エピローグ
満開の桜並木を歩く。ショーウィンドウに反射する袴姿の自分を見ると、やはりテンションが上がる。
「おはよう!有里奈、袴似合ってる!」
「ありがとう。サチも似合ってるわよ。」
「えへへ、講堂まで一緒に歩こうよ。」
級友と合流して卒業式会場に向かう。
「4年間くぐったこの門ともお別れかぁ。有里奈は院だもんね。あと2年あると思うとそんなに感傷的にはならないんじゃ無い?」
「そうでもないかな。ひとつの区切りだし、春からは環境と大きく変わると考えるとやっぱり思うところはあるわよ。」
「そっかー。そうだよねー。」
式が終わった後は友人達と写真を撮りつつ思い出話に花を咲かせる。一通り挨拶を済ませたら彼女達と別れてゼミに顔を出し、教授から祝いの言葉を貰ったら大学でやる事は終わりである。髪のセットに4時起きして美容室に行ったと言うのに午前中のうちに用事が済んでしまうのが悲しいところだ。
名残惜しさを感じつつ校門に向かって歩いていると、正面から見知った顔が近づいて来た。
「有里奈!卒業おめでとう!袴姿かわいいっ!」
「有里奈さん、おめでとうございます。」
「かのん!冬香ちゃん!わざわざ来てくれたの?」
思いがけない訪問に、思わず顔が綻ぶ。
「そりゃ来るよ、有里奈の晴れの舞台だもん。写真撮ろうよ!」
そう言ってスマホをセルフィーにしてくっ付いてくるかのん。何枚かツーショットを撮ったあと、冬香ちゃんも巻き込んで3人での写真撮る。
「全身も欲しいなあ。あ、すみませーん!シャッターお願いしてもいいですか?…ありがとうございました!
ねえねえ、次は桜をバックに撮ろうよ!せっかく綺麗に咲いてるから!」
こっちこっちと歩き出すかのんを、冬香ちゃんと共に笑いながら追いかける。
「…明るくなったわね。」
「かのんがですか?」
「ええ。あの子とは長い付き合いだけど、今が一番楽しそうにしてる。大好きな奥さんと一緒だからかしら。」
「フフ、そう言ってもらえると嬉しいです。」
そう言って左手を頬に当てる冬香ちゃん。その薬指には真新しい指輪が光ってる。
かのんと冬香ちゃんは先日、先延ばしにしていた披露宴を挙げた。無事に大学に合格して留学の権利を得た彼女たち。渡航したらこの先何年も落ち着く暇が無いと言うことで受験勉強と並行して式の準備を進めて居たのだから、世の中の受験生は怒っていい。
家族と特別仲の良い友人を招いたこじんまりとした式であったが、ダブルウエディングドレスはとても見応えがあった。そこで交換した揃いの結婚指輪は、かのんの左手にも嵌っている。
「ほら、有里奈、冬香!はよはよ!」
楽しそうに手を振るかのんの笑顔は背景の桜と相まって一枚の絵のようで、私はその光景を忘れないように心のシャターを切る。
その後あちこちで写真を撮り、やっとかのんは満足したようだ。
「有里奈にも送っておくね。」
「ありがとう。宜しく。」
「この後予定ある?一緒にご飯食べない?」
「ええ、是非に。」
校門を出るとタクシーを捕まえる。かのんが行き先を告げ着いたのは懐石料理店であった。
「有里奈の卒業祝いだし、私達の奢りだよ。」
「それは有難いんだけど、予約無しで入れるの?」
「予約してある!」
「なんと手際の良い!ちょっと惚れそうになったわ。」
「へへ、よせやい。」
軽口を叩きつつ席に案内される。ランチに舌鼓を打ちつつ気になってた事を訊ねた。
「あなた達、今日が渡航予定よね?」
だから卒業式には来ないと思ってたんだけど。
「うん、夜中の便で出るよ。」
「だからこの後帰って本家に挨拶に行って、一旦帰って着替えてから空港に向かうって感じです。」
「ああ、そうだったのね。忙しいところわざわざ来てくれてありがとう。」
「有里奈の晴れ姿を見たかったからね。たくさん写真も撮れて満足だよ。」
「最初はアメリカって言ってたわよね?どのくらい滞在する予定?」
「そう、アメリカ。期間はとりあえず最初だし3ヶ月ぐらいかな?」
「3ヶ月か…。寂しくなるわね。」
「メッセージは送るよ。あと日本に帰ってきたら会おうよ。」
「待ってるわ。行ってらっしゃい。」
楽しそうに語るかのんを、笑顔で送り出す事が出来て私も嬉しかった。
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「ふぁ…。」
「冬香、眠いなら寝たら?」
アメリカに向かう機内。二人して寝こけて何かトラブルに巻き込まれてもつまらないので、よほど安全な所以外では必ずどちらかが起きていようと決めて居たが、はたして飛行機の機内は安全かどうか怪しい所である。とりあえず私が起きている事にして冬香には眠る様に促した。
「さすがにここ最近の疲れがでたかも。ちょっと寝かせてもらうわね。」
そう言ってリクライニングを倒す冬香。
受験が終わったら披露宴の準備と留学の準備を並行して、冬香の場合はさらに粉雪の仕事…一族の確定申告の時期が重なった事でここしばらく本当に忙しかったのだ。
回復術で眠気は払えるとは言え、やはりある程度まとまった睡眠を取らないと疲労は蓄積する。せっかくのビジネスシートだし向こうに着いたらまた落ち着ける時間はしばらく無いし、今くらいはゆっくり休んで欲しい。
