没落2※父親視点
「そんな訳、ないでしょう」
娘は確かに存在していた。
王宮に上がるために専用の御者も雇っていたし、王子妃として活動するためのドレスを注文した領収書だって見た。
声が震えていた。
「私も確かにお会いした記憶はあるんですよ。
しかしながら、記録にはない」
あのお嬢さんは誰だったのか。
王宮では今大混乱です。
「娘は……」
名前を言おうとしたが思い出せない。
「王子はあなたの家門のご令嬢と婚約したことになっている。
婚約証明書があるんですよ。
ただご令嬢の名前が無い」
名前が分かればもう少し調査も進むのですが……。と宰相は言った。
宰相も娘の名前が分からないらしい。
「ご令嬢のお名前お伝え願いますか?」
「それが……」
出てこないのだ。今こそ言わなければならないのに。
宰相は何も言わず横に首を振った。
「私たちも醜聞は避けたいのです」
それに――
「貴族でもないものを王宮によこしていた。
そういう事になったらどうなるか分かりますよね」
宰相は畳みかけるように言った。
身元の確かではないものを王子に侍らせる。それは、反逆と同じことだ。
「まさか。まさかそんな――」
「それではご令嬢の証をご用意ください」
簡単だろうと思った。
ついこの間まで娘は屋敷で普通に生活をしていたのだ。
確かにいた人間の存在を証明すること等簡単だ。
それに娘を探せばいいのだ。
公爵家の力を使って娘を探し出し、よくしかりつけて私の娘としての務めを果たさせればいいのだ。
こんなに簡単なことはない。
その時はそう思っていた。
* * *
「何故だ!!何故なんだ!!」
まず、あれの捜索は遅々として進まなかった。
まず人相書きが作れなかった。
だれもあれの顔を覚えていなかったのだ。
使えない使用人たちだ。
仕方がなく私の髪の色、瞳の色、妻の髪の色、瞳の色を持つ少女という事で探すことになった。
私も妻も平民にはない髪の色と瞳の色をしている。
すぐに見つかると思った。
それに友達の家にでも行っているのだろうと最初は思っていた。
あれの友がだれだか分からなかった。
茶会の招待状でも残っているかと思ったがなにも残っていなかった。
個人的なメッセージカードの様なものも無い。
バースデーパーティの記録を探したがそんなものは無かった。
「恐らくですが王宮で開かれたためと思われます」
そう、執事は言った。
王宮でも証拠が見つかっていないと言っていた。
思ったより捜索には金がかかっている。
娘の部屋は存在していた。
しかしドレスはどれもちぐはぐなサイズで娘がどんな体形をしていたのか分からない。
残っていたドレスショップからの領収書を基に問い合わせるが、ドレスはいつも王子の指定のサイズで作られていたらしい。
相変わらずあれの名前は分からない。
腹を痛めて生んだはずの妻に聞いても、そもそも妻はあれのことを覚えてはいなかった。
「私の生んだ子はアレクだけですわ」
嘘を言っている様には見えなかった。
私たちは幻覚でも見せられているのではないか。
そんな気分になる。
このままだと反逆罪でこの家は――
二つの案が思い浮かぶ
一つ目の案、誰か代わりの者を公爵家の養子にして王家に差し出す方法は上手く進まなかった。
家門にも分家にも似たような年の娘はいないかすでに婚約が整ってしまっていたのだ。
あまりにも下賤なものを王家に入れるのも反逆罪と同じだ。
高貴な血を汚すことはできない。
必然的に二つ目の方法を取ることにした。
娘の名前等どうでもよかった。
本当にいたとしても今となっては無駄だ。
それであれば殺してしまえばいい。
殺したことにしてしまえばいい。
「名前はどうしましょう」
「そうだなAでいいだろう」
文字の最初の一文字を取ってその名とすることにした。
空の棺桶を使い葬儀をして一族の墓の一番端に粗末なものを作って埋めた。
そして、手違いはあったが娘は死んでしまった。
そう王家に申告した。
それがいけなかったと気が付くにはそう時間はかからなかった。
婚約は元々なかったことになった。
こちらも探られたくは無かったため了承した。
ただ、これにより王家から支給されていた婚約者としての支度金を返還せねばならなくなった。
帳簿を見る限り確かに相当な額を受け取っていた。
けれどそれは全て、私の事業と妻の交遊費に消えてしまっていた。
そして、そのうちのいくつかの事業はすでに傾きかけている。
我が家には返すものが無いのだ。
* * *
「と、言われましても……」
宰相に相談したところけんもほろろ返されてしまった。
こちらは公爵家だぞ!!という言葉をすんでで飲み込む。
「領地は王家から管理を委託されているものですので売り物にはなりません。統治することは貴族の義務です。
であれば――」
公爵家のタウンハウスはずいぶんと豪奢なものだとお聞きしております。
宰相はそう言った。
まるで公爵家にはもう価値が無いような言い草だった。
「それとも、本当に王子の婚約者として暮らしていたAとやらがいたかどうか、王家として徹底調査した方がよろしいでしょうか?」
そう言われるとどうしようもない。
けれどこれでは事実上王都追放ではないか。
妻になんと説明すればいいのか。
それよりも家門の長老衆だ、派閥はどうなる。
けれど何も言い返すことが出来ずだた、帰ることしかできなかった。
その後、様々なつてを使って金を用意しようとしたがどれも何故か失敗してしまった。
妻が、茶会で皆によそよそしくされていると泣いていた。
一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。
使用人に暇をだして減らす。
そうして少なくなった使用人を連れて領地へと行った。
その時にはもう、降爵の噂も流れ始めていた。
なんとか挽回したいのに何もかもうまくいかなかった。
それもこれもあれがいけない。
あれはこの期に及んで出てきすらしない。
顔ももう思い出せないあれを恨みながら広いだけが自慢の領地の端にある屋敷で暮らすしかなかった。