表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

22.≠ギフテッド

*****


 頑ななまでにやり手で手強い――が、拳の一発も足の一撃もけっしてもらってやらない、やるもんか――と、心に強く刹那的に、それでいてねちっこく言い聞かせる。俺自身、器用に立ち回っていると言っていい。ともすれば、一発もらえばおじゃんだろう、負けてしまう。いずれも相応の力を秘めたタチの悪い攻撃だ。


 かかってこい。

 胸を貸すぞと右手で招き促すと、真正直に突っかかってくる。


 左のローキックから右のハイ、うっとりするほど華麗だ。

 それでいて、相手の首を刈らんだけの説得力がある。


 しかしいい加減、うざったくなって「こっちくんなよ、馬鹿が」とどこかで聞いたようなフレーズを放ちたくなる――が、めげずに相手をしてやる。


 拳を引き絞る。

 渾身の一撃――を、最小限のスウェーバックでかわされた。


 左の足払いについては右のふくらはぎで切り捨て、俺は前に強く踏み込む。


 相手が下がった。

 引く点にはつまらなさを覚えざるをえないのだが――。


「裏技でもあるんだろう?」と俺は問うた。

「俺はメビウス・ゼロ。殺人鬼だ」などと返してきた。


 元少年兵か何かだろう、おまえは。

 俺は当てずっぽうでそう訊いた。


 そのとおりだ。

 驚くべきことに、そんなふうな返答があった。


「気がついた頃には西アフリカにいた。黒き死神と、恐れられていた」

「そんな男が平和に憧れて、この国を訪ねてきた?」

「違わないし、違うのかもしれない。ただ、私は――」

「私は?」

「……殺すっ」

「短気な奴だな」


 俺は高らかに、朗らかに笑った。

 西アフリカの黒き死神、か。

 なんとも物悲しい響きではないか。


「苦しい立場の傭兵だったらしいな、メビウス・ゼロとやら。それは認めよう、だが」

「だが、なんだ?」

「だからといって、他者を傷つけていい理由、言い訳にはならない」


 ほぅ。

 メビウス・ゼロは口をすぼめた。


「見た感じ、おまえはもっとドライな男だと思った」

「ああ、案外、俺は湿っぽいらしい」

「おまえを倒せば、うまいワインにありつけそうな気がする」

「未成年だろう? だったら、やめておけ」


 いよいよ、メビウス・ゼロが腰からごついナイフを、スマートな鉄砲を抜いた。それらの底を寄せ合うようにして構え、「殺されたくなければ命乞いをしろ。しろ、しろしろしろ、今すぐにだ」とサイコパスめいた口調で言った。周囲をの観客らが蜘蛛の子を散らしたように退場しだした。賢明な判断だ。誰も怪我なんてしたくない。


「神取雅孝、中央武道館ではなく、私がどうして舞台にここを選んだかわかるか?」

「だからわかるさ。ここは広くはない。天井だって低い。重火器を用いられたら、まともな逃げ道などない」

「そういうことだ」いよいよ拳銃を眉間に向けてきた。「私は勝つ。おまえたちはシミでしかない。美しいシーツを汚すだけのシミだ」


 俺は両手を肩の横に持ち上げ、やれやれと首を横に振った。


「気がついたら帰国し、その中でいつしか、ヒトに対して理由もない憎しみを抱くように……いや、ぶつけるようになったのだろう。だが誓え、メビウス・ゼロ。俺に負けたら、二度ともう、ヒトを傷つけることはしない、と」

「誓う必要はない」

「なぜだ?」

「私がおまえに負けるはずがないからだ」


 胸の前で、左の手のひらに、俺は右の拳をぶつけた。相手に対して、すっと半身になる、左手を前に向け、右の拳は腰の位置。俺は空手しか心得がない。でもそれだけでじゅうぶんだ。


「撃ってこい。俺だって、おまえなんかに負けやしない」


 何も応えずに発砲してくるあたり、思いきりがいい。

 たぶん、装弾数は十六発プラスα。

 全部避けるのは不可能だ。

 だったら――。


 ほとんどギリのところでかわして、最後の一発は左手で握り、止めた。


「ギフテッドめ……っ!!」忌々しげに、彼は言った。

「違う」と俺は答えた。「俺をそんな安易な一言で片づけるな」と続けた。


 両の太ももが痛い、熱い。

 弾丸をもらったからだ。

 貫通した感覚はなかった。

 だから弾については身体の内に含んだままだ。


 風間の「雅孝!」は咄嗟に発したものだろう。

 桐敷の「雅孝!」にしてもそうだ。

 香田の「雅孝!」だって。


 心配するなというか、残念だったな。

 俺は誰にも負けてやるつもりはないし、負けない。


 今日も華麗に期待を裏切ってやろう。


 いっとう、力強く踏み込む、歯を食いしばって。

 次で仕留められなかったら勝ちはくれてやろう――そんな気持ちで。


 黒き死神よ。

 無念さを噛みしめるがいいぞ。

 あいにくここが、おまえにとってのデッドエンドだ。


 いたちのさいごっぺだろう、その鉛をかわす。


 やっとこさ、相手は構えた。

 銃もナイフも放り出した。


 生身をようやく、良しとした。


 弾丸よりも、ナイフの一振りよりも、その一撃――パンチはなにより鋭かった。だが、なんなくかわすし、な。


 気合いの入った右の拳を引き絞る。


 おまえは弱くなかったが、強くもなかったよ。


 そんな意を込めて、相手の顔面を右の正拳で強く強く貫いた。


 抜群の手応えを得つつ、目の前が真っ暗になった。


 どうやら弾をもらいすぎたようだ。

 どうやら血を、流しすぎたようだ。

 どうやら、がんばりすぎたようだ。


 死んでもかまわない。


 俺は前向きなニンゲンだから、いつだって俺は、そんなふうに考えている。


 気持ちがいい闘いだった。

 興が乗った、心地良かった。

 礼を言うぞ、メビウス・ゼロ。


 薄っぺらな感想でしかないのかもしれないが、とにかくおまえには、価値があったように考える。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