第17話 ユウキの要求
時間は遡り二日前の夜、都内のホテルの一室。冬香は手足を縛られてベッドに転がされていた。
「コイツが廿日市かのんの嫁で間違いないんだよな?」
「雇った探偵の報告書によるとね。去年の夏に結婚して、今は粉雪姓になってるらしいわ。…ここで白雪グループと紅蓮の魔女が繋がったってわけね。」
ユウキは楽しそうに冬香を見下ろす。
「クラスメイトを『誘惑』して操って嫁を攫わせるとか、中々の悪女じゃん。」
「こんなに上手くいくとは思わなかったけどね。誘拐に関わった人達の誘惑はもう解除したわ。今頃は家に帰ってるんじゃない?」
「はは、警察が動いていたら重要参考人だな。」
「…そこから足が着く前にさっさとやる事やっちゃいましょう。それで、この子を餌にかのんを呼び出すんでしょ?」
「ああ、それで行こう。だけどついでに勇者と聖女も戦わせるんだろ?」
「ええ。報告書によればかのんと有里奈は今も親しくしてるらしいから。それもこの子を餌にすればおびき出せるでしょ。」
「元恋人同士だろ?上手く戦ってくれるかな。」
「さあ。航にはだいぶ強めの『誘惑』をしたから、私の言葉を信じてくれるとは思うけど。」
「勝算があるならいいや。じゃあ最後に思いっきりは戦ってスッキリしようぜ。」
カナコは「私は別に戦いたいわけじゃ無いんだけど」と思った。自分が何故有里奈に拘るのか…。航に惹かれている事は認めるが、既に彼の心は自分にある。だけど一度有里奈と決着を着けて貰わないと気が済まない。
ユウキもカナコの想いに気付いているが、勇者対聖女の戦いは楽しそうだからまあいいかと考えていた。
「じゃあかのんと有里奈に連絡する?」
「今日攫って今日連絡しましたってのもなあ。何日か焦らさねえ?」
「…そんなことしてる内にここが見つかるかも知れないわよ。」
「うーん…じゃあ3日!3日焦らしてから連絡しよう。」
そんな会話をしている内に冬香が目を覚ます。
「…うっ…。…ここは…?」
「おや、お姫様のお目覚めだ。」
「…あなたたちは?」
「俺は品川ユウキ。こっちは池袋カナコ。」
名前を聞くと冬香の顔色が曇る。ユウキは笑った。
「ハハハ、知っててくれたなら話は早いな。あんたに恨みは無いんだけど魔女を誘き出すエサになって欲しくてさ。」
「なっ!?かのんをどうするつもりっ!?」
「殺すよ。」
平然と言い放つユウキ。
「そのためにこれだけの時間をかけて準備したんだ。中途半端な決着は望んで無い。」
「そんな事、許さないっ…!」
冬香は全身を身体強化して拘束を引きちぎろうとする。しかし手足を縛る紐を引きちぎるには至らなかった。
「…っ!」
「まじかよ、金属ワイヤー入りの紐でがっつり縛ってるのに紐の方が悲鳴あげてるぜ。」
「念のためガチガチに固定しておいて良かったわね。」
「…これをほどきなさい。」
「悪いがそれは出来ないな。まあ魔女を殺したら解放してやるからさ、3日ほどそうしててくれ。」
笑いながら部屋を出るユウキの背中にカナコが声を掛ける。
「せっかくだし、犯さないの?」
「いやいや、コレ無理でしょ。犯ろうとして拘束解いた瞬間こっちが殺されちゃうよ。」
「確かに。じゃあ暴れられない様にしておくわ。」
「サンキュー。」
カナコは手早く冬香の口を塞ぎ、さらに手足全身を紐でぐるぐる巻きにした。冬香はこの時点でやっと自分がいるのがホテルの一室のようなところであると理解する。無理に拘束を解こうとするのではなく、手足が縛られたままでも身体のバネをジャンプ、窓をぶち破ってでも外に出れば良かったと思った時には紐で厳重に簀巻きされベッドに固定されていた。判断ミスを悔やむ。動くことも、声を出すことも出来なくなった冬香はカナコを睨み付ける。
「ユウキも言ってたけど、あなたに恨みは無いわ。もっと言ってしまえば紅蓮の魔女の事だって別に恨んで無い。
あいつはただ殺し合いたいだけなのよ。」
カナコは冬香に話しかけると言うよりも、ひとりごとのように呟いた。
「私達の気が済んだらあなたは解放するし、そのあとあなた達に手は出さないわ。奥さんの命については…まあ、諦めて。」
ふざけるな。冬香はカナコを射殺さんばかりの勢いで睨む。そんな冬香を見下ろしながらカナコは続けた。
「逆に、もしも紅蓮の魔女がユウキを殺せたなら、その時は私も大人しく捕まってあげるわよ。」
