40.外伝 今に見てろ
学院で私の机にあった差出人不明の手紙は不愉快な内容だった。
”生き物を殺すな、野蛮人。
魔物にだって皆生きる権利がある、魔物が人家付近に出るというなら
捕まえて山奥に離してやればいいじゃないか。”
父上に見せると紙だって安くないのに下らない事をするものだと苦笑していた。
私はエミュール・フォン・ゾーン・バルツ
バルツ男爵家の嫡男だ。
この春から王都の貴族学院に通い始めた。
最初の自己紹介の時、舐められないように
領地で人食いゴブリンを狩った話を
多少誇張を交えて話し、武闘派をアピールした。
『証拠?家に剥製があるから見に来れば良い。』
皆の前で堂々と宣言してやった。
ちなみに我が家は王都にタウンハウスがある。
貧乏な地方貴族の子女は王都に家などなく、寮住まいだが、
私は自分の家から毎日馬車で学院に通っている。
伯爵以上の学級なら普通だが、我が学級は子爵以下であるためほとんどは寮生か
徒歩で通って来ている。
タウンハウスがマンチェス伯爵家の持ち物であるとか、
馬車も馬も、なんなら維持費までマンチェス伯爵からの贈り物であるとか
そんな事はどうでも良い。
お前ら一般の男爵、騎士伯とは違うのだよ我が家は!
というのをアピールでき、女子生徒の何人かは私を見る目が変わった。
見てみたいという級友が何人かいたので、家に呼んだ。
見栄えの良い女子生徒は馬車に乗せて送り迎えもしてやった。
皆、玄関に置いたゴブリンの剥製を見たり恐々触ったりして
俺の事を褒めていたはずなのに、何故こんな手紙が来るのか理解できん。
このゴブリンは人食いだぞ?魔物が居るから開墾できない土地が沢山あるんだぞ。
家畜や農作物の被害のせいで我が領地の収入は減るのだぞ?
・・・。
解っている。
この手紙を書いたのは生きた魔物なんか生涯見る機会のない、
脳内お花畑の王都馬鹿だろう。
それは構わない。そんな奴は問題ではない。
問題は我が家が軽んじられている事だ。
武の家たるバルツ家は平和が続き功績を上げる機会がない。
領地は貧しく、本来は生きて行くだけでやっとの境遇である。
同じ学級の制服を大事そうに着て、寮から通っている連中のように。
そうでないのは我が母上、イリスの実家が太いからだ。
我が男爵家の財政は母上の実家からの援助頼み、周囲の人間は皆知っている。
どうして実家からそんなに援助があるかというと、
母上は婚約破棄されて返された傷物だからだ。
私も15歳、大人だ。事情は理解している。
王族から婚約破棄された令嬢で適齢期を超えてしまった娘を
嫁にするとはどういう事か、周囲にどうみられるかという事を。
現に姉上達も(実質マンチェス伯爵家からの)持参金を多めに付け
”多少訳アリ”扱いで嫁に行った。
痛ましい事だ。
私は、我が家の名誉を取り戻すため何とかしなければいけない。
その為にも学院で目立ち、成績を上げ、上級貴族の皆様と交友し
出世しなければならない。
そのために母の反対を押し切り、多少無理してゴブリンの剥製を
持って来たのに効果はイマイチだった。
もう少し感心してくれるかと思ったのだがこれでは
実家に口をきいてくれた母上に面目がたたんな。
そう、母上の実家、マンチェス伯爵家は王家にも勝る財力がある。
本来ならどんな贅沢もやり放題のはずである。
しかし、母上は厳しく、贅沢をさせてくれない。
着る物も食べる物も、領地での生活に至ってはメイドすら付けてくれず、
腹違いの妹や弟が家事をしていた。
『どこの家もそうしてる、家格にあった生活をしなければなりません』
母上の口癖だが全く納得できない。
先日も新しい馬が欲しかったのに却下された。
けち臭い!そんなんだから婚約破棄されるんだと思う。
まあ良い。学院の勉強にかこつけて当分クソ田舎の
領地には行かないように出来る。
見栄の為だろうがホームハウスは専属の執事と専属の家事メイドが居る。
領地の土臭い農民が通いでやっている事と比べ何と洗練されている事か。
貴族家とはこうでなくてはいけない。
王都に居続けてこそ貴族だ。
領地経営?そんな物は代官にやらせているのが上級貴族だ。
カントリーハウスは、そうだな、平民の子
エアヴァルト・フォン・キンド・バルツあたりを代官にしておけば良い。
あいつ、妙に領民たちと仲が良いからちょうどよいだろう。
つでに手を出した領民の娘も押し付けよう。
物を知らん田舎娘だがあいつとなら土臭い物同志上手くやるだろう。
土臭い、本当にそうだ。
エミュールはエアヴァルトの顔を思い出して笑ってしまった。
可愛らしい顔をしているが、その顔はいつも汗や埃、
時には汚物で汚れていて台無しになっている。
ゴブリンの皮の臭いを取るために香草で燻蒸した時は奴の母のマリアと
一緒に真っ黒な顔に目ばかり光らせ、黒い顔が二つ揃って動いたので
腹を抱えて笑ってしまった。
そうだな真面目に働くなら領地は奴か誰かに任せておこう。
どうせたいした稼ぎにはならない。
学院で力を見せ、出生してやる。
今に見てろ、俺の事を馬鹿にしている連中を見返してやる。
中途半端な剣術しか取り柄の無かった父上と俺は違う。
魔法も使えるし剣術も才能があると言われた。
学院で上級貴族、いや王族に近づいて出世してやる。
上手くやれば王女に降嫁いただき一気に昇爵できるかもしれない。
彼は自分が斃した訳でもないゴブリンの剥製の前で拳を握りしめ
決意を固めた。
この世界の貴族は”〇×男爵家の”という意味で”フォン”を付けますが、男爵は当主だけなので
家人の区別をつける必要がある場合、跡継ぎとか庶子とか第✕夫人とかを名乗りに加えるようです。
面倒なので加えない事も多いらしいのですが、エミュール君はしっかり区別するようです。




