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地球帰還までのカウントダウン

作者: 星川さわ菜

「僕は君を愛しています」

 ケプラー452b生まれの僕と、宇宙船で生まれた地球人の君。地球から1400光年離れた惑星ケプラー452bで出会った異星人同士のふたりが地球まで旅をする、悠久の愛物語。


 宇宙と生命をテーマにした童話。

 彼らの言葉を借りて言えば、天の川銀河の中心から約2万8千光年離れた銀河のふち、“スパイラル・アーム”に太陽と呼ばれる恒星があり、その太陽の周りを公転する惑星に彼らの故郷である“地球”という惑星があった。


 地球から見て“はくちょう座”方向。1400光年離れた銀河のかなたに、地球とそっくりな惑星がある。


 その惑星は当時の宇宙望遠鏡から名前をとって、“ケプラー452b”と名付けられた。太陽と同じ恒星である“ケプラー452”の周りを周回している。


 地球と同じように地表に水があり、生命を育むことができる環境を持った惑星。これが僕の故郷の星だ。



 僕はこの星で生まれ、この星で君と出会った。



 生粋の地球人の君は、移住先の惑星を求め宇宙をさまよっていた宇宙船の中で生まれた。

 君は自分の生まれ故郷を知らない。


 僕の星は地球とよく似た環境ではあるけれど、地球で言う1日は38時間、1年は385日。とてもゆっくりとした時間が流れる星だった。


 地球の体内リズムに整えられた宇宙船の中で育った君。僕にはとてもせっかちに感じた。


「早く早く」

「急いで、一日が終わっちゃう」

「やりたいことがたくさんあるの」


 僕には理解できなかった。


 でも、それが僕には興味深かった。

 君という生命体そのものが不思議で魅力的だった。



 せっかちな君に象徴されるように地球人はどんどんと僕らの星で繁殖し、あっという間に僕らの星を埋め尽くした。


 緩やかに流れる時間が激流のようになり、騒々しくなった。


 この星が60億年かけて育んで来た水、土、緑、ありとあらゆる資源を君たちは一瞬で食い尽くしていく。

 僕らが絶やさぬように恩恵を受けて星から借りてきた大事な資源を。


 地球より15億年も年寄りな惑星が弱っていくのに時間はかからなかった。


 地球人は言う、

「また次の星の探さなきゃ」


 僕は驚愕する。


 君たちはどれだけたくさんの惑星を死の星にしてきたの?


