122話
翼と桜は学校に着くまで会話は一切無かった。これまで入学式以外の日は毎日一緒に登校していたが、会話のない日はこれが初めてだった。
翼も桜が怒っていることは分かっていたが、桜にどのような言葉をかけていいかが分からなった。そのまま教室の前まで二人で来たが、桜は無言のまま自分の教室へと入って行った。
それをたまたま見ていた楓が翼に声をかけた。
「東山くん、桜ちゃんと喧嘩したの?」
楓から急に話しかけられ驚いた翼だったが、一呼吸置いて答える。
「喧嘩にもならなかったよ。ただ僕が桜のことを一方的に突き放しただけさ。それで桜が怒っちゃったってところ。桜は自分のことを話してくれたのに、僕がそれを出来なかったから・・・。」
翼がきちんと原因を言語が出来ていることに楓は少々驚きながらも、無言で翼の肩にパンチして。
「いてっ。」
反射で口に出た翼だったが、実際は全く痛くなかった。
「理由が分かっているならちゃんと言ってあげなよ。強がっているように見えるけど、桜ちゃんだって一人の女の子なんだから。」
そう翼に言い、楓は教室に入って行った。
楓の言葉は翼の胸に刺さった。彼女は人のことをちゃんと見ている。だから、翼のことを叱ってくれたのだろう。その優しさに甘えないようにしなくてはと心のなかで決めた翼だった。
教室に入り自分の席に座ろうとすると、京子が翼の両肩を焦った顔で掴んだ。
「昨日何があったの!?」
きっとマスターから話を聞いたのだろう。桜が人前で泣くのなんて相当珍しい現象なのだから。
とりあえず、翼は京子を落ち着かせ、昨日のことを話した。今日の朝のことは伏せながら。
話を聞き終わった京子は顔を歪ませている。嬉しさと申し訳無さが入り混じる。そんな感じだろう。
「それで、なんで東山くんは今日、暗い顔をしているの?」
「えーっと。」
どうやら、楓といい京子といい翼の周りには、感の鋭い女性が多いようだ。楓に話したように京子にも話した。楓から言われたことも含めて。
「なら私から言うことはないわ。仲直りしたら教えてね。」
楓に先に話しておいて良かったと思う翼だった。これがもし、順番が逆だったらと考えると・・・。
朝から目まぐるしく、もう疲れている翼だった。
部活が終わり、いつも通り桜にメッセージを送った既読すら付かない。それを横目で見ていた京子がやれやれといった感じで翼にアドバイスを送る。
「そういえば、桜はモンブランが好きなんだよね。」
独り言のように発した京子だった、翼はそれを見逃さなかった。
「福井さん、ありがとう。今日は僕先に行くね。」
そう言い、走ってケーキ屋まで向かう翼だった。走る翼を見送りながら京子は今度こそ独り言を呟く。
「あれで本当は付き合ってないとかないわー。」
自分で言っておかしかったのか、『ふふっ』と笑い家へと帰る京子だった。
翼はケーキ屋でモンブラン買って来たが、桜の家の前で立ち尽くしていた。いつものようにドアを開けていいのかそれとも、今日だけはチャイムを押した方がいいのか。
そんなことでウロウロそていたところ、逆に桜のほうが気づき、ドアを開けた。
「や、やぁ。」
明らかに不審者な翼にため息を吐きながら、「入れば?」と桜は言った。
桜の家に入った翼は、一目散にモンブランを桜に手渡した。
「誰の入れ知恵かは聞かなくても分かるけど、なんでこれを私に?」
普段よりも声のトーンが低い桜の声が翼の鼓膜を震わせる。声に温度など無いはずなのに冷たく感じる。
「朝のことできっと怒ってると思いまして・・・。」
「別に怒ってなんてないわよ。ただ・・・。」
「ただ?」
「ただ、あなたは私に話してくれないってそう感じただけよ。」
桜の言ってることはごもっともである。けれど、翼も話したくな訳では無いのだが、話す機会が無いだけなのである。
「それについてはごめん。」
「別にいいわよ。私こそ変な態度取ってしまってごめんなさい。」
お互いがお互いのことを意識し始めたがゆえの変な気の使い合いが始まった。
「許してくれる?」
翼が恐る恐る桜に聞く。
「あなたがそう言うのなら許すわ。」
「ありがとう。」
「今から晩御飯作るから待ってて。」
「分かった。てっきり今日はご飯作って貰えないと思ってたよ。」
「あら、あなたが謝るまで作る気なんて無かったけれども?」
桜の言葉に翼は乾いた笑いをするしかなかった。




