Act 2. Study of έκστασις 6-3
Chpt6 基本講座序奏:だれかいるょ~っ!?
☆Sept3 イタル
「どこから入っても同じだな」
というイースの声に、ANKAがこたえて、
「では、同じというなら、いちばん大きな中央口から入ろうよ。
大真理に見えるんだから、直球でいこうじゃない」
外界は太陽光が雪に乱反射して、光にあふれているのに、大聖堂は静粛、うす暗かった。
壁の高いところにあるステンドグラスの窓に、黒くて太い輪郭で、青いマントや赤い帽子の人物や、神聖な大樹や、動物や、鳥たちの登場する聖なる物語が画かれている。
そこから、崇高な光が深厳にさし、永遠の問いかけがくり返されている。「宇宙は無限なのか」「愛は最も尊いのか」「なぜ非存在があるのではなく、存在があるのか」
見上げる天井の穹㝫(りゅう)がはるかとおい。
聖人の彫像や物語を彫った彫像群、聖句をかたどる巨大な嵌め細工や、側廊に沿って列しているいくつもの礼拝堂、大きな円柱、飾られた壁龕。
屋内に天蓋がつられ、その下に設置された、建物のなかの建物ともいうべき、壮麗な伽藍があり、そのなかにも、荘厳な祭壇がそなえられ、聖歌隊の席がならび、地下へ降りる階段がある。ちなみに、これが大聖堂の中央部にあたるらしい。
そのさきに、受講者たちの席のならぶ空間があった。
あたしたちは、人を(アバターを)かきわけ、あたしたち5人がまとまって坐れそうな場所を、さがした。
「あー、あった。うそみたい」
意外なことに、見つけたのは、ミーシャだった。
大急ぎで坐る。イースは、超然としていたけど・・・・
あたしたちが坐ったのと同時に、聖歌が地からわき上がるように、しずかにおごそかにひびきはじめた。あたし、なんだか感動した。
ミーシャも、
「あー、すごーい」
天井からつるされた、大きな香炉から、香気があふれ出す。
エリコも神妙な顔だ。
金箔の貼られたイコンがロウソクの光にゆらぐ幽玄。
イースが頭をしずかに少し下げる。
気持ちが、空気が切り替わる。
鐘楼の鐘が街を祓い浄めるよう、鳴りひびいた。
ANKAの頬が紅潮してる。
聖なる管奏楽隊のラッパが吹奏された。
いつのまにか周囲は祈祷師であふれていて、いっせいに聖句が唱えられ、浄化される。
壇上に、まずあらわれたのは、ハーロック局長だった。
「基本講座にさき立って、これから賞讃の義を叙べる。なぜなら、真実、善、正義は、美だからである。有益で、実用的、実践的で最も現実的である。たたえて、いわく、
『正義が真実である。
真実が現実である。
正義でなくば現実的ではない。
神が我々にそのように生きるよう命じ、魂をあたえた。
それゆえに、我々は、そのように感じる。
ならば、我々は、
神にあたえられたままに、
そのように信じ、そのように生きなければならぬ』
すばらしき聖句である。ゥオッホン!
