第16話 捜索 × 推測 × 接触
冬香が居なくなった翌日。勉強する気にはならなかったが、手掛かりを探るため登校する事にした。
「お義父様、お義母様。行ってきます。」
「…ああ、いってらっしゃい。」
「…かのん、気をつけてね。」
二人とも目の下に大きな隈を作っていた。
学校に着くと冬香のクラスに向かう。既に半分ほどの生徒達が登校していた。昨日電話した内の一人に声をかける。
「ミサキ、おはよう。」
「あ!かのん!…冬香とは連絡ついた?」
私は首を振った。
「そっか…冬香、今日もまだ来てないし心配だね。」
「うん…それで、ちょっと聞きたい事あるんだけどいいかな?」
「何?」
「昨日冬香と一緒に買い出しに行った男の子っているでしょ?その子のこと、聞きたくて。…例えば冬香の事を好きだった、とかないかな?」
「あー、そういう心配してるのか。だとしたら大丈夫じゃ無いかな。彼、最近彼女が出来たようなこと言ってたらしいから。」
「そっか。」
「心配しなくても、冬香は彼女をほったらかして他の男子とどっか行ったりしないよ。…心配事が解決したらさ、二人の話を聞かせてね?」
最後の部分は小声で、明るく元気づけてくれた。お礼を言うと、丁度教室に入ってきた別の子にも話を聞く。
「彼が冬香の事を気にしてたりしなかったかって?無いと思うなあ。あ、でも昨日の買い出しは彼から冬香に声かけてたんだよね。手が空いてるなら来てくれって。最初は2人で買い出しに行くほどの量でもなかったんだけどそれならって事でポスターカラーとか追加で頼んだ感じだったかな。」
そんな証言を集めていると隣の席の男子が声を掛けてくる。
「廿日市。アイツが粉雪の事を好きかって嫉妬してるのか?大丈夫だと思うぜ。最近アイツかわいい彼女が出来たって自慢してきたから。」
「あ、そうなの?」
「ああ。自慢してツーショット写真まで送ってきたからな。粉雪さんと全然タイプが違う子だし、心配する事ないって。」
ホラ、と彼が見せてくれたスマホには男女のツーショット写真が表示されていた。確かに友達に彼女との写真を送るとはだいぶ浮かれてるんだろう。だけどこの女の子、どこかで会ったことあるような…。
「この子、何組?」
「なんか違う学校らしい。夏休み明けに街で逆ナンされたんだってよ。」
この学校じゃ無い…じゃあどこで会ったんだっけ。
「…一応私もその写真貰っていい?」
「え、マジで?お前どれだけ嫉妬深いの?」
そういう事じゃ無いんだけど、そういう事にしておくか。
「そうだよ、私は嫉妬深いの。浮気なんてしてたら冬香の事、許さないんだから。」
思ったより声に怒気が篭り、正面の男子をビビらせてしまった。無事に写真をゲットした私はお礼を言って自分の教室に戻る。
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「…のん、かのんっ!」
「はっ!」
ふと気がつくと放課後だった。肩を叩きつつ声をかけてくれたのは同じクラスの女子生徒…隣の席の子だ。
「大丈夫?今日はノート開いたまま一日中ぼーっとしてたでしょ。」
「ああ、うん。そっか、もう放課後か…。」
「何回か先生に指されたの覚えてる?」
「…わかんない。」
はあ、と彼女は苦笑した。
「朝からずーっとその姿勢だったから、みんなの注目集めまくってたよ?先生も呆れて「ちょっと勉強し過ぎてるのかな」なんてフォローしてくれてたし。」
「そっか。なんかゴメンね。」
「私は別にいいけど。じゃあ帰るわ。またね。」
「うん、またね。声かけてくれてありがと。」
私も鞄を持って帰路に着く。ボーッとしているように見えたのは、今日は授業の間ずっと超広域の『魔力察知』で冬香の魔力を探っていたからだ。魔の物の討伐などで数kmの範囲に魔力察知をする事はあるが、その範囲と精度を何倍も広げて冬香の魔力を感じ取れないか探っていた。『魔力察知』は魔力の消耗の少ない術ではあるが、範囲を広げると処理べき情報量が加速度的に跳ね上がる。さらに建物の中や地下にまで感知範囲を広げるため、脳に負担がかかりひどい頭痛を伴っていた。
それだけやってわかった事は、この学校から半径およそ20kmの範囲には冬香は居ないということだけであった。
何か新しい情報は来て無いかとスマホを見ると渚さんから放課後会って話したいとのメッセージが来ていた。OKの返事を出して校門に向かおうと歩き出したところで、酷い立ちくらみを覚える。思わず壁に手をついて俯くと、床に血が滴った。これは、鼻血?慌ててハンカチを探してポケットに手を入れるが、目の前がどんどん暗くなっていき…、
そのまま私は意識を失った。
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温かい力が流れ込んできた。心地よい力の流れに身を任せると全身が上へ上へと押し上げられるような感覚を覚えた。もうこれ以上は上がれない…そう思った瞬間、ハッと意識が覚醒する。
「…ここは?」
私の部屋?
