第9話 姉と妹とその恋人と
異世界から帰ってきてもうすぐ1年になろうかという初夏のある日、珍しくかりんに相談事があると言われて呼び出された私と冬香。お互いの家だと都合が悪いと言う事で、密談に良さげなカフェに集まる。ちょっとお高めなコーヒーはお姉ちゃん達の奢りだぜ。どやどや。
「実は彼と旅行に行きたいんだけど…。」
「ああ、高校2年生にもなればそういうのもあるよね。」
「かりんちゃんの彼氏さんって同級生?」
しれっと質問する冬香。
「あれ、お姉ちゃんから聞いてないんですか?」
「失礼な。いくら冬香と仲良くたって妹の彼氏の情報をペラペラと話したりしないよ。まあ私達の1つ年上らしいって事しか知らないから、仮に話そうと思っても何も話せなかったけど。」
といいつつ、私も冬香もかりんの相手はしっかり知っていて彼がこの春から無事に大学生となった事も把握してはいるのだが。
「それもそっか。じゃあちゃんと話すね。」
かりんは姿勢を正して私と冬香に彼氏…五反田アキトについて説明をする。2人の出会いは去年の春。街の図書館でテスト勉強をしていたかりんはうっかり鞄から財布を落としてしまい、それを拾ってくれたのがアキトだった。彼の鞄に彼女と同じキャラクターのストラップを付けていたことから顔を合わせれば会話する程度の仲となり、テスト期間が終わる頃にデートに誘われて付き合うようになったと。
「絵に描いたような素敵な出会いだね。」
「お姉ちゃんと冬香ちゃんもずっと同じクラスで付き合って結婚とか十分素敵だと思うよ。」
「そうかな、えへへ。」
「それで彼氏の五反田アキトさんはこの春から大学生、お金と時間に余裕が出てきたからかりんちゃんと旅行に行きたい、と。」
「でもさ、それは相談する相手が違うくない?」
「う…お姉ちゃん、そこは察して欲しいなって…。」
「察した上で言ってるの。」
かりんが言いたい事は分かる。黙って外泊するのは無理だし、よくやる友達の家に泊まるは大抵バレる。そこで「嫁に行った姉の家に泊めて貰う」という技なら口止めも簡単だし、なんならその姉自身が1年前に今の自分と同じ歳で嫁入りしているため理解も得やすいだろうという考えだろう。
彼氏との外泊に憧れる気持ちは分かるし、なんなら異世界時代の私は娘が17歳の頃には早く結婚してくれと積極的に送り出していた。まあ異世界は大抵20歳になる前に結婚するのが一般的だった事や、私自身の寿命がいつくるか分からなかった事もあるので現代日本とは大分条件は違うけれど。
「やっぱりダメ…?」
かりんはおずおずと見上げてくる。
「いくつか真面目な質問して良い?まず五反田さんの大学って何大学?」
「お姉ちゃん達が受けるところと同じ。学部は違うけど。」
「しっかりした大学に通ってるんだね。じゃあ次、かりんは彼と結婚するつもりはあるの?」
「…分かんない。」
「遊びってこと?」
「そうじゃなくて、まだ付き合って1年だし私達は2人とも養われている立場だからそんな話をしてないって意味。」
「かりんとしては、このまま付き合い続けたら結婚したいとは思ってる。」
「それはまぁ、そうかな…。好きな人だし。でも彼がどう思ってるかは分からないよ。」
「それはこの後本人に聞くから。」
「本人に!?」
目を丸くするかりん。
「まだ質問はあるよ。お付き合いしてるのは、お父さんとお母さんは知ってる?」
「…お母さんには彼氏がいるのはバレてる。お父さんは何も知らない。」
「そっか。彼とはきちんとヒニンしてる?」
「否認?」
「コンドーム。」
ブフッと吹き出すかりん。
「ちょっとかのん。」
