Act 2. Study of έκστασις 8
Chpt8 ありがとぉ、タカフシ師・・・・
『真実への叡智を学ぶ講座』の教室は大聖堂のちかくにある、古くて、小さなアパートの1室だった。
建物は石づくり。石のかたちがそろっていない。風雪になぶられた壁には、冬枯れの蔦がびっしり。蔦は雪をかぶっていた。
3階まで、せまい、暗い階段を上る。カビ臭いわー。
廊下があった。
部屋の扉がならんでる。
あたしは、『真実への叡智を学ぶ!?』(・・・つーか、「!?」って、どーゆーことなんだょ)と書かれた扉をノックした。
「どーぞぉ」
なんつー気のぬけた返事。あたし、これ、まぢだいじょうぶ?
扉をあけると、部屋は正方形だった。机が1つと、椅子が2つあったけど、タンスも、本棚もない。本ぐらいないのかよ。
四角いストーブの上で、ケトルが湯気を吐いている。
シューシュー。
その音しかしない。
しずかだ・・・・・・・
タカフシ師は、奥の椅子に坐っていて、手まえの椅子に坐るよう、あたしにすすめた。
「ユリイカさんだね」
「はい」
あたしは、あっけにとられてた。
タカフシ師は、20代半ばくらい? 不精髯で、毛糸編みの帽子、モコモコにふくらんだダウンジャケットを着て、ヒザがやぶけたデニムのパンツに、ハイカットのバスケット・シューズ、ってゆーいでたちだった。
まぶたが大きな二重で、はんびらき、ぼんやり、とろん、って感じの三白眼。
かるくめまいを感じたけど、あたし、気をとりなおして、ともかく、坐った。
これじゃあ、生徒、来るわきゃねーわ。
「じゃーねー、さっそく、授業に入ります。いいかな?」
「え? あ、はい」
「えー、っと。まず、諸行とはー、無常です」
「せんせー、いきなり、ちっとも、わかりませんけど」
「そー、だよね。では、では」
まぢで、きもいんですけど? きもー、キメー、キンモーっ!!
「んー、なんていったら、いいのかなぁ」
ほ、ほんとに教えられるのか? いままで、どんなふうにしてたんだよっ。
「まあ、あれだよね。
わかるよね」
「へ?
なんなの?」
「というか・・・・・そのぅ。
わかんない、って、なんですか?」
「わかりません(きっぱり)」
「では、わかる、って、なにかな」
「だから、わかりません」
「で、そのわかんない、って、なんですか」
「知りません」
「そーそー。意外に、才能あるね。大々(だい)大々(だい)大正解」
「は? まぢ、なんなの?
ってか、なんで、意外なんですか?」
「いーから、気にしない。
ブラボー」
・・・・・どこの国の人だよ。
「あなたは、天才かもしれない。
じゃー、諸行無常は、わかりましたね」
「え? ぜんぜん、わかってないんですけど」
「いや、じゅうぶんです。
むしろ、それ以上、考えてはいけません」
といって、へらへら笑う。
「ではね、ユリイカさん、この机の上に、お茶わん、おきます」
ポケットから大きな茶わんを出した。
てか、よくそんなもん、入ってたナぁー・・・・・・・・・
「これは、志野焼の、お茶わん、です。
今日から、これを毎日見て、無常の練習をしましょう」
「だから、無常ってー、なんですか?」
「いや、だいじょうぶです」
「はぁ? それじゃ、なんも、わかんないよー」
「そういうことです」
「はぁー?」
「そう、すばらしい。
というか、わかるというのは、なにも、わかっていないんだから、知らなくても、同じなんです。
さとった人も、おろかな人も、みんな、だれでも、レベルは同じ」
「そ、それがムジョー、ってことなの? じゃあ、勉強しなくても、いーンじゃん」
「そーそー、意味ないんです。
意味なんて、イミナインです」
「なんか、そーゆーことなら、まえから、知っていたよーな・・・・気もしなくもないケド・・・・」
「そうですか。
やはり、天才だったんですね。
ちなみに、これは、白志野焼、といいます。
岐阜県の南東部、すなわち美濃の東部、東濃地域のもので、いわゆる『美濃陶』の類。
淡黄白色の素地に、長石釉で白濁した、深みある、しっとりした光沢があります。
長石単味の乳濁した釉薬を、たーっぷりかけて焼成すると、釉が半透明の白斑をなして、こんなふうになるんです。
ポツポツこまかい穴があるのは、陶土にふくまれていた空気がぬけた痕です。小孔といいます。
表面に見える釉のヒビは貫入です。
いずれも、焼いている段階でできちゃうものですが、これが味わいなんです」
「あのー、ちょーつまんないンですけど?」
「そーら、ふくまれた鉄分が赤い斑文になって、表面に幽玄れるのが、火いろ(または緋いろ)です」
「・・・・・・・で?
これで、どうしろと?」
「じゃ、がんばって」
「えー?」
「私は、ちょっと、出かけます」
ンナ、バカな? あたし、なにしたらいいのか、ぜんぜん、わかんないし、ここに独りでのこって、茶わん、見てろってーの? はぁ? もう帰る!
そんとき、エリコからのメールが、
『あんたの講座、けっこー難関らしーねー。
高望みやめて、現実、見なよ(笑)』
ちょーーーーーームカつくぅーーーーーっ! ぅぎゃぁぁぁぁーーーっ!
