第14話 夏の終わりに
八月も終わりに差し掛かり、第4回回復術指南も今日で一旦終了。新規受講者達はなんとか回復術を発動できるようになり、これからしばらく個々でその練度を高める期間となる。秋に開催予定の第5回で今度はブートキャンプに放り込まれるという流れだ。
1期先輩の第3回で術を覚えた方々は1ヶ月間みっちりとしごかれ、地獄を見て来た。以前とは面構えが違う。
今日は一ヶ月間の指導を労う、私主催の女子会である。
「冬香、雫さん、怜ちゃん、有里奈、みんなおつかれさまー!」
「かのん姉様もお疲れ様です。」
「怜ちゃんが優秀だったから私は今回はだいぶ楽させて貰っちゃったよ。」
「ありがとうございますっ!」
「回復術も雫さんがしっかり指導できてたから、今後は白雪本家だけで講師が出来そうね。」
「…私はまだまだ。冬香や久世さんには及ばないと思うし。」
そんな感じでお互いを労いつつ美味しいお酒とジュースを飲んでお高いつまみ食べる。しばらくしてみんなお腹がいっぱいなったら本日のメインイベントである。私は秘密兵器を取り出した。
「じゃじゃーん!」
「あら、花火?」
「夏といえばこれでしょ!」
これまた大きい庭に移動してみんなで花火をする。怜ちゃんと雫さんは意外とこういう手持ち花火をした事がないという事で興味津々だった。
「かのん、ライターは?」
「そこに火種を用意したよ。」
私は『紅蓮』の術で直径3cm程度の小さな火の玉を5つほど宙に浮かべた。これでも花火に火をつけられるのは事前に検証済みある。
「へえ…紅蓮の術を戦い以外に使うのって初めて見るわね。」
「言われてみればそうかも?どうしても人殺しの術ってイメージが強かったからなあ。」
「ふーん、じゃあ今はそのイメージが薄れてきたってことかしら?」
「そうなのかな。なんだかんだで日本に帰ってきてからは誰も殺してないしね。…魔の物の討伐はノーカンとして。」
そう、ちょいちょい危なっかしい場面はあったけど、実は私はまだ日本では人を殺めていない。…まあ新宿ユキヒロを討った時はトドメを刺したのが渚さんというだけで、私自身は同罪という意識はあるのだけれど。前にそんな話をしたら渚さんから叱られてしまった。
………。
「…あれはウチが殺したのであって、かのんちゃんは手を下していない。」
「たまたま渚さんがトドメを刺しただけで、私も戦ってましたし。それに渚さんの刀を私の炎でエンチャントしてたから間接的には手を下したと言えなくもないかなって。」
「それを言ったら刀を打った人も間接的に手を下したって事になるやん?」
「いや、それは流石に範囲を広げすぎな感じしません?」
「だからかのんちゃんもセーフって理論で。…かのんちゃんにこんな事を言うのもアレやけど、やっぱり人を殺めた事があるって言うのは結構重い事実なんよ。そんな十字架背負うのは雪守だけでええって思っとる。今回はギリギリやったけどかのんちゃんは手を下さんで済んだって事で納得しとき。」
「…今さらですよ。異世界では何千何万と殺してきましたし。」
「あっちはあっち、こっちはこっち。とにかくかのんちゃんは日本ではまだ人を殺してないし、今後も殺人は禁止。これは雪守による決定事項って事でええね!?」
「…。」
「返事!」
「…はい、分かりました。」
「よし!」
「…渚さん、ありがとうございます。」
「うん、どういたしまして。」
……。
渚さんとの会話を思い出しつつ、花火で盛り上がるみんなから少し離れて一人でぼーっと花火を楽しむ。そんな私の様子に気付いた冬香が隣にやってきた。特に何を話すでも無く並んで花火を見る。冬香は、紅蓮の火の玉ではなくて私の花火に対して新しい花火を近づける。少しすると冬香が持った花火が燃え始めた。
「昔読んだマンガに、他の人が吸ってる火のついたタバコから自分のタバコに火をつけるっていう描写があってね。なんかロマンチックだなって思ったんだけど、今ちょっとそれを思い出したわ。」
「花火の口移しだね。」
「フフフ。上手いこと言うじゃない。」
そう言って笑う花火の小さな火に照らされた冬香の横顔は、思わず見惚れてしまうほど美しかった。
「綺麗…。」
半ば無意識に口から本音が漏れる。
「本当ね。」
え?まさかの冬香の同意の声にドキリとしたが、彼女の目は真っ直ぐに花火に向いている。なるほど、私が花火のことを綺麗だと呟いたと思ったのかと納得した。冬香に見惚れていた事が見抜かれるとちょっと恥ずかしいので、なんとなく線香花火を取り出した。
