22.≠ギフテッド
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頑ななまでにやり手で手強い――が、拳の一発も足の一撃もけっしてもらってやらない、やるもんか――と、心に強く刹那的に、それでいてねちっこく言い聞かせる。俺自身、器用に立ち回っていると言っていい。ともすれば、一発もらえばおじゃんだろう、負けてしまう。いずれも相応の力を秘めたタチの悪い攻撃だ。
かかってこい。
胸を貸すぞと右手で招き促すと、真正直に突っかかってくる。
左のローキックから右のハイ、うっとりするほど華麗だ。
それでいて、相手の首を刈らんだけの説得力がある。
しかしいい加減、うざったくなって「こっちくんなよ、馬鹿が」とどこかで聞いたようなフレーズを放ちたくなる――が、めげずに相手をしてやる。
拳を引き絞る。
渾身の一撃――を、最小限のスウェーバックでかわされた。
左の足払いについては右のふくらはぎで切り捨て、俺は前に強く踏み込む。
相手が下がった。
引く点にはつまらなさを覚えざるをえないのだが――。
「裏技でもあるんだろう?」と俺は問うた。
「俺はメビウス・ゼロ。殺人鬼だ」などと返してきた。
元少年兵か何かだろう、おまえは。
俺は当てずっぽうでそう訊いた。
そのとおりだ。
驚くべきことに、そんなふうな返答があった。
「気がついた頃には西アフリカにいた。黒き死神と、恐れられていた」
「そんな男が平和に憧れて、この国を訪ねてきた?」
「違わないし、違うのかもしれない。ただ、私は――」
「私は?」
「……殺すっ」
「短気な奴だな」
俺は高らかに、朗らかに笑った。
西アフリカの黒き死神、か。
なんとも物悲しい響きではないか。
「苦しい立場の傭兵だったらしいな、メビウス・ゼロとやら。それは認めよう、だが」
「だが、なんだ?」
「だからといって、他者を傷つけていい理由、言い訳にはならない」
ほぅ。
メビウス・ゼロは口をすぼめた。
「見た感じ、おまえはもっとドライな男だと思った」
「ああ、案外、俺は湿っぽいらしい」
「おまえを倒せば、うまいワインにありつけそうな気がする」
「未成年だろう? だったら、やめておけ」
いよいよ、メビウス・ゼロが腰からごついナイフを、スマートな鉄砲を抜いた。それらの底を寄せ合うようにして構え、「殺されたくなければ命乞いをしろ。しろ、しろしろしろ、今すぐにだ」とサイコパスめいた口調で言った。周囲をの観客らが蜘蛛の子を散らしたように退場しだした。賢明な判断だ。誰も怪我なんてしたくない。
「神取雅孝、中央武道館ではなく、私がどうして舞台にここを選んだかわかるか?」
「だからわかるさ。ここは広くはない。天井だって低い。重火器を用いられたら、まともな逃げ道などない」
「そういうことだ」いよいよ拳銃を眉間に向けてきた。「私は勝つ。おまえたちはシミでしかない。美しいシーツを汚すだけのシミだ」
俺は両手を肩の横に持ち上げ、やれやれと首を横に振った。
「気がついたら帰国し、その中でいつしか、ヒトに対して理由もない憎しみを抱くように……いや、ぶつけるようになったのだろう。だが誓え、メビウス・ゼロ。俺に負けたら、二度ともう、ヒトを傷つけることはしない、と」
「誓う必要はない」
「なぜだ?」
「私がおまえに負けるはずがないからだ」
胸の前で、左の手のひらに、俺は右の拳をぶつけた。相手に対して、すっと半身になる、左手を前に向け、右の拳は腰の位置。俺は空手しか心得がない。でもそれだけでじゅうぶんだ。
「撃ってこい。俺だって、おまえなんかに負けやしない」
何も応えずに発砲してくるあたり、思いきりがいい。
たぶん、装弾数は十六発プラスα。
全部避けるのは不可能だ。
だったら――。
ほとんどギリのところでかわして、最後の一発は左手で握り、止めた。
「ギフテッドめ……っ!!」忌々しげに、彼は言った。
「違う」と俺は答えた。「俺をそんな安易な一言で片づけるな」と続けた。
両の太ももが痛い、熱い。
弾丸をもらったからだ。
貫通した感覚はなかった。
だから弾については身体の内に含んだままだ。
風間の「雅孝!」は咄嗟に発したものだろう。
桐敷の「雅孝!」にしてもそうだ。
香田の「雅孝!」だって。
心配するなというか、残念だったな。
俺は誰にも負けてやるつもりはないし、負けない。
今日も華麗に期待を裏切ってやろう。
いっとう、力強く踏み込む、歯を食いしばって。
次で仕留められなかったら勝ちはくれてやろう――そんな気持ちで。
黒き死神よ。
無念さを噛みしめるがいいぞ。
あいにくここが、おまえにとってのデッドエンドだ。
いたちのさいごっぺだろう、その鉛をかわす。
やっとこさ、相手は構えた。
銃もナイフも放り出した。
生身をようやく、良しとした。
弾丸よりも、ナイフの一振りよりも、その一撃――パンチはなにより鋭かった。だが、なんなくかわすし、な。
気合いの入った右の拳を引き絞る。
おまえは弱くなかったが、強くもなかったよ。
そんな意を込めて、相手の顔面を右の正拳で強く強く貫いた。
抜群の手応えを得つつ、目の前が真っ暗になった。
どうやら弾をもらいすぎたようだ。
どうやら血を、流しすぎたようだ。
どうやら、がんばりすぎたようだ。
死んでもかまわない。
俺は前向きなニンゲンだから、いつだって俺は、そんなふうに考えている。
気持ちがいい闘いだった。
興が乗った、心地良かった。
礼を言うぞ、メビウス・ゼロ。
薄っぺらな感想でしかないのかもしれないが、とにかくおまえには、価値があったように考える。