52.大魔法使い、キター
目隠ししてきたエルフは俺の震えが収まったのを確認すると
そっと手を離した。バッチャだった。
その間際耳元で優しく言ってくれた。
「今は過ぎた事を考えない方が良いよ。仕方なかったとかそんな
綺麗な言葉は言わないよ。それより先の事だけ考えな。」
それだけ言うと今度は周りに聞こえるように言った。
「アンタのママはどこに行った?どんな魔法を使った?」
・・・。声が出ない。俺はどうやら泣きじゃくっていたらしい。
背中をトントン叩いてもらい、ようやく声が出るようになった。
そうだ、倒れていたカッチャはどうなったんだろう。
助けなきゃ。
「カッチャはどうしたの?」
「・・・。酷く殴られたが生きている。回復魔法が
得意な者を集めている。それよりママはどうした?」
「僕も回復魔法が使えるよ。手伝わせて。
ママは・・・。魔法で隠した。
傷が酷くてここでは治せないから、治せるようになるまで
動きを止めておくんだ。」
「そんな魔法があるの?世界は広いね。
アンタのママは生きているのだね?無事なんだよね?」
無事、ではないような気がするが頷いた。
「それは良かった。本当に良かった。」
バッチャが俺に微笑みかけながら言ってくれた。
「バッチャ、カッチャが目を覚まさない!」
少し離れた場所で回復魔法をかけていたネッチャが叫んだ。
「無理に起こしてはダメ!絶対揺するな、誰か私の薬箱を持って来い。」
バッチャに付いていく、カッチャは納屋の中に寝かされていた。
『テンプレ、診断頼む。』
『エルフの身体構造はデーターにありません。』
『それでもやってくれ、分析できるんだろ?』
『人間と一般的な哺乳類のデーターを流用します。
診断が完全に正しいとは保証できません。』
普段冗談しか言わないクセにこんな時だけ堅苦しいなコイツ。
バッチャの横の狭い隙間に座ったが、特に何も言われなかった。
『呼吸乱れています、心拍低下、頭部挫傷処置済、頭蓋骨内に小規模な出血あり
脳浮腫が進行中』
ヤバい奴じゃん!具体的には本当のエア君の死因じゃん!
『テンプレ、どうしたら良いか教えてくれ。なおせるんだろ?』
それとも亜空間倉庫に入れるしかないのか?
『この世界の魔法、回復魔法と火炎魔法の体内の物質を
取り出す方法を合わせれば或いは・・・。』
『ほっといたら死んじゃうんだろ?今すぐ指示をしてくれ』
テンプレの指示に従ってカッチャの体に手を置くと周りのエルフが
動揺したようだが、バッチャが目で黙らせた。
『私の指示通りお願いします。決して急いではいけません。
脳にダメージを出さないように処置します。』
俺の掌が赤く染まり始めた。俺自身の血じゃない。
肌を透過して、じわり、じわりと、
血というより薄桃色の混濁した熱い液体が溢れ出してくる。
汚れた液体がカッチャの体の上を流れるようになったころ
変化が表れ始めた。
顔からどす黒いうっ血がひき、荒かった呼吸が静かになっていく。
『脳圧低下、呼吸音正常、心拍正常、脳内血管修復完了
現在これ以上の処置はできません。』
テンプレの念話が来るまで、どの位の時間がかかっただろう。
『助かった、という事だよな?』
『生命の危機はないと思います。脳の損傷は軽微なようですが
機能面については保証できません。意識回復の時間も不明です。』
俺が溜息をつくと、周囲がざわめいた。
気が付くと納屋は大勢のエルフに取り囲まれていた。
集中していて気が付かなかったらしい。
「どうした?」
バッチャが心配そうに聞いてきた。
「治療はできたみたい。とりあえず命の危機は脱したと思う。」
俺がそう言うと歓声が上がり、エルフ達は涙汲みながら抱き合い、
あるいは地面に座り込んだ。
その後、俺は汚れた手のひらを見つめていた。
鉄、硝煙、生臭さ、いろんな臭いでねばついている。
疲労が俺の意識を奪うまでの間、それしか覚えていない。
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「あの子大丈夫なの?」
「疲れて寝ちゃっただけだって、バッチャが言ってた。」
「大魔法使いとはいえ、子供だもんね。」
「私、何回も大魔法見ちゃった、チョーラッキー」
「最初の爆音魔法も見た?」
「見てなーい。聞いたけど誰も見てないみたいなの。」
「こいつらの傷からして、攻撃魔法よね。」
「だろうね。そんな魔法あったんだ。初めて知った」
エルフ達の前には二人の男が倒れていた。
1人は既に息が無かった。
「大魔法使いとはいえ、子供、だもんね。」
「あの反応からして、初めて殺したよね。」
「もう一人はどうする?」
「手当はする、ってバッチャが言ってた」
「バッチャの薬、効きすぎだよね。体があんななのに
動き回るなんて。」
「痛みを感じないから無理して動いたんだろうね。
出血した状態で水に入るなんてバカだよね。」
少し前、光る魔石を持ったエルフ達が汚水が流れ込む池を
取り囲み、溺れそうになっていた男を引き上げていた。
泉から湧いた水で洗った後、回復魔法をかけて
ここまで担いできたのである。
「カッチャが死んだら、痛み止めじゃなく気付け薬を
あげるよ。今のうちに寝てな」
「オークの傷もまだ治ってないし、足は半分千切れてるし、
痛いだろーな。」
「あの子供がカッチャを助けてくれたんだよ。感謝しな。」
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翌朝目覚めた時、違和感があった。
俺は森のどんぐりの煮汁で染めた茶色い衣服をきていた。
男爵家以外のこの世界の人の大半がこの色の服を着ている。
なのに、光沢のある緑色の服を着ていた。
?着替えた覚えはないぞ?
『アンタが寝てる間にエルフ達が体を拭いて、着替えさせて
くれたんですよ。』
いつもの口調になったテンプレが念話してきた。
確かにエルフ達が着ていた服と同じ生地だ。
幼稚園児の服のようなデザインは気に食わないが、
スベスベして着心地が良く柔らかい、、、、って、おい!
「下着まで脱がされてるじゃないか!」
『エルフ達がクスクス笑いながら体を拭いてましたよ。
それでも起きない、なんてプレイなんです?』
「プレイじゃねぇ!起こせよ。」
体を起こすと知らない建物の中だった。天井もある。
「起きた? 大きな寝言だったけど、大丈夫?」
声をかけてきたエルフは、ええと
「私はユッチャだよ。人間たちは静かに出来ないみたいなんで、
集会所に残ってもらってる」
記憶がグルグル回る。
体は、手は、汚れてない。
あれは夢だったんだろうか。まだ何もやってないのかも。
俺の希望は立てかけてあるAR-15を見て断たれた。
幸い誰も操作しなかったようだ。安全装置がしっかりかかっている。
「変わった杖だね。大魔法使いの杖なんて初めて見た。」
何か色々誤解されてる。
これからどうしよう、マリアさんを何とかしないと。
それより、あれからどうなったんだ?
「バッチャに知らせてくんね。」
大混乱中の俺にそれだけ言うと、返事も待たずにユッチャは
出て行った。




