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第7話 接触

 ある日、有里奈の家の郵便ポストに入っていた1通の封筒。


「何よこれ…。」


 思わず声を漏らしたのは、そこに書かれていた差出人の名前である。


 Dragon's Gate


 そのまま捨てたい気持ちに駆られるが何か面倒事に巻き込まれるのも勘弁だ、仕方なく中身を確認する事にした。


「って既にだいぶ面倒なんだけどね。」


 中に入っていたのはファンミーティングの招待状であった。航がボーカルを務めるバンド、Dragon's Gate がファンミーティングを開催するので是非来てくださいというメッセージも同封されていた。


 思ったより面倒な事では無くて良かった。会いに来てくれないと全国ネットで顔と名前を出して呼びかけるぞ!とかだったらどうしようと思っていただけに招待チケットぐらいなら全然許容範囲内だ。


「でもこれ消印無いし直接ポストに入れてるわよね。向こうには家が知られてるのかあ…引っ越そうかしら。」


 大学院への進学を考えるとあと3年弱、この部屋を借りるつもりだったけれど航かその関係者に部屋を知られているのであれば、引っ越すべきかも知れない。


「セキュリティがしっかりしてて、大学からほどほどに近くて、駐車場付きの物件か…この時期は学生向けの物件って少ないのよね。いっそ生活水準あげちゃうか?」


 とりあえず次の週末に不動産屋に行くか。そう考えつつ有里奈はファンミーティングのチケットをゴミ箱に放り込んだ。


------------------------------


 航自身は有里奈に未練はあるもののしつこく付きまとうつもりは無い。今はまだ失恋の傷が癒えておらず、ビッグになってもう一度有里奈に振り向いてもらいたいと思ってはいるがそれ以上のアクションを起こすつもりは無かった。

 

 Dragon's Gateのメンバーにも悪気は無い。航が執着する「アリナ」に一目合わせてやる事が出来れば心の整理もつくだろうと、言わばお節介を焼いているだけである。それを本人に言わず裏で画策しているのは、若さ故である。20歳そこそこのメンバーで構成されたバンドは良くも悪くも明るい者たちの集まりであった。大人になりきれないままメジャーデビューした彼らが陽気な大学生のような感覚で「サプライズで2人を引き合わせようぜ!」と考えてアクションを起こす事は、十分悪ノリの範疇である。中途半端にお金を持った彼らの悪ノリはテレビ番組の力を使って有里奈を航の前に引っ張り出そうとしたり、興信所を使って有里奈の自宅を突き止めファンミーティングのチケットを送るなどの行為に繋がっていたのである。

 彼らは100%の善意でそれを行なっていると確信している。だからこそ、その行為は称賛されて感謝されるべきと思っており、その行き過ぎた行為を咎める者が居なかった。


 

 迎えたファンミーティング当日。


 有里奈が躊躇なく捨てたその招待状は、本来ライブDVDに付属の応募コードを抽選サイトに登録して100本の当たりを抽選で取り合うという超プラチナチケットであった。


 その分内容は豪華でひとテーブル5名の卓に各メンバーが1人ずつ周り、5分程度のフリートークを行う。限定ライブと未公開新曲の披露、そこにはサプライズで有名アニメとのタイアップが決まったと言うファンなら喜ぶ極秘情報のおまけ付きだ。


 極め付けは最後に好きなメンバーとのチェキ撮影。これは推しのメンバーとでも良いし、全員とでも構わないと言う豪華仕様だった。


 舞台袖から客席を眺めるメンバー達。


「アリナは来てるか?」


「…いや、まだだな…あの一番前のテーブルの席だよな?」


「ああ、あの特等席のチケットを送ったはずだ。」


「もう始まるぜ?」


「くそ、何で来てないんだよ。」


 繰り返すが彼らは善意で行動している。だからプラチナチケットを送られて喜ばれないわけがないと思っているし、まさかそれを躊躇なく捨てる人間が居るとも思わない。


「みんな、何してるんだ?」


 航がメンバー達に声をかける。


「何でも無い。…航、頑張ろうな。」


「ああ、みんなに楽しんでもらおうぜ!」

 


 開始時間が迫る中、一部のスタッフに焦りが生じていた。このファンミーティングは撮影されており、後日動画サイトにその様子がアップされる事になっていた。だが一番前のテーブル席、特等席とも言えるその場所に空席がある。プレミアチケットの特等席に空きがあるというのは何とも格好がつかない。端の席であれば編集でなんとかなるが、最前列ど真ん中ではさすがに厳しい。かと言ってもう他のファンは全員着席してしまっており、誰かを移動させれば他のファンから不満が出てしまう。


 このまま開始するしか無いかと思っていたところ、1人の女性が会場前に現れた。


 やっと来たか…!


