第20話 再会
駆けつけた雫さんに胸の傷を塞いでもらう。
「助かりました。ありがとうございます。」
「また無茶した事は冬香に黙ってた方がいい?」
「ハハ、そっすね。」
さすがにこれは叱られる事はないだろうけど、監禁されて弱っているだろう冬香に余計な心配はかけたくない。元気になったら私から話そう。
「救出には向かってます?」
「うん。さっきかのんから場所を聞いてすぐ、冬香のご両親…粉雪当主様とその奥様が。」
なら安心だ。
「彼はどうする?治す?」
「あ、気を失っているだけのはずなのでそのまま運びましょう。下手に回復術を使うと魔力が回復し始めちゃいます。」
今のユウキは『魔力消失』で私に全魔力を消し飛ばされている。これは使った私にも受けたユウキにも軽い後遺症があって、具体的には魔力の自然回復量がしばらくゼロになる。個人差はあるけど少なくとも丸三日は魔力が全く回復しないはずだ。ただ、この状態は他人が魔力を注ぐとそれを呼び水にして自然回復し始める。
そして回復術は身体を治す事が目的ではあるが、どうしても多少の魔力が送られてしまうためせっかく強制的にMPゼロになっている状態が解除されてしまうということだ。
ちなみに私は雫さんに傷を塞いでもらったので既に魔力が回復し始めている。
「というわけでせっかくチートを封じてるので渚さんと合流するまではこのまま放置でいいと思います。」
「わかった。」
スマホが震える。有里奈からの電話だった。
― かのん、生きてる?
「なんとか。こっちは終わったよ。冬香の場所も分かった。」
― 良かった…。こっちも終わったわ。冬香ちゃんの場所は、私達も把握してる。カナコも同じ場所を吐いたから、間違いないと思うわ。
「お義父様とお義母様が向かってるって。私達も行こう。」
― ええ、現地で落ち合いましょう。
「うん、それじゃあまた。」
「久世さん?」
「はい、あっちも終わったみたいです。冬香が監禁されているホテルで合流しようって。」
「了解、行こう。」
雫さんはユウキを縛り上げるとひょいと担いで出口に向かったので私も慌てて追いかける。
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「ところでかのん。」
移動中の車の中。隣に座る雫さんから声をかけられる。
「はい、なんでしょう。」
「あれ、どうするの?」
そういって後部座席を指す雫さん。そこには相変わらず気を失ったままのユウキが転がされている。
「雪守に任せますよ。…一対一で話した感じだとまだ誰かを傷付けたりとかが無さそうなので、他の七英雄と同じでいい気はしますけど。」
「恨みとかないの?」
「恨み辛みで判断しちゃダメじゃないですか?」
「それはそうなんだけど、冬香とかのんを狙って危害を加えようとしているから、そこは2人の感情を考慮はするよ。」
ああ、なるほど。グレーな判定を白くするか黒くするかの決定権をくれるってことか。まあもしも冬香に何かあったら許さないけど、攫われた事に対する恨み自体は思いっきりぶん殴った事でだいぶ晴れてしまっている。だから私は回答を保留する事にした。
「じゃあ冬香の意見も聞いてから決めます。今回一番酷い目にあったのは冬香なので。」
「さっきの傷を見るにかのんも大概酷い目にあってると思うけど…。」
そこで雫さんの電話が鳴る。何やら話したあと、運転手さんに行き先の変更を告げた。
「冬香を無事に保護した。命に別状は無いけど、3日間の監禁でだいぶ衰弱してるから念のためって事で病院に運ばれた。そこに向かおう。」
冬香!良かった!
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病院に着いた私達は冬香が入院する部屋に駆け込んだ。病院を走るのは良くないって言われても、そんなこと気にして居られない。
「冬香っ!」
「かのんっ!」
ベッドで身体を起こした状態でお義父様、お義母様と話して居た冬香は私に気付くとパッと表情を明るくした。
「冬香っ!良かった、良かったよおぉっ!」
私はそのまま冬香に飛びつく。無事か姿を見て緊張の糸が切れてしまったせいか、涙が止まらなくなってしまった。
冬香は一瞬、困ったような顔で周りに助けを求めたもののすぐに優しい表情で私の頭を撫でてくれる。
「かのんも色々頑張ってくれたんでしょ。…ありがとう。」
しばらく泣き腫らして、やっと落ち着いた私はお義父様、お義母様と並んで座って冬香から話を聞く事にする。お二人は初めから病室に居たんだけど、私が大泣きしているためしたいようにさせてくれて居た。
「冬香も無事だったし、かのんも落ち着いたし、簡単に状況だけ整理しようか。」
お義父様が改めて話し始めた。
「冬香の話はまだ聞いてないんですか?」
「うん。冬香を保護してすぐにこの病院に来て、とりあえず悪いところが無いか、精密検査をしてもらったんだよ。まあ細かい結果はまだ出てないけど、とりあえず検査は終わって病室に来たのが、かのんがくる数分前だったって流れだよ。」
今は夜中の3時過ぎだけど、こんな時間に精密検査をさせるとかさすがの粉雪家っ!
