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24.窓の向こう

*****


 朝、登校の準備を終え、スクールバッグを肩にかけると玄関を出た。出たところでヒトに出くわした。丈の短い上着、丈の長いスカート、セーラー服。艶やかな茶色い、長い髪を有する彼女は、何を隠そう桐敷だった。


 桐敷は踊り場で両膝を抱えていた。こちらに目を向けるとぎこちなくニコっと笑い、それから立ち上がって「よ、よぉ、雅孝」という挨拶の言葉もどもり加減でぎくしゃくしていて――。


「つつ、つめてーよな、風間の野郎も香田も。な、仲間がよ、雅孝が怪我したっつーのに、様子を見にもこねーとか、さ」


 照れながら、恥じらいながら言うあたり、ぎゅっと抱き締めたくもなる。

 俺は奥ゆかしいニンゲンだから、実行に移すことはないが。


 もじもじしながら、桐敷は「撃たれたとこ、ホントにだいじょうぶか?」と不安げな顔をした。


「痛いと言ったら、肩を貸してもらえるのか?」

「い、いいぜ、それくらい。減るもんでもねーし……」

「冗談だ」


 俺は一人で歩ける。

 これからもそうありつづけるし、そうありたいと考えている。



*****


 放課後。

 ファイトクラブの部室。


 三名の女子は格ゲーに勤しんでいて、俺はというと、定位置の座席から窓の向こうにある晴天を睨んでいた。憎らしいわけではない。ただただ、呑気な気持ちに浸っていた。


 見事なまでに綺麗な青空だ。

 神さまのエゴが成せるワザ――なのかもしれないな。


 香田が近づいてきた。


「どうした?」


 そう訊ねると、香田は暗い顔をして、俯いた。

 

「昨日はごめんなさい。取り乱してしまって」


 仮にそんなことがあったとしても、もう忘れた。

 忘れてしまったことなので、「忘れてしまった」とやはり応えた。


「雅孝は、わたしが女だからって馬鹿にする?」

「おまえは上等なニンゲンだ。性別は関係ない」

「ほんとうに……?」

「ほんとうだ」

「……わかった」


 香田は小さく頷いてみせると、元いた位置に戻った。

 しゅっとした美しい後ろ姿は相変わらずだ。


 ゲームで負けて、負けることしかできない桐敷は今日も「ひぐっ」、「ぁぐっ」といった具合にしっぺを食らいまくっている。そのうち立ち上がり、おいおい泣きながら俺の前に立った。


「ひでぇよぅ。いてぇよぉぉぅ。あいつら加減ってもんをしらねーんだよぅ……」


 その様子に愛らしさを覚えつつ、「何か用か?」と訊ねた。

 すると桐敷は上目遣いでこちらを窺い――。


「そ、そのよ、だいじょうぶかよ、ほんとうに」

「顔をしかめたくなる」

「やっぱ、いてーのか?」

「ほんの少しだけ、な」


 あ、あたいにできることがあるなら、なんだってするぞ?

 嬉しいことに、そんなふうに宣言してくれた、桐敷。


「そういうことなら、そうだな……服を脱いで、下着姿で三遍回ってワンと言ってもらおうか」

「なななっ、なんだとぅっ?!」

「嫌なのか?」

「う、うぅぅ、それは……」


 俺が笑ってみせると、桐敷は顔を真っ赤にした。

 左の肩を右手でばしばし叩いてくる。


「心配して損したぜ。でも……」


 おまえが無事ならなんだっていいんだ。

 そう言ってはにかむ桐敷はほんとうに可愛らしい。


 最後に風間がやってきた。


「シャワー浴びて、お湯に浸かって、ベッドに入ったけれど眠れなくて、だからまたシャワーを浴びて、頭から浴びつづけて……。でね? ねぇ、どんな結論に至ったと思う?」


 そんなの、わかるはずがない。

 俺はそう答えた。


「昨日はあたしが馬鹿だった。冷静じゃなかった。みっともないとこ、見せちゃったな、って。もし、あんたがいなかったらって考えたら、ゾッとなった」


 べつに俺がいなかったらいなかったで、結局は風間がなんとかしていたように思う。風間ならあるいは、俺よりもっとうまくスマートに切り抜けたかもしれない。そうである以上、俺はしゃしゃり出てしまったということだ――とも言えなくもない。


「ねぇ、あんたはどうしてあたしを……あたしたちを、守ってくれたの? そんな義務なんてないのに」


 椅子に腰かけたまま、風間の向こうに青空を見たまま、俺は「それが俺なんだろう」とだけ答えた。不思議と良い心地で、だから俺は、自然と微笑むことができた。


 ちらと後ろを窺った、風間。

 桐敷と香田はゲームに熱中している。


 風間が近づいてきた。

 腰を屈めて、俺の唇に唇で触れた。


 唇を離すと、風間は花のように笑ってみせた。


 ありがとう。

 そう言って、笑ってみせた。


 生まれてきてこっち、弾丸をもらったこともあり、昨日は最悪の一日に思えたものだが、桐敷、香田、そして風間、三人がご機嫌であってくれるのであれば、俺にとっても、それは悪いことではないのだろう――と思う次第だ。


 窓の向こうを、俺は見ていた。


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