 そう思ったスタッフが声をかける。


「ファンミーティングに参加の方ですか?」


 しかし女性は首を振った。


「いいえ、チケットは持ってなくて…。」


 なんだよ、紛らわしい。確かにチケットを取れずに会場近くを彷徨くファンは居る。しかし受付にまでやってくる奴はそうは居ない。さっさと追い返そうと思ったスタッフの手を彼女は握った。


「あの!私どうしてもKOHさんに会いたくて!もしもキャンセルがあるなら…端っこでも良いんです!なんとかなりませんか?」


 必死に訴える彼女を見て、何とかしてやりたいと思った。そして未だにくる気配の無い正規のファン。仕方ないか。もしもこの後来たら受付時間を過ぎたと言うことで締め出そう。そう判断したスタッフは彼女を会場に案内する事にした。


「来た!」


 ギリギリまで客席を窺っていたメンバー達は特等席に案内された女性を見て安堵する。


「あれがアリナか…かわいいじゃん。」


「なるほどね、航が惚れるわけだ。」


「あとはあの子のチェキを最後にしてその分時間を長くとって貰えば感動の再会って事だな。」


「ここからは航の頑張り次第だ。」


 メンバー達は本来クジで決まるチェキの順番について、特等席に決まった彼女を最後にするようにとスタッフに伝えてた。これでお節介は終了だ。あとは航とアリナの問題である。



 ファンミーティングが始まった。


 参加者はテーブルに置かれた名札にニックネームをつけて胸に貼る。メンバーはそれを見て男性客にはクン付けで、女性客にはちゃん付けで呼ぶこととなっていた。


 最初に一番前のテーブルに着いたメンバーはおや?と思った。「アリナ」と思っていた女性の名札に違う名前が書かれていたからだ。もちろんニックネームで構わないので「アリナ」でなくとも問題はない。しかしそこには全く別の名前が書かれていたのが気になったのだ。しかしそこで彼は思い出す。


 …そういえばアリナってファンの間でも一時期話題になったんだっけ。


 例の動画が公開されたあと、航が新曲の歌詞に仕込んだ「アリナ愛してる」の縦読みも話題になった。あの騒動を知っているならあえて本名を名乗らないか。そう結論づけた彼は深く気にしない事にした。5分間のトークが終わり、テーブルを立つ前にアリナが自然と手を上げたので彼はうっかりハイタッチをしてしまった。すると当然、同じテーブルの残りのファンも手を上げる。そのままなし崩し的にフリートーク終了時にはハイタッチする流れが出来てしまった。


 フリートークが終わったらスペシャルライブ、最後にチェキ撮影となる。事前にとっていたアンケートから全員とのチェキを希望する人を優先して案内、その後は推しのメンバーに整列してクジで順番を決めるという形式で順番を決めていく。


 クジを配布したスタッフは一番前のテーブルの中央に当たる席に座る女性がKOHとのチェキを希望しているのを確認すると、メンバーの指示通り彼女の順番が最後になるように細工をした。



 チェキ撮影も終盤、ついに航のブースにアリナと思われる女性が入っていくのをメンバー達は見守る。各ブースは目隠しシートで区切られており中の様子を窺う事はできない。彼らは心の中で航にエールを送った。



「よろしくお願いします…あっ!」


 ブースに入ってきた女性がその場でズッコケる。思わず手を差し伸べようとした航を制して、警備員が女性に駆け寄る。彼女は警備員に捕まって立ち上がった。


「ありがとうございます。あの…KOHさんと2人きりには、なれないですよね?」


 女性が遠慮がちに警備員に問いかける。もちろん防犯の観点からそれはNGなのだが、警備員は少し悩んだあとブースから外に出た。


「…良かったんですかね?」


「うーん、まあ君は危なく無さそうって判断なのかな?まあ時間と無いしチェキの撮影をしちゃおう。って彼が居ないと撮影も出来ないな。」


「じゃあ、こっちでいいですか?」


 スマホをセルフィーにして航に近づく女性。航は少し悩んだものの、さっさと済ませないと次の人を待たせると思い了承した。


「じゃあよろしく、えーっと…。」


「カナコです。」


 胸の名札を指して女性は微笑んだ。


「ああ。宜しく、カナコちゃん。」


 航はカナコと名乗る女性と密着して写真を撮った。


「私、今日を凄く楽しみにしていたんです!」


 楽しそうに笑うカナコ。


「そっか。ありがとう。」


「KOHさん、握手してもらってもいいですか?」


 本当はお触りNGだし、他のファンから同じ事を言われた時には断っていた。しかし、航は何となく断れずにその要望に応じてしまった。握手くらいなら、と言って手を差し出すとその手を両手でしっかり握りしめるカナコ。