「そうだったんですね。なんかお義父様とお義母様の感動の再会の時間をとっちゃってスミマセン。」
「いいのよ。私達は、かのんと冬香の再会シーンで十分感動させてもらったから。感情を真っ直ぐに表現できて、若いっていいわね。」
優しく微笑むお義母様に、心はアラフィフなんですと申し訳ない気持ちになりつつ微笑み返した。
「とはいえ、無理はさせられないから今確認したい事は「この後は安全か」って事だけかな。あとは明日…というか日が昇ってからにしよう。まずはかのん、冬香を攫った二人については決着がついたって事でいいんだよね?」
「はい、品川ユウキは私が無力化しました。雫さんが雪守に引き渡したので、彼の力が戻る前に処理してくれるはずです。池袋カナコの方も、有里奈が確保してくれたらしくて渚さんが見てくれてるから安全です。」
「そうか…。冬香、その2人以外に誰か見たかい?」
「私を攫ったクラスメイトの彼は保護されたって聞いたから、それ以外だと今カノンが言った2人以外には見てないわ。」
「それであれば、一応は安心していいかな?もちろん警備は怠らないけれどね。」
「じゃあ私がボディガードとして冬香を守ります。朝まで一緒に居たいし。」
「かのん、本音がダダ漏れよ。」
「じゃあ冬香は私も一緒に居たくないの?」
「…父さんと母さんの前で恥ずかしい事言わせないで。」
私達のやりとりを見てウフフと笑うお義母様。
「かのんが居てくれるなら私達も安心よ。…存分にお二人でどうぞ。ただしかのん、冬香はまだ弱ってるんだからちゃんと休ませてあげてね。」
「はい、勿論です!」
「じゃあよろしくね。…お父さん、帰りましょう。」
「わかった。かのん、冬香を頼んだよ。」
お義父様とお義母様が帰り、病室に二人残される。
「全く、両親の前であんな風にくっついたら恥ずかしいじゃない。」
「ごめんね、冬香に会えて嬉しくて…。」
この3日間、最悪な想像が頭をよぎったのだって一度や二度じゃない。無事に帰ってきてくれた事で感極まってしまった。
「私もかのんにまた会えて嬉しいわ。…品川ユウキはかのんを絶対殺すって自信満々に言って出て行ったんだもん。彼のチートスキルだって真価は未知数だったし、かのんにもしもの事があったらって私自身よりそっちの方が心配だったわ。」
「そうだったんだ…。やっぱりユウキの狙いは私だったんだね。冬香、私のために巻き込まれる形になって、」
「ストップ!…その先は言わないで。私、かのんからは謝られるような事はされて無い。それどころか、必死になって探してくれてたのは父さんと母さんから聞いてるし、ちゃんと勝って来てくれた。悪いのはユウキとカナコよ。かのんが謝るのは違うわ。」
「…そうかな。どうしても私が異世界での因縁を持ち込んじゃったような気がしてるんだけど…。」
「故意では無いし、かのんにはどうしようも無かった事じゃない。…だからかのんは悪くないし、謝罪されても受け取らないからね。」
「わかったよ。冬香、ありがと。」
「フフ、どういたしまして。」
優しく笑う冬香。
「そういえば怪我は大丈夫?」
「捕まってる間はずっと縛られて寝かされてたから身体中がガチガチになってるけど、怪我とかは無いわ。多少擦り傷や打ち身はあったけど治しちゃったし。」
「そっか。…冬香、その、あっちの方と言うか、そっち方面の被害は…?」
「ん?ああ、お医者様の言う事にはレイプもされて無いって。目が覚めてからはずっと起きて威嚇してたからだとは思うけど。」
「そっか、良かったよ。…ん?ずっと起きてたの?3日間?」
「ええ、何をされるか分かったものじゃないところで寝ていられないもの。最初に意識が戻ってからだからたぶんまだ2日くらいだけど。」
「大変、冬香ヘトヘトじゃん!もう寝ないと!」
「まあ眠気は術で払ってるけど、心身ともに疲れてるのは事実ね。」
「じゃあ今日はもうゆっくり寝て。私が横で見守ってるから。」
「お言葉に甘えさせて貰おうかしら。…えっと、かのん。」
冬香はちょっと遠慮がちに私を見る。私が頬に手を添えると冬香ら目を閉じて唇を差し出した。そこにキスをすると、もう一度強く抱きしめ、しばらくそのまま冬香の体温を感じた。…少し名残惜しいけれど、彼女から離れてて眠るように促すと、冬香は満足そうに布団に潜った。
