Act 2. Study of έκστασις 5-3
Chpt5 アカデミア
☆Sect3 部屋
あたし、おもわずきいちゃった。だって、織りこまれた絵柄が、なんとも、ふしぎな光景だったからだ。
冷たい感じの、月夜の風景。大きな湖が照らされている。
まわりは、すごく高い絶壁の岩山? それが円戯場のように、湖をかこんでいた。
水面が鏡のようにしずか。
でも、よく見ると、小さなさざ波が立っている。1ミリもないんじゃないかとおもえる、小さな波の図柄。それが織りこまれている。
しかも、そのこまかい波の1つ1つに、月光があたって、銀いろにきらめいていた。精緻な技巧で、くっきりと。
見つづけることがたえられないような、細密さ・・・・。そして、死のようにしずまり返っている・・・・・・
湖のまんなかに、大きな黒岩が突き出ていた。岩の上には、純白の尖塔を、たくさん屹立させる城がある。
「湖上城よ」
ANKAがいった。
「こじょーじょー?」
「そー。そのまんまっしょ。
湖の上にあるから、湖上の城、湖上城よ」
「なんか、すごい、冷たい感じ。しずかすぎて怖いよ。無音ってか、吸いこまれそう。月が凍てついてるみたいだし・・・・・」
ミーシャも、
「ほんとー、こんなとこに住んでるのは、ゾンビみたいな人ね」
イースが笑った。
「あたらずといえども、とおからず、だな」
エリコが顔をしかめ、うなって、
「ぅーんん。ラグナレク伯爵の居城よね」
あたし、声を上げ、
「神々(グ)の(ナ)黄昏?」
ANKAが鼻さきで笑い、
「ふ。わたしたちに関係ないわ。さ、いこうよ」
エリコは、まだ、むずかしい顔をし、
「なんか、いいうわさ、きかないわよね。
悪魔に魂を売ったとか、こどものころ、じつの親を殺したとか」
「えー」
って、あたしとミーシャ。
「さ、いくよ」
そういいながら、ANKAは、ふたたび、階段を上がりはじめる。
上ると、長い廊下があらわれた。
地上5階なのに、古い城の地下室みたい(見たことはないけど)。壁も、床も、ゴツゴツした、むき出しの石組みだ。んー、CGだから、なんでもありだなー。とりあえず写メ。
煙の出ない、小さな篝火が点々(てん)とならんで、あかりになっているだけだから、奥は暗くて、よく見えない。
廊下の左右には、部屋のドアがだまったまま、ならんでた。
「512号室って、どこよぉー」
エリコ、もう、限界か? たしかに、荷物重すぎ。
あたしも、もうダメだわ。ひきずりまくりだし。けど、がんばろ。
ようやく、たどり着いて、ANKAが、
「さあ、ここよ」
っていって、怪物の彫り物がある重そうな、黒っぽい樫の扉をあけた。
あたし、なかに入るのが怖くて、ひるんだ。よこを見ると、エリコも、唇をへの字にして、足がまえに出ない。
ミーシャが、
「え、どんなふうなのかしら」
っていって、ANKAのあとにつづく。
そのとたんに、エリコが、
「さあー、さあ、グズグズしてないで、とっとと入るのよ」
って、なんでもなかったかのようにふみこむ。ぅぜー。
あたしは、エリコみたいに調子いーやつじゃない。すぐに部屋が見たかったけど、あえて、うしろのイースのようすを見た。
頬に唐獅子の刺青がある黒髪の少女は、みんなの背後をまもるため、いちばんあとから、入ることを決めこんでいるらしい。
エリコにつづいて、あたしも、入った。
おもっていたよりも、まとも。つーか、家庭的だ。
カーテンのしまった暗い部屋。ソファがあって、そこがリヴィングルームらしい。
ANKAがカーテンをひいた。窓だ。
ミーシャの声がきこえる。
「えー、こんな感じなんだ。窓、少なーい」
エリコは、部屋の中央の壁にむかう。
「見て、暖炉よ。薪を燃やす、ホンモノの暖炉だわ。大きいわね、わたしたち、入れそうなぐらいよ」
部屋は5人が住んでも、じゅうぶんなくらい、ひろい。
窓のかたわらに、1メートルくらいのくぼみがあって、小さな祭壇が祭られていて、女神像がある。祭壇のまえには、紺碧と深紅とが基調の、小さな絨毯が敷いてあった。黄いろや緑の、蔦草模様が入っている。
あたしがじっと見てると、
「壁龕っていうのよ」
「へきがん? ANKA、なんなの、それ?」
エリコがニコニコしながら、飛んで来た。
「あーら、知らないのぉ?