 この星には新しい生命を育む力どころか、自身を維持する力も残っていない。


 また別の地球人は言う、

「また新しい星に住めばいいじゃない」



 ここは僕の星だ。僕の故郷だ。

 僕が大好きだった緑を、水を、大地を、この星を返して。



 未来がないと知った地球人は君一人を残して去っていく。



 以前のように僕の星は再び緩やかな時間を刻み始めた。


 ……死という静寂(せいじゃく)に向かって。


「私のせいでごめんなさい」


 遠くに消えていく宇宙船、水平線に沈む恒星を見つめながら、君は涙を浮かべた。

 僕は君の肩を抱くことしか出来なかった。


 この星の最期を君と見守ろうか。

 でも君はその前に息絶えてしまうだろうな。



「私は大丈夫よ。また彗星(すいせい)が巡ってくるときに目覚めるから」


 君はそう言って数百年の長い眠りにつく。

 僕と君、命の始まりに与えられた時間は途方もないくらい違いすぎるんだ。



 彗星が尾をたなびかせて接近する夜。君が起きていられるつかのまの時間がやってきた。

 コールドスリープを繰り返してきた君の身体は年齢以上に弱りかけていた。

 たぶんもう、この星の最期を君と見届けられないかもしれない。


 君が呟く、

「地球でも同じように彗星が見られるかしら。たくさんの星のかがやきが見えるのかしら」


 僕は笑いながら言う、

「そうだといいね」


 そうか、君は生まれ故郷を知らないのか。だったら……。



 僕は決意して、地球人が乗り捨てた小型宇宙船に乗り込む。1400光年先、天の川銀河のふち太陽系第三惑星地球に進路を取って。


 一緒に地球に帰ろう。君の生まれ故郷へ。


 今も、そして僕らが辿り着くまでに、星が生き残っていますように。

 太陽がその輝きを失う前に、君を地球に送り届けられますように。


 せめて君の命が持てばいいのだけれど。



 地球座標の星間(せいかん)地図を眺めながら、君の祖先が立ち寄った星々をめぐって帰ろう。


 “はくちょう座のデネブ”を背にして、僕は生まれて初めて自分の銀河に別れを告げる。


 もう二度と戻ることはないだろう。


 “オリオン座のリゲル”。

 “オリオン座のベテルギウス”。

 “さそり座のアンタレス”。

 “こぐま座のポラリス”、北極星を目印にして。


 旅立ってからやっと1000光年過ぎたところ。地球まであと400光年。

 宇宙はこんなにも広かったんだ。


 “おとめ座のスピカ”。M31アンドロメダ銀河を横切る。

 あと100光年。


 “ペガスス座のマルカブ”。

 “おうし座のアルデバラン”。

 あと50光年。


 “ぎょしゃ座のカペラ”。

 “うしかい座のアークトゥルス”。

 “しし座のデネボラ”。

 “ふたご座のポルックス”。

 “こと座のベガ”。

 あと20光年。


 “わし座のアルタイル”。

 “こいぬ座のプロキオン”。

 あと10光年。

 

 “おおいぬ座のシリウス”。

 あと5光年。

 

 “ケンタウルス座のプロキシマ・ケンタウリ”。


 ……ついにここまで来た! この第二惑星は……地球人が初めて訪れた惑星だったんだ!

 

 地球まであと4光年。


 これまでの旅路に比べたらあっという間だ。僕らの旅の終点はもうすぐそこ。

 

 

 見て……! あれが太陽系! 君の故郷が見えてきたよ。

  

 海王星、天王星、土星、木星、火星、……地球!

 

 君の生まれた星にやっと辿り着ついた。

 君が教えてくれたように地球は青い惑星だったんだね。

  

 僕らが旅をしているあいだに宇宙はどのくらいの時間が経ったのだろう。

 地球人が見捨てたこの星は、少しずつ生命力を取り戻しているように見える。


 

 ……せめて君の命が持てば良かったのだけれど。

 

 そうしたら生まれて初めて地球に降り注ぐ星々の光を眺めることができたのかもしれないのに。

 君は故郷の星を知らずに、その魂は宇宙の風になった。

 


 僕は君に比べて気が長いからね。1400光年の旅なんて全然苦じゃなかったよ。

 とても楽しい旅だった。

  

 ……ごめんね。

 今更なんだけど、僕は宇宙船のライセンスを持っていないんだ。着陸の仕方を知らない。


 だからこのまま地球に引き寄せられ、大気圏で燃え尽きてしまう。君の亡骸(なきがら)を大地に埋めることができなくて残念だったな。

  

 僕らの身体は(ちり)となって光り輝き、幾千(いくせん)の流星になって大地に降り注ぐんだ。

 盛大に君の帰還をお知らせしよう。

 

 

 君の人生は僕にとって、またたきのようにはかないものだった。


 まるで暗黒空間から光りかがやく恒星が誕生し、一瞬にして栄華(えいが)を極め、老いてかがやきを失って冷たくなっていくように。限りある人生を懸命(けんめい)に生きていた。


 だから何かを得たいと思うのだろう。

 

 君よりも何十倍も長生きできる僕にとって、君の人生は、君という生命体は理解しがたいものだった。

 

 僕の長くて途方もない人生に意味を見い出すとしたら、まさに今、この瞬間。君を地球に送り届けることが僕の使命だったんだ。


 まさか、これが最初で最後のフライトになるなんて思わなかったけどね。

 

 

 もうすぐ、大気圏に突入する……最期の瞬間がやってくる。

 僕は……君と一緒に使命をまっとうできて幸せだったよ。

 

 僕らが地球に降り注いだあと、何億年後か分からないけれど、太陽系が最期を迎える。

 そうしたら、僕ら無数の粒子となって宇宙をかけめぐるんだ。

 

 苦しいのは一瞬だけ。その瞬間まで僕がカウントダウンをしてあげよう。

 

 

 

 

 10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……0。

 

 

 

 

 天の川銀河の中心から約2万8千光年離れた銀河のふち、“スパイラル・アーム”に太陽と呼ばれる恒星があり、その太陽の周りを公転する惑星に彼らの故郷である“地球”という惑星があった。

 

 地球から見て“はくちょう座”方向。1400光年離れた銀河のかなたで、僕らは恋をした。

 

 

 ……僕はまた君に恋焦がれながら宇宙をさまよう……。

 

 ……僕は君を愛しています……。

 

  

 宇宙という悠久(ゆうきゅう)に流れる時空の中で、いつかまた君に出会えますように。

 

 

                <完>

 

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