「嬉しい!」


 そう言って上目遣いで航を見る目は蠱惑的で航は思わずドギマギする。1分ほど握った手を離したあと、カナコは1枚の紙を航に手渡す。


「これ、私の連絡先です。…待ってますね。」


 そういってニコリと笑うとカナコはブースを出て行った。


 航は手渡された紙を見る。そこには電話番号が書かれていた。これも勿論NGだがワンチャンスを狙ってこういう事をするファンはいる。普通は受け取らないし、強引に手渡されそのまま逃げられてしまった場合は横にいる警備員に破棄して貰う。だが航はそのメモを大切そうにポケットにしまった。



 航と「アリナ」の再会のために敢えて順番を最後にしたのに思ったよりも早く彼女がブースから出てきてしまったのでメンバーは驚き、航がフラれてしまったかと焦った。しかし続いて出てきた航がニヤニヤしていたのでホッとする。


 そのままエンディングを迎え、ファンミーティングは終了した。楽屋に戻りお互い労うメンバーとスタッフ。


「航、お疲れ。」


「ん?ああ、みんなもお疲れ。」


「どうだった?」


「ああ、ファンのみんなと交流できて良かったな。」


「良い子ちゃんかよ!そうじゃないだろ!?」


「どういうことだ?」


「最後にチェキを撮った子、どうだった?うまく行ったのか?」


 そう言われて航はカナコを思い出す。無意識にポケットに入れたメモに触れつつ笑って答える。


「そういう事か。…そうだな、ぼちぼちだ。」


 その表情にメンバー達はホッとする。どうやらアリナとはうまく決着が着いたらしい。世話を焼いた甲斐があるってものだ。


「なら良かった!」


 こうして航とメンバー達はお互いにボタンの掛け違いに気が付かないままファンミーティングは終わった。


------------------------------


「それで、上手く行ったのか?」


 ユウキがカナコに訊ねる。


「ええ、自分でもビックリするくらい順調に。」


「さんざん『誘惑』しておいてよく言うよ。」


「そりゃ多少は使ったけど。でもあんなにトントン拍子に中に入れたばかりか、本人と2人きりになれるとは思わなかったわ。最悪「アリナ」のフリをして近付いて異世界の話で無理やり接触するしかないかと思ってたもの。」


 カナコはとりあえずファンミーティングの受付に行ってみた。キャンセルがあればそこに潜り込めないかと思ったが、だめなら違うアプローチをすれば良いかと思っていたぐらいだ。それがあれよあれよと中に通されてど真ん中で参加出来た。チェキ撮影の場で2人きりになれた時など、逆に白雪グループの罠では無いかと疑ったほどだ。


「それで、どこまで誘惑できたんだ?」


「KOH以外のメンバーはハイタッチ1回だから、せいぜい「何かあったら便宜を図ってやろう」くらいのものよ。」


「肝心のKOHは?」


 カナコは楽しげに笑う。


「彼はもう私の虜よ。たっぷり1分は手を握ったからね。あとは待ってればあちらから接触してくるわ。」


 その時、カナコのスマホが着信を告げる。


「噂をすれば。この電話は今日契約して彼にしか番号を教えて無いから、彼からの電話で間違いないわね。」


 コホン、と咳払いをして電話にでるカナコ。


「もしもし、カナコです!KOHさんですか!?………いえ!全然大丈夫です、お電話ありがとうございます!今日はお疲れ様でした!………本当ですか?………迷惑なんかじゃ無いです!是非!………はい、はい!では明日の夜に!………分かりました、楽しみにしてます!」


 電話を切るとフーッと息を吐く。


「女優だな。」


「人が電話してるのを横でニヤニヤしながら見ないでよ。一応彼のファンの女の子として会ったからそのイメージを崩さないようにしただけよ。」


「明日の夜に会うのか?」


「ええ、高級ホテルのレストランですって。」


「そのままお泊まりか。」


「嫉妬?」


「まさか。上手いこと抱かれてこいよ。」


「あれだけしっかり『誘惑』したら別に身体を差し出さなくてもスキルは解除されないと思うけど。でも彼、イケメンだしたまには違う男と寝るのは悪く無いわね。どこかの誰かさんとはマンネリ気味だし。」


「ハハッ、言ってくれるじゃないか。」


 ユウキはカナコを強引に抱き寄せるが、カナコは面倒臭そうにその手を振り解く。


「そういうのが嫌って言ってるの。」


「手厳しいな。」


「悔しかったら精進する事ね。…それで、彼は紅蓮の魔女にぶつければいいの?」


「どうしようか。明日いきなりって展開にはならないだろうし、とりあえず情報収集してから考えようぜ。」


 そう告げるとユウキは隣室に移動した。またスキルを鍛えるのだろう。カナコは明日、着ていく服をどこから調達するか考える事にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 うわぁ・・・・(引き おせっかいと便乗した子悪党がうまくかみ合ってしまった(><) カナコ、やはりラストは語りがバレてアリナだったら許容したかもしれない病みファンに刺…
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