5.風間との北国
*****
なんの拍子かなんの因果か、風間と一緒に北海道いた。夏の三連休を活用した二泊三日の旅である。言ってみればお忍びだ。といっても風間は家族にきちんと話したらしい、その上で資金は本人持ち。過去、メイド喫茶で稼ぎまくっていたらしい実績からするとてんで不可能ではないだろう。俺は父にも母にも話さなかった。話す必要がないからだ。話したところで反対されなかったと考える。「子どもにはまだ早いぞ」的な注意喚起をされる可能性はあったかもしれない。
初日は旭川で勢い良く煮干ラーメンを食べ、続けざまに電車にて網走にまで足を延ばした。網走――言いたくはないが、駅前からして酷い街だった。どうやら本気で商売をするつもりなどないらしい。夜になっても閉めている店が少なくなかった。ハイシーズンを逃してなんとするのか。お目当ては居酒屋と言えど、風間と俺の外見なら余裕で酒なんて出してもらえる。なのにやっていないとは、やはり文句を言いたいところではあった。結局入ったのは、道民の心に寄り添うかたちでの営業を続ける「つぼっぱ」である。しつこいようだが大人は何も悪くない。外見ゆえにそれをいたずらに活用する格好で提供を望んだ俺たちが悪い。風間も俺もアルコール――梅酒を飲んだ、ソーダ割。陳腐でチープだからこそ、悪くはなかった。
*****
明くる日、タクシーで行き着いた先、富良野の明るい紫色は美しかった。調子に乗ってラベンダーソーダなる飲み物を二人して飲んだ。マズいものではなかった。うまいものでもなかった。さらに移動し、美瑛にまで至った。「パッチワークの丘」は愛らしかった。「ジェットコースターの道」は明らかに道交法違反的だった。双方ともに訪ねてみればわかる。ほんとうに素敵な場所には度肝を抜かれるくらいの感動がある。変則的に新得に至り、蕎麦を食べたのも、アリと言えばアリだった。新得そば――決して馬鹿にはできない味わいだった。
*****
新千歳空港。「白い恋人」と「マルセイバターサンド」をしこたま買い込んでみせた風間である。
「そんなに誰に渡すんだ?」
「みんな。リリにもサキにも配るのだよ」
手荷物検査を終えて中に入ってから、俺は少しだけ渋い顔をした。
「嫌だな、それは」
「それって特に、サキに嫌に思われちゃうからでしょ?」
「というか」俺はジャケットのポケットからスマホを取り出した。「返事がないからと、桐敷からは問い合わせが絶えない」
すると「あははははははっ!」と、周囲のニンゲンがぎょっとするくらい風間は笑って――。
「やったーっ! 嫉妬ばんざい!!」
俺は「悪ふざけはよせ」と叱った。しかし――すると風間は悪戯っぽく笑って、多少俯き加減の俺の顔を、下から覗き込んできた。
「長旅だったよね」
「そうでもないだろう?」
「乱暴してくれて、よかったのに」
「物理的にやりかえされるのが嫌でできなかった」
「どうしてそんなに怖がるの?」
「くどいぞ。おまえに畏怖の念を抱いているからに決まっているだろう?」
あたしは楽しかった!
ほんとうに、楽しかった!!
そんなふうに、風間は面白がって――。
「まさか男と、しかも高校生のうちにデートできるとか、旅行までできるとか、そんなこと、考えてもみなかった。あたしはあたしより弱い男なんて男だって認めないからね」
「それ以上は言うな。俺はまだ誰についても答えを出していない」
「あー、それって」と不満そうな風間。「見比べてるってことだよね? あたしと、それにリリとサキを」
「ああ、そうだよ」俺は否定しなかった。「どいつもこいつも、素敵でしょうがないからな」
夕焼け空が綺麗だ。
飛行機は向かい風に向かって飛ぶというが――。
「次に来道したら、行きたいところはあるか?」
「えっ」
「らしくない質問に聞こえるか?」
「そうだね。まあだからこそ、嬉しいな。次があるんだって思うと」
「どこに行きたいんだ?」
「白老。牛肉がおいしいんだってさ」
「なんとも野蛮な話だな」
そもそもかわいらしいともとれる牛を見て「食べてやろう」と考えたニンゲンはどこのどいつだったのか。
俺はすっくと椅子から立ち上がった。
「どこ行くの?」
「トイレに決まっている」
「嘘」
「どうしてそう思う?」
「サキからの連絡がしつこいんでしょ?」
「違う。かつての俺は嘘を言った」
「だったらスマホ、見せて」
ああ、うざったい。
風間ってこういう女だっただろうか。
「風間、言っておくぞ」
「なあに?」
「おまえより強い男はいないのかもしれない。いっぽうで、俺の代わりはいくらでもいる」
風間は不思議そうに、あるいは不機嫌そうに眉を寄せた。
「言ってる意味が、よくからないんだけど?」
俺は椅子に座り直した。
「ほら、やっぱり、トイレじゃないんじゃない」
「ご両親のもとにようやくお返しできるのかと考えると嬉しいよ」
「えっと、本気でそう思ってる?」
「当然だ」
「抱いてって言ったつもりなのに」
「だから断る。おまえを抱いていい男は、世界最強でなければならない」
「そうなる自信がないってこと?」
違う――と、俺は否定した。
「雅孝の場合、ハードルが高すぎるのかもしれないね」
「おまえはそれくらいを設定しろ」
「まあ了解。ありがとう」
「どういたしまして」
そろそろ搭乗の時間だ。
ケータイを機内モードに切り替える。
飛行機に乗り込み、ワンランク上の座席に並んで腰を下ろした。風間は借りた紺色のブランケットを早速広げ、自らと俺の手元を隠した。その中でその下で、俺の左手に右手の指を絡めてきた。
「あー、スゴく感じちゃう。濡れちゃったらどうしてくれるの、雅孝ぁ」
俺は小さく肩をすくめてみせてから、目を閉じた。発進。座席に背が貼りつくようなGを感じ、新千歳空港――北海道から足が離れた瞬間、大盛で食べたうに丼の濃厚な味わいが、突拍子もなく、口内に溢れた。