Act 2. Study of έκστασις 7-2
Chpt7 イクシュヴァーン学長、哲学真髄をかく語りき。
☆Sept2 真奥の部屋 聖なる書『kOO』
聖なる部屋。
廊下の左がわにつくられた小さな部屋で、入り口の上に、文字が書かれていた。
あたし、ケータイの翻訳機能で読んでみる。
『真実奥義の精髄のその心臓』と書かれていた。
さらに入り口の左右には、むきあうように、2人の僧侶のレリーフがある。
中国の僧侶っぽいけど、レリーフのふんいき、つーか感じは古代エジプトっぽい。
入口を守護する知恵の守護者がレリーフの意味を解説した。
「彼らは、龍峯寺の僧、眞巌と、弟子の龍鳳です。
この2人はつぎのように語りあっています。
眞曰、文趣眞奚焉にしあるとも、究竟也
龍曰、巻子皆同じう究竟を云か
眞曰、隹文究竟の所以
すばらしい会話です」
「わかんないよー」
「つまり、こういうことです。
眞巌がいった。
『この本の内容がどんな内容であろうとも、その内容は、究極の真理をかんぺきにいいあらわしている』
すると、龍鳳は、たずねた。
『なにが書いてあっても、究極真理ですか。師よ、それなら、どんな本であっても、究極の真理が書いてあることになってはしまいませんか』
眞巌は、満足げに、大きくうなずいて、こたえた。
『そのとおり。
それこそこの本がほかの本に勝ってすぐれている特徴なのだ』
どうですか、すてきじゃありませんか! すばらしい。
その本こそが、これからごらんになる『kOO』です」
「少しも、わかんない!」
ま、いーや。
あたしも、はやく入ろー。みんな、どんどん入って、どんどん出てくる。ゆっくりは見ていられないようだ。
入った。
4人の衛兵が部屋の四方を護っている。
選りすぐられた、精鋭中の精鋭にちがいない。
精巧な細工が施され、まぶしさのはんぱじゃない黄金の甲冑、装飾的な流線をえがくデザインは実戦むきじゃない。細部まで緻密な造形が奢られ、聖なる神句が神聖な文字で浮き彫りにされていた。
解説を仕事とする僧侶、解説僧が1人立っている。
けど、あたしは、すぐに、ちがうことに気をとられた。
ふしぎだぁ。地下なのに。だって・・・・・・・
エリコがいう、
「なんかさー、空気がさわやかじゃない?」
そう、あたしも、そうおもった。それなのに、なにこれ・・・・・・・
「ほんと、なんか、気持ちいいーぉね」
ミーシャのいうとおり。きよらかな小川がながれる、夜明けまえの森みたい・・・・・・・、でも。
「これだよ、見て」
ANKAがいう。
あたしも、ミーシャのあとから歩みすすんだ。
部屋の奥にある、大きな聖櫃。
とおもったら・・・・なんてことなのよ!?
まっ黒な、ごつごつした巨大な磐じゃん! なんじゃ、こりゃあ! こ、こわいょ~。
その黒さ、黒曜石っつか、なんか、ぬれてるみたい、つーかさー、黒漆塗りみたい?
しかもあざやかな、濃い緑の苔まで生えてるわ。
ニコニコした解説僧がそばに立っていて、だれが来ても同じ言葉をくり返す。
「さあ、さあ、ごらんなさい。
聖櫃は1個の大きな磐を、けずり刳りぬいてつくりました。
その磐は聖なる神の山の1つ、ィーユィの山頂にあったものです。それを、聖なる神の森ノールゴイに1年おいてから、ここへはこびました。
深みのある緑の髭のような苔は、霧濃く岩迸るながれや、瀧の多いい森において生えたものです。
そのせいで見えにくいですが、よくごらんなさい。
聖櫃のぜんたいに、文字があります」
そっか。
てらてらと光って、ぬれているのかとおもったけど、なんだ、文字だぁ! でも、この文字って、なんかヘン。どうやって書いてあんの?
