Act 2. Study of έκστασις 5-1
Chpt5 アカデミア
☆Sect1 イデア山
Ιδέα(Idea:イデア)山の断崖絶壁に、zigzagにアカデミアへの道が掘られている。
「正確にいえば、山ではない。
垂直にそびえ立つ、1個の巨石だ」
イースがそう教えてくれた。
摩天楼のように、大地から、とうとつに突き出し、とんがっている。ふつう、山は傾斜を持つけど、イデアは壁だ。
ふもとに着き、見上げると、のしかかってくるように見える。
「アカデミアで、聖なる象徴をあらわす『IYE』という文字があるの。
その頭文字Iと、同じかたちだといわれているわ」
こんどは、ANKAがそういう。へー。
道に入った。なかば洞窟みたいだった。
掘削の跡が生々しい。手掘り。ノミや、鍬で、少しずつけずったんだんだろーな。
登るにつれて、景色が見わたせるようになる。
北の山岳地帯のほうは、広大な、白一色の空間だった。
さいしょ、この路なら、吹雪もいくらか弱いかとおもったけど、じっさい、入ると逆で、せまい筒状のなかを凄まじい速度で荒れている。
一瞬だけ、とうとつに、風がやむと、雪が宙にとりのこされ、霞のように、ゆらゆらただよってから、おちた。幻想的・・・・さらさらした、かるい雪質のせいか・・・・でも、すぐに凄くふき荒れる。
憂鬱なきぶんになった。時間を長く感じた。
ようやく洞窟みたいな道をぬけ、頂上にたっし、ひらけた場所に出る。
壁が見えた。城壁だ。石をつみ上げた壁は灰いろで、霧雨みたいに哀しい。
自然のままの荒削りな壁のまえ、神々(ごう)しく金属的に光輝く鎧兜で武装した人たちがならんでいた。
「叡智を護る衛兵だよ。
真理は命をおしまない高潔な戦士たちの勇気によって、護られる」
イースがそういった。
なんの表情もない、感情も入っていない。
壁には、門が切られていた。
門は巨大なアーチだ。壁がすごくぶあついから、アーチというか、トンネルみたい。
尖塔が門の両わきに、そびえてる。戦いを、ずっと、見まもってきた、誇り高く、きびしく、情け容赦のない塔だ。
門の上には、楼閣があった。
楼閣っていっても、豪華さはかけらもない。城砦、ってゆーのがふさわしいような、とんがった建物だ。
新規ユーザーは、みんな、ここで馬車から降りる。大渋滞していた。
たくさんの護衛兵が列している。
威猛々(だけ)しくならぶ彼らが精鋭シールド部隊ウォールだよね。そーそー、あたしも、わかってきたでしょ? 眠いのがまんして、イースから借りた説明書、ちょっと、読んだんだよ。ちょっとね。
そのなかに、くるぶし丈のロング・コート、黒い影のように黒づくめの男たちもまじってる。あたし、びっくり。
「あ、あれ、あたしたちを見ていた男」
「なによ、あれが例のやつなの? たくさんいるじゃない」
エリコがとがめるようにいう。
ANKAも、一瞬、あぜんとしてたが、
「あ、そっか、ウィルス対策なんだ」
「へ」
「ウィルスをはこんで来るユーザーがいないか、チェックしてるのよ」
「あたしたちを!?」
「たぶん、みんなよ」
「ぅうーん、そっかなー。なんか、ちがう気がする。
だってー、あたしたち以外のユーザーも、ぜんぶ視てるんだったら、もっと、あっちこっちで眼についていたはずじゃない?」
そこへエリコが口をはさんで、
「ぅざいわねー、きいてみりゃー、いーじゃん」
そのとき、ちょうど、あたしたちの馬車が停車する順番がきていた。エリコは、飛び降り、走ってコートの男たちのうちの1人のまえに立ちどまった。
「ねえ、あなたは、ウィルスをスキャンしてる人でしょ?」
男は、あごをつき出して、まっすぐまえをにらんだまま、無言で、エリコに眼をむけさえもしなかった。
「ちょっとー、なによー、あんたー、こたえなさいよー」
そこに僧衣すがたで、丸い鼻メガネの男が来て、あいだに入る。
「ちょっと、きみは、新規ユーザーだね」
「あたりまえじゃない、この状況で、新規以外って、いるの?」
「バリユースに話しかけてもムダだよ。彼らは、いかなる情報も漏洩さない」
「どぅゎ!? じゃあ、あんた、知ってる? 彼らは、だれにでも、つきまとって、チェックするの? もちろん、新規ユーザーだったら、ってことなんだけどー」
「さあ、そんなことは・・・・。きいたことがないが。
しかし、はっきりとは・・・・断言できない。いつでも、シークレットだからね、彼らの行動は」
あたしたちは、そんなやりとりをききながらも、エリコのぶんまで、荷物を降ろしていた。彼女は、もどって来るなり、手つだいもしないで、ぶつぶつ愚痴る。
作業を終えて、ANKAが城壁を見上げながら、嘆息し、
「いま、考えても、なにも、わからないわ」
あたしたちは、ぐしゃぐしゃになっている雪の上を、荷物をひきずりながら、門の下に入った。雪がなく、ぬれた黒い敷石。
入ってみると、まさしく天井の高い、巨大なトンネルだ。
威圧感が無言で、とどろきわたっていて、まるで、大穹にとどろく霹靂みたいだった。
眼がなれてくると、なんと、階段や、窓や、門扉があるのが見えてくる。人が住んでる!?