西洋建築なんかで、壁とか、柱とかにつくる、くぼみのことをいうんだよねー。
彫刻とか、飾るためのね」
イースが、
「ニッチとも、いう。
建築や、美術史でいえば『なにかを設置するために、壁や柱の垂直面の一部につくられた、くぼみ』のことだ。
なにかを設置する目的で、垂直面に設けられたくぼみのことは、ぜんぶ、「壁龕(ニッチ)」だとおもって、いい。
崖や、洞窟の面を彫ってつくった岩窟像なども、壁龕とよばれることがあるけど」
ミーシャが、
「この女神さまは?」
「智慧と戦闘の女神イシャンナ・ジーナね。智慧の神イシャンと戦闘の神ジンとが龍と鷹のすがたで戦ったとき、その衝突から生まれた女神よ」
ANKAがそうこたえてくれた。
「ふぅーん」
「あっちこっちで蛇のからみついた、鷹や鷲や獅子の紋章や彫像を見ることになるとおもうけど、蛇は智慧の象徴で、鷹が戦士、獅子や鷲は、王族の象徴なのよ」
「龍は?」って、あたし。
なぜか、龍が気になって、きいた。
「神性、または、神的な叡智ね」
「へー」
「あのジン・メタルハートの、ジンというなまえは、戦闘神ジンにあやかろうとしてつけたハンドル・ネームよ」
「え、あのジンが?」
あたしがそういうと、イースが、
「ジンに会ったのか」
「会ったのよ。ANKA、知りあいみたいなんだけど、ふゆかいなやつだよ。知りあい?」
「まあね」
すると、エリコが、
「ちょっとぉ、なんか、ANKAも、イースも、すごくいわくありげなんだけど、ジンと、なにがあったのよ。このさい、はっきりしてちょうだい」
「ぼくは、以前、彼女に殺された。死んで、エントランスから、やり直した。
それだけさ」
「ジンは、人を殺したの?」
「だから、彼女も、やり直しをしてるのさ。人の生命を奪うことは、戦争か、裁判で決めた刑罰でなければ、だめなんだ。
なぜ、その2つがゆるされるのかは、だれにも、わからないがね。
いや、むろん、おもてむきの理由は、だれでも、知っているさ。
ともかく、その2つ以外の殺人は、罪科だ。
ほんらいはね」
「でも、いま、変わっちゃったみたい」
「そうだね」
「リベンジするの?」
イースが笑った。
「いや。また、エントランスから、やり直したくないし」
あたし、ANKAをふりむく。
「ANKAは?」
「わたし? わたしは、ここでは、はじめて会うわね。
彼女は、超有名なゲーマーなのよ。
強すぎて、相手がいなくてね。
本人は、じぶんのことを、戦闘神ジンが人のすがたをしてあらわれたと称して、うぬぼれているわ。
なんども、なまえを変えてた時期もあったけど、さいきんは、バトル系じゃない、こういう、ふつうのサイトに来るのよ。顔や、なまえが知られていないし、試合放棄とか、棄権とかないし(バトル系のゲームじゃないからね)。
つまり、相手は逃れられない」
「きもーい。じゃ、べつのRWサイトで、会ったの?」
「ま、そんなとこね。
さあ、こっちも見てみよう」
右のドアをあけると、寝室で、どんなサイズのアバターが入寮しても、からだを伸ばして、よこたわれるようにと、特大サイズのベッドが5台ならんでる。
「さ、荷物整理して、食堂に集合しよう」
「寒いから、火ぃ熾さなぁい?」
「エリコ、時間がないのは、わかってるでしょ?
クロゼットがあそこにあるわ。着替えをしまって。
お菓子のたぐいは、くさらないように、棚にしまってね。
あ、あれって、収納庫じゃないかしら。
旅関係の道具は、しばらくつかわないから、そこへしまおうよ。
さあ、スタート! もう、4時20分だぞぉ」
ANKAの声で、いっせいに、作業開始。
整理を終えると、あたしたちは、あたふたしながら、食堂へと降りていった。




