Act 2. Study of έκστασις 7-1
Chpt7 イクシュヴァーン学長、哲学真髄をかく語りき。
☆Sept1 講義、そして、聖典を見るため地下へ
イクシュヴァーンは、まだ若い(っても30歳くらいか)、まなざしの深い人だった。
深紅の貂の毛皮のローブをまとい、ひきずり、シルクの貫頭衣の襟や袖のふちには金燦糸の刺繍がなされ、長い髪のいろも絹糸のように真っ白だった。
「ここでは、しょくんに、現実世界では、永遠に失われたものを学んでもらおう。
それは、たとえば、『真実』です。
さあ、ところで、どうでしょうか。あなたがもしもスレッドに、真実なんて言葉を一言でも書きこんでみなさい。たちまち、うざい、キモイとさげすまれ、嘲笑愚弄、たたきの嵐になるでしょう」
そーかなー。
ぜんぶじゃないけど?
「ネットの世界は、匿名性のシールドにまもられ、透明人間のよう、だれにも知られず、見られず、たしなめられもしない。そのとき、人は、悪意のかたまりです。なにもかもを怨み、憎んでいます。
本性をあらわにし、本音を吐露しているのです。
しかし、そのことはよいことではないとはいえ、真実という言葉が批( ひ )判されるのは、やむをえないことでもあるのです。
真実には、なんの効きめもありませんから。
科学的な、物質的な真実以外は見むきもされません。実用的ではないからです。実用むきなのは、真実というよりは、事実とよぶべきでしょう。私がいおうとする真実とは異なります。
私のいう真実とは、じぶんが真実を生きているという、自信と気力とに満ちた感覚のなかにあることです。
それは、じつに幸福な感覚ともいえましょう。
しかし、真実を生きようとすれば、現実生活においては、損をするばかりです。虚しく身を滅ぼしてしまうでしょう。
真実には、なんの実用性も、効能もないからです」
イクシュヴァーン学長は、言葉を止めて、しずかに、あたしたちをながめた。しずかな湖の深さの、まなざし。
「しかし、人は、幸福を求める存在です。歓びを求める存在です。
これは、第1の公理です。
もし不幸を求めると称する人がいたとしても、その人は、それによって、こころの納得を見出し、欲求を満たし歓び、幸福をえているのです。
幸福とは、むしろ、存在それ自体といってもよいものです。すべては、幸福への追求から生じたものだからです。だれも例外ではいられない。
ならば、真実という感覚のなかにいられる方法を1つの趣味教養として、知っておくことも、無益とはいえないでしょう。
では、そのためにひつようなものとは、なんでしょうか。それは、正義です。
自らが正義であれば、こころは充たされているでしょう。
愧ずべきことがなければ、こころかるく、懼れなく、気力はみちあふれ、たのしいでしょう。
しかし、現実というものは、正義をつらぬく者につらくあたります。
だから、こころの弱い者は、現実にこびへつらい、迎合し、正義を嘲嗤い、悪に走る。
そのほうが悧巧だと自慢するのです。金がすべてだと、うたうのです。
そして、真の幸福からますます離れていく。離れていくから、まえよりも、さらに幸福に飢え、渇く。さらに強く執著し、金や、物や、権力や、色情を追求する。求めて終わることがなく、永遠に渇き餓えつづける。
真の幸福とは、なんであるかを知る叡智がないから、このようなことが起こるのです。
叡智がないとは、なんと悲しいことでしょう。
では、こんどは逆に、しょくんが叡智にもとづいて、現実のなかで身を犠牲にし、損得をかえりみず、正義をつらぬいたとしたならば、どうなるでしょうか。
ただ、損をし、つらいめに遭います。
それだけです。
それしかありません。
しかし、こころは満たされ、清爽で、さわやか、かろらかな気持ちで、しあわせを感じるでしょう」
イクシュヴァーンは、ふたたび言葉を止めて、しずかに、あたしたちをながめた。
またも蒼い湖の深さの、まなざし。
「さて、もう1つ、真実を生きているという感覚のなかにいられるためにひつようなもの、それは愛です。
しかし、愛は、かなうことがありません。ただ、失うのみです。
すべてがムダに終わります。
どのように誠実な愛であっても、相手の求めるなにかがなければ、かえりみられることもありません。それは好みとか、タイプとかいう言葉で表現されますが、とてもあいまいで、いいかげんで、理不尽です。
そのような理不尽な理由で、人を選別することは、残酷ですらあります。
ちがうでしょうか?
