23.ロミさんの働き
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まさに煙たいとしか言いようがない煙草の匂いの最中にあって目が覚めた。当該――白い天井にはまるで見覚えがなく、だから自らの知らない場所なのだと見当がついた。太ももが痛いなぁとつくづく感じる。それ以外は、いつもと変わりがないと断言していい。
「観ていたよ、神取雅孝。おまえは、大したものだな」
どこかで耳にした声、口調。
すぐに工藤ロミのそれだとわかった。
身体を起こす。
やはり、二つの太もも以外は痛くない。
「どうして俺はこんなところにいるんだ?」まだ学校にいることくらいはわかった。「なあ、なぜなんだ、ロミさん」
まずはここがどこなのか、教えてやろう。
ロミさんはそう言って――。
「我がパソコン部の隣室だ。仮眠室という表現が正確だろう」ロミさんは言う。「いろいろあって、こうなった。そのいろいろを聞きたいか?」
「一応、聞かせてもらおうか」
やれやれ。
大儀そうに、ロミさんは吐息をつき。
「おまえは銃撃に遭ったわけだ。撃たれたということだ」
「それは、わかっているつもりだが」
「おまえが太ももに浴びた弾丸は、私がまるっと取り除いた」
「医学の心得があるとでも?」
「多少はあるような、ないような」
「いったい、どっちなんだ?」
ロミさんは首を横に振り、「私がやると言ったんだ。大人に任せておいても良かったんだが、まあ、なんだ、なにしろおまえのことが可愛らしく思えてしまってな」と述べた。
「本物の医者ではいけなかったのか?」
「聡明なおまえらしくない問いかけだ。失望した」
「答え合わせをしたいと言ったつもりだ。教えてくれないか」
やれやれやれ。
あらためて溜息をついたロミさん――。
「簡単な話だよ。鉄砲玉をもらったニンゲンを、一般的な医師に診せることはできないだろう?」
それはそのとおりだ。診せたが最後、「おまえたちの学校はなに危なっかしいことをやっているんだ?」と疑いの目を向けられることになる。ここ、鏡学園のみな、特に生徒はそんなことを望んでいるはずもなく、だからそのへんをしっかり理解しているロミさんが音頭を取るような格好で事をおさめに出てくれた――ということなのだろう。
「太ももの傷は、焼けるように熱くて痛い」
「情けないことを言うな。私としては、うまく施術したつもりだしな」
ずっとディスプレイとにらめっこだったロミさんが近づいてきて、ベッドの端に腰掛けた。煙草をくわえると細いライターで先端に火を灯し、ふーっと一つ煙を吐いた。
「警察沙汰なんざ望まない。おまえがそう考えて行動したことは、誰の目にも明らかだった」
「大げさな話でもなんでもない。大人が立ち入る案件ではないと考えたのは事実だが」
「メビウス・ゼロ、だったか」
「ああ。奴さんがどうかしたか?」
「すまないと言っていた。おまえに対する謝罪だよ」
おやおやおや。
もっと捻くれているように感じていたのだが。
世の中、そうそう悪いニンゲンなどいないという証左なのかもしれない。
「女三人はどうしていた? 俺が半殺しにされて、悲しんでくれただろうか」
「そんなことはなかったな」
「ならいい」
「愚か者。冗談だ。三者三様、おまえのことを心配していたよ」
「それはそれで、心が痛む」
「嘘をつくな」
「ああ、嘘だ」
ところで。
俺はそんなふうに接続詞を用い――。
「どこかで聞いたのかもしれないが、だとしても忘れてしまった。風間の邪魔をしてしまった。彼女の序列は落ちてしまうのだろうか」
「団体戦は団体戦でしかない。個人の順位には、関係がない」
ならよかったと内心、胸を撫で下ろすとともに、口元には自然と笑みが浮かんだ。
「メビウスの連中にも両親があるのだと考えると、憎むわけにもいかない」
「雅孝、そのへんがおまえの本質なんだろうな」
「軽蔑すべき偽善だ」
「その対象ではないよ、優しさだけは」
端末のディスプレイが放つ光だけの中、ロミさんが優しく頬を緩めたのがわかった。
俺は両手を突き上げ、うんと伸びをした。
「長居をするつもりはない。もう行く、ありがとう」
「どこに行くんだ?」
「決まってる。家に帰るだけだ」
「いい夢を」
「おたがいに、な」
部屋を後にし、歩き出す。
力強く踏み出すことができた。
ああ、そうだ。
俺は平気だ。