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冬香を攫ってから2日目の夜が明けた。
「冬香の様子は?」
「生きてるわよ。2日近く飲まず食わずだから大分衰弱してるけど。」
「なあ、そろそろ電話していい?」
「私は構わないけど、3日間は焦らすんじゃなかったの?」
「そうだけどさ、それで冬香が死んだら可哀想じゃないか。」
「誰が?かのんが?」
「いや、冬香本人がだよ。これから殺す相手を気遣っても仕方ないだろ。」
ユウキはかのんを殺すつもりは満々なのに、冬香のことは心配らしい。その矛盾にカナコは笑ってしまった。実は悪ぶっているものの、ユウキはこれまでの逃亡生活のなかで何一つ犯罪行為をしていない。ただカナコと共にホテルを転々として過ごし、空いた時間を訓練に当てている。
犯罪という意味ではカナコの方が余程手を汚している。…とはいえ、彼女も適当な男を『誘惑』してはお金を頂いているぐらいで広い意味でのパパ活だと認識している。ただ身体の関係を持たずともお金を渡してもらえるスキルが自分にはあるというだけで。
所詮一般人に毛が生えた程度の自分達には本気で悪の道に堕ちる事は出来ない。だから勝っても負けてもここが潮時なんだろうなと思った。
「じゃあさっさと電話しちゃいましょう。」
「航は?」
「仕事があったとしても有里奈と会えるって言ったらそっちを優先すると思うわよ。」
「重畳。じゃあやろうか。」
冬香のスマホから抜き出した番号に電話をかける。ユウキはかのんに、カナコは有里奈に。
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電話越しにユウキが続ける。
「冬香を返して欲しかったら、今日の深夜0時に今からいう場所にそれぞれ1人で来い。」
「冬香は!?」
「だから今はまだ無事だって。話聞けよ。」
「…声だけでも聞かせて貰えないかしら。」
「ガチガチに拘束してるからそれは無理だな。電話を切ったら写真撮って送ってやるよ。」
「………。」
「オーケー?話を続けるぜ。0時にこれからいう場所にそれぞれ1人でな。これを守れない場合は冬香の命は保証できない。」
「場所は?」
「有里奈は東京ドーム。」
「東京ドーム?」
「行けば分かる。かのんは…横浜市の郊外にあるこの間潰れた遊園地だ。」
「…わかった。」
「くれぐれも1人で来いよ?冬香の命が惜しかったらな。じゃあ0時に。」
ユウキが電話を切り、静寂が訪れた。有里奈と顔を見合わせる。
「…録音は?」
「抜かり無いわ。だけど、どうする?」
「行くよ。有里奈も宜しくね。」
「それは構わないけど…渚さんや冬香ちゃんのご両親には?」
「伝えたら1人で行くなって言われると思う。」
「それは同感。でも黙ってるわけにもいかないでしょう。冬香ちゃんを心配してくれてるのはあちらも同じだし。」
そこで玄関のチャイムが鳴った。渚さんと雫さんが粉雪家に来たらしい。時計の針は8時過ぎを指していた。
「ど、どうしようか?」
「とりあえず情報は共有した上で私達はあちらの要求に従うつもりがあるって言いましょう。反対されたら…まあされない事を祈るしか無いわね。」
「有里奈にしては行き当たりばったりだね!?」
「私だって混乱してるのよ。」
部屋の扉がノックされたので開けると渚さん達が立っていた。
「おはよう。寝れた?」
「おはようございます。寝られてないけど、有里奈の術のおかげで大丈夫です。」
「それは良かった…いや、良くは無いね。でも眠気覚ましの術って便利よね。うちも雫に良くかけてもらっとるわ。」
「現代日本においてはブラック労働を助長する麻薬みたいな術ですけどね。」
「確かに。24時間働けちゃうしね。…さて、昨日の夜からここまでの進展だけど。まずコナちゃんを攫った実行犯のクラスメイトの子がふらっと家に帰って来たってご両親から警察に連絡があった。普通ならここでめでたしめでたしなんやけど、コナちゃんの事を聞かなあかんから、今日の朝から警察がいって事情聴取しとる。」
「多分、カナコに頼まれたって情報以外は出てこないと思うけど。」
雫さんがボソッと呟く。つまり同級生の彼からは冬香に辿り着かないだろうという事だ。
「あと、ショッピングモールで乗り換えた車はほぼ特定できたんやけど…やっぱりもう1回車の乗り換えやってたみたいで、攫った先の追跡には時間がかかりそう。」
