5.本館でお夕食キター(行きたくない)
よし、聞くって言ったな、思いっきり文句言ってやる。
この生活水準なんだ!なんか虐待されてるみたいだけどどうなっている!
ハーレム展開だと思ったのに実母しか出て来ないぞ!
俺にそんな趣味はない!
事前の話と違う。謝罪と待遇の改善を要求する!
『お前の言いたい事は理解したっちゃ。
勝手な想像をしたお前が悪いっちゃ。』
・・・考えた事は伝わるんだった。
『悪いけど誰か来たっちゃ。質問はテンプレに聞けば答えてくれるっちゃ。
ウチは当分この世界に居るから気が向いたらまた来るっちゃ。』
都合悪くなったから逃げたな。絶対逃げたな。
今度会ったら、・・・怖いからそっと文句言おう。
本当に誰か来た。表のドアがノックされてママが対応している。
今度は部屋の扉がノックされた。
エア君の記憶ではノックされる時はママとセバス以外の
誰かがいるという事らしい。扉が開きママが入って来る。
「エアヴァルト、奥様より夕食にお招きいただきました。
体は大丈夫ですか?」
心配そうに言っているけどその前の会話、聞こえちゃったんだよね。
必ず連れてこいって言われてた。
「母上さま、エアヴァルトはもう大丈夫です。
ご心配をかけ申し訳ございません。」
ママが部屋の外へ出て、了承の言葉を伝えている。
狭くて壁も薄いのだから、こんな事しなくて通じるだろうに
妙な所がお貴族様だ。
お使いに来たのは第二夫人の3番目の娘、
エア君の3歳上の姉レオニーらしい。
エア君との関係は悪くないらしい。
それにしてもエア君素晴らしい。
8歳(来月誕生日で9歳らしいが)で見事な受け答え、
部屋から出るとレオニーと目を合わせ見事な会釈でご挨拶ときたもんだ。
俺がこの年齢の時はおやつかじりながら寝っ転がって
ゲームしてたと思う。(思えば幸せな時だった。)
その後もバカみたいだった。
お使いのレオニーがまず帰って行く。
少し経ってから特に衣装を変える事もなく別館を出た。
それなら一緒に帰れば良いと思うのだけど。お貴族様はわからねぇ。
テーブルセッティングでも変えるのか?
形式主義だね。呆れたよ。
そういえば転生して初めて外から別館を見た。
土壁、低い草ぶきの屋根、4枚だけあるガラス窓各々に
木の外扉、雨戸の蝶番版みたいなやつ、がついている。
他の窓は単なる木の板のようだ。
印象は納屋とか家畜小屋だ。これが俺の住居か。
本館へ行く。
エア君は立派な館と思っていたようだが、そうか?
レンガ構造でスレート屋根だが本館も大した事ないぞ、
窓ガラスは別館と同じく小さいガラスを枠で分割して
木枠の中にいれてあるだけだ。流石にほぼ全ての窓にガラスが入っている。
部屋数も沢山あるんだよな。奥様が2部屋使っている
他使用人の部屋まである。
それどころか普段使っていない客間もある。
何故俺たち第三夫人親子は入れない?
差別だ!この分だと奥の扉から入れと言われるかと思ったが、それはないようだ。
もっとも玄関だってそれ程立派じゃない。(現代日本基準)
ドアをノックすると向こうで開けてくれた。
こういう時は自分で開けてはいけないらしい。
ああメンドクサイ。
玄関ロビーがありそこに面した扉を開けるといきなりダイニングだ。
田舎の小貴族だしこんな物だろう。
ただダイニングはダイニングだ。別館と違いカーペットが敷いてあり、
壁にはタベストリーがあり装飾品も一応ある。
ダイニングってこれだよな。
入った時点で女性4人が着席していた。
立っている女性が3人。
そのうち一番年かさな女性がロビーとは逆側のドアから中に入っていった。
ママが着席していた女性に挨拶しているので俺もそれに合わせていた。
エア君の動作をできるようになっていて助かる、
俺単体でこんなきれいな挨拶できない。
一番ロビー側の扉に近い指定席に着こうとすと
さっきの年かさ女性を先頭にぞろぞろ人が入ってくる。
エア君記憶によれば挨拶や会話はママに任せて
空気に徹していれば良いはず。
男爵様は野盗の討伐とかで暫く不在、
第一夫人のイリスさんが今日の主人だ、着席を促される。
何が出るのかと楽しみにしているとイリスさんから俺に話かけられた。
「エアヴァルト、何かいう事があるでしょう?」冷たく、厳しい声だ。
横に居る兄のエミュールがニヤニヤ嫌な笑い方している。
・・・これは、あれか?昨日の落馬の事を言ってるのか?
エア君の記憶によると気乗りしないのに無理やり抱き上げられて
馬に乗せられ、高いと怖がるのが面白いと笑われたんだが。
その後急に馬が走り出して途中で放り出された記憶しかない。
危ない事するなと不満を言えって事か?それにしては雰囲気が変だぞ。
「何を黙っているのです、男爵様の留守に大事な馬に悪戯して、
馬に何かあったらどうするのです!」
これ、俺じゃなくエア君、怒って良いよね。
どう聞いても人より馬の方が大事みたいな言い方だ。
しかも嘘つきだ。勝手に乗っただと、どうやって?
体が小さくて馬に乗った事のないエア君が
誰かの補助なしで馬の背に乗れるもんか!
