第15話 文化祭準備に潜む影
夏休みが終わり、いざ受験モード!の前の最後の楽しみが文化祭だ。とはいえ周りもみんな受験生、予備校だの塾だのでそこまで凝った出し物をする時間は無い。定番のお化け屋敷だの、メイド喫茶だのをやるのは大抵2年生である。
「かのんのクラスは何するか決まったの?」
冬香と一緒にお昼を食べつつ午前中に決まった文化祭の出し物について話す。
「うん、なんと1人1冊「オススメの本」についての感想文を書いてそれを模造紙に貼り付けて展示して終わりだね。」
「それは…時間がかからなくて素晴らしいわね…?」
「みんな忙しいのはわかるんだけど…もうちょっと、こう、ねえ?」
これでどうやって思い出を作れというのだろうか。
「でもそれだと当日は完全にフリーでしょ?私と一緒に色々見て回れるわね。」
「フム、そう考えるとうちのクラスの出し物も悪くは無い気がしてきたね。冬香のクラスの出し物は?」
「リアル脱出ゲーム。」
「何それ面白そう!」
なんでもクラスにそういうのが好きな人が集まっていて、「文化祭開催中の高校からの脱出」というテーマで学校中に謎を仕込むらしい。受付で問題文を貰ったあとは、それを手掛かりに校内を回りヒントを集め、最後にキーワードを完成させれば脱出成功という流れになるようだ。
「それは脱出なの…?」
「そのあたりはシナリオで脱出感を演出するって言っていたわ。問題作成チームにシナリオライター役も居たし。」
「おお、本格的。冬香のお仕事は?」
「私は大道具係ね。ヒントを書いた看板を作ったりとかするみたい。」
「じゃあ当日はフリーだ!私と一緒に学校から脱出しよう!」
「残念ながらクラスの人間は答えを知ってるから参加不可なのよ。ここは私に任せてかのんだけでも脱出して頂戴?」
「いやだ、冬香を置いていくなんて出来ない!じゃあリアル脱出ゲームは諦めて下級生のクラスのメイド喫茶にでも行くかね。」
「メイド喫茶と言えば去年を思い出すわね。」
去年私達のクラスの出し物は「逆メイド喫茶」だった。なぜ人はしなくて良いアレンジを加えたがるのか…素直にメイド喫茶にすれば私は喜んでメイド服を着るというのに、何故かメイド姿になったのは全て男子。女子は執事姿という誰得喫茶店は、理系クラスが催したごく普通のメイド喫茶にほとんどの客を奪われて、せいぜい女装男子の友達が揶揄いに来る程度のものであった。
「今年こそは冬香のメイド姿が見たかった…。」
「こらこら。…今年はどこのクラスがメイド喫茶をするのかしらね。かりんちゃんとか、メイド姿になるかもよ?」
「かわいい妹のメイド姿かあ。それもいいなあ。」
「さっきから発言がオッサンくさいわよ。」
そんな感じで文化祭に想いを馳せる私達。
文化祭までの日々はあっという間に過ぎていく。メイド喫茶だのお化け屋敷だのをするクラスはそれこそ毎日遅くまで学校に残って準備をするが、私のクラスはさっさと準備を済ませてあとは本番を待つのみだ。
ちなみに妹のクラスは「執事喫茶」らしい。女子も男子も全員執事になって接客するとのこと。だから、なんで、どうして、素直にメイドにならないのかなあ!?
