17.貴族の経歴キター
「やっと水場まで来たぞ、エア、ここで洗いな。」
「そんなに汚れてたら村に帰れないぞ。」
「近在一の美人になるって噂なのにそれじゃあな。」
俺が男の子だと知ってるクセに、皆さん勝手言って下さる。
それ誉め言葉じゃなくて揶揄ってるだけでしょ。
そんな中セバスが水場を指さして言った。
「その汁は染みつく前に流した方が良いだろう。
火を起こしてあげるから、顔と髪を洗いなさい。」
大ムカデのトーテムフートにぶっかけられた汁って、正体ゲ〇だよね?
喉元に咬みつこうとしたらDDT吸い込んで思わずゲ〇ったんだよね?
人生で虫にゲ〇かけられる瞬間ってあるか?
転生ってもう少し良い思いができるんじゃないのか。
泣けてくる。
さて、洗い流す事について異論はないけど、
季節は木の芽がふくらみ出した早春、
目の前にあるのは結構な水量の湧き水。
ご冗談でしょ?この寒いのに?
皆さまいらっしゃるのに丸見えじゃないですか?
変態ですか、そうですか。
令和日本なら間違いなくタイホー案件ですよ、皆さんの行動。
水汲みしていた30代くらい女の人が俺を手招きしている。
これ以上グズグズしていると強引に脱がされそうなので
意を決して湧き水に向かった。
拳銃とDDTは皮肉な事に汚れていない前掛け(エプロン)に包んだ。
幸い水は思った程は冷たくなかった。
思った程ですよ、氷水想像していたからそれよりは随分マシなだけ。
寒さで歯が鳴るというのは前世で経験した事がないかもしれない。
大慌てで火の傍まで走るとボロ布とボロ毛布を与えられた。
そこで震えていると犬たちが寄って来て寄り添ってくれた。
相変わらず不愛想な犬だけど暖かくて助かる。
俺の丸見えには誰も興味はないようだ。
俺の服を洗う人もいれば、矢と槍の血を洗っている人もいる。
ロバの世話やら革袋に水汲みやら忙しく働いている。
セバスだけが俺の腕の状態を見に来た。
この水場は別動隊との合流地点だそうだ。
なるほどここで道が分かれている。
煙が見えたらこちらに来るだろうと言っている。
スマホも無線もないと不便なもんだ。
別動隊が合流してきたのは服や毛布が乾く前だった。
俺は古い毛布にグルグルに巻かれてロバに文字通り積まれていた。
完全に荷物扱いだ。
半渇きの服やエプロンは野菜を入れるような袋に入れて同じく積載。
ロバさんご苦労様。
大きさは随分違うが馬とロバの速力の差はどの位なんだろう?
2時間位で森を抜け放牧地の横にある川まで来た。
橋を渡りながらセバスが俺に話かけてきた。
「今日の事だが、お館では私が説明するからエアは黙っていなさい。」
「どうして?」
「エミュール様はエアが行きたいというから仕方なく連れて行ったと
言っていた。今頃お館ではワガママな子供をどうするかで大騒ぎだろう。」
「そんな!大嘘じゃないか。山なんか行きたくなかったよ。」
「嘘なのは皆わかっているさ。でも仕方ないんだ。」
「何が仕方ないの?酷過ぎる、殺されかけてるんだよ。」
「貴族の家だからな。
次期当主の経歴を守るためなら庶弟の命なんか気にもしないだろう。」
「それって・・・。」
「マリア、お前のママも辛いんだ。エアは強い子だろ?ママの為に
我慢するんだ。私からのお願いだ。」
「それってお金のせい?」
「覚えていたのか。そうだママがこの家にいる間ママの実家は
お金を貸してもらえる事になっている。
それが無ければママの家族は奴隷にされてしまう。
ママは辛くても動けないんだよ。」
「そのお金を返せばいいんだね?」
「それは大変だぞ。
マリアの家族も少しづつ返しているようだけどな。」
村の人たちが討伐隊に気が付いたらしい。
木戸を開けて人が手を振っている。
木戸を抜けてそのまま館まで行くらしい。
ゴブリンの死体まで運んできたせいか村中の人が見に来たみたいだ。
村の人は無事?な俺を見て物凄く喜んでくれた。それは良いんだけど。
俺は服を着ていない。毛布を体に巻いてもらっているが、それだけだ。
一歩間違うと村中の人の前で御開帳する羽目になる。
もっと前に気が付くべきだった。助けてHELP!
