15.こうかはばつぐんだ、キター
この世界の人生も終わりだ。思えば約2カ月、短い人生だった。
マリアさん大丈夫かな?
セバスは悲しむだろうな。
リナとレオニーは寂しがってくれるかな。
『魔物、何故か通り過ぎて行きますよ。』
テンプレからの念話につい目を開けた俺は激しく後悔した。
節足動物の沢山の足、うごめく関節が蠢いている。
それが俺の腕の上から体の上を踏みつけて行く!
ひっくり返ったGの足そっくり、全身に鳥肌がたった。
「あわ、あわ、あわ・・・アレは何だ?」
結構重かったが足が多い分重さが分散されているのだろう
踏みつぶされる事はなかった。
俺の上を踏み越えた巨大ムカデはそこで方向転換し
坑道の奥に戻って行った。
『トーテムフートと呼ばれる魔物ですね。この世界で恐れられています。』
「見た目でなんとなくわかる。ヤバそうな奴だな。」
『実際ヤバいですよ。猛烈な神経毒で獲物を痺れさせて捕えます。
捕えた獲物は生きたままゆっくり食べます。』
「えーと、生きたままという事は?」
『痺れて動けないけど意識はあるみたいですよ。』
「最悪じゃん!」
こうしてはいられない、亜空間倉庫に逃げ込もう!今すぐ。
その時、何か折れる音がして上から土がバラバラと落ちて来た。
『この坑道を支えている坑木は腐食が進んでいます、この坑道は
ちょっとした刺激で崩れると思います。』
マジかよ、最悪じゃん。誰だ無理やり入ったの。
「確認なんだが亜空間倉庫って入った所と同じ所にでるんだよな?
もし入った所が土に埋もれていたらどうなるんだ?」
『そりゃ土の中に放り出されて生き埋めで詰みですね。』
「明るく言うな!」
ヤバい、逃げ込んで魔物がどこかに行くまで待つ作戦はマズイ。
戻って来た時まだ居たら意味無いし、長く待ったら生き埋めかもしれない。
「銃を持って来て撃つか、ガソリンぶっかけてやろうか?」
『この閉鎖的な空間でガソリンは論外です。良くて相打ちですよ。
理系学生のクセにその位わかりませんか?』
「という事は爆発物もダメ、ぶっつけ本番だが銃撃してみるか。
どんな銃が効果ある?」
『銃撃が効果あるのは間違いないと思いますが、一発で仕留められないと
巨大ムカデが暴れてこの坑道が崩れると思います。』
ヲワタ、完全にヲワタ。
仕方ない一生亜空間倉庫でヒキニートしてやる。
新鮮なウ〇コは一生でどの位の量になるのだろう。
『この期に及んで下らない事考えますね。』
「うるさい、こっちは完全無防備になる”萌え萌えキュン”をいつやるか
機会をつかもうと必死なんだ。」
『でも不思議ですね。あの魔物こっちを見つけてるクセに襲って来ません。』
炎魔法の火は消えたようたが、松明はまだ燃えていて様子はよく見える。
「見つかるどころか上を乗り越えられて、その上臭い液かけられたよ。
ひょっとして俺の前に居る獲物で腹いっぱいで見逃してくれるとか。」
『ああ、それゴブリンですよ。良かったですね。見たがってたでしょ?
噛まれて麻痺状態なので思う存分観察できますよ。』
「こんな切羽詰まった状況でどうやって観察するんだよ!」
巨大ムカデの巨大複眼はどこを見ているかわかりにくいが
俺から視線を離してくれない。
俺、きっと美味しくないよ、見逃してくれよ。
『アンタ最近肉付き良くなりましたもんね。獲物を逃したくはないんでしょう。』
そんな意見は要らない!
『でも不思議ですね、あの魔物ダメージを受けているみたいです。
何もしてないのに変ですね。』
ダメージ?ムカデ?虫?