むろん、ちがいません。
考えてみてください。
どんなに誠実で、こころのこもった、自己犠牲的な愛であっても、好みでなければ、迷惑がられ、あげくの果てには、キモいといわれ、ウザいといわれ、疎ましがられ、避けられてしまうのです。
非情な行為といわざるをえないでしょう。
けっきょく、恋愛の成就は運命でしかない。善良さも高潔さも、なんの関係もない。
恋愛とは、運命という名の弱肉強食、獣の世界です」
学長は、嘲りの笑みを泛かべている。
あたし、涙がながれた。
そっかぁ、愛はかなわないもの。愛はむくわれないもの。まぢで、そぉだぉー。グスン、グスン・・・・・・理屈は、ちょっと、きょくたんかなとは、おもったけど・・・・・
イクシュヴァーンは、言葉をつづけた。
「それが現実です。
現実世界がどんなに理不尽で非情であるか、どんなに不実で道に外れているか。
しかし、IEでは、そうではない。
正義をおこなう者には、繁栄と栄誉がもたらされ、栄耀栄華があたえられ、富み栄えることができます。
愛にはむくいがあります。
哲学が崇敬され、侮られることがない。
おろかな価値観が専横する現実世界とは、異なります。
力だけが支配する現実の世界は、不幸です。軍事力や、経済力、狡猾さや、強かさが支配する現実世界は、不幸です。
なぜならば、真の魂を、真の生命を喪っているからです。
生存することが生命なのではない。
富や権力のために、罪のない弱い者たちをあざむき、くるしめ、力をふるうおろかな者たちは、じぶんたちがすでに生命を喪っていることに気がつかない。
しかし、彼らに即刻、罰をあたえないことにも問題がある。罰がなければ罪がないと誤解する者がいても、ふしぎではない」
んー・・・・・めんどくさいなー。
現実わ、きらいだけど、かたっくるしい話もきらいだぉ・・・・
イクシュヴァーンは、おおげさに髪をふる。
「しかし、ここでは、そうはいかない。
世俗的な価値に左右され、欲望を貪り、生まれて来ないほうが良かったような、獣同然の人間ども、彼らは、このIEでは、永劫の罪を背負って、止むことのない罰を受けます。
真実と、正義と、愛とをつらぬく者は、永遠のむくいを受けます。栄光の頂点に立ちます」
1人の少年が立ち上がった。
外人だ。ヨーロッパっぽい?
まっすぐで、あかるい髪のいろ、太陽のような高貴な顔立ちで、あたしたちと同じくらいの歳だろうとおもうけど、知的で、凛々(り)しい。
「では、イクシュヴァーン学長、いったい、どうすることが正義でしょうか。
どうすることが愛なのでしょうか」
学長は、よどみなくこたえ、
「それは、じぶんを超越した行為です。
たとえば、自らの死を怖れず、自らの損得をかえりみず、権力や、金持ちや、暴力組織に立ちむかうことです。
たとえば、他人を愛し、自らを犠牲にする超越的な行為のことです。けがれなく、他者を愛することは、自己の超越なのです。
正義のために死すことは、幸福です。こころに一点のくもりもない。蒼穹のように自由です。
こころは、つねにさわやかでかるく、澄み切っているでしょう。
わかりますか。
私は、実用的で実践的な話をしています、これが真のリアルであって、人々が追い駈けているものは、実体のない幻です。
しょくんは、私を夢見る者というかもしれない。しかし、だれもがほんとうは、それを求めている。
いや、もし夢であっても、夢とは、現実を超越するための、人間精神の翼。
その自由を、だれも奪えません」
学長は、沈黙した。聖なる沈黙だ。
イクシュヴァーンは、背をむけ、うしろの大祭壇を見上げ、胸に手をおく。
そびえる祭壇は段をなし、山のような、大神偉をあらわにする。その祭壇の背後には、繁褥な彫刻に荘厳された衝立がそびえていた。
その頂上には、金でつくられたIとYとEの3つの文字が1つの文字のようにかさねられ、円形の炎のなかで、かがやく。
ANKAがあたしの耳にささやいた、
「あれが聖なる象徴よ。
神聖な原理、世界宇宙の原理、この世をささえる究極の真理の象徴なのよ。
イデア山が同じかたちをしているっていったでしょ。それがあのIYEの頭文字のIよ」
ふたたび、彼は、こちらへむき直り、演壇から1冊の本をとり上げた。
「この本は聖典『kOO(空)』のコピーです。
