第3話 ブートキャンプの成果その1
さて、受験だの海外だのと言いつつも今の私たちにはやるべき大切なことがもう一つある。魔の物の討伐だ。
お義父様は既に一族内で私達の進路について根回ししてくれていたようで、この一年間私達は全国各地での魔の物の討伐に参加出来るようになった。渡航資金集めというよりは、私達が自分の都合で日本を離れるのでその埋め合わせである。
実は白雪の偉い方々はみんな海外志向が強いのだが国内の仕事が忙しく中々渡航する機会は無く、休暇中の海外旅行がせいぜいな状況である。そんな事情もあり本家当主の瑞稀さんは私と冬香の留学については快く認めてくれた。1年間の準備期間がある事から、各家に回復術と呪術の現場指導をきちんとしてから行ってねと言われたくらいだ。
今日は下雪の現場でBランクの魔の討伐があり、そこでの現場指導という事で朝から新幹線に乗って広島に向かっていた。
新幹線でおよそ4時間、時間を無駄には出来ないので冬香と並んで勉強である。ちなみに私は勉強する時は『超感覚』で体感時間を20倍程度に引き延ばしているため、80時間分の勉強ができる。そう、世の中の受験生が一度は考える「テスト前だけ精神と時の部屋に入りたい」を私は実現できるのだ。
集中力は体感1時間程度で途切れてくるのでその度になんとなく隣の天使を見て癒される。たっぷり5分ほど冬香成分を補給したら再び勉強、そんなサイクルを繰り返すこと10回ほど。
「かのん、ちょっといい?」
冬香がトントンと肩を叩く。
「どうしたの?」
「えっと、数分毎にチラチラこっち見てるけど何かなって思って。」
「体感で1時間に1回ぐらい冬香成分を補給してた。」
「1時間…?ああ、『超感覚』だっけ。じゃああの1チラで1時間勉強してたって事?3分に1回くらいこっち見てたけど。」
「そうだねえ、今は20倍くらいに延ばせしてるからこの30分で10時間分くらいやったかな?」
ほら、とほとんど解き終わった問題集を見せる。
「すごいわね、羨ましいわ。」
「私は要領が良く無いから時間でカバーするしかないんだよ。」
「それでも人の20倍勉強できるなら受験は楽勝ね。」
「そうなると良いんだけどなあ。」
個人的にはカンニングに最適である『聖書』の術が使える回復術の方が受験には向いていると思うんだけど。
なんて話をしていると車内販売が通りかかる。
「ねえねえ、私新幹線のアイスって食