2.セバスキター!貴族の家なんだからそりゃまあ来るか。
戸を開けた女性は、その場で一瞬立ち止またがそのまま俺に飛びついて来た。
扉からベッドまでの距離が近かったせいか一瞬だった。
きたこれ、お約束。異世界転生してすぐ理由もなく激モテ!
いろいろあったが転生して良かった!
体に感じる胸のお肉は柔らかくて結構な量があるようだ。
グフフ、最高だぜ!ずっとこのままでいたい!
まあ、その後すぐ離れて俺の顔を覗き込んできた。
目が潤んでいるというより泣いた顔で
「大丈夫?どこも痛くない?体は動く?・・・。」
泣き声、泣き顔、少しやつれた感じ・・・。
前世でここまで真剣に心配された事ないぞ俺。
やっぱ転生者はモテる!
「うん、大丈夫。」頷くと、思いっきりキスされた!
え、いきなり?
前世で一度も経験した事ない!モテ期到来だ。
その後、頭や顔に手を当てたり撫でたり・・・どこかにお祈りをしたり。
美しい人だが落ち着きのない性格のようだ。
「エア、私のエア!」ギュウギュウ抱きしめられる。
愛情表現激しいタイプだ。メンヘラさんかな?
「信じてたわ。絶対大丈夫だって。
エアは優しくて強い子だもの。ママは信じてたわ。」
うん?今聞き捨てならん事を聞いたような気がするぞ。
ママ?今俺を抱きしめて泣いているイロッぽいオネーさん、
確かにママって言ったよな。
ママだよね。お母さんだよね。
そりゃ落馬した子供を猛烈に心配するわ。
折角好みのタイプだと思ったのに恋愛対象外じゃないか、
お約束ちゃんと仕事しろ。
「セバスを呼んでくるわ。
それまで大人しく寝ているのよ。」
もう少し抱きしめていて欲しかったのだが、
ママはもう一度顔を見ながら話しかけてきた。
セバス?定番の執事さんなのか?お約束世界なのか?
促されてベットに横たわるとママは部屋を出て行った。
俺は追いかける事も声をかける事も出来なかった。
ママがドアを閉めて暗くなった部屋の、今閉まったばかりのドアの内側に、
淡く透き通る少女がじっとこちらを見ていたから。
・・・昨日から怪現象ばかり見ていたので慣れてはいた。
決して腰が抜けたり、声が出せなくなった訳ではない。
グロさなら昨日見た自分の体の方がよっぽど、て思い出しそうになった。
とりあえず叫ぼう!
「お化け!」
『落ち着いて下さい。あー、もうだめですよ。
大きな声出して。周囲で怪しむ人が出るでしょ。』
テンプレの意識が話しかけてきた。
『さっきからいろいろ教えようとしてたんだけど、
アンタ絶対声に出して答えるでしょ?
色々伝えられず困ったんですからね。』
「お前、そこの女の子が見えないのか?
幽霊だぞ、幽霊!これが落ち着いていられるか。」
『アンタだって幽霊みたいなモンでしょ?何を今さら。
それと間違いがあります。
あの子は女の子ではありません。
どうしても伝えたい事があって無理してくれたのに失礼ですよ。
それでは男爵ご令息。よろしくお願いします。』
へっ?この世界の衣装はよくわからないが、どうみても女の子に見えるけどな?
幽霊?がこちらに寄ってきた。ちょっと怖いんだけど。
『突然で申し訳ありません。エアヴァルト・フォン・バルツと申します。
衣装を直す事ができないので、死んだ時の姿で失礼します。
お伝えしたい事があるのでしばしお時間を下さい。』
右腕を胸に付けお辞儀をする、貴族の礼らしい。
「これはご丁寧に恐れ入ります。私は諸星望と申します。
よろしくお願いします。」
日本人の性か?ベットの上に正座してお辞儀をする。
幽霊が唖然としているような気がするが気にしないことにしよう。
『えっと、事情は聞いています。
日本という国もあなたの事もよくわかりませんが、
母上の願いが 天に通じた結果
僕の体に入っていただいたと聞いております。』
ん?何だそれ?
テンプレが口笛吹いて向こうを見ている気がする。気のせいか?
『馬から振り落とされた時、私は頭を打ち、
その場で死んでしまいました。
心臓が止まり、体も冷えてきた私に母は
回復魔法をかけ続け、母は祈り続けていました。
自分はどうなっても良い、奇跡を、エアを助けて欲しい。
ただそれだけを母は祈り続けていました。』
回復魔法、あるんだ。
『回復魔法では心臓を動かしたり、傷を塞ぐ事は出来ても
命を取り戻す事などできない・・・。
それを知っていても母は、魔法を続けました。
私の心臓が、呼吸が弱るたびに全力で、自身が力尽きて倒れるまで・・・。』
お母上頑張ったんだね。ウン。
『その姿を見ていた私に、肉体だけなら助ける事ができると
声が聞こえました。』
誰の?あの有名キャ〇か。
『別の世界の人の魂を私の体に入れる事ができる、
その人は良い人だからきっと母上を助けてくれると。
私は母上を悲しませないためその提案を受け入れました。』
俺が聞いているのと内容が大分違うような。
『その後です。皆諦めかけた私の体の容態は突然快方に向かいました。
従軍経験があり人の死にざまを数多く見てきたセバスが
とりあえず大丈夫、と判断してのが夜明け頃でした。』
セバスさん、従軍した後執事になったのかな?
