16.ヲワタ、キター、だからキター
9歳の男の娘が体をひねり、ウィンクまでする「”萌え萌え、キュン”」
刺さる人には刺さるであろう動作をして、俺は亜空間倉庫に入った。
・・・毎回毎回精神的ダメージが入るな。
早く必要な物を取り出そう。
食事は倉庫内で取れば良く、持ち歩く荷物を減らせるだろう。
他が問題だよな・・・。
『何が問題なんですか?』
「サイズだよ 例えば靴、何だよこのUS11とかEU29とかいう靴は?
今履いてる靴の上からこの倉庫の靴を楽々履けるぞ。」
『ではそうすれば。そもそも車があるじゃないですか。』
「そんな履き方でフィットする訳ないだろ!
靴も服も大きすぎて使えるか。
自動車もマウンテンバイクもあるけど、
車はダッジのピックアップだぞ。
馬一頭やっと通れる道を走れるわけないだろう。
車もマウンテンバイクも足が届かんわ!
使えない物は無いのと同じだろ。何がチートだ!」俺は泣き出した。
『・・・大変な事は理解しました。』
気分でMREのパックを開けて食事、クラッカーにピーナツバター
お腹は減っているのに巨大ムカデのせいで食欲ねぇ。
今日は絶対悪夢を見る自信がある。
後は防寒対策だな、ここの品物を用意した人って大きい人なんだよな。
使えそうな物あるだろうか。
防寒服、腰丈らしいを羽織ってみた。俺が着たらロングコートやん。
二人羽織どころか4,5人で入れそう。
というか裾を踏んで転びそう。
見られた時の言い訳も考えないといけない。
考えた末、小さめの毛布を体に巻き付け大きな安全ピンで留めた。
姿見で見てもさっきの防寒具より違和感がなく、こっちの世界の人も
受け入れてくれそう。
さて、単独下山となると自己防衛しなければならない。
木の枝?坑口の中見た後は杖代わりだよ。
決めた、銃持とう、見つかっても、”山で拾った魔道具”で押し通そう。
沢山あるから最悪1丁位取り上げられても良いや。
俺の中で最も握りやすい上ゲームでも使っていたグロッグを取り出し
スカートの右側のポケットに入れた。
エプロンの位置を調整すればシルエットも隠せるだろう。
取り上げられても良いけどギリギリまでバレたくない。
スライドを引いて実弾確認、と。
あと巨大ムカデが居るかもしれない。奴は一匹とは限らない。
DDTは必需品だろう。
山歩きするための荷物は最小限にまとめた。
しかし、山へ連れて来るのにこの姿あんまりじゃないか?
完全に家事スタイルだぞ。魔物の出る山じゃ違和感しかないぞ。
「”萌え萌え、キュン”」
危ない、亜空間倉庫に入ったの馬糞のそばだったっけ。
進む方向間違えてもう少しで踏む所だった。
帰ろう、絶対心配してる。
来た道を帰れば良いのだし、馬の跡が続いているので道に迷う
心配はないだろう。
拳銃もあるし、まだ昼だ、楽勝、楽勝。そういう事にする!
フラグを立てていたと気が付いたのはその直後だった。
杖代わりの木の枝を持つ右腕に強烈な衝撃を加えられた。
「?!」
向き直ると緑色の顔をした猿のような魔物がいた。
山刀らしき物を振り回してくる。
『ゴブリンです。藪の中に隠れていて呼吸音に気が付きませんでした。』
テンプレ、仕事しろ!
ゴブリンの攻撃はただ獲物を振り回すだけの単純な物だったが
9歳の体の俺が第二撃を躱す事ができたのは単なる運。
その後奴は勝どきみたいなポーズ取ってたので少し距離が取れた。
「どう見ても向こうの方が強そう&足も速そうだな。」
『そうでしょうね。何で撃たないんですか?』
「さっきので右手が痺れてしまった。
左手で銃を抜こうとしてるんだが無理みたいだ。」
『向こうは余裕でアンタをどう食べるか考えてるみたいですが
どうしますか?』
「どうしようもない!ヲワタ!だ余裕こいてないでお前も考えろ!
少しは責任感じろ!」
『大丈夫です。アインがそこまで来てますから。』
「あいーん?」
『寒い事言わないで下さい。ツバイとドライも来ました。』
俺の横を疾風のように黒い影が走り抜けていくと、後ろから恐ろしい
唸り声がした。
セバス一家の羊を魔物や野獣から守っている守護犬たちだ!
「助かった?」
『大勢の人の声もします。大丈夫でしょう。』
それを聞けば余裕も出るというものだ。
俺は犬とゴブリンの対決を観察する事にした。
形勢逆転、今まで俺を追いかけまわしていたゴブリンは焦りまくり
逃げようとしては回り込まれ、攻撃しようとしては後ろから
別の犬に噛まれている。
誠にザマミロである。やっちまえである。
そしてゴブリンが刃物の使い方を知らないというのは本当らしい。
ちゃんとした刃物を握っている。
あの刃が当たっていたら俺の腕は打撲で済まなかっただろう。
『そういえば腕は大丈夫なんですか?』
「安心したら無茶苦茶痛くなってきたけど感覚は戻ってきた。」
俺が高見の見物をしているゴブリンVS犬は、犬側が圧倒している。
ゴブリンの攻撃を完全に見きって距離をとり、ゴブリンを逃がさない。
ゴブリンの動きを完全に止め棒立ちにさせた。
次の瞬間俺の後ろから矢が飛んで来てゴブリンの胸に深々と刺さった。
二の矢、三の矢が次々刺さる。
それを呆然と見ていた俺に声がかかつた。
「無事だったか、エア!」
「師匠!」セバスを先頭に大人達がやって来る。
その内一人が背丈ほどの長さの槍を持ってゴブリンの胸を深く抉ると
奴は断末魔の叫びをあげた。
「エア、何があったんだ、変な匂いもするし、えらく上等な毛布だな。」
俺は今日あった事を多少のフェィクを交えながら皆に説明した。
大ムカデは落盤に巻き込まれて勝手に死んだ事にした。
「トーテムフートとはな。犬が進まない訳だ。」
聞けば、咬みつくところが無く猛毒の大ムカデを犬は苦手にしているらしい。
剣や矢も効果が薄い上、並みの魔法では刃が立たない厄介な魔物との事。
「そういえばエミュール兄上を見なかった?」
「途中で会ったよ。エアが残っているなら引き返して
一緒に探すよう言ったんだが、トーテムフートが出たから援軍を呼んでくると
帰って行ったよ。」
あの野郎自分だけ逃げたか。俺は死んだと思ってるな。
その後の俺は座っているだけで良かった。
皆に物凄く優しくしてもらえた。
腕の傷は水で冷やしてもらえたし、ムカデ液は臭い臭いと笑われた。
連れて来たロバに斃したゴブリンを積む人がいる。
坑道の方に確認に行った人が状況を報告している。
帰り道は、ほとんど食べつくされた山師の体を回収した袋
(原型は残ってなかいらしい。)と一緒にロバに乗せてもらえた。
気に入らないがゴブリンと同乗よりは良さそうだ。
歩くより断然楽で速いし。
「エアは小さいのにしっかりしてるな。怖かっただろうに。」
セバスが声をかけて来たのは俺の体のムカデ液が臭いという話の時だ。
「いい事を教えてあげよう。エミュール様のズボンは濡れていて、
お前とは違う臭さだったな、ありゃ小さい方だけじゃないぞ。」
周りの人に聞こえたかどうかはわからない。
そうか、エミュール兄、三河狸状態だったのか。ザマミロ