ふん。なによ。かんたんじゃん。先生は、才能あるっていってくれたもん。やってやるわ。
なに、やるんだか、わかんないンだケド。
けっきょく、その日は午前中、じぃ~っと白志野を見てた。
はあ~ぁ・・・・アホらし。
午後、サブ専門講座にいく。
冷たい手を吐息で、あたためながら。
もう1つの専門講座『文学における司法史講座』。って、なんのことか、わかんないんだけど、ANKAと同じにした、ってだけ。
「で、どう、ユリイカ、初日は」
さっそく、その日、となりに坐ったANKAにきかれた。茶わんを・・・・って、なんて、こたえたら、いいのよー?
「ぜんぜん、わかんないよ。てか、それ以前なのー。
あたしも、ANKAと同じにすれば、よかった」
「へー。そうなんだ。
わたしは、今日、ハンニバル・バルカ(Hannibal Barca、紀元前247年 - 紀元前183年。カルタゴの将軍)と、ローマ軍の戦闘(ティキヌスの戦い、トレビアの戦い、トラシメヌス湖畔の戦い、カンナエの戦い)について学んだわ」
ぉわぁ! わかんねー。あたしにゃ、どっちでも同じかぁ・・・・ちっとも、わからんわ。
夕方、寮にもどって、大食堂で食事後、部屋で暖炉のまえに、みんな、集まる。
気のせいか、だれもが調子よさそー。それぞれの専門講座のことで、話がもり上がる。あたしのメンタル、ついていけない。
なんでよ、あたしだけなのぉ?
つぎの日、雪が降って、窓ガラスくもって、タカフシ師は、
「どうです?」
どぉっ、て、なんもないよ。つーか、それ以前。どーも、こーも、ないよ。
「じっと、見ていると、ムジョーがわかってきます」
まぢ?
じっと、見る。ほんとか?
んー、なんか、わかるのかな~。
わからん。
つぎの日も、つぎのつぎの日も、雪をふんで、アパートまで来て、階段を上がり、坐って、茶わんをにらむ。
んー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んん・・・・・・めそめそ
「どうですか?」
「たぶンさー」
「たぶん?」
「100年ぐらいかかるとおもうよ」
「ほう。そんなに、はやいですか」
「あたま、だいじょーぶ? だからさー、やりかた、よく考えたほうがいいんじゃないか、と」
「ほぉ。たとえば?」
「そーね」
って、いったものの、なんも、おもいつかなかった。
寮に帰ってからも、食事のあとの暖炉のまえでも、会話に参加せず、あたしって、ムッツリ考えつづけていた。
ゆれる炎を見つづける。ふしぎなきぶんになってくる。
なんだか、すべてが光と影、幻のようにおもえる。瞑想的な、現実逃避的なきぶんに堕ちていく・・・・・・・・
ああ、もうこんな時間なんだ、っておもって、今宵もまた、眠る・・・・
そして、翌日、また、肩をおとして、帰って来る。
深い黄昏のなかを・・・・あーあ。
そんな日々、なんか、老けた気がする。髪白くなってないか? シワできてないか? 鏡見る。同じか。変わってナイ・・・・・・・
同様に、そのつぎの日も、くり返しだ。茶わんをにらむ。
そして、いつもと同じく、寮に帰って、ムッツリ。
ANKAが気にしはじめた。
「どーしたの?」
あたし、事情を話した。
「それって、さすがに難問ね。想像もつかないわ」
イースも、うなずいた。
「おそらく、IEのなかでも、最高級の超難問だろ。
なにしろ、講師が、あのタカフシ師だし」
あたし、やっぱ、高望みしすぎたってこと? そういうつもりじゃなかったんだけどなー。ただ、なんにも、知らなくて・・・・グスン。涙まぢで出てきた。
もしかして、受講希望がなかったのって、レベル高すぎて、みんな、敬遠したってことかもって、いまごろ、気がつく。
失敗したよ~。
エリコが、
「ばかね。なんで、わたしに相談しなかったのよ。
まあ、こうなったら、基本にもどってやるしかないわね」
「基本って、なによ」
「そんなの、じぶんで考えなよ」
「なに、それ。よーするに、エリコだって、わかんないんじゃん」
ミーシャがいう、
「わたし~、こまったときは、『kOO』、見てるよ。イクシュヴァーン学長がいってたも~ん」
写本か。じっと見るが。
なんも出て来ん。ため息。今日も、憂鬱なまま、寝る。
そのつぎの日も、正方形のアパートの部屋で、あたし、茶わんをながめてる。グスン。
だめ。
時間がすぎていくだけ。
毎朝、鏡見ても、暗い、鬱のあたしがいるだけ。顔いろ、青い。
髪ぬけてねー? 加齢臭ねーか? んなコト、ナイ・・・・・・
はぁ・・・・・・
で、2週間が終わって、卒業の日。
みんな、いまごろ、卒業許可、もらってるんだろーな・・・・。あたし、落第して、2週間、そう、少なくとも2週間、ここに独りのこされるんだ・・・・ANKAも、みんないっちゃうのに。エリコ、笑うだろーな。あーあ・・・・
そーおもって、椅子に坐ったまま、がっくりうなだれて、先生が口をひらくのを待っていた。