「これは、大磐の表面を、小さくこまかいたくさんの文字のかたちに彫って、そのかたちにあうように、1文字ごとに、24金のゴールドと、ダイヤモンドとを、コンビネーションで嵌めたものです。
こういうふうに嵌めこんで装飾する技法を、象嵌といいます」
あらあらしい石の素材感に、ゴールドとダイヤの人工的な文字の、コントラストが眼にあざやか。
聖櫃を上から見るために、櫃をかこむように小さな橋みたいなものがつくられていて、ハシゴでそこに上がる。39段くらい。
上がり切って、橋の手すりに寄りかかって、のぞきこむ。
聖櫃の蓋は、ぶあつくて、大きなガラスだった。
「さ、さ。どうぞ、見てください」
解説僧がいった。
ガラスの下に、また、聖櫃が見える。白い石の櫃だ。聖なる物語の人物のレリーフが、いっぱい、彫られている。
そのレリーフの人物にも、建物にも、背景にも、ぜんぶに文字が象嵌されている。
「ピュシス山麓で採れる、最高級の大理石です。
これにも文字が象嵌されています。素材は螺鈿、つまり貝殻です。
貝殻をけずってみがくと、このような霓のような、とてもうつくしいかがやきが生まれるのです」
その櫃にも窓があって、なかには濃くぬれたような深みのある、クリムゾン・レッドの櫃がある。
やっぱ文字が象嵌されてる・・・・(ちょっと、あきれた)
「聖櫃は濃紅の金剛石(ダイヤモンド)でつくられました。
象嵌されているのは、ラピスラズリ、クジャク石、トルコ石、少しですが、ゴールドもつかわれています」
まだ、窓がある・・・・。黒い櫃が見えた。もう、A3判くらいの大きさだ。
「漆塗りです。
文字が金泥で、筆盛られています。繊細流麗な、仮名の文字です。その上に、漆がかさね塗りされています。
さて、これら4つの聖櫃に象嵌された文字はすべて『kOO』に書かれている文章と同じです。4つをあわせると、聖なる書物の内容のすべてになります」
そーゆーことかぁ。
いや、ってゅーか、ま、まだ、窓があるンですけどぉ・・・・・
絹の裂が見えた。
ハデないろづかいだ。
金糸の龍の刺繍、あざやかな蒼さの龍の染め、織りこまれた漆黒の龍・深紅の龍・純白の龍・・・・
絹はなにかをくるんでいた。そのくるみは、なかばほどかれていて、和綴の冊子が見える。
解説僧の説明がつづく、
「原書とは、作者が設計し、こまかく指示してつくらせた手書きの装丁本をいいます。
じつは、一概に原書といわれますが、2種類あって、装丁がちがいます。皮革の装丁と、いま、あなたがたが見ている和綴の装丁の、2種類です。
和綴のものは、おもに祭祀のためのもので、素材もすべて入念に吟味されています。
繊維の長い手すきの和紙に、最高の墨汁をつかい、老練な書家の手で、精妙に筆がはこばれ、絹を綯った紐で、綴じられているのです。
よくごらんなさい。
ぎゃくに、皮革装丁本は、人の手にふれさせるためにあるといってもよいでしょう。
大聖堂附属の文書館に1冊、皮革装丁本があります。だれでも手にして、閲覧することができます。ただし、持ち出しは厳禁ですが。
機会があれば、そちらも見てみるのがよいでしょう」
あたしは、説明のつかない、不安と動揺とをおぼえた。
本は無表情にも、自喪しているようにも、憤懣が鬱積しているようにも、苦渋の表情のようにも、黙然としているようにも、ただ、物質でしかないようにも、・・・見えた。
なんだろー、この不安・・・・
なんとなく、視線が第2の聖櫃の彫りへ、うつった。
大理石の櫃の蓋に、浮き彫りにされている聖句。そのなかで、ひときわ大きなスクリプト体で、RW(Real World)と、会社のロゴがあ・・・・・・・
・・・・るはずなんだけど、それがどうしても、そうは見えなくて、うす暗いせいじゃなくて・・・
どう見たって・・・・・・だって、これ、・・・・RWの『W』が・・・・
「ねー、これ、われてなぁーい?」
ミーシャが解説僧にきいた。
顔をしかめて、僧がのぞく。
「は?