睨みつけようと思った時、ママの手が震えているのが分かった。
そして何か言おうとしている。
・・・俺は立ち上がった。
「申し訳ありません、奥様。
ほんの悪戯のつもりでお騒がせしてしまいました。
二度とやりませんのでお許し下さい。」
我ながらよくこんな事言えるよ。
俺の卑屈な性格が初めて役にたったかもしれない。
エア君がママを気遣っていた記憶がトラブルを避けたようだ。
ママは少し驚いたようだが、俺の様子を黙って見ていた。
「母上、子供のしたことですし、
馬も少し驚いただけで済んだのですからこれ位で許してやっては?
父上が不在中に処分を下す程の事でもないでしょう。」
エミュールが偉そうに周囲を見渡しながら言った。
「少し甘すぎる気もしますがエミュールがそう言うなら
許しましょう。
エアヴァルト、兄上にお礼を言うように」
何だそれ!喧嘩売ってんのか?
今から亜空間に武器を取に行って目にもの見せようか?
俺はブチギレしたが、エア君のママを守って欲しいという
願いを思い出し、素直にお礼を言った。俺エライ。
とりあえず、それで終わりかと思ったら
イリスさんが思い出したように言った。
「何も罰を与えない、という訳にはいきません。
エアヴァルトはデザート抜きとします。」
デザート!貴族の食事のデザート!それを抜くなんてとんでもない!
子供には甘味が必要なんだ。デザートをくれ。
そんな心の叫びが通じる様子は全くないようだ。
ようやく料理が運び込まれる。
料理を取り分けている人たちを観察してみる。
エア君の記憶と人物を突き合わせていく。
まず取り分けているのが第一夫人達。
第一夫人イリスさんは女の子4人を産んだ後、
男の子、エミュールを産んだ。
上の二人は既に他家に嫁に行っている。
その後、その後取り分けるのは第二夫人エマさん達。
エマさんは女の子を3人産んでいる。
そして第三夫人は男の子を一人産んだ。
俺たちだ。但し、その子は女装している。
うん、女だらけだ。給仕している人も女性しかいない。
羨ましいぞエミュール。
しかし気に入らない、全く気に入らない、全部気に入らない。
いや”平民の子のクセに馬に乗ろうと””生意気な”
”嫌な目つきをして”とヒソヒソ言われている事じゃない。
テーブルにある燭台の数が露骨に違う。
第一夫人の所、ロウソク多すぎじゃね?
まあ中身現代日本人の俺からしたら何をしようと滅茶苦茶暗い!
キャンプか何かか?だけど。
料理に関しては着座して瞬間、何となく想像はついていた。
木の皿が2枚と水の入った木のボール、お湯の入った木のコップ。
食事、出ましたよ、最初の方で実の部分はとられたのだろう
申し訳程度に蕪とベーコンの入ったスープ。
少し焦げたパン。後は・・・ない。
信じられるか?育ち盛りの子供がいるのにだぞ?
仮にも貴族だろマシな物食えよ。大飢饉の最中か?
スープの実を全部俺の方に入れようとするママに首を振り、
等分に分けてもらう。
食事前にお祈りはするようだが何の神様だろう。
・・・不味い。パンはスープに浸して食べるようだ。
というかそうでもしないと食べられない。口の中の水分皆持っていかれます。
固くて口の中切りそうです。ボソボソです粉っぽいです。
スープ、蕪少々、ベーコンのカケラ少々、
出汁はベーコンなんだろうけど塩辛くてわかりません。
ローズマリーらしい香りがしますが香辛料はその位です。
こんな不味い物食った事ない。食レポ終わり。
しかも見えてしまう。第一夫人ご家族様の所燭台が多くて明るくて、
エア君の眼が良い物だから彼らが大きなベーコンの塊を食べているのが
見えてしまう。
いい加減にしろ。分けてやらないのなら小さな子供の見える所で食うな!
心の中で奴らに人のクズの称号を授けた。
今までこれに耐えてたエア君エライ!
唯一の救いはパンの量だけはそこそこあった。
不味いパンでも飢えているよりはマシだろう。
何か話しかけられた。何、”遠慮せずもっと食べろ”
ボソボソパンしかないじゃないですか、
あんなもん単独で食えません。
”体は大丈夫か”一応心配してくれてるんですね、
第二夫人の娘のリナさん、
あなたエア君が無理やり馬に乗せられた所見てましたよね?
何他人事のように。
プンスカしながら食事、食後の会話をしているとデザートが出てきた。
俺はもらえないけど。
見た瞬間笑いそうになった。
カットしたフロロの実が盛った皿が出てきて取り分けて食べてるんだぜ。
偉そうにデザート抜きと宣告するほどの物か。
この世界、食事情悪すぎる。こそっと亜空間に行って食べる物調達しよう。
ママにも食べさせてやりたいな。疑われず食べさせる方法ないかな?
その後も空気になりきって食事会を乗り切った俺はママと一緒に納屋、
じゃない別館に帰った。
ママが悲しそうにしていたので笑っておやすみを言った。
エア君ほど上手くやれたかは不明だが激動の異世界初日としては
合格点だろう。
身支度をしてベットに入ったらすぐ眠ってしまったのは
体が8歳のエア君のせいかもしれない。
しかし折角殺虫剤を持っていたのに使うのを忘れた俺は
激しく後悔する事となった。