第11話 結婚一周年
夏休みになって、第4期呪術回復術指南が始まった。ちなみに第1期が去年の8月に雫さんや怜ちゃんに指導した時で、第2期は年明けのアリナズブートキャンプを指す。
第3期としてはGW明けに新しいメンバーに基礎訓練を実施した。呪術は怜ちゃんがメインの講師となって魔力操作と『魔導人形』と『身体強化(呪術)』を教え、回復術は冬香と春彦さんがメインで基礎的な回復術を教えるという形をとる事で本家・分家の人間による指導という形を取れた。
第4期はさらに新メンバーに対して基礎的な術を教えつつ、3期メンバーは実践訓練…ブートキャンプに放り込まれる。
今後は一つ前の新規受講生が次回ブートキャンプ入りするという流れで術の習得とその後の強化というローテーションを作り上げるらしい。
そしてブートキャンプの講師としてはやはり有里奈が適任とされている。まずタイマンで圧倒的に強い。回復術を使う人間は自分の身を守れる必要があるという理屈により回復術は白魔道士的なか弱い女の子が騎士様に守られているというステレオタイプなイメージを徹底的に叩き潰すのが有里奈さんだ。
なんなら見た目か弱そうな雰囲気の有里奈が屈強な男性陣をもボコボコにしているのだから回復術師だから弱いなんて口が裂けても言えない。
そして外部の人間というのがまた都合が良くて、回復術や呪術を使えるようになり天狗になった受講生達は良い感じに部外者の有里奈に反発してくれる。そしてそのまま地面に転がされることになるいう流れだ。実際そんな想像通りに反発するもんかねと思っていたけれど、本当に「私達は遊びで魔の物を狩ってるわけじゃないんです。」とか言って有里奈に食ってかかった人が居たし、他の受講者も同じだと言わんばかりの目を向けていたから正に狙い通りの展開だったわけだ。そして自信満々に有里奈と組み手をした全員が今は地面でグロッキーになっていると。
「初日はこんなもんかしら。お正月の1期生の方がまだ歯応えがあったのは、さすが本家分家の方々って事ね。」
「有里奈さん、お疲れ様です。」
「冬香ちゃん。回復術の方はどう?」
「感覚的には前回の…今日有里奈さんが鍛えてくれた方々と変わりないですね。1ヶ月くらいで最低限の回復術は使えるようになると思います。」
「そっか。でも回復術を覚えてもこの体たらくじゃね…。みんな変な自信をつけちゃってその後の自己研鑽が全く無いんじゃ無いの?」
「今回のメンバーは5月に私達が指南したんですが、その時は有里奈さんが居ませんでしたからね。今の方々は1期先輩のこの姿を見てきちんと学んでくれる事を祈るのみですね。」
「あとは僕達ができる範囲で鍛えると言うのはどうでしょうか?」
「うーん、基本的な回復はできる前提で組み手に参加してほしいから悩ましいですね…。」
有里奈と冬香と春彦さんが回復術指南の進め方について相談している横で私は怜ちゃんと反省会だ。とはいえ怜ちゃんの教え方は基本的に全く問題無い。この子は自分が魔力操作を覚える時に苦労した分、人に教える時に「何が出来ないのか」をキチンと理解した上で的確なアドバイスが出来ている。
「なんなら教えることに関しては私より上手だね。」
「そんな、まだまだかのん姉様には及びません。」
「来年からは私と冬香が居ないから怜ちゃんと春彦さん、ついでに有里奈の3人で上手く運用できるようになってくれたら安心して留学できるよ。」
「はい!安心して貰えるように頑張りますね!」
「良き良き、その意気だ。」
3期生と4期生の訓練が終わったら私達の訓練の時間だ。1月の地獄の特訓ほどでは無いが、せっかく有里奈に鍛えてもらったモノを劣化させないようにとなるべくみんな時間を作り参加する。
私も異世界にいた頃の全盛期の感覚をかなり取り戻してきて、最近では有里奈といい勝負が出来るようになってきた。
「ついに『紅蓮』の大きな弱点をひとつ克服したわね。」
「うん、有里奈のおかげだよ。ありがとう。」
大の字になって倒れる私と、流石に肩で息をする有里奈。そんな私達のところに冬香がタオルと水筒を持ってきてくれる。運動部のエースにポカリを持ってくる女子マネージャーってこんな感じだよなあ。こんな子と付き合って青春を送れるとか、全国の運動部のエースは前世でどんな徳を積んだんだろう。まあ、私の場合はこの天使が実は妻なんですけどねっ!前世じゃないけど異世界では魔王を討伐してます!