「…今夜、夜中の0時までには特定は難しいですかね?」
「うーん、正直厳しいかも。ん?なんで0時?」
「有里奈、さっきの。」
「ええ。…実はさっき、品川ユウキと池袋カナコから電話がかかって来たんです。」
「なんやって!?」
有里奈は先ほど録音したメッセージを再生した。
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「かのん、準備は良い?」
「大丈夫。じゃあ行ってくる。雫さん、行きましょう。」
「うん。久世さんと渚も気を付けて。」
午後9時。かのんと雫さんは車に乗り込んで指定された遊園地に向けて移動する。
あのあと私達は冬香ちゃんのご両親を交えて議論を重ねた。渚さんとご両親はわざわざ相手の言いなりになる必要なんてない、精鋭を送り込んで制圧するべきという意見だったが私とかのんは向こうの要求を飲むべきだと主張した。冬香ちゃんを助けるまでは慎重に動くべきだと思ったし、何より電話越しに話した雰囲気から相手は約束を守るだろうと何となく思えたからだ。これはかのんも同意見だった。
あと精鋭を送るという意見に対して言えば、自分で言うのもなんだけど私達は白雪グループの中でもトップクラスの精鋭である。1人だけで行くなんて無茶だという意見は、下手に護る対象がいた方がやり難いという事で押し切ることにした。
さんざん議論した結果の妥協案として、それぞれの敷地の外側に応援を待機させると事で落ち着いた。東京ドームの方には渚さんと下雪配下の部隊、廃遊園地の方には雫さんと雪守配下の部隊が応援に付く。
途中、品川ユウキは律儀に冬香ちゃんの写真を送って来た。紐でぐるぐる巻きにされて転がされている冬香ちゃんは痛々しかったが、その眼には光が宿っていた事で生きている事は確認でき、それだけでかのんはかなり精神的な安定を取り戻した。
さらに寝かされていたベッドの形や布団の模様から監禁されているホテルを特定しようと画像が解析に回されている。…残念ながら現時点ではまだ特定には至っていないという事だが。
「嫁のかのんちゃんはともかく、久世さんが無理する事ないと思うんやけどね。」
「あら、私だってゆくゆくは白雪グループの一員よ?仲間外れにしないで欲しいわ。…仮にそうでなかったとしても友達を助けるためなら無理の一つや二つはするけどね。」
グッとちからこぶを作る仕草をすると、渚さんはやれやれと言った表情で肩をすくめた。
「ちなみに彼らについてどう思う?」
「どう、とは?」
「ホンマにかのんちゃんと久世さんに対する復讐なんかな。」
「ああ、そういう意味ね。…何となく違う気はするのよね。復讐するつもりだとしたら、私達の素性がわかってるんだったらこんな回りくどいことしなくて良いじゃない。こんな風にお膳立てしてまで呼び出す理由がいまいち分からないっていうのが正直なところかしら。」
「やっぱりそんな感じよね。ウチも同意見。」
「まあせっかく呼んでくれてるんだし、直接会って聞きましょう。」
「せやね。じゃあウチらもボチボチ出ますか。」
午後11時。車に乗り込んで指定された場所…東京ドームに向かう。
「行けば分かるって言っていたけど、どういうことかしらね。注文の多い料理店みたいに看板でも置いてくれてるのかしら。」
「それだとカナコと対峙する頃には素っ裸でクリームまみれやね。」
「やだ、恥ずかしいわ。」
冗談を言いつつ緊張を紛らわせる。東京ドームに到着したのは午後11時55分。
「5分前か、ちょうど良いわね。」
渚さんに手を振ると車を出てドームに向かう。残念ながら看板は置いてないようだ。入り口を探すと正面ゲートが全開だった。ここから入れって事かしら。
スマホが3回バイブする。渚さんから、応援部隊が配置についたという合図だ。意を決してゲートから中に入っていく。
「そういえば東京ドームって初めて入るわ。野球もライブもあんまり興味ないから…。」
そんな事を呟きながら奥に進むと、テレビで見たことのあるメインドームに到着する。そこにはライブステージが準備されていた。明かりが照らされている中央ステージに近づくと、予想していた人物が立っていた。
「久しぶりね、航。」
「…有里奈。」
異世界で共に魔王を倒し、一度は将来を誓った相手。龍門寺 航は、一瞬驚いたように私を見たが、直ぐに険しい表情で睨んできた。