さあ、では、本日はしょくんに、真実とは、なんであるかを紹介しよう。
しょくんが、いま、眼のまえに見ているこの祭壇こそが真実の中枢、聖域のなかの聖域、聖域の中枢である。
よって、まずは、この聖堂を司教座とする大司教イタルから開講の祝辞をいただく」
帽子も長衣もすべて白い、血の気のない蒼い顔の少年があらわれた。髪のいろがクリムゾン・レッドで、大動脈から噴いたばかりの生々(なま)しい血のような、ぬれた緋いろ。
痩せていて、眼には表情のない焦燥、狂犬のような、滾った虚ろさがある。顔の左のはんぶんに、青い文様のようなものが入っているように見えた。けど、とおいし、暗いし、よくわからない。
エリコがとくいげに、あたしの耳にささやく、
「彼はね、自由意志設定のアバターなんだけれど、もともとは、ユーザーが操作していたんだけど、そのユーザーが操作をやめて、自由意志設定にしたまま、死んじゃったの。
有名な話よ」
「え、死んじゃったの!?」
「そうよ。
そして、自由意志設定のアバターだけが永遠に活動しつづけている」
「そんなぁ・・・。なん歳くらいだったの、アバターは、あたしたちぐらいに見えるけど・・・」
その問いに、ANKAがこたえてくれた、
「17よ。
『vvw』ってバンドのヴォーカルだった。
(vvwとは、Very Very Well-done の略。これをクヮドルプル・ヴィQuadruple V「4倍のv」とよぶのは、wはvが2つであり、ぜんぶでvが4つあると考えるから。ちなみに、Well-doneは肉の焼き加減をいうときなどにつかうウェルダンと同じで、よく焼けた、転じて、容赦ないハードなサウンド、であることを意味していたが、のちに予言的な意味にも解釈されるようになった)
ガソリンかぶって高い巌から飛び降りる炎の究極パフォーマンスをして死したの」
「・・・っ、信じらんない。なんで?」
あたし、壇上とエリコとを、交互に見る。
イースがいった、
「死んだ場所っていうのが、その地方で聖域として崇拝されていた眞神(がみ)山という、山の頂上だったらしい。
いくつかのブログや、スレッドでいわれていることだから、事実だとおもう。
そこには、御神体といわれる大磐があって、縄文時代の祭祀跡がのこっていることでも、知られていた」
焼身、神の磐、まだ17で・・・なぜ?
衝撃・・・。胸さわぎみたいな動揺。あたまから、離れなかった。イタルをリアルに感じた。そのまなざしを。どこかから、見られているかのように・・・・
ANKAがさびしく微笑し、
「けど、彼は、いない。設定でうごくアバターだけが虚しくうごいているだけよ」
すると、エリコがとくいげに、
「あーら、そうかしらー。わたしたちも同じようなもんじゃねー。ムカつくこといわれると、自動的に怒りがこみ上げて。
これ、自由意志設定と同じだよ・・・・ねっ、ユリイカ」
ミーシャが壇上を指さし、エリコの袖をひっぱる。
「ねー、きこうよ、わたし、ききたーい、イタルぅ」
永遠に17歳の大司教イタルは、語りはじめた。
意味など知らず、設定された言葉を、設定された感情でいっているんだ・・・・・。なんかふしぎな、神妙な気持ちだった。
あたしたちも同じ、かぁ。 さいしょ、ちょっとムカついたけど、そうかもしれないね・・・・・・
「すべての生命は、超越を志向する」
意味、わかんない。
あたしだけじゃない、ミーシャもわかんなくて、ANKAにきいてる、
「ねー、シコウって、なに」
「なにかを目指すことよ」
あたしも、きいた、
「生命が超越を目指すって、どういうことなの? てか、超越って、わかってるよーで、わかんないし」
ANKAはささやく、
「だまって、きこうよ」
イタルは、表情のない、まっ蒼な顔で語りつづけている。
「海で生まれた生命は、より強く美しく生きるために魚へ進化した。
また陸上へ上がり、乾燥に耐える皮膚をつくり、大地を自由に駈けた。
またべつの生命は、皮膚を羽に変えて、蒼穹を自由に舞った。
過去のじぶんを捨てて、より高度な未来のじぶんへと進化した。
過去のじぶんを超越して脱却し、より高度に進化した。新しいじぶんになった。
より強く、より高く、より高度に、より大きく、より複雑に、より精緻に、より美しく、脱自(エクスタシスékstasis ek-外に+stásis立つこと)し、延長(エクステンションextension)・拡大(エクスペンションexpansion)しようとする。
これがすべての生命の基本原理である。すべての欲、すべての意思の源泉である。この志向が生命の、いや、存在の意志である。
以上。
つぎは、学長イクシュヴァーンからの基礎哲学講義だ」
あたしたち、魂がぬけたようになっていた。いや、ANKAやイースは、そうでもなかった。でも、少なくともあたしやミーシャは、彼の言葉の意味にカンケイなく、存在感っていうか、オーラっていうか、ふんいきに圧倒されていた。夢に見そうだ・・・・
鐘楼の鐘が鳴りひびく。
聖歌隊の讃美歌が霧のようにわき上がる。
大理石の円柱は巨大な木のよう、苔生す老樹の森厳な空気がただよう。
講座の開始を告げる梵鐘が鳴らされ、香炉が大きくふられ、天井から蓮の花びらが雪のように舞いおちてきた。
颯爽?と、学長が壇上に立つ。