俺が縮こまっている間に討伐隊は館に入った。
マリアさんは俺の所に全力疾走でやってきたが
本館からはバラバラと人が出て来るだけ、嫌な雰囲気出してる。
「止まりなさい。」
エノラさんの声だ。討伐隊全員が止まってお辞儀をすると
第一夫人のイリスさんが出て来た。
「いったい何があったのか説明しなさい。
トーテムフートはどうしたのですか?
エミュールが斃したというゴブリンがそれですか?」
セバスが代表して答えた。
「トーテムフートが山の古い坑道に居たようですが、
坑道とともに落盤で潰れたようです。
坑道から出て来る気配はありませんでした。」
「不測の事態は避けられたという事か。誰か見たのか。」
「エアヴァルト様が見られたとの事です。
我々も崩れた坑道を確認しております。」
「エアヴァルト、その坑道にゴブリンは居たか?」
俺が頷くとイリスさんが続けた。
「エミュールの話と一致する。間違いないようだ。
坑道の中にいたゴブリンはそれか?」
ロバに積まれたゴブリンを指さしている。
「このゴブリンはエアヴァルト様を襲っている所を見つけました。
その場所より奥に入った形跡がなく先日人を襲った個体と
特徴が似ております事から別個体だと思います。
坑道の中のゴブリンは麻痺状態で動かなかった、との事なので。」
セバスが答える。
「嘘をつくな。」
横からエミュール兄が割り込んできた。
「坑道内のゴブリンは確かに動いていたぞ。
俺の炎魔法で動かなくなったんだ。」
「暗い所なので見間違いもございましょう。エミュール様が
仕留められたに違いありません。」
セバスが受け流した。
「そのロバに積んであるのがそれだ、落盤の時上手く運び出したのだろう。」
エミュール兄が無茶な事を言い出した。
「母上、エアヴァルトの願いを聞いてしまったせいで大事になってしまい、
誠に申し訳ありません。弟可愛さで配慮に欠けました。」
エミュール兄が変な事を言っている。
セバスが事前に釘を刺しておいてくれなかったらブチギレてたかもしれない。
「その他に申し上げなくてはいけない事があります。」
すっかり白けた空気の中セバスが声を上げる。
「昨日の山師と思われる亡骸を見つけました。」
「それはどこにある。」
「その袋の中に。残念ながら大部分食われた後でした。」
人間が入るとは思えない小さな袋を見て、事情を察したのかイリスさんが
眉をひそめた。
「身元の分かりそうな物はあるのか?」
「ゴブリンの持っていた山刀や昨日見つけた地図を山師ギルドに見せれば
何かわかると思います。」
「山師ギルドに手紙を書こう。その亡骸は共同墓地に葬ってやれ。」
イリスさんは威厳を込めてそういうと俺の方に向き直った。
「たびたび問題を起こすエアヴァルトには罰を与えねばなりません。
明日中に銀のティーセットを磨いておくように。」
ちょっと待て、こんな目に合わされて罰まで喰らうのかよ。
それよりアンタの息子の教育どうなってるんだ?
「エアヴァルトはまだ子供なのです、その上ケガを負っています。
罰を与えるのは勘弁してください。」
俺を抱きしめていたマリアさんが泣きださんばかりに言ってくれたが、
「子供の小さな手の方が細かい所まで磨けるのです。
悪い事をしたのに甘えてはいけません。」
イリスさんではなく、その使用人のエノラが俺たちに言った。
あのクソBBA偉そうに。第一夫人付でも使用人だろ?
睨みつけていたが、陽が暮れて寒くなってきたせいか、本館の人々は
さっさと中に入っていった。
誰も何も言わないけど、こんなのありか。