「線香花火、横から見るか下から見るか。」
「下で見たら大惨事じゃない。」
「私、線香花火を最後にポトリをさせないで火の玉が消えるまで持ってるの得意なんだよ。」
「初めて聞く特技ね。…結婚して1年経つのに、まだまだかのんについて知らない事は多いわ。」
「じゃあ見せてしんぜよう、紅蓮の魔女の本気をっ!」
パチパチと火を放つ線香花火。その火が徐々に小さくなり、火の玉が先端に集まり…ポトリと地面に落ちた。
「アッハッハッハッ!」
なにか変なツボにハマってしまったらしく、大爆笑する冬香。
「あんなに自信満々に格好つけたのに、ポトリって!ポトリって!アッハッハ!」
お腹を抱えて涙までちょちょぎらせる冬香。離れて花火をしていたみんなもなんだなんだとこちらにやって来た。
「姉様、冬香さんはどうしたんですか?」
「なんか私が線香花火してたら笑い出した…。」
「あ、線香花火こっちにあったんだ。みんなでやりましょうよ。」
爆笑から復帰した冬香も交えてみんなで線香花火を横から見る。2回目からはちゃんとポトリせずに出来たんだよ?ただ一番格好つけた初回でしくじったのが冬香的には面白くて堪らなかったらしい。
その後、用意していた花火を全部使い切って、また来年みんなでやろうと約束して解散した。
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家に帰って来た私達。お風呂に入ったあと、冬香がお酒を用意する。
「飲んでいいの?」
「女子会では我慢したからね。家なら酔っても大丈夫だし、少しだけよ。」
優しい!冬香大好き!
「冬香、お疲れさま。」
「はい、お疲れ様。」
グラスをチンと鳴らして乾杯する。うん、美味しい。
「…夏休みももう終わりだね。」
「最近は10月くらいまで暑いから、夏休みが終わっても夏自体は終わりって感じはしないのよね。」
「あはは、それわかる。だから8月末はただお休みが終わるってだけ。」
「宿題は終わってる?」
「うん、もともと大した量じゃなかったしね。」
高校3年生にもなると夏休みに強制の宿題なんてほとんどない。各々受験に向けて猛勉強モードに入るからだ。私達だって粉雪の仕事のお手伝いや回復術指南に参加しつつも毎日1時間は勉強時間を確保している。短いようで、私の場合は『超感覚』で最大20倍に時間を引き延ばせる。
「なら良かったわ。そういえば先週受けた模試、ウェブで結果が出てたわよ。」
「どうだった?」
「私は今のところ合格圏内。」
「さすがだね。私も見てみよう。」
スマホを取り出しサイトにアクセスする。
「どうだった?」
「前回より少し上がって安全圏に入ってる!春には五分五分だったし大分追い上げて来てるよ!」
「それは良かったわ。私一人で海外渡航は寂しいもの。」
「あと半年、気を抜かないようにしないと。」
「夏休み明けには学校も受験モードに突入するしね。」
新しいことを教わるのは1学期で終わりで残りの半年は受験対策にシフトする。進学校だからね、先生も本気だ。
「でも10月には文化祭があるよ。」
「ああ、夏休み明けから準備だっけ。」
「うん。クラスは違うけど最後のキャンプファイヤーは一緒にみようよ。」
「あらあら、予約されちゃった。」
「へへへ。」
「かのんこそ、他の男子に誘われてもちゃんと先約あるからって断ってね?」
文化祭のキャンプファイヤーは絶好の告白タイムである。準備期間で距離を縮みた男女がそこら中でカップルに進化する。つまり「キャンプファイヤーを一緒にみよう」とは遠回りな「付き合ってください」になのが暗黙の了解として成り立っている。
「私を誘う男子なんておらんよ。」
「コイツ自分のモテに無自覚とか主人公かよ。」
「そんな事ないと思うけど…冬香こそ男子にモテるじゃん。」
学校では私達が結婚している事はオープンにはしていない。だから冬香は結婚後に2度、男子から告白されている。当然即答でゴメンナサイしたらしいけど、流石の冬香さんである。
「私は年に1回くらいは告白されてるから、異性にモテるんだなって自覚はあるわよ。」
「あるんだ。」
「高校がアクセサリNGじゃなければこれを着けていくのにねぇ…。」
冬香が薬指のペアリングに触れる。去年もキャンプファイヤーは冬香と一緒に見たんだよな。その時の事を思い出す。
「キャンプファイヤーって良いよね。なんかお祭りの終わりって感じがしてさ。」
「まあ炎自体は煙いし近づきすぎると危ないけどね。私はかのんの『紅蓮』の方が綺麗で好きだけど。」