「2人ともお疲れ様。」
「冬香、ありがとう。」
「いやー、流石にちょっと冷や冷やしたわ。予めかのんの新必殺技を知らなかったらそこで寝てたのは私の方だったかも分からんね。」
「新必殺技…ですか?」
「かのん、教えてあげて。」
「うん。前に『紅蓮』の弱点については話したよね?」
冬香は少し考える仕草を見せる。
「強すぎて周りを巻き込む以外だと、確か『紅蓮』を使ってると他の術が使えないとかだよね?」
「そうそう。その弱点をついに克服できたんだよ。」
「同時に他の術も使えるようになったって事?」
「厳密にはちょっと違うんだけど…。」
冬香に概要を説明する。『紅蓮』を使うと体内に留めている魔力が炎を生み出すためのものに特化してしまうため、1時間ほどのクールタイムを置かないと別の術が使えないというものだった。私はこのクールタイムを減らすことで使い勝手の向上を図った。
「それで最初は「如何に効率的に魔力の質を戻すか」って事に注力してたんだけど、それだとどんなに頑張っても5分の壁を切れなかったんだよ。」
「1時間が5分になったらすごい事だと思うけど。」
「理想はほぼゼロ…戦闘中に切り替え出来る事だったからね。そう考えるとあと300秒を縮めるのは難しいなと思って発想を変えることにしたの。」
「なるほど?」
「これまで紅蓮の発動速度を優先して全部の魔力を炎属性に変えちゃってたんだけど、一部だけ元の魔力でキープしておくの。これも中々コツがいるんだけどね。あとはキープした魔力を呼び水にすると1秒くらいで魔力全体を元の性質に戻せるようになったんだよ。」
「1秒!それなら戦闘中の切り替えも現実的なラインね。」
「まあ有里奈が相手だと1秒を稼ぐのも命懸けなんだけど、それでも実用的なレベルになったかなって。これの応用でいくつか必殺技も考えたんだよ。例えばね…、」
嬉しくなって冬香にどやどやと修行の成果を語る私は完全に得意分野を語るオタクだった。
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8月9日、今日は私と冬香の初めての結婚記念日である。夜にはお義父様とお義母様も交えてささやかにお祝いする。といっても夕食が少し豪華になる程度だけど。私はサプライズで冬香にプレゼントを用意してあるけどね、ウフフ。
みんなでご飯を食べながらこの1年を振り返る。あっという間だったなぁ…。色々と濃密だったし冬香と過ごす日々は楽しかった。でも精神アラフィフの私には1年があっという間に過ぎたように感じる。これって歳をとるごとに時間が早く流れるってあれだよね。
気を抜くとあっという間にまたオバチャンになっちゃうな、なんて思いつつ隣に座る冬香を見る。
「なあに?」
「うん、私の妻が現役女子高生なのもあと半年かと思って。」
「かのんが望むならあと1年延長してもいいわよ?その代わり留学には同行できなくなるけど。」
「留年した現役女子高生妻とか、情報量が多過ぎるからちょっと遠慮しておこうかな。それに女子高生じゃ無くなっても私は冬香を愛してるよ。」
「ちょっと、お父さんとお母さんが見てる前で恥ずかしいっ…!」
「あらあら、聞きました?お父さんは私に言ってくれないの?」
真っ赤になった冬香を楽しそうに見つつ、お義父様に問いかけるお義母様。
「…後でな。」
あ、お義父様も真っ赤だ!珍しい!
「コホン、そういうば冬香とかのんは会合の準備は出来ているかい?」
わざとらしく咳払いをして話題を逸らすお義父様。
「はい、大丈夫です。あとで見て頂いてもいいですか?」
「私も問題無いわ。細かい部分は雫と調整中。」
「わかった、かのんの方はこの後見せて貰おうか。」
8月半ばの白雪一族の会合。去年、私のお披露目という事で地獄の詰め込み教育で嫁としての色々を叩き込まれたのも既にいい思い出だ。もう一度やりたくはないけどな!
