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48話 元妖怪嫌いの誓い

《あの日から許嫁への好きが止まらなくなっている》小春視点

 桜花と一緒に選んだ浴衣に腕を通す。スマホを見ながら着方が合っているかを確認して私は鏡の前に立った。


「よし」


 爽やかな青色で大人っぽい雰囲気を出している浴衣。

 髪の毛は簡単に結んだだけだが、中々キマっているような気がする。


 これもネット知識のお陰。頼れる友達が居なくとも情報はいくらでも知れるのだ。


「小春様。準備は出来ましたか?」

「あっ、ちょっと待ってください」

「ゆっくりどうぞ。時間はまだまだあるので」


 すると部屋の扉越しに雅さんの声が聞こえる。もう準備が終わったのか。流石の速さだ。


 私は鏡の前から移動して必要最低限の荷物をバッグに入れる。


「楽しみだなぁ」


 今日は待ちに待った雅さんとデートの日。

 ちょうど行ける範囲内で夏祭りが行われるので迷わずそこに決めた。


 最初は桜花も一緒にと思ったけど、「お姉ちゃん達の邪魔したくないから」と渋い顔で断られたので今回は2人で。

 でもあの顔は絶対一緒に行きたかったのだと思う。


「最近様子が変だったし別日に何か計画するか」


 私はブツブツと独り言をしながら準備を進める。するとある物が目に入って動きを止めた。


「………」


 今では意味がわかる幼少期に描いた真っ黒な絵。これは玉藻前に会った後日、桜花から貰った物だ。


 何か手掛かりを思い出せたらと考えたのだがあまり重要な情報は見つかってない。


 私は机の中に仕舞ってあった絵を取り上げて眺めた。


「大丈夫、だよね」


 あの日から時々不安になっていた。

 雅さんは何も教えてくれないし、お母さん達だって下手にとぼけている。


 “鬼の香り”と“変異”。


 これから嫌なことが起こるのを確定しているような単語だ。


「玉藻前」


 霧の中で会った九尾の子供は確かに玉藻前だった。最後に一瞬だけ大人の姿も見たから間違いないだろう。


 私は目を瞑って過去に会った玉藻前を思い出す。


『これで私しか愛せないね。高校生くらいになったら迎えに来るよ』


 妖怪に魅了を掛けられていたのにも関わらず、なんで私は忘れたのだろう。


 小さくため息をつけば呆れと疲れが蓄積してしまった。


「……ダメ。今日はデートなんだから」


 私は頭を振りかぶって余計な考えを消す。そして急いで机の中に真っ黒な絵を仕舞って荷物を整えた。


「雅さん!お待たせしました!」

「いえ全ぜ……」


 部屋から出てリビングで待っている雅さんの元に行くと、私はピタリと停止する。

 それは雅さんも同じようで目を見開いて止まっていた。


「綺麗…」


 雅さんの姿を見て私は思わず呟いてしまう。


 色や模様は違えど同じ浴衣だ。なのに私とは違い、大人の色気が凄い出ている。


 スタイルの良さも際立って私は一点に目を向けてしまった。


「な、ナンパとかされないかな」


 すれ違う人は誰もが雅さんを二度見するだろう。っていうか雅さんの隣を歩いて私は大丈夫なのだろうか。


 引き立て役みたいな恥晒しにならないか不安になってくる。


「小春様。とても素敵です」


 そんな時、普段よりも甘く優しい声が聞こえて私は我に返る。

 ソファから立ち上がった雅さんはこちらに来て私の頬に手を伸ばした。


「ふふっ。可愛いです」

「み、雅さんも凄く綺麗です。似合ってます…」

「ありがとうございます。この前桜花ちゃんと買ってきたと言ってた物ですよね?」

「はい」

「本当にお似合いです。髪のアレンジもいつもの雰囲気と違ってドキドキさせられますね」


 ひんやりとした指先で熱くなる頬を撫でられる。色々と刺激が強すぎて私は顔を背けようとした。


「ちょっ!また耳触るぅ……」

「逃げてはいけませんよ」

「逃げませんよ…」

「ふふっ」


 雅さんは私から離れてソファに置いてあった荷物を取ると、私へ手を差し出してくる。


「では行きましょうか」


 私は頷いて雅さんの手を握った。


 しかし途中で私は“あれ”を思い出す。最初の頃は頑張っても出来なかったこと。

 やっと達成出来たのはハイタッチだけだった。


 せっかくならと私は掴んだ雅さんを引っ張って腕の中に閉じ込める。


「見送り……っていうか一緒に行ってきますのハグです」


 雅さんを抱きしめれば私の中で安心と好きが膨れ上がっているのを感じられる。


 ハグチャレンジはこんなにも簡単なことだったのだと今の私は過去の私へ思いを馳せた。


「っ…ふーぅ」

「雅さん?」

「こんな時に申し訳ありません小春様。1つ大事なことをお忘れではないでしょうか」

「大事なこと?」

「一応、小春様には私のフェロモンが付いているのですよ?フェロモンの効果を覚えていますか?」

「あ…」


 私は無意識に片手で喉を撫でる。

 妖怪のフェロモンの効果。それはマーキングされた妖怪に襲われやすくなること。


「ちょっと待ってください!具体的に襲われるってどう言った意味なんですか?私の身体を食べるってことですか?」

「……まぁ表現は間違ってないですね」

「え?」

「とにかく小春様から抱きつく際はひと声かけてほしいです。最近心の落ち着きを取り戻せているせいか、別の感情が生まれていますので」


 高校生のガキでもなんとなく意味はわかった。私は小さく謝って静かに腕を解く。


 顔を上げれば、雅さんはこれ以上にないくらい真っ赤だった。


「もう少しだけ大切にさせてください」

「は、はい」

「ですがくっ付くなと言っているわけではありません。ただ心の準備が必要でして。なので小春様が悪いのではなく私の大人としての汚さが…」


 私が悲しんだと思ったのか、雅さんは早口で弁解を始める。


 そんな姿を見ていれば垂れる犬耳と尻尾が現れたような気がした。

 ……私の中の許嫁への悪戯心が顔を覗かせる。


「それに小春様はまだ高校2年生なのです。常識のある大人なら待つのが当然。だから決して」

「雅さん」

「何でしょうか?」


 ひと声はかけた。

 弁解を途中で止めた雅さんは私を見て首を傾げている。


 そんな雅さんに口角を上げた私は近い距離のまま、踵を上げて雅さんの喉元に顔を寄せた。


 私は妖怪じゃない。だから雅さんのようにフェロモンは持っていない。

 けれど見よう見まねでやってみたかった。


 目の前に居る美しい鬼族は私の許嫁。


 勝手に決められて勝手に進められたこの生活の思い出は大半が恐怖で埋め尽くされていた。


 それでもまばらにある幸せは何よりも光っていて、今から作る思い出も強く輝くだろう。


「雅さん、愛してます」


 緊張しながらもゆっくりと雅さんの喉にキスをする。その瞬間、雅さんに知らない香りが纏わりついた。

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