「廿日市さん、ちょっといい?」
文化祭まであと数日に迫ったある日の放課後、帰ろうとしていたところでクラスの文化祭委員の男子に声をかけられた。
「実は廿日市さんに出してもらった「オススメの本」の紹介文なんだけど。」
「何かマズカッタデスカ…?」
「いや、なんで「鏡の国のアリス」なのって疑問はあるけど、紹介文には問題ないよ。」
「ソレハ良カッタ。てっきりNG食らうのかと思ったよ。」
「NGなんて出さないよ。漫画の感想文を書いてる人だっているぐらいでそれでもOKにしてるんだから。それで、お願いがあるんだけどもし良かったら一作目の「不思議の国のアリス」の紹介文も書いてもらっていい?」
「ほえ?ひとり一冊じゃないの?」
「そうなんだけど、紹介文を模造紙にレイアウトしていったらちょっと余白が多くて。感想文が上手だった人に追加をお願いしてまわってるんだよ。廿日市さんの紹介文も上手だったし、何より敢えての2作目の紹介だったから1作目も書いてもらいたいなって…。」
私の感想文が上手だったと?よせやい照れるじゃないか。
「うん、いいよ。明日まででいい?」
煽てられて機嫌を良くした私は原稿用紙を受け取る。
「ありがとう!助かるよ!」
文化祭委員の彼はいい笑顔を向けるとさっさと別の人のところにお願いに行く。彼は仕事ができるタイプだ、間違いない。
しかし不思議の国の方は最近読んでないから細かい推しポイントがうろ覚えだな…学校の図書室にあるかしら。スマホを取り出し冬香にメッセージを送る。
― ちょっと図書室に寄って調べ物をして行くよ。
さて、さっさと行きましょうか。図書室に着いたところで冬香から返信が来た。
― 私も文化祭の準備で駆り出されちゃった。遅くなるかもしれないから先に帰ってて構わないわよ。
あら、いつもなら図書室で勉強でもして待っててって言ってくるのに、本当に追い込みなのかもしれないな。下手に私が待ってるって言うと逆に気を遣っちゃうかもだし…。
― わかった。18時ぐらいまでは図書室で勉強しているから、それまでに終わったら一緒に帰ろう。
これで良し。
その後さくっと感想文を書いて18時まで受験勉強。さて、冬香から返事は…来てないな。図書室の窓から冬香のクラスの様子を見るとまだ明かりが付いており生徒達がバタバタと動いている様子がわかった。まだ終わってないのかな?とりあえず教室に向かう。
ネタバレ防止のためか、教室の前に「他のクラスの立入禁止」とかかれた紙が貼ってある。仕方なくその場で少し待ち、教室から生徒が出てきたタイミングで声を掛けた。
「ごめん、冬香いるかな?」
「冬香…ああ、粉雪さんね、ちょっと待ってて。」
声を掛けた女子生徒が一度教室に引っ込み、少しして出てきた。
「粉雪さん、他の子と近所のホームセンターに画材を買いに行ってまだ戻ってきてないみたい。」
「あ、そうなんだ。」
「もどったら廿日市さんが探してたって伝えとくよ。」
「ううん、メッセージ送っておくから大丈夫。ありがとう。」
手を振って女子生徒と別れ、スマホを取り出す。忙しそうだから先に帰ってるよとメッセージを送り帰路に着く事にした。この時の私は夜遅くまで残って準備とか、冬香のクラスはなんだかんだ青春してるなあなんて暢気なことを考えていた。
その日、夜になっても冬香が帰って来ずに連絡も取れなくなるなんて思ってもいなかったんだ。
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冬香は無断で外泊する子じゃないし、そもそもする理由が無い。だから夜9時を過ぎても帰って来なかった時点で私とお義母様は何があったかと慌てて彼女の無事を確認しようと動き始めた。
「スマホのGPSはどうでしょう?」
「とりあえず今は電源が切れてるみたいね。最後に通信した時間と場所は、いま上雪家経由で警察を通して電話会社に調べてもらっているわ。
かのん、メッセージの既読は?」
「ついてないです。16時に図書室によるって送ったメッセージには返信がありましたけど、18時過ぎに送ったのとその後に送ったメッセージは未読状態です。」
「そう…。お互いに居場所がわかるアプリは入れてないのよね?」
「ごめんなさい、お義母様。それはプライバシーってことで入れてませんでした…。」
「ええ、ええ。ごめんなさい、かのんを責めているわけじゃ無いの。」
頭を抱えるお義母様。…こんな事なら浮気監視アプリを入れておけば良かったし、なんなら昼間のうちに冬香に魔力マーカーを付けておくんだった。
ラブラブでいつも一緒にいる私達だけど、たまには一人の時間が欲しい時だってある。だから常時互いの場所を監視するような事はしないようにしていたのだ。
「警察にはどうします?」
「上雪にスマホの位置情報を要求した時点で警察を動かしてるから、個別に連絡はいらないわ。残念だけどあと私達に出来ることは無いわね…。」
「足取りだけでも追いかけましょう。冬香のクラスメイトに何か手掛かりを知らないか聞いてみます。」
冬香のクラスメイトのうち半分は、去年私も同じクラスだった。何人かは連絡先を知っている。
とりあえず片っ端から電話を掛けてみる。
「もしもし、ミサキ?……そう、かのん。いきなりごめんね、今時間平気かな。……ありがと。あのさ、今日の放課後に文化祭の準備で冬香見た?……うん、既読がつかなくて心配してるの。……え、やっぱり冬香と付き合ってるのかって?まぁそんな感じかな…。……うんうん、分かった、ありがとう。」