今年は来年春の留学の許可を正式に得るために、春にお義父様相手に行ったプレゼンの対本家バージョンを披露する事になっている。もちろん根回しは済んでいるし瑞稀さんの許可も貰っているが、こういうのは公の場で認めたというポーズも必要という事で今回はしっかりと私の時間が設けられているのである。
冬香は冬香で、回復術指南組織のトップという立場を一度返上して留学について来る形になるためその調整をしている…とはいえ1期生の雫さんが本家の人間なのでそのまま引き継ぐ形になるので特に問題はないのだが。
夕食後、お義父様に本家向けに改良したプレゼンを見てもらう。
「うん、概ね問題無いかな。直すべきところはこのメモを見なさい。」
「ありがとうございます!」
お義父様から渡されたメモには細かい修正点…使わないほうがいい表現や言い回し、他の分家に配慮した注意などが細かく書かれていた。私のプレゼンを聞きながら同時並行でコレを書いてくれていたんだから、お義父様もバケモノレベルに仕事が出来る人なんだよなぁ。
「春にも思ったけど、かのんはプレゼンが上手だね。学校でディベート大会に出たりしていたのかい?」
「いえ、そういうのは特に。」
「そうか…資料の構成や説明がすごく論理的に組み立てられていて、こういうのは基本的に場数を踏まないと延び無いスキルだからてっきり経験があるのかと思ったよ。」
「ああ、それは多分異世界での経験かと。」
魔王との戦いが終わり元の世界に帰る方法を独自に探していた時、一時期私は某国の魔術協会に所属していた。目的はそこの蔵書を読む事だったのだが協会員の義務として研究レポートの作成とその発表があり、当初は適当に乗り切ろうとしたのだがこんなレポートでは認められないとコテンパンにされたうえで再提出を求められたのだ。なんとかレポートを作って発表に臨んだが今度は質疑応答でフルボッコにされて半泣きになりつつ乗り切った。…以降、二度とそんな思いはごめんだと徹底的に他の魔術師のレポートや発表を参考にした。
そこで培った資料作成スキルとプレゼンスキルがこんな形で発揮されたというわけである。人生、何が役に立つかわからないものだ。
私はお義父様に頂いたアドバイスのメモをもとに資料の一部とプレゼンの原稿をその場で修正した。
「うん、それで良いと思う。」
お義父様に太鼓判を押してもらえたのであとは当日までに原稿の暗記とプレゼンの練習だな。私はお義父様に改めてお礼を言って自室に戻る。
「お疲れ様。OKは貰えた?」
部屋に戻ると冬香が出迎えてくれる。私はVサインで応じた。
「バッチリ。」
「良かったわね。父さんが大丈夫って言ったならまず問題無いわ。」
「このタイミングでボツになったらヤバかったからね…ある意味今日が本番みたいなものだったかも。」
「その本番を一発で乗り切っちゃうんだから大したものよ。やっぱりかのんは事務能力も高いわね。」
「いや、昔取った杵柄ってだけだよ。」
私が冬香に魔術協会で揉まれた話をすると、冬香は楽しそうに笑った。
「そういう経験も合わせてかのんの能力よ。こんな優秀な妻が居ればいつか私が当主になっても安心だわ。」
「よせやい、あんまり褒められたら照れるじゃないか。」
「語学堪能でプレゼンスキルも高いとか、いっそのこと秘書検定でも取る?」
「いやあ、秘書をやるにはオッパイが足りないかな…。」
「私は夜の秘書は求めてねぇからな?」
「あ、そういえば冬香に結婚1周年のプレゼントがあるんだよ!」
「この流れで渡されるものが不安すぎる件。」
いそいそと机からラッピングされた箱を取り出す。
「あら、ブランド物…かのんって意外とミーハーよね?」
「ある程度しっかりしててカワイイやつってなるとどうしてもこういうのになるんだよね。」
丁寧にラッピングを剥がして箱を開ける冬香。
「あら、バレッタだわ。」
「カワイイでしょ?」
「ええ、ありがとう。…着けてみていい?」
「是非是非!」
「よっ…と、どうかしら?」
「うん、似合ってるよ!」
鏡では見辛そうだったので後ろの正面から写真を撮って見せてあげる。
「嬉しい。大切にするわね。」
よしよし、作戦大成功。こうやって記念日毎に色んな部位の服やアクセサリーを送っていつか冬香の全身をかのんで染めるのだ、グヘヘへ。次回はアンクレットあたりで足首を制覇しようかな。
「じゃあコレは私から。」
なんと冬香も私にプレゼントを用意してくれていた。
「ありがとう!…これはネックレス?」
「ええ、あなたキチンとしたモノを持ってないでしょ?パーティーでも胸元が開いたドレスを好まないのは合わせるネックレスが無いからかなって思ったんだけど…。」
冬香の気遣いは素直に嬉しいから、胸を強調するドレスが着られない本当の理由は黙っておこう。寄せてあげる余地すら無い人間がいるって事を知らない人も世の中にはいる。彼女に悪気はないんだ。
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さて一族会合での留学プレゼンだけど、既にお義父様から太鼓判を押されていたわけで緊張することもなく無事に乗り切ることが出来た。本家や他の分家の方からも特に意地悪な質問は無かったし、むしろ激励の言葉をかけてくれる人が多くて嬉しかった。
冬香による回復術指南の今後の方針についても、雫さんに責任者を引き継ぐということでこれも概ね問題は無かったのだが、粉雪の2人が居なくなるという事で部外者の有里奈に対する扱いだけ保留となりそうだった。とはいえ有里奈だってもう白雪一族とは1年の付き合いだ。私や冬香の橋渡しなんていらないんじゃないかなあ。
そんな風に考えつつ話を聞いていたら、下雪家のご当主様が手を挙げた。
「それについて、よろしいかな?」
「はい、なんでしょう。」
「今話題に上がった久世女史についてだが、この度ウチの三男、春彦の婚約することになった。まあ暫くは内定という形になるが、これで部外者でも無くなるので引き続き回復術の指南をして貰って問題無い。」
「ほえっ!?」
突然のぶっ込みに思わず声が漏れる私。当然お行儀が悪い。冬香だってビックリしてるけど声は漏れていないし。…周りの方々の目線が痛い。
下雪家のご当主様は私の方を一瞥すると一瞬、ニヤリと笑った気がした。




