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平行と、垂直。

作者: 加藤利匡

夜、私は雨の街を歩いていた。


視界はアスファルトとコンクリートが九割を占め、まれに金属が顔を見せる。

そこに緑はない。あったとしてもそれは黄ばんだプラスチックの中に収められている。

空から落ちてきた雫は見事にグレーチングに集められ、その方眼の下を人知れず流れていく。

すべてが平行と垂直で構成されている。この街はどこまでも無機質だ。


私は再び歩みを進めた。


大きな通りの丁字路に来た。

突き当りには長方形の広告が整列されている。その長方形の中には騒がしい色で何やら宣伝文句が書かれていた。広告というものは特異的でなければならない。そのために事業者は様々な工夫を施す。大衆の目を引く色を使ってみたり、感情を突き動かすような文句を並べてみたり、美人の写真を載せてみたり。でもそれらはこの街では一つの長方形に過ぎない。



駅前の通りまで出てきた。

皮脂とタバコと香水が混じった匂いが体に纏わりついた。猥雑な話をする若い男女が通り過ぎ、横では居酒屋で酒を飲みすぎたのか吐き出している人がいた。そんな淫らで不潔な街でギターの音が聞こえた。そちらへ向かうと2人の観客に囲まれながら弾き語りをする青年がいた。彼は自分で書いた歌を歌っているらしい。私はちょっと聞いてみることにした。コード進行は小室進行。歌詞は恋人との別れがテーマのようだ。


「もう会えないね でもこれだけは言わせて 好きだよ」


もう何万回と聞いたセリフだ。このコード進行だって多くの曲に使われている。大して創造性もない陳腐な歌だと思った。それでも彼は必死に歌っている。その姿はまるで丁字路の長方形のようだ。


そう思いながら私は彼の瞳を見つめていた。




気が付くと、観客はもう誰もおらず、そこにはその青年と私だけだった。青年は言った。

「そこのお兄さん、最後まで聞いてくれてありがとう。」

私は何も返さなかった。



彼がギターを片付け始めても私はその場に留まっていた。時刻は23時を回り、あたりには慾の気配が漂いはじめた。

ただぼうっと彼を見つめていたら彼が話しかけてきた。


「お兄さん、ずっとそこにいるけど、何か俺に用あったりする?」

くっついた唇を無理やりはがし口を開いた

「いや、なにも」

「そっかースカウトかと思ったのに残念だなー」

彼は笑って言った。

「歌手目指してるの?」

「歌手っていうよりシンガーソングライターかな。ほら、自分で歌作って歌うってかっこよくない?実はさ、俺さ---」

彼の眼は潤いと輝きに満ちていた。彼は続けてなにか夢を語っていたようだが私はただただその瞳を眺めていた。瞳を介して何か彼の内側が見える気がしたからだ。しばらく見つめて気づいた。彼の眼の中の街に平行と垂直はないのだ。瞳の中のすべての図形が曲線でできていて、それは揺れ動き、乱雑であった。しかしその乱雑さが返って幾何的な美しさのように思えた。彼の中に潜む幾何の無機質な美と、有機的な曲線美。これこそが彼の内側であり、彼がここで歌う理由だと思った。

私は口角を上げた。


「それじゃ頑張れよ。応援してるよ。」


そういって私はようやくその場を離れた。



彼を背に見た街は相変わらず平行と垂直で出来ていたが、鮮やかで有機的な造形美にあふれていた。

ご覧いただきありがとうございます。

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