そんなはずが」
しかし、言葉は止まった。部屋に入ってくる人の出入りも、止まった。
「ほんと、これって、はんぶん欠けてなくねー? WがVみたいだわ」
エリコも、無遠慮にいう。
イースがうしろからのぞき、
「ほんとうだ、おかしい。以前に見たときは、・・・・・・・こうではなかった」
ANKAも、立ち止まったまま、
「どうしたの? ここは、最もセキュリティの強い、IEの心臓部。事故が起こるわけないよ」
その言葉のたすけで、蒼白になっていた解説僧も、息を吹き返したように、
「おおっ、そーですとも、おそらくは、たぶん、いや、きっと、かならずや、ぜったいに、たんなる老朽化による、その、自然な、いわゆる、人為的な損壊などではない、経年による、自然な崩壊というか、それ・・・・・・あれ・・・・・・・これ・・・・・・・」
衛兵が2人、まえにすすみ出た。
「立ち止まるなかれ。さあ、いけ。
とどまるは無為」
ANKAが急に眼をさました人のように、
「そうよ。さ、いこうか」
「うん」
あたしも、いった。エリコが、
「なんかあやしーわね。まあ、いいわ。わたしがそのうち謎を解いてあげるから」
そのうち、わすれるくせに・・・・・・・
部屋を出ると、ふたたび、まっ暗な廊下を手さぐりし、来たときとは、べつの階段を上がって、うす暗い通廊にもどり、あたしたちは、写本を受けとって、大聖堂を出た。まぶしい。
あたしたちは、無口になっていた。路地を歩き、寮にもどる。
「それよりさー、わたし、気になってんだけど」
エリコの言葉に、なぜかムッとしたあたしは、
「なにがよ?」
「あんた、そうおもわないの? 信じらンない」
「だから、なにが?」
「うそー、まじわかんないの?」
「わたしも、わかんなーい」
ミーシャが口をはさんだ。
「あんたは、なんにも、わかんないでしょー」
イースがしずかにいう、
「聖櫃のことだろ」
あ、あれかぁー。たしかに・・・・・・
って感じで、しばらくは、WがVになっていたことが話題で、もり上がった。けど、写本をしまって、食堂へいくころには、わすれられた。食べ物や、飲み物をならべ終えると、
「ねー、クドク・ポイント見てみない?」
エリコがとーとつに、そういった。
イースも、うなずいて、
「そうだね、基本講座のポイントが加算されているはずだしね」
あたし、びっくりして、
「え、そーなの」
ANKAが笑う、
「そうよ、あたりまえじゃん。正義の叡智をさずかったのよ。とうぜん、クドクはアップするわ」
ケータイで見てみた。
AnkaQDQ:26
EurekaQDQ:26
EricoQDQ:23
IearthQDQ:27
MeasyaQDQ:25
す、すごい。プラス20ってこと? ただ、きいていただけなのに・・・・・・・。
エリコは、数字をにらんで、腕ぐみしながら、
「へー。わたし、ビリじゃん!
まー、いいわ。専門講座でも、クドク・ポイントつくのよ。
最高の講座を受けて、最高の成績でアカデミアを卒業して、ダントツ1位になってやるわよ」
ミーシャも、
「ほんとー、わたしも、専門講座、期待しちゃうー」
そんな感じで、みんなのきょうみは、専門講座へと、うつっていった。
「どれにしよーか?」
パンフを見ながら考える5人。
ミーシャが飽きて、
「ねー、ヨセフって、なんか気になる~」
パンフをおいて、エリコがミーシャをにらみ、
「ぅざい、つーの」
ANKAが笑って、
「わたしは、ヨセフのこと、よく知ってるよ。
彼は、天才だね。現実の世界でもね。オーストリアの古い貴族につらなる血筋で、まあ、いい家のお坊ちゃんってとこね」
「オーストラリア?」
って、ミーシャ。
「オーストリア! 首都はウィーン!
ヨーロッパだよ」
「ウィーン?」
って、あたし。
「オーストリアの首都?」
って、また、ミーシャ。
「そうだよ。どのレベルから、話しはじめたらいいのかな?」
あたし、あたまかきながら、
「なんで、ANKAは、そのヨセフって、知ってるの」
「まあ、ちょっとね」
それ以上、なンにもいいたくないの表情になっちゃった。
「ふーん」
あたし、なんか、おさまらないけど・・・・ま、しかたないか。
「でさー、専門講座、どーする?」
エリコがパンフを手にして、首をかしげる。あたし、眠くなる。暖炉って、あったかくって、木の燃える匂いがよくって、パチパチって音がして・・・・なごむなー。ふぁー。
zzz・・・ ヤバい、眠っちゃうよー。
食事をすませ、5人で食堂を出る。食事のすんだ人たちで、ワイワイしていた。
「少し散歩しよう」
ANKAがそういった。寮の外に出る。
風はないけど、雪がはげしく降りはじめ、まえが見えなくなるほどになっていた。それでも、ANNKAは、やめようとはいわなかった。エリコがなにかいいそうだったけれど、イースが唇に指をあてた。




