さびれる国1※視点不明
最初にこの国からいなくなったのは、恐らく獣人だろう。
この国は奴隷制がある訳ではない、だから獣人も誰かの持ち物という訳ではないのだ。
ただ、他に行き場がないものがまるで物の様に扱われていただけで。
だから、少しずつ、少しずつ数が少なくなって、明らかに減っているとわかるあたりではもうどうすることもできなかった。
こんな辺境のさびれた街の領主である自分でさえどうすることもできなかった。
王都からは各領地から人を出すようにとお触れが出されたが、それもままならない。
働き手が足りないのだ。
娘は「獣人よりも先にいなくなった方がいるわ」と言った。
けれどへんぴな領地しか持たない下級貴族の我々がその人に会ったことはない。
王子妃になる予定のその人はとても優秀な人だと聞いていた。
その人がまるで最初からいなかったことになったらしい、とか消えたらしい、とか死んだらしいとか、様々な噂がこの領地にも流れてきた。
その後、王宮が酷いことになっていると聞いた。
高位貴族は王族と距離を置いているという。
子供たちは皆婚約者を決め王族とそれに近い貴族と距離を置こうとしている。
商人たちも他国との貿易を重視して、王都との取引を減らしていると聞く。
卸したとしても働かせていた獣人たちがいなくなってどうにもならないらしい。
娘は隣国へ嫁ぐことになった。
王子の新しい婚約者は贅沢を好み、あちこちから贅を凝らした服飾品と菓子などに使う材料を集め歩いていると聞く。
けれど、明るい兆しもある。
弟王子である第二王子の体調が回復し、それはそれは聡明な方だと広く知られるようになった。
元々ここは田舎だ。
少しくらいさびれてしまってもそれほど変わりはない。
王都での社交にも恥ずかしながら碌に参加できていないので、王都の貴族たちがどうなろうとそれほど関係ないのだ。
こういう時こそ領地一丸となって助け合って生きていくつもりだ。
けれど、今日も一人なじみの商人のところで下働きをしていた獣人が姿を消したらしい。
これから大変な仕事は一体誰がやればいいのだ。
多分同じころ、獣人が徐々に減り始めてから、この国はまるで誰かに見捨てられた様な国になってしまった。
どこかの国が攻めてきたわけじゃない。
疫病が流行った訳でもない。
貴族同士が対立して大粛清がおきたわけでもない。