「大事な事だよ。逆にこのお泊まりで初めての予定だったりする?」
「………。」
「かりん、大学生の彼氏と泊まりで旅行に行くなら当然そういうことはあると考えるよ。そこで無責任な行為をする人だったら私だって許可できない。」
「…まだ、キスまで。」
私は冬香を見る。彼女は頷いたので、かりんは本当の事を言っているんだろう。
「オッケー、じゃあ最後の質問。彼をお父さんに紹介する気はある?」
「どういうこと?」
「きちんと筋を通してお父さんから許可を貰おうよ。その場に私と冬香が立ち会ってあげる。」
「えーっ!?」
「いつか結婚するつもりの人と泊まりの旅行に行きたいんでしょ、別に悪い事じゃ無いよ。悪いのはお父さんとお母さんに黙ってる事。」
「むぅー。」
難しい顔をするかりん。
「でもいきなり紹介したいって言ったら彼がなんで言うか…。」
「親の許可も得ずに女子高生を旅行に連れて行こうとする人なら私だって賛成出来ないよ。とりあえず彼をここに呼んで話を聞いてみたいんだけど。」
真っ直ぐにかりんを見つめる私。かりんもしばらく私を見ていたが、やがて観念した様にため息をついた。
「お姉ちゃんと冬香ちゃんは時間平気?」
「今日はかわいい妹のために時間作ってあるから大丈夫だよ。」
「じゃあ彼に来られるか聞いてみるね。」
かりんはスマホを取り出した。
………。
その後しばらくすると以前高校に潜入調査した時に散々魔力の流れを確認して見知った顔が現れる。とはいえ向こうは私と冬香を知らないので初対面と言えば初対面だ。
「アキトさん、こっち。」
かりんが彼を呼ぶ。
「ああ。えっとこちらは…?」
「初めまして。かりんの姉の粉雪かのんと言います。こちらが妻の冬香です。」
「お姉さん?それに粉雪って…。」
「かりんから聞いてませんか?私は去年嫁入りしてるんですよ。」
「ああ、それは聞いてました。家名は初めて聞きましたけど…。」
「まあ座って下さい。…何か飲みます?」
「じゃあコーヒーを。」
彼のコーヒーと私達の紅茶のお代わりを頼む。かりんの隣で居心地悪そうにするアキトに声をかける。
「今日はですね、かりんからあなたとお泊まりの旅行に行きたいと相談を受けまして。」
「ああ、はい…。」
「それで父と母の許可を得るにあたって、まああなたとお付き合いしてる事をきちんと話して紹介した方がいいのではということで。その場に立ち会って欲しいという事なんですよ。」
アキトはびっくりした顔でかりんを見る。かりんはコッソリ行くつもりみたいだったし、もしかすると「姉の家に泊めてもらう事に出来ないか相談してみる」みたいな会話はあったのかもしれない。でも高校生をお泊まりに連れ出すならそれは悪手だよ、アキト君。
「それで、アキトさんの事を知るためにいくつか質問したいのですけれどよろしいですか?」
「はい…。」
「まず、将来的にかりんと結婚するつもりってありますか?」
ブフッ!かりんとアキトは揃ってコーヒーを吹き出す。息ぴったりだね。
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そして廿日市家で家族会議である。
テーブルにはお父さんとお母さん、その向かいにかりんとアキト。私はお誕生日席に座り、冬香はソファに腰掛けている。
重い空気の中、かりんが口を開く。
「お父さん、こちらが私がお付き合いしてる五反田アキトさん…。」
「五反田アキトです。かりんさんとは1年くらい前からお付き合いさせて頂いております。」
「初めまして。かりんの父です。」
ああ、お父さんもカチカチに緊張している。でも金髪タトゥー鼻ピアスのパリピじゃなくて良かったでしょ?