「とはいえ、私は初めての機内食にワクワクしてるんだけどね。」
冬香は、お魚って言ってたから私はチキンにしようかな。あ、フライトアテンダントさんが来た。よーし、私の磨いた英語力を披露しちゃうぞ!フィッシュプリーズ!あ、日本語通じますか、そうですね、日本の航空会社でしたわ。
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………。
かのんと冬香ちゃんがアメリカへ渡って既に2ヶ月。今頃何をしているのかしらと空を見上げる。
「有里奈さん、どうしたんだい?」
春彦さんが空を見る私の様子に気付き声をかけてくる。
「ああ、デート中にごめんなさい。ちょっとアメリカに想いを馳せてました。」
「アメリカ…ああ、冬香ちゃんとかのんちゃんだね。最近はなんかアメリカの超能力者を集めた組織で戦ってるんだっけ?」
「そうなんですよ。本人達は争い事を避けたがってるクセに、すぐ面倒毎に巻き込まれるんですよね。根っからのトラブル体質というかなんというか。」
「ははは、でも毎日無事を知られるメッセージは届いてるんでしょう?」
「ええ、毎日『今日こそもうダメかと思った』から始まる愚痴メールが届きます。」
最初こそびっくりしたけれど、最近はもうおはようの挨拶みたいなものだと捉えてる。
「まあ海外のそういった組織と繋がりを深めてくれるのは白雪家としても助かるんだけどね。」
「だからってどうしてまた戦うハメになってるんだか。」
結局あの子には平穏は似合わないという事だろうか。でも今の彼女なら大丈夫だろう。異世界で戦っていた時と違って、自分の目的のために頑張っているし、何より隣には最高のパートナーがいるのだから。
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ダンッダンッ!
「痛ぁ!?当たった、今当たったんですけど!?」
銃弾が一発、頭に当たった。身体強化でダメージはほとんどゼロだけど、そこに乗せられた悪意は私を震え上がらせる。
「どうしてこうなったぁ!?」
狙撃手を探す。あそこか。魔力弾をお見舞いして反撃するが、万が一にも殺さないように威力をギリギリまで抑える。
よし、銃に当たったか本人に当たったかは確認できないけれどとりあえず追撃が止んだから良しとしよう。
「冬香、どっちに行けばいい?」
― まっすぐ行って最初の分岐を左。
「了解!」
インカムから聞こえるナビに従って奥を目指す。この先に囚われている魔力持ちの子供を救い出すのが今日のミッションだ。
アメリカに到着した私たちは白雪本家からの紹介で、こちらで超能力とかそう言ったものを研究している組織とコンタクトを取った。そこで「ちょっと能力を見せてくれ」と言われ、舐められるのも癪だったからあちらのエースと魔力解禁のガチンコバトルをして勝ってしまったのが不味かった。「ファンタスティック!」だの「マーベラス!」だの言われたと思ったら翌日から私は敵対組織との抗争最前線に放り込まれる事になったのだ。
さすが銃社会アメリカ、敵は魔力がないなら銃を撃てば良いじゃないと言わんばかりに引き金を躊躇なく引いてくる。
そんな銃弾飛び交う最前線でミッションをこなす私と対照的に、冬香は回復術のティーチャーとして大事に大事にされて居た。まあ彼女が危険に晒されるより良いんだけど、だったら私は呪術のティーチャーをしたいんだけどな!?
そんな感じで全く心安らがない日々を送る私。
というか最近知ったんだけど白雪家は紹介状に私達を「最強クラスの助っ人と、回復術のエキスパートを送るから3ヶ月間の滞在中、死なない範囲で好きに使え(意訳)」と書いていたらしい。クソ、ハメられた!本家当主め、ニコニコと送り出してくれたかと思えばとんだタヌキだ!
今日も命からがらミッションから帰還する。
「ヘイ、カノン。今日も絶好調だったな。」
「ハイ、マイク。日に日にミッションが過酷になってる気がするんだけど?」
「そりゃそうだ。カノンとトーカが居てくれる残り1ヶ月、これまで戦力が足りなくて出来なかったヤマを片っ端から片付けるってボスが意気込んでたからな。」
「なんですと!?」
「なあ、カノン。このままウチの組織に入っちまわないか?そうすれば明日からのミッションは安全になるぜ。」
「いーやーだー!私は平和を愛する日本人なんだ。契約が終わったら絶対帰る!」
「ハハハ!じゃああと1ヶ月、しっかり働いて貰う事になるな。」
拠点に戻ると冬香が出迎えてくれる。
「お疲れ様。」
「今日こそもうダメかと思ったよー。」
毎日の弱音は忘れない。ハイハイと言いながらも頭をポンポンと撫でてくれる冬香に癒される。はい、とお茶を渡してくれたのでそれを口に含む。
「そう言えば今日、相手の通信を傍受したんだけど、かのんの事をコードネームで呼んでたわよ。」
「ふーん、なんて名前?」
なんとなく聞くと、冬香はイタズラっぽく囁く。
「クリムゾン・ウィッチ。」
私はお茶を吹き出した。