バルコニーに人が立っているし。日あたりわるそぉ、つか、あたんねーだろ、日射し。
あちこち小さな聖火がともされている・・・・・・・・
聖歌がかすかに、香のようにながれていた・・・・・・
門をぬけ出ると、眼のまえに、建築群。
古い建物が雪をかぶって、せまるように、そびえるすがたは、いかめしくて、ちかづきにくい。
外から見上げたときは、建物が寄り集まって、剣の切ッ尖みたいに見えていたけど、眼のまえにすると、ヨーロッパによくある、ふつうの古い街なみにも見えた。
あたしたちは、列になって、みんなと同じように、すすむ。
すすむにつれて、山のような、大きな大聖堂へと、ちかづいていく。
あたし、まぢビビった。デカすぎない? 空がはんぶん以上、かくれる。すげー。写メ撮ろ。あ、画面におさまんねー。
大聖堂のまえは、円形の広場になっていた。
広場を抱くように、屋根のついた大理石の円柱がならぶ。
「列柱廊、っていうんだ。屋根の下が通路になっている」
イースがまた教えてくれた。
やぶれた僧衣の老人が長い杖を持って広場に立ち、つぶやいていた。
「さいわいあれ、大真理が鎮座しておられる大聖堂に。さいわいあれ」
あたしは、ANKAの顔を見て、
「なんのこといってンの、この人?」
教えていう、
「聖典『kOO』が保存されているのよ。’07年5月に、マコトヤ・アマヤスによって著わされた、聖典中の聖典よ」
マコトヤ・アマヤス? なんかリアルっぽい、なまえ。アバター名や、ハンネじゃないみたい。
しかも、’07年って、そんなに古いことじゃないじゃん。
聖典っていうと、埃かぶってそうな、古代っぽいイメージあるんだけど・・・・
広場をよこ切り、列柱廊をスルーする。列柱廊の屋根の上に、いく百も、聖人の彫像群が、ずらっと、ならんでいた。
あたし、見上げながら、ため息した。凄すぎ。
聖堂を迂回して路地に入る。
路地は高い石造建築群の谷間にあり、せまくて、湿っていて、暗かった。
荷物がぐっしょりぬれて、重くなってきてる。腕がだるくなる。
「もー、どこまでいきゃあ、いいのよ! ポーターとか、いないの?」
エリコが怒り出す。
あたしも、いーかげんキレそうだった。
いっ、いかん、いかん。クドク、クドク。なんか、はやくも、わすれてんなー。
左にまがると、小さな広場に出た。古い噴水がまんなかにある。
広場をかこむように、いくつか建物があった。あたしたちは、大きい建物にむかう。3階建てに見えた。1階の四面すべてが列柱で、いくつものアーチをつくっていた。
ピエロのような聖職者たちが太鼓をたたき、チャルメラを鳴らし、建物のまえに立って、大笑いしながら、
「あはは。
さあ、さあ、そぉれ、そぉれ。
笑う門には、福が来る! さあ、さあ!
オリエンテーションがはじまるから。集会堂に入ってくださぁい。こっちに、集まってくださぁい」
陰気臭い祈祷僧が香の壺を金のクサリで吊るし、ゆらしながら、低い声で、讃歌をくり返し、入ろうとする者たちを清めている。
「神は偉大、神が正義、神は永遠の真理、神こそが生命!
永遠の真理を讃美せよ。
ロゴスに、栄光あれ。
真実こそが生命、生命であるから、それを真実とよぶのである」
あたしたちは、てきとうなアーチから、なかに入っていった。アーチの上部に、石の透かし彫りがある。
「さあ、さあ、奥からつめて。席に着いてくださぁい」
粗い織りの僧服の男がそういう。世俗の慾とは関係のない、森に住む世捨て人のような、質素さ。片手にパンを持って、モソモソと食べている。
ANKAを先頭にし、なかに入った。
外から見たときは、3階建てに見えたけど、なかに入ると、天井の高い、1つの大きな空間だった。
暗くて、ともかく、ひろい。窓は高いところにあるので、光があたしたちの場所までとどかない。
粗末な、長いベンチがたくさん、ならんでた。新規登録者たちが音を立て、つぎつぎ席に着く。
聖歌隊が集会堂のなかにならんでいる。昏いなか、ロウソクの火に照らされたすがたは、まるで彫像のようだ。
白と赤の礼装で、聖堂附の専属衛兵が大きな聖旗をかかげていた。
聖楽隊の金管吹奏楽部隊がラッパを鳴らす。
旗から、バラの花びらがあふれあらわれ、ひらひら宙を舞った。
花びらがおちた場所には、黄金の梵字があらわれ、一瞬で消える。聖歌隊の讃美歌がおごそかに、はじまった。
空気がふるえ、音のひびきが霧のように残存する。
空間が祓いきよめられ、清爽の気がひろがった。
どこかから、鐘の音がきこえてくる。ふしぎな残響音が、いつまでも、つづく。
ANKA、イース、ミーシャ、エリコ、あたし、の順で人をかきわけて、すすむ。人と人のあいだで、もみくちゃにされて、はぐれそうになるから、イースがミーシャの手をにぎっている。
あたしも、はぐれそうだぉー。いっしょうけんめい、エリコを見失わないように、がんばる。
ようやく席に着いた。はぁ。
坐ると、すぐに、エリコが荷物をゴソゴソやり出した。ビニール袋を出して、もしゃもしゃ食べ出す。おお、バニラ・クリーム・サンド・クッキーか? 匂いでわかっちゃう、あたしって・・・・(-_-;)
ANKAがキッとにらむ。エリコは、素知らぬ顔で、
「知らないの? 紋章入りクッキーよ。聖人を象徴する紋章がかたどってあって、噛むと、御神籤が出てくるのよ。・・・・ああっ」