「かのん!」
隣にいた人物が声を掛けてきた。
「有里奈?」
有里奈は私をじっと見つめる。少しの間そのまま固まっていると、ふぅ、息を吐いた。
「もう大丈夫。心配いらないわ。」
「良かったー、コナちゃんの行方不明に加えてかのんちゃんまで倒れたらどうしよかと思ったわ。」
「久世さん、ありがとう。私じゃ治せなかった…。」
「雫さんの応急処置が良かったわ。何もせずに私の到着を待っていたらどうなっていた事か…状況はわかる?あなた学校で倒れたのよ。」
首を振って返すと、渚さんが詳しく説明してくれる。
「かのんちゃんから返信貰って、すぐに折り返し電話したんやけど出なくってね。何事かと思ってすぐに学校に駆けつけたんよ。そしたら丁度救急車が学校に来てて、これはまさかと思って覗いたらかのんちゃんが運ばれていくところやって。だからその場でウチらが関係者ですって引き取って雫が治療したんやけど、かのんちゃん目覚さへんから慌てて久世さんに来てもろたんよ。」
「私じゃ力不足だった…。」
「これはちょっと特殊な感じだったから、初見じゃ治療は難しいわ。でも今回で覚えたと思うから、次からは雫さんでも治せるはずよ。…さて、かのん。なんで学校でぶっ倒れる事になったのか説明してくれますか?」
あれ、有里奈怒ってる…?
「冬香の魔力を探れないかなって思って魔力察知の範囲を広げたんだけど、多分そのせいかな。感知範囲の広さと、解像度をあげ過ぎたせいで脳がオーバーヒートしたんじゃないかなって…。」
「ふーん。どのくらい広げたの?」
「半径20kmくらい…。」
言った瞬間、パンっという音と共に頬に痛みが走った。
「このバカッ!」
遅れてくる痛み。泣きそうな顔で私を叱咤する有里奈を見て、この子に引っ叩かれたのだと理解した。
「オーバーヒートなんて言い方してるけど、脳の回路が焼き切れてたわよ!言い換えれば脳死状態だったの!ぶっちゃけ目を覚ませたのは運が良かっただけで、この2人が学校に行ってくれなかったら搬送先の病院で脳死判定されてそのまま解剖されてたかもしれないのよ!?」
それは…中々に危ない橋を渡ってしまったらしい。
「まあ実際かのんちゃんの場合身元がはっきりしてるし、解剖より先にうちに連絡が来てそこで私達が合流できたとは思うから、訳もわからず解剖される事はなかったと思うけど。でもボタンを掛け違えてたら久世さんが言う展開になった可能性も無くは無いからね…。」
「大体脳死するまで魔術を使うなんて覚えたての初心者でもやらないわよ!」
「えっと…、ごめんなさい…。」
渚さんがフォローしてはくれるが有里奈の怒りはおさまらない。私はとりあえず謝る事にする。
「かのん、冬香が居なくなって焦る気持ちは分かるけど、無理はしちゃだめ。あなたに何かあったら悲しむのは冬香だけじゃ無い。」
「雫さんももっと言ってやってください!」
「ほら、久世さんだってこんなに心配してくれてる。今は冬香の捜索は私達に任せて、かのんは無理せずに待っていて欲しい。」
「大好きなコナちゃんが居なくなっていてもたっても居られないってのは分かるけどね。無茶して欲しくなくて状況を共有しようと思ったら既に…って感じ。ウチらだって心配したんよ?」
「うう、ごめんなさい…。」
有里奈はしばらく目を三角にしていたが、諦めたようにかぶりを振った。
「私、冬香ちゃんが見つかるまではここに泊まり込むわ。目を離したら今度こそ死にかねないもの。」
「ええ…?悪いよ。」
「そう思うなら無茶しないって宣言しなさい…って言ったところで夜とか1人になったら不安になってまた同じ事するんでしょ。残念ながらあなたの言葉には信用がないの。」
「はぁ…わかりました。大人しくしてます…。」
私はしぶしぶみんなの言葉を受け入れる。心配させてしまったのは事実なわけで。
「でも、冬香の事を考えるとじっとはしていられないよ…。」
「気持ちは分かるよ。せやからウチが状況を逐次共有してあげるって。日本の警察は優秀よ、もう昨日の足取りはある程度追えてるんやから。」
マジっすか。