「急にお邪魔してスミマセン。前からご挨拶に伺いたいとは思っていたのですが…今日たまたまかのんさんにお会いして、その足でお義父様とお義母様にもご挨拶出来ればいいなと。」
「わざわざありがとうございます。」
「こちら、つまらないものですが…。」
手土産を渡すアキト。お母さんが笑顔でそれを受け取る。
「…アキト君は大学生かい?」
「はい。大学1年生です。」
「そうか、年の割にしっかりしてるね。」
「ありがとうございます。」
そう言えば彼も異世界記憶持ちだし精神年齢はそれなりに高いハズだよなあ。戦争のあと何年生きたのかくらいは後で聞いてみようかな。
そんな風に考えながら両親と妹カップルの会話を聞く。私が助けを出さないといけないシーンは無さそうかななんて思っているとついに本題に入る。
「実は、夏休みになったらかりんさんと少し遠出したいと思っています。」
「…それは泊まりという意味かな?」
お父さんの表情が険しくなる。
「日帰りを予定しています。それでも早朝に出て、お家に送るのは夜遅くになると思いますのできちんと許可を頂こうかと。」
「ふむ、夜遅くというと?」
「道の混み具合にもよりますが、21時前後になってしまうかと。もしもそれより、遅くなる場合は事前に連絡差し上げたいと思います。」
「ふーん、いいんじゃないかい?お母さんも別にいいよな?」
「ええ、いいと思うわ。」
成功!これはいきなり泊まりというと親としては良い顔は出来ないけど、一瞬そんな雰囲気を出しておいて実は門限を少し過ぎる程度の21時に帰すと言えばOKが出るだろうという冬香さん立案の作戦だ。
「日帰りでどこまで?」
「山梨の有名な遊園地ですね。フジサンがイイジャネェノ?って上から目線に言ってくるあそこです。」
「ああ、あそこか…。」
かりんとアキトには悪いけど、将来的に一緒になるつもりがあるならもどかしくても親のハードルは徐々に下げた方が良い。まずはご挨拶からの、日帰りの遠出。それを何度か繰り返して信用を得てから満を持してお泊まりの打診とすれば印象はむしろプラスになる。
もちろん2人に結婚する気が無くてそんな面倒なステップやってられねえと言うなら強制するつもりはない。勝手に無断外泊でも不純異性交遊でもすれば良いと突き放すつもりだった。親の印象は最悪になるけど、将来一緒にならないなら親の印象なんていらないからね。
でも私の「今の段階でいつか一緒になりたいか」という質問に2人ともイエスと答えた。であれば私は2人を応援してあげたい。
あとはアキトの人となりを見極めるような質問をお父さんがいくつかして、ドキドキ家族会議は無事に終了したのであった。
………。
「いきなり彼を呼び出した時はどうなることかと思ったけど、お姉ちゃんと冬香ちゃんに相談して良かったよ。」
「フフフ、また困った事があったらいつでも相談してね。」
「うん!冬香ちゃん、ありがとう!」
「こらこら、お姉ちゃんへのお礼は?」
「お姉ちゃんにも感謝してるよ!」
夕食前に私達はお暇する事にした。急な訪問でお母さんも準備できてなかったしね。私と冬香、それとアキトは揃って廿日市家を後にした。駅までの道のりは一緒なのでなんとなく並んで歩く。
「アキトさんもお疲れ様でした。…かりんの事、これからも宜しくお願いします。」
「あ…こちらこそ、ありがとうございました…。」
「じゃあかりんも居なくなった事ですし、アキトさんが気になってる事に答えますね。私達、粉雪家は白雪グループの中枢のひとつです。本家の白雪を補佐するという意味では雪守と同格になります。」
「やっぱり…。」
「かりんは関係無いから安心して下さい。私が嫁いだのはあなた達が付き合った後なので。この出会いは丸っ切り偶然です。ただ、雪守とアナタの契約については把握していますが。」
「お二人もあの、雪守さんみたいなチートスキルが使えるんですか?」
「知りたいですか?」
「…気にはなります。」
「まあここで隠し事をしてかりんとの仲に亀裂が入るのは私も本意では無いのでぶっちゃけちゃいますね。私はあなたと同じく異世界に召喚された過去があります。」
「なんだって!?」
「これ、かりんや両親には内緒にしてるので黙ってて下さいね。ちなみに召喚されたのは私だけで、冬香はただのお嬢様です。」
「ただのお嬢様ってパワーワードですね。」
「私は魔法が使えるただの玉の輿ですけどね。」
「魔法、使えるんですか。」
「はい。あちらでは「紅蓮の魔女」なんて呼ばれてましたから。半年ほど前にはあなたのクラスメイトにもそう呼ばれてガチンコバトルしましたけどね。」
「紅蓮の魔女!?あなたが!?」
「はい。あちらでアナタのクライスメイトを燃やし尽くした魔女です。」
「ちょ、どういう…意味…!?」
「まあ混乱しますよね。…どうです?そこの定食屋でご飯でも食べながらお話しします?
まあここで納得してくれるなら私としては全然おっけーですけど。」
「是非、詳しい話を聞かせて下さい!」
「ですよね。じゃあ入りますか。」
そう言って暖簾をくぐる私達。鯖の塩焼き定食を食べながらもはや何度目になるか分からない異世界時代の思い出話をアキトにするのであった。
アキトは最初は難しい顔をしていた。だが半年前に上野レイジと恵比寿ハツネと激闘の末、とりあえず和解した事やミア先輩とは未だにメッセージのやりとりがある事などを告げるとそういう事であれば自分は特に魔女に恨みも無いと言ってくれたのであった。




