帰宅後
三題噺もどき―よんひゃくろくじゅうご。
扇風機の回る音が低く鳴る。
時計の針がちょうど縦一直線になった頃。
温かな日差しが降り注ぎ、眠気を誘う頃。
「……」
今日はいつもより早めに起きて、予定が入っていたのでそれを済ませた。
他人と会話を交わすのはいつになっても疲れる。
「……」
いらぬ気を使ったり、変に緊張したりしてしまうからなのだろうけど……よく「他人はあなたが思っている程あなたを見ていない」と聞くことがある。
実際そうだろうけど。他人の目を気にするのが当たり前になっている以上、そんなことを言われたとて、はいそうですかとは言えない。
気になるものは気になるし、気を張るのが常で当たり前なのだ。
「……」
家に帰り着くまでは何とか保ったが、帰宅した途端倒れ込むかと思った。
それでもまぁ、以前よりは何かの余裕ができていたのか、まだ動く余力は残っていた。
ので、つい先ほどまで軽く昼食を取り、使った皿を洗い、濡れたシンクを軽く拭き、扇風機の電源を入れ……ソファに座り込んだのが数秒前だ。
「……」
体を思いきり預けると、ソファが沈み込み、緊張がほどけた体がぐたりと重い。
帰宅してからは何かしようと思っていたのだけど、今はどうにもそんな気にはなれない。
程よく満たされた空腹と、心地のいいだけの温かさに包まれたリビング。
扇風機の回る音は、不思議と喧しさはなく、心地よく耳朶を叩くだけ。
「……」
疲労も相まってか、思考はぼんやりとして、視界はぼうっとしていく。
その視界の隅に、最近仲間入りした、桃色の塊が張り込んでくる。
あまり色のないこの部屋には、珍しいモノではある。色と形が相まって、よくよく目立つものだった。
「……」
馬車をモチーフにした形の箱で、いろんな種類があったのだが……甥っ子は色が好きということであの桃色のものになったのだ。
お菓子が入った箱……というか缶?なのだが。確か、おとぎ話をイメージしたものだった気がする。中身の種類によって異なり、なかなかに可愛らしいものが多かった。あれは集めたくもなる。誰もが持っていそうな収集癖を刺激しそうなものだった。
「……」
あれはそれを、甥っ子が置いていったものだ。
朝早くに連絡をしてきたあの日に、出かけた際に購入したのだが。
中身はその日のうちに食べきってしまった。
なかなかに美味しかったらしく、半分ほどは気づいたら甥っ子自信が食べていたな。
なかなかに大人向けの味ではあったような気もしていたんだが。
「……」
箱が気に入ったのなら持って帰ればという感じなのだが。
帰るときには甥っ子が寝てしまった事をいいことに、妹が置いていったのだ。
今日の思い出にいいでしょとか言っていたが、まぁ、モノを増やしたくないだけだろう。そいう所は薄情な奴だ。
「……」
まぁ、確かにいい思い出の土産にはなるが。
こうしてぼうっと見ているだけでも、記憶が鮮明になる。
更にもう、こうして疲れ切っているところに見ると……。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
ピンポーン
「――!!!」
心臓が飛び跳ねるかと思った……。
実際体は跳ねたかもしれない。誰も居ない所でよかった。
「……」
そういえば、荷物が届くんだった。
すっかり忘れていたというか、ぼうっとしすぎていた。
眠気も吹っ飛んでしまった。
「……」
とりあえず、動いて応答しなくては。
受け取りしてからまた、色々と動くとしよう。
お題:心臓・桃色・馬車