「だからかのんに魔力察知で探してもらうなら、ある程度場所を絞った上できちんと依頼する。その方が当てずっぽうで探るよりずっと効果的だし。」
「そういう事。だからその時に備えて、きちんと身体を休めてくれんといざという時に困るってわけ。」
雫さんと渚さんから改めて釘を刺されてしまった。確かに筋が通っているので反論のしようが無い。私は観念して頷くとベッドから起き上がる。
「もう起きて平気なん?」
「頭もスッキリしてるし、魔力も回復してますし…平気だよね?」
「悪いところは全部治したから、寝てないといけない理由も無いわね。」
「オッケー、じゃあわかった事を共有するね。」
私達はローテーブルの周りにクッションを置いて座りこんだ。渚さんがカバンから資料を出して展開する。
「コナちゃんを攫ったのはおそらく一緒にいた男子生徒で間違いないと思う。かのんちゃんの推理通り、不意をついてクスリで…が濃厚かな。その時間帯、現場を通った不審なレンタカーがあったところまでは近くの防犯カメラとかから判明した。その車の車種とナンバーから借り主までは特定して昼の内に接触しとる。」
「え、凄い。思ってるより何倍も捜査が進んでる…。」
「日本の警察が100人も集まれば即ち世界一の探偵組織やからね。
ただ、借り主は他の人間に又貸しとるんよ。理由をていく聞いたら「彼女に頼まれた」って言って。」
「レンタカーの又貸しってアウトじゃ無いですか?」
「まあ規約的にはね。車に何かあった場合は借主が責任取るくらいよ。そんでコナちゃんを攫った車は現場近くのショッピングモールの駐車場で見つかった。そこで車を乗り換えたんやと思うんだけど、流石に数千台止められる駐車場になると載せ替えた車の特定には時間がかかってるね。今日中にはなんとかってところ。ただこれだけ周到に準備してるともう1〜2回くらい乗り換えやっとるかもしれん。単純なやり方やけどこれやられるとシンドイね。」
「なるほど…じゃあ今は乗り換えた車の特定を急ぎつつ、最初の車を借りた人の「彼女」を探ってるって事ですかね?」
「そうなんやけど、聞き取りした特徴から「彼女」は池袋カナコやないかなって推測しとる。まあウチが把握している特徴と合致してるって理由なんやけどね。一応最有力人物って事で。」
「池袋カナコって例の七英雄の1人でしたっけ?かのんが取り逃がしたんだっけ?」
「いや、取り逃したのは私じゃない…ん?池袋カナコ…?ああっ!」
「うわ、大きい声出してどしたん?」
「冬香を攫った男子生徒の彼女も多分池袋カナコです!」
私は朝、冬香のクラスで聞いた話をして送ってもらった写真を見せる。
「年明けの潜入調査の時と比べるとメイクでだいぶ雰囲気が変わってたから思い出せなかったけど、この子はカナコで間違いないです!」
「…なるほど。だとするとコナちゃんの拉致に池袋カナコが絡んでいるのは間違いなさそうやね。『誘惑』で色んな男を操って攫わせて…白雪グループに喧嘩売ってきてるんかな。」
「もしくはかのんに対する復讐?」
「白雪グループに喧嘩を売ってきとるなら、コナちゃんが生きてる可能性は高いね。身柄と引き換えに自分に有利な契約を迫られたらウチとしても断りづらい。」
つまり、私に復讐をするつもりの場合は別に冬香を生かす理由が無い…むしろ精神的にダメージを与えようと思うなら…そこまで考えた私は一気に気持ちが悪くなり、みんなを押し退けてトイレに駆け込んだ。
胃の中身を全て吐き出して、それでも悪寒と嫌な想像はとまらない。気が付くと雫さんが背中をさすってくれていた。しばらくするとやっと吐き気が治ってきたので、お礼を言って部屋に戻る。
「ごめん、無神経やった。」
「いえ、大丈夫…ではないけど、気にしないで下さい。渚さんのせいでは無いので。」
「…渚さんと話していたけど、現時点でこれ以上できる事は無いわね。乗り換えた車の行方がわかってある程度場所が絞れたら、かのんの魔力察知で探してもらうってぐらい。もちろん、私が付きっきりであなたのコンディション監視しながらでね。」
「うん…わかった。」
