13.アーレーキター
「”萌え萌えキュン”」
・・・あれ?亜空間倉庫に転移しないぞ?
『今”ブー”って音がしたでしょ?可愛さ不足との事です。
もう一度やり直してください。』
「可愛さ不足って何だよ。」
『転移に必要だと言いませんでしたか?
亜空間倉庫が審査して決めるんですよ。
今までは恥ずかしがる初々しさで何とかなっていましたが、
最近は嫌々やってる感が強くてダメだそうです。』
「はぁ?そんな話聞いてないぞ。
そんな条件じゃ子供の内は乗り切れたとしても
俺がオサーンになった時どうするんだ?」
『キモ可愛い、で乗り切って下さい。』
「いい加減にしろ!無理ゲーすぎるわ!」
『亜空間倉庫によると誠意があれば認めるそうです。』
なんというクセの強い転移条件だろうか。
しかし、必要だ、殺虫剤。
冬とはいえ、いや冬だからこそ体温めがけ寄って来る。
この世界に来てからずっと言ってる気がするが背に腹は代えられない。
俺は精いっぱいの笑みで腰を少しひねりながら
可愛らしくポーズをとって言った。
「”萌え萌えキュン”」
次の瞬間俺は白い空間の中に引っ張り上げられた。
このシステムを作った奴は重度の変態に違いない。
殺虫剤は何種類かあったが、そのうち2種類を使用している。
スプレータイプで環境に優しい奴と粉末のDDTだ。
ハーブの香りが強すぎる環境に優しい奴を姿見の横に置くと
俺は服を脱いだ。
『他人の事を変態扱いしておいて自分は全裸ですか。』
「なりたくてなってない。虫刺されされる前に脱がなきゃ意味ないだろ。」
服を全力で床に叩きつけ殺虫剤をかける。
『それにしても姿見の前で服を脱ぐのは、そういうご趣味ですか?』
「お前の言うそういう趣味がどんな物なのかは知らないが、
体を観察している。」
『変た・・・』
「だから違うと言ってるだろう。肉付や皮膚の状況を確認してるんだよ。」
『健康確認ですか?ホッとしました。』
「俺を何だと思ってるんだ?
随分肉付きや血色が良くなってきたと思わないか?
もっとも俺はいまだにこれが自分の体とは思えないけど。」
『栄養補助食品やら保健薬、駆虫剤とか飲んでますものね。』
最初に服を脱いで鏡に姿を映したのは害虫対策、偶然だった。
「何だこれ?こんな子供居るのか?」俺は自分の姿に驚いた。
服を着た状態ではよくわからなかったが、
やせ細った幽鬼が映っていた。
とりあえず身長体重を測定してみた。
最初に出た言葉は「ヤードポンド法滅ぶべし。」
俺の感覚と合わないのでメートル方に換算すると
身長133㎝体重24.5kg。
痩せすぎじゃね?BMI限界突破してね?子供って判断基準違ったっけ?
この世界の他の子と比べ特に貧弱でもなかったけどこれで良いのか?
