羊だとおもうけど」
エリコがそうこたえる。
非錄斗が尋ねて、
「テロはどんなことが、どのあたりで起こるんですか」
「人が多く集まるところです。
お店の多い大通り、市場がひらかれる場所、祭日の広場・・・です。
つかわれるのは火薬を集めた爆弾です。無差別に女もこどもも殺されます。怖ろしいことです。殺戮です」
ミーシャがかなしそうな顔で、
「ひどい」
エリコがよこ眼で見て、無言。モグモグ。
あたし、ANKAにきく、
「どうすべきかしら」
「ムリね。いまは、ジンを追いましょう」
イースがうなずきながら、
「いまのぼくらにできることは、たかが知れてる。
難民救済は国家レベルのプロジェクトだ。大きな組織と経済力がなくてはできない」
エリコがせせら笑った。
「王さまたちがやってくれればね」
あたし、ムカつく。
「あんたねー、性格、わるすぎだよ。そんなことよくいえるねー」
「ねー、あれさー、ちょっと見てー」
ミーシャが窓の外を指さして、そういった。
迦楼羅が憂鬱な表情で、
「いや、事実は事実。リアル・ウイルスにおかされたいまの情勢では、たしかにエリコのいうとおりかも」
エリコが得意げに鼻をふくらませる。
「ユリイカ、あんたには、なんにもわかりゃーしないのよ。
もし王がなんの得もないことしたくないっていったら、どーすんの?」
「知んねーよ」
って、あたし。
ミーシャが、
「ねー、あれさー」
「ミーシャ、どうしたの?」
ユユがやっと気がついてそう尋ねた。
「ねー、あれよ、ちゃんと見てよー!」
「うざいわねー、マジな話してんのよ」
窓の外、凍てつく雨が降っていた。風は冷たさをましているようだった。
旅籠の庭で、ジン・メタルハートたちの鋼鉄の頬あてを撃ち、鎧の飾りをひるがえさせている。