オリジナルは世界に37冊しかなく、そのうちの1冊がここ、ウパニシャッド大聖堂で聖櫃におさめられ、保管されています。
世界の25の大都市、7か所の聖地に1冊ずつ、そして、ここアカデミアに5冊あります。
あとで、大聖堂で保管している現物も見てもらいますが、いつも見ることができるように、わたしがいま、手にしているものと同じコピー(写本)を、1冊ずつ、しょくんにあたえます。
聖堂の出入口につんでおくので、わすれずに持って帰りなさい。
これで講義は終了です」
その声と同時に、鐘楼の鐘が高らかに鳴った。
蓮の花が雨のごとく降り、香の匂いとともに、聖歌隊の神聖な調べがひびきはじめる。
またハーロック事務局長があらわれた。
「さあ、さあ、これから『kOO』の原書を見てもらう。
前列の者たちから順にこちらへ。
聖の聖なる原書は祭壇の下の地下室、聖堂の心臓部におかれている。
さあ、来るがよい」
みちびかれるままに、祭壇のほうにいく。いってみると、なるほど、大祭壇の裏に、半円をえがくような感じの通廊があった。
祭壇をかこむようになっている。
「そこだ。その通廊をいくがよい。いけば、祭壇の地下に入る扉が見つかる。扉はあけたままにしてある。
階段があるから、それを降りよ」
長い列ができた。なかなかすすまないからだ。あたしたちは、足ぶみするみたいに歩いた。
あたしたちは、ANKA、エリコ、ミーシャ、あたし、イースの順。
「あ」
って、小さくさけぶミーシャ、ふりむいたエリコが、
「なによ」
「ね、あれって、ジンよ、ジン・メタルハート」
たしかにいた。あたしたちが祭壇のまえに、さしかかろうとするとき、祭壇のうしろの通廊に入って、見えなくなろうとしている彼女のシルエットが。
尊大で鉄のような女。
あたしたちは、ようやく祭壇のうしろの通廊をまわって、扉の見えるところまで来た。
ひらいたままの扉のさきには、奈落へおちるような階段がつづいている。まっ暗だ。
「怖いんですけどー」
ミーシャがさけんだ。
「はやく来なさいよ、あんた」
エリコは、そういうが、たしかに、ちょっと怖い。いざ降りてみて、はじめてそうおもった。手すりにすがるけど、冷たいし、さびてる。わっ、さびが手にー。さいあくー。
足下暗くて、段がよく見えない。
ほんとに長く感じたけど、たぶん、20段と少しくらいだとおもう。
階段の終わりがよくわからない。エリコがつまずく。あたしは、それ見て(感じて?)、気をつけたので、すんなり着地。ラッキー、かな?
あー、そんなことおもっちゃ、だめぇ。
クドク、クドク。自己超越しなくっちゃ、いくらエリコがきらいでもねー。
ここは、少し明るい。
獣脂の燃える独特の匂いがしてた。ランプの傘に、聖人の彫像があった。クモの巣と、ホコリだらけだ。光が少ないわけだ。
着いた場所は、地下のフロア、っていうより、ただの小さなスペース。
つぎに、右に曲がって、まっ暗な廊下へと、つづいていた。
ANKAがその暗闇に消えていく。
石の冷たさが空気を通じてわかる・・・・・
なんか、厳粛なふんいき。大きな声なんか出せない感じ。あたし、小さな声で、ケータイつかって、ANKAにきく、
「どうなの、ANKA」
彼女がいう、
「すごく暗いから。気をつけて。石の組みかたがあらくて、床がデコボコしてるよ。
手すりにつかまるのわすれないで」
「手すりあるんだ? それ、さいしょにさがすよ。で、どんな感じなの?」
「まっ暗だけど、あっ、あかりが見えるかも。
ちょっとぉー!
エリコ、めんどくさいから、わたしの裾つかむのやめてくんない?」
「なによ、ちょっと、さわっただけじゃん、ANKAのケチ」
エリコの声だ。
「怖いよ、エリコ、あなたのからだにつかまっていい?」
ミーシャか?
「うざいわねー、さわんないでくれる?」
・・・・エリコ。オメーって、やつゎー。
そうおもいながらも、すすめば、あたしも闇に浸る。
手すりはすぐにわかった。でも、まっ暗だから、少しずつしか歩けない。
廊下は曲がっているみたいだった。
あかりが見える場所まで、とおくないはずなのに、なかなか着かない。
けど、それは数十秒のことでしかなかった。
あかりは小さな部屋からもれていた。ああ、よかった。