『倒れてしまった母上は隣の部屋で休んでいたのですが、
あなた方の話声で目を覚まし、先ほどこちらを訪れた次第です。』
はい、抱きしめていただき大変嬉しかったです。
あれ、幽霊のエア君が切なそうにこちらを見ているぞ。
『私は諸般の都合によりこの世に留まることができません。
それがとても心残りです。
でも、その体はこの世に残す事を許されました。
お願いします。その体を使って母上をお守り下さい。
そして母上が誇れるような人になって下さい。』
エライ!立派だ。流石貴族。言葉遣いが違う!
やたら電撃してくる鬼娘とは格が違う。
「お任せ下さい。あんな艶っぽ、ゲフンゲフン、
美してお優しいお母さまが幸せにならずして良いという事があるでしょうか。」
『何やら心配になってきましたが、よろしくお願いします。
お亡くなりになったおばあ様がお迎えに来られたようです。
私は行かなければなりません。』
男の娘の幽霊は寂しそうに笑いながら顔を近づけてきた。
『最後に伝えておきます。
私はどこに行くかわかりませんが、もし母上に不埒な事をしたり、
悲しませたりしたら絶対戻って来て地獄に引きずりこみますよ。
全力で呪いますからね。』
何これ怖い。この子8歳なのに怖い、
笑っているのに全身がヤバいと感じるくらい怖い。
「そ、そんな事は誓ってしません。安心して成仏して下さい。」
目を閉じ、懸命に合掌しているとテンプレの声が
直接頭の中に響いてきた。
『もう旅立って行きましたよ。』
目を開けると元のように誰も、幽霊含め、居ないようだ。
溜息が出るが、思い返してもう一度合掌しておく。
『おや?あんたにしては殊勝な行動ですね。珍しい。』
「珍しいとは何だ。さっき出会ったばかりじゃないか。俺の何がわかる。」
『品性下劣・・・』
「お前がそんな風に思っているからあの子まで俺に変な先入観持ったんだろう。
悲しませるな、は理解できるけど何でその前に不埒な事するなが来るんだ!」
『でも、実際不埒な事考えたでしょ?』
「うっ。俺の好みどストライクだけど・・・」
『品性下劣・・・』
「うるさい、現在中身は健康な22歳の男なんだ。
綺麗なオネーさんに心が動くのは仕方ないだろう」
『開き直りましたね』
「知らなかったからだよ。
知った今では精神的、肉体的、感情的にそういう対象にならない」
『意外にまともなんですね。DTのクセに。』
「後半要らないだろう。喧嘩売ってるとしか思えんな。
ところでこれからどうしたら良いんだ?
この世界の事何もわからないぞ?」
『とりあえず元のエアヴァルト・フォン・バルツ君、
愛称エア君の記憶を最低限アンタの中に入れます。
話し方やら動作やらが元のゴミみたいな感じでは
周囲の人に違和感を持たれてしまいます。』
「人の事をアンタ呼ばわりするAIに
ゴミみたいな感じって言われたくない!
それ大丈夫なのか?」
『記憶だけチョロチョロっと入れるだけなので
パーになるとか人格が変わるとかはありません。
人の名前とか建物の配置とか元のエア君が知っていた範囲で
判るようになります。』
「それは必要だな、早速頼む。」
『それでは、書き換え中電源を、
じゃなかった眠らないようにして下さい。
すぐ済みますが、ちょっと頭が痛くなるかもしれません。』
「てっ、痛!ちょっとどころじゃないぞこれ。
いきなり始めるんじゃない!
こういう事は先に教えろ、この陰険AI!」
『人格は変わった方が良かったかもしれませんね・・・・。』
あっ、なんか解る。
この部屋は僕の部屋だ。
開閉できる窓はあるが窓ガラスではなく木の板が入っている。
隣はママの寝室、ここは本館ではなく別館、
口の悪い者は納屋と呼ぶ、ママと僕用の建屋。
ママはマリア27歳、商人の娘だが
回復魔法が使えるので男爵家に嫁に来て僕を産んだ。
第三夫人らしい。
あっ、涙が出て来る。第一夫人と第二夫人は貴族の娘で
ママに意地悪するのでエア君は嫌いらしい。
うわー、ざーっと出て来る。
男爵の館って貴族の館かっ?ていうほどちゃっちい。
食事も普通は別々っぽい。。。最悪だ。
男爵、僕の父はフリードリッヒ44歳、
赤毛で締まった体をしているが髭で禿げのオッサンだ。
もっとママを大事にしろよ。
エア君は話す相手によって話方を変えていたらしい。
8歳にして賢い子というべきか苦労していたというべきか。
エア君、周りに気が付かれなかったけど不満が溜まっていたらしい。
先ほど見た可愛らしいような、恐ろしいような幽霊を思い出す。
圧倒的な好意をいだいている人物も何人かいる。
ママは別格として、2番目位に好きな人が何人かいる。
そのうち一人が来た!遠くから足音が近づいてくる。ママも一緒だ。
バタン、バタンといささか乱暴な音がしたと思ったらドアが開いた。
どうやらノックはしてくれないようだ。
部屋に入ってきたのはボサボサの白髪と髭、
ヨレて継ぎのあたった上着を着た男、セバスだった。
「おい、エア。本当に目が覚めたんだな。
すごい!こんな事あるんだな。良かった」
すごく汗臭くて家畜の臭いがするけど嫌いじゃない。
「少し眼を見せてくれ!ちゃんと見えるか?
今度は眼を動かしてみろ、吐き気はしないか?」
元気に、すごい大声で話しかけて来る。
・・・お約束のセバスとは随分違うキャラのようだ。