5人ほどに電話をしたが、冬香の行方を知っている子は居なかった。新しい情報は一つだけ。
「冬香は17時過ぎに学校から歩いて15分くらいのところにあるホールセンターに買い物に行ったらしいです。その時同じ大道具係の男子も同行してます。
…その後2人が戻ってきたのを見た子は居ないみたいで、クラスでもどうしたんだろうって気してたようです。」
「その男子の名前は?」
私はお義母様に男子生徒の名前を告げる。お義母様はメモを取るとすぐにどこかに電話を掛けた。
「いま、その男子生徒の行方…家に帰っているか、帰っていなかった場合は冬香と合わせてGPS履歴を追ってもらえるように上雪に頼んだわ。」
「ありがとうございます。」
「あとはプロに任せましょう。かのんの魔術じゃ冬香を探す事は出来ないんでしょう?」
「…はい。」
魔力マーカーさえつけておけばたとえ数百キロ離れていても居場所を感知できるのだけど、それが無ければ人を探す術なんてない。私はただ冬香の無事を祈るしか出来ないのであった。
その後お義父様も帰ってきて3人で情報を共有する。
その後わかった事としては、冬香と同行した男子生徒も行方が分かっておらずご両親は警察に届けたらしい。
冬香と男子生徒は17時過ぎにホームセンターで買い物をしている姿が監視カメラに映っていた。足取りが途絶えたのはその後17時半頃、学校とホームセンターの中間の薄暗い路地あたりという事らしい。現場にはホームセンターで買った画材がそのまま残されていた。
「そこで誰かに拉致されたって事かしら。」
「恐らくな。身代金目的だとしたら電話がかかってくるだろう。」
お義父様とお義母様が心配そうに話している。いいところのお嬢様である冬香を身代金目的で誘拐、二人はその前提で話しているが、私は違うような気がしていた。
「お義父様…。冬香は強いです。身代金目的で誘拐しようとするなら実行犯は一般人だと思いますが、それであれば返り討ちに出来ないハズがないと思います。」
そう。回復術指南でガッツリ鍛えられている冬香は相手が多少腕に覚えがあろうと誘拐なんてされるわけは無い。
「しかし現実にそこで足取りが途絶えている。」
「可能性は2つですね、1つは冬香自身の意思で姿をくらませた。ただこれは考えづらい気がします。冬香にそんな事をする理由がない。」
「うん。」
「もう一つの可能性としては、抵抗する間もなく意識を奪われたんじゃないかなと。ただ、仮に不意打ちだったとしても冬香を一撃で戦闘不能にするには、それこそ最高戦力級の実力が必要です。そんな実力がある人は、わざわざ冬身代金目的の誘拐はしない…するとしても冬香をターゲットにするとは考えにくいと思います。つまり、冬香は身代金目的で攫うには強すぎる。」
冬香は有里奈の一番弟子である。戦いながら自分を回復するスタイルは確立されているので、冬香の意識を奪おうと思ったら回復させる暇もなく一撃で落とすしかない。それは多分私であっても簡単では無い。
「かのん、結論は?」
お義母様が急かす。
「お義母様、回りくどい言い方でごめんなさい。私も話しながら頭の中を整理しているので…。つまり冬香は武力で意識を奪われたのでなくて、それ以外の方法で連れ去られたんだと思うんです。例えば誰かを人質に取られてとか、または不意に薬を嗅がされて気を失って…とかですかね。」
「薬を嗅がされて、だとしたらさっき言った誘拐犯の可能性もあるんじゃないのか?」
お義父様の指摘に、私は首を振った。
「犯人が通行人を装ってすれ違いざまに冬香に薬を嗅がせようとしても、反射的に避けるくらい出来ると思います。それが出来ないくらい気を許している相手でも無ければ。」
「つまり顔見知りの犯行って事か!?」
「…おそらく。そうでなければ冬香が手がかりひとつ残せず攫われるなんて考えられない。」
「だとしたら、一体誰が…?」
「そこまでは…。ただ、冬香と一緒に買い出しに行った男子生徒。彼も帰ってないんですよね。二人で重い荷物を持って並んで歩いていて、不意に相手の男子生徒がバランスを崩したら、冬香なら咄嗟に相手を支えようとします。慌てて支えようとしてた隙に、ポケットから薬を染み込ませたハンカチを取り出して冬香の口に押し当てる、とかなら素人でも上手くいくかもしれない。」
「まさか、その男子生徒が犯人?」
「可能性は高いと思います。少なくとも身代金目的の誘拐よりは。」
「…わかった。その可能性も含めて捜索してもらおう。」
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そろそろ日付が変わろうとしている。
お義父様は本家や他の分家にも連絡して冬香の行方を探してもらえるように呼びかけた。私は念のため有里奈にも事情を話して家に冬香が行っていないか聞いたが、残念ながら来ていないと言う事だった。
出来る事が無くなってしまったこともあり、私は部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。私達は当然、冬香は生きている前提で話を進めている。だけど不意に、最悪の可能性が頭をよぎる。頭を振って嫌な想像をかき消すように努めるが、一度染み付いた妄想はどんどん私の心を侵蝕する。
「冬香…無事でいて…。」
私は不安を押し込めるように体を丸めて祈る。そのまま一睡も出来ずに夜は明けたが、冬香の行方は未だ解らないままだった。