「綺麗?『紅蓮』が?」
単純に意味が分からず聞き返してしまった。だけど冬香は鳩が豆鉄砲を食ったよう顔で応える。
「何を言ってるの?あなたの紅蓮ほど綺麗な炎なんて私、見た事ないわよ。」
「え?」
「言ったことなかったっけ?私はかのんが出す炎、好きよ。力強くて、優しくて、それでいて何処か儚げで…まるでかのんの心の中みたい。赤ってだけなのにたくさんの色があるみたいでね。
…知ってる?赤って200色あるのよ。」
それは白じゃ無かろうか。と思いつつも、私は言葉が出せなかった。来ると思ったツッコミが私から無いことで冬香は頬を膨らませるが、お酒を一口飲んで続ける。
「去年の冬…白い狼と戦うあなたが使う紅蓮を初めて見た時、なんて綺麗な炎なんだろうって思ったのよ。こんな素敵な炎を出せるなんてかのんは…私のお嫁さんは、流石だなって感動したのを覚えてるわ。まあそのあと2人して倒れちゃったし状況的にはそれどころじゃ無かったけどね。
…だから私は、かのんが出す紅蓮の炎が世界で一番綺麗な火だって断言出来るわよ。」
そう言って少し恥ずかしそうに俯いた冬香に声をかけようとする。
「とう…、か…。」
だけど、それは声にならなかった。自然と涙が出てきたからだ。慌てて手で目元を拭うが、涙はどんどん溢れて来る。そんな私の姿に冬香は慌ててしまった。
「かのん!?」
私は必死で涙を拭いながら声を絞り出す。
「ちがっ、これは、ちがうのっ…!」
ボロボロとマンガみたいにあふれる涙が床を濡らす。冬香がタオルを持って来て渡してくれたので私はそれで顔を覆う。
そのあと涙が止まるまでしばらくかかったが、冬香は私の隣に座って優しく頭を撫で続けてくれた。
………。
「落ち着いた?」
「…うん、ありがと…。」
「どういたしまして。…私が変なこと言ったせいで、ごめんね?」
「ううん、そうじゃないんだ…。」
私は顔を上げて冬香に向き直るとそのまま抱きしめた。
「か、かのん?」
力を込めて抱きしめる。
「ちょっと、くるしい、よ…。」
冬香が少し困ったように声を上げる。構わず冬香を抱きしめたまま、ベッド倒れ込んだ。
「冬香ぁ…。」
冬香は少し困った顔をしていたが、ふっと表情を緩めて優しい声を出した。
「かのん…おいで?」
私はそのまま、貪りつくように冬香を求めた。
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『紅蓮』の術は、私にとって罪の象徴だ。その炎はあまりに多くの生命を奪った。だから私はこの術を忌避して魔王討伐の旅のあと封印し、その後異世界で過ごした20年のあいだ一度として使う事はなかった。
その思いは日本に帰って来てからも変わらなかった。冬香と結婚したあとも、本当は生涯この術を使うつもりは無かった。冬香を守るために無我夢中になって使ってしまって…そのまま彼女には隠しておきかった過去の罪を、全て話さざるを得なくなってしまった。
冬香は私の過去を気にしないと言ってくれたけれど、そこはやっぱり異世界を経験してないが故の優しさなんだろうなって思った。
まあ全部話しちゃったからある意味吹っ切れて、その後は紅蓮を使うことには徐々に躊躇が無くなってきた。さっき花火をした時みたいにチャッカマン代わりに使うなんて以前は考えられなかったし。
とはいえ紅蓮の赤は私にとっては罪の象徴であることには変わらない。だから私はこの色が好きではなかった。だけど冬香は、紅蓮の炎を綺麗だと言った。この術が好きだと言ってくれた。
異世界で仲間達は常に私を肯定して、支えてくれたしそれに助けられてきた。だから私が「紅蓮は人を殺すための術から封印したい」って言った時に受けれてくれたんだ。
だけど冬香は、紅蓮の術も丸ごと好きだと言ってくれる。すごく都合の良い自分勝手な解釈なんだけど、その言葉で私は赦された気になってしまったんだ。
異世界で多くの生命を奪ってきた過去を、戦争だから仕方がなかったって割り切るのでなく、日本で殺したわけではないからと気にしないとわけでもなく、ただそれも全て踏まえた上で好きだと言ってもらえた…そんな風に感じたら、感情がごちゃごちゃになって涙が止まらなくなったんだ。
これは多分、冬香に認めてもらえた嬉しさと、そんな風に幸せを感じる事に対する後ろめたさが入り混じったもので、幸せなのに痛みを感じる…そんな類のものなんだも思う。
私は隣で眠る冬香にもう一度キスをする。
こんな私の全てを受け入れてくれるこの子が、堪らなく愛おしかった。