「DDTのせいだ!」
俺は朝、ノミ退治しようとDDTを体に振りかけていた。
それがあの魔物にダメージを与えているんだ。
『なるほど、襲おうと体に乗った所でDDTに気が付いて噛まなかった、
ムカデは後退できないからDDTまみれの体の上を通らざるを得なかった。
そのせいでダメージを受けたと。』
「仮説だけどな。本当かどうかやってみよう。」
おれはポケットからDDTの袋を取り出すと半分を魔物との間に撒いた。
残りは、「喰らえ!」自堕落な生活でなまっているが少年野球から
高校までしっかりやった俺の肩は健在だ、袋は見事命中し粉が降りかかった。
『弱肩で有名だったじゃないですか。体も違うし、
それに10mもありませんよ命中して当然です。』
「この最悪の状況で的確な分析ありがとう。」
この体でも送球フォームが良かったから命中した、という事にする。
粉が体にかかり気門から吸収したらしい魔物は苦しみ始めた。
こうかはばつぐんだ!
『何落ち着いてるんですか。あいつ暴れて壁や坑木破壊し始めましたよ。
死ぬまであの調子で暴れられたらこの坑道絶対持ちませんよ。急いで!』
「この体じゃこれが全力疾走だよ!」
遠くに見える入口の光めがけ必死に走る。
魔物はDDTの結界を乗り越えてはこないので楽々逃げ切り、
と思っていました。さっきまで。
「なんで追いかけてくるんだよ!」
『どうやら断末魔の苦しみでもがいているだけのようです。』
「なら何でこっちに来るんだ?」
『簡単です。こっちにしか空いたスペースがないから仕方なくです。』
ムカデの魔物が暴れるとその部分の坑道が崩れる、それを避けて
ムカデはこちらにやってくる!
「後ろ、ガンガン落盤してるじゃないか!」
『振り返らず全力で走って下さい。生き埋めになりたいんですか?』
「もうヤダー。」
泣き顔になりながら、やっと坑口についた。よし生き埋めは回避!
ムカデにやられる前に亜空間倉庫へ行って追加のDDTを・・・。
「”萌え、ハッハッ、もーえ、きゅん”」
『ブー。ちゃんと言い直して下さい。』
「何だ?テンプレと違う声がしたぞ。」
今度は聞きなれたテンプレの声がした。
『それは亜空間倉庫の管理者の声です。出入りのチェックと管理をしています。』
「この非常事態に意地悪するな。空気ヨメ。」
『そいつは無口な偏屈者で審査が厳しいんですよ。』
「ダンスゲームやカラオケの採点じゃあるまいに。」
揉めている場合じゃない、やり直しだと思ったその時、
”ズズーン!!!”
重い音がして坑口から土が噴出して来た。
『内部が崩れたみたいですね。』
「ムカデが這い出てくる兆候はないのか?」
『あの魔物が動く音がしなくなりました。埋もれていると思われます。』
土煙が収まるまで待った。
落ちていた木の枝を持った。
頼りないけど素手よりマシだろう、フルスイングしてみる。
坑口から離れた場所から中を覗き込むと入口から1mも入らない地点まで
崩れたらしい。
「とりあえず助かったのか?」
『そのようです。本当にとりあえずですけど。
しかし昔のハリウットかドリフのような終盤総崩れエンディングでしたね。』
決定、こいつ絶対老害だ。
ほっとすると猛烈な空腹が襲ってきた。
そりゃそうだ、朝飯前の水汲みに行く前に攫われた。
そこから馬で体感2時間、洞窟内は体感は長いが実質40分強?だろう。
いつもなら朝飯を食べ終わっている時間だ。
「てか、寒い。」
屋敷周りで水汲みしたり雑用する姿で山中に居る。上着を寄こせ!
思った通りエミュール兄と馬は居ない。
足跡と新しい馬糞があるだけ。
フーン、無理やり連れて来た弟を見捨てた訳ね。
まあ必要物は亜空間倉庫にあるから良いけど、問題はここから帰れるかだ。
馬で2時間は今の俺の体でどの位かかるのだろう?
足元を見てみた。
こっちの世界の靴は左右がなく歩きにくい。
しかもサイズが合わずぼろ布を詰めて調整している靴だ。
これで長時間山道を歩けるだろうか?
えーい、我にチートあり。何とかなるさ。
マリアさんの顔、日本の両親の顔を思い出せ!
あんな泣き顔もう誰にもさせないぞ。
『前向きで結構。頑張って下さい。』
テンプレ、お前はもう少し役に立て!