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翌日、冬香は身体に異常無しお医者さんから太鼓判を貰い、午後には退院となった。渚さんも「今日くらいはゆっくりしな」と言ってくれて詳しい話は明日する事になったので迎えに来たお義父様、お義母様と共に車に乗り込んだ。
「改めて、冬香が無事で良かったわ。」
「そうだね。これからはガードをつけるべきかなあ。」
「ガードって本家の子達みたいに常に横に黒服がいるって状況でしょ?今さらいらないわよ。」
白雪本家筋の怜ちゃんや総司くんにはボディガードが付いているし、学校に居る時も常に所在が確認できるよう監視が付いている。この日本で大袈裟なと思ったが、かの白雪グループの御曹司と御令嬢ともなれば実際に狙われた事は片手で収まらない程度にはあるらしい。
分家である粉雪だって本家の二人と同じくらい手厚く守ってもいいのだけれど、これまでは世間一般には白雪の名前は通ってても分家の名前まで知ってる人はほとんどいいない事を理由に冬香が断っていたのだ。
「だけど実際攫われてしまったわけだろう?次が無いとも言い切れないわけで。」
「今回は身代金目的だったわけじゃ無いし、次は無いわよ。」
「冬香、私達の気持ちもわかって頂戴。あなたが居なくなってどれだけ心配したか…。」
「それはそうだけど…かのんはどう思う?」
困ったように私に水を向ける冬香。冬香には申し訳ないけれど私はこの3日間、お義父様とお義母様がどれだけ冬香を心配してきたから見てきているし、何より娘が心配で何かせずには居られない親心も分かっているつもりだ。
「冬香、お義父様達のいう通りだと思うよ。」
「かのんまで!?」
「私は二人が一生懸命冬香を探してたのを知ってるし、安心して貰うためには多少の不便は仕方ないかなって意見。…でも朝から晩までボディガードさんがついてると息が詰まっちゃうから、学校にいる間だけ監視して貰って朝と夕方は私が常に同行するって形でどうかな?」
「学校以外ではかのんがボディガードをしてくれるって事か。まあそれなら安心かな。」
「ほら、お義父様もこの案で納得してくれるみたいだし、冬香にも歩み寄って欲しいな。」
「まあ仕方ないか…油断してて拉致されちゃったのは事実だし。」
渋々と了承する冬香。
「じぁあかのんは朝晩のガードをしっかりお願いね。」
「はい、お義母様。任せてください!」
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明日は朝から渚さんに呼ばれてるので学校はもう一日お休みだ。ちなみにバタバタして居たけれど、今日が文化祭本番の初日だった。明日も休んで、最終日だけ出席するとなる周りに気を遣わせてしまいそうだと言うこともあり冬香は文化祭後の週明けから登校することに決めていた。
私も一人で回っても楽しく無いし、何より冬香から目を離したくないって想いが大きかったのでこのまま文化祭はパスする事にする。
夜になり、私たちは寝室でテーブルを挟んで月明かりを見ながらリラックスしていた。
「…明日、渚との話が終わればとりあえず一件落着かしらね。」
「そだね。とんだ文化祭になっちゃったよ。」
「ふふ、忘れられない文化祭だわ。」
笑って話せる余裕が出てきて良かったよ。改めて冬香と一緒にいられる幸せを噛み締める。
「ああ、私かのんに謝らないと。」
「ほえ?」
「一緒にキャンプファイヤーを見るって約束、守れなくてごめんなさい。」
「ああ、そういうことか。仕方ないよ。」
「楽しみにしてたのにな。」
残念そうに呟く冬香。私は紅蓮の術で庭に炎を出して見せた。キャンプファイヤーとは違うけど、少しは冬香が喜んでくれるといいなと炎を操ってみせる。
「これでどう?あんまり大きくするとお義父様達がビックリしちゃうから、小さい炎だけど。」
「…まるで炎が生きてるみたい。…幻想的な光景ね。」
「そう言われるとそうかも。炎を「魅せる」目的で出したのは初めてだから気付かなかったけど、わりと応用効くな、これ。…キャンプファイヤーの代わりになったかな?」
あまり長く出していると火事だと思われてしまうので、適当なところで炎を消して冬香に向き直る。
「うん。それよりもっと素敵だった。…かのん、ありがとう。」
見つめ合う私達。その唇が自然と重なった。