「ほな、今日は解散で。明日朝イチでまた来るよ。かのんちゃん、くれぐれももう無理しちゃダメやで?久世さんがおるから平気だとは思うけど。」
最後にもう一度釘をさして渚さんは帰って行った。
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真っ暗な部屋で今日も眠れない夜を過ごす。有里奈は私のベッドサイドに腰掛けてパソコンを触っている。
「有里奈…。」
「ああ、寝てていいわよ。というか少し寝なさい。あなた昼間に軽く脳死してるんだから。」
「有里奈は、何してるの?」
「情報収集。私だって冬香ちゃんが心配だもん。…車の追跡は上雪と雪守がやってるから私がしても意味がないと思って違うアプローチをしてみてるところ。」
「違うアプローチ?」
「池袋カナコが失踪してからの足取りをね。」
「分かるの?」
「まあSNSでそれっぽい子の目撃証言があるかなってくらい。あんまり期待は出来ないわよ。…それでも、何もせずには居られなくて。…かのんはまず体調を万全にしなさい。今のあなた、異世界で病んでた時並に顔色が悪いわよ。」
「流石にこの状況では寝付けないよ…。」
有里奈は少し悩んだあと、パタンとノートPCを閉じた。そのままいそいそと布団に入ってくる。
「どしたの?」
「私じゃ冬香ちゃんの代わりにはならないけどね。」
そういうと有里奈は私をギュッと抱きしめる。有里奈の気遣いが嬉しくて、私も抱きしめ返した。
「あったかい…。」
「フフ、懐かしいわね。覚えてる?かのんは異世界に召喚されたばかりの頃、毎晩布団の中で泣いてて…よくこうやって抱き合って寝てたの。」
「覚えてるよ。有里奈が居たから、私は頑張れたんだもん。」
「本当言うと、あの頃は私だって心細かったのよ。だからかのんを勇気付けるフリして私もかのんにくっつきたかったの。」
「…知ってる。」
「ばれてたか。」
ペロッと舌を出す有里奈。かわいい。
「…こんなことしてるって冬香にバレたら、浮気だって言われちゃわないかな?」
「そうしたら私も一緒に謝ってあげる。」
「ありがとう。…布団に入ってきたのは有里奈からだからね?」
「あら、こんな強く抱きしめて来てるんだもん、かのんだって同罪よ。…だから、かのん。2人で怒られましょう?絶対に…絶対に。」
きゅうっと私を抱き締める腕に力が入る有里奈。その身体は小刻みに震えていた。ああ、この子も私と同じくらい冬香の事を心配してくれているんだ。だけど自分を律して、冬香の無事を祈ってくれている。
やっぱり私はダメダメだな。有里奈も…渚さんや雫さんだって、みんな精一杯できる事をしてくれているのに私は1人で暴走してみんなに余計な心配をかけて。…もうみんなに迷惑は掛けない。冬香は必ず助ける。私は決意を伝えようと有里奈を抱き締める腕に力を込めた。
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翌朝。結局私達は一睡もできなかったが有里奈が眠気覚ましの術をかけてくれたので体調は悪く無い。着替えて顔を洗い、渚さんからの連絡を待つ。
私と有里奈のスマホが同時に鳴った。思わず顔を見合わせる。そこに表示されてきたのはそれぞれ別の、知らない番号だったからだ。有里奈と私は頷いてそれぞれのスマホを手に取った。
「…もしもし?」
― あー、もしもし。ん?なんか声が響いてるな。あ、今もしかして有里奈と一緒にいるんか?
「誰?」
―じゃあ手間省けていいや。こっち切るわ。カナコ、そっちスピーカーにするように言って。…じゃあまた。
プツっ。
「…今のは…。」
「かのん、こっち。」
有里奈がスマホをハンズフリーモードにしてテーブルに置いた。
「おお、本当に一緒にいたのか。」
「あなた達、誰?」
「俺は品川ユウキ、で、こっちが池袋カナコ。」
「なっ…!?」
「電話した理由は…まあ大体わかってると思うけど。紅蓮の魔女の嫁さんの身柄は俺達が預かってる。今のところは無事だよ。
それで、返して欲しければ俺たちのいう事を聞いてくれって話なわけ。」