とりあえず骨浮きすぎ、何とかしないと。
それから3日に1回だったらしい体を拭く回数を増やしたり、ドライシャンプーを
使ったりして健康に気を付けた結果体重計の目盛りは、
「59.1って面倒くさい、27kg位か身長も1cmUPっと。」
タブレットの計算機能が無けりゃ面倒でやらないな。
ポンドとかオンスとかしらねぇよ。
『一ヶ月少々で変わったので周囲に怪しまれていませんか?』
「今の所何も言われないな。食べてる現場を押さえられなきゃ
子供が育つのは当たり前で通せるんじゃないか。」
着こんでいる季節だし。
『で、殺虫剤は今回もそれを持ち出すと。』
「スプレーは見られたら言い訳できないからな。」
俺はDDTを袋に小分けしてポケットに詰め込んだ。
DDTの袋が置いてあるのは危険性と効果を天秤にかけたのだろう。
その有用性から今でもマラリア流行地域でも使われている強力な奴。
この世界の虫は耐性がないのか散布すればワラの奥まで全滅だ。ワラ。
『で、妙に熱心に医薬品のリストを見てますがどうしたんですか?』
「マリアさんの回復魔法を見たじゃん。あれと医薬品と比較してたんだ。」
『何故比較したいんですか?』
「マリアさんがやったような事は近代医学でもできないはずなのに感染症を
治せないらしい。だったら薬を持って帰った方が良いかなと思ってね。」
『魔法についてはまだ不明な事が多いので今は意見を言いません。
ご主人様が説明しに来てくれるのを待ちましょう。
この世界での薬は効果の怪しい物しか無いし、普及していないようです。』
「どんな魔法があるんだろう。
男爵領の大人達は知らないみたいだけど物凄い魔法があったら
亜空間倉庫の物があっても対応できないかもしれない。」
・・・お腹空いたからとりあえず帰ろう。
今日の分の食材は別館の自分の部屋に置いてあるけど、今日は豪華に
ビスケットを亜空間倉庫からお持ち帰りだ。
その前に服を着て・・・。羞恥心は忘れないようにしないと。
でまたやるんですか、そうですか。
精いっぱい可愛らしくポーズでニッコリ。
「”萌え萌えキュン”」
精神的ダメージが半端ない。
その日はマリアさんの服にも少しDDTをかけた事とデザート
(本館の連中ザマミロ)が増えた位でいつも通り就寝した。
翌朝もいつも通り、星のまたたく時に起床して洗面、
俺ってなんて勤勉なんだろう。激しくやりたくないが水汲みだー。
変わった事と言えばエミュール兄が馬に乗って庭にいた。
いつもは日が高くなるまで寝床を離れないらしいのにどうしたんだろう。
討伐に行けるのが嬉しくて遠足の日の子供のように眠れなかったのかな?
やっぱガキだな。
俺を見つけたエミュール兄が近寄ってきた。
何か用かな?と思った瞬間首根っこを掴まれて馬の鞍の上に
引っぱり上げられた。
エミュール兄、意外に馬術上手なんだ。知らなかった。
「ぐぇー、お兄様、何をなさいます。」
情景だけみれば少女の誘拐だろう。
「魔物の討伐に行く。ゴブリン一匹位俺一人で大丈夫だ。」
「そこまで言われるならエアヴァルトはお止めしません。
誰にも言わないから降ろして下さい。」
降りたらすぐ皆に知らせるけどね。
「お前も一緒に来てもらう。この間から俺の魔法を馬鹿にしてただろ。」
エミュール兄が火の玉を的にぶつける練習をしているのを見ていた事はある。
20m位先の目標に野球の球位の火の球をぶつけているのだが、
その火の玉ストレートは目測90km位、
大学入ってから軟式の同好会で遊んでた俺でも楽勝で打てそうだ。
マズイ、その心が態度に出ていたかな。
「生意気なお前に兄の偉大さを見せてやる。」
「馬鹿になんかしてません!見とれていただけです!」
決して火矢の方が強くね?とか思ってません。
「それにお前、回復魔法が使えるようになったらしいじゃないか。」
「え?そんなはず無いじゃないですか。」
本当に使えませんって。
「嘘つけ。ブツブツ何か詠唱しながら歩いてるのをよく見るぞ。
昨日は回復魔法のやり方をじっと見ていたそうじゃないか。」
それは念話してる所を見ただけ、とは言えないな。
「私なんて足手まといになるだけです。本当に止めて下さい。」
「もうやめろ、今から駆けさすから喋ると舌を噛むぞ。
俺が居て回復魔法が使える者がいれば何も問題ない。」
そっちが目的かい、でも本当に使えないよ。
問題しかないと思うのですがエミュール兄上。
馬が駆け出すと俺は叫んだ。
「アーレー」
亜空間倉庫の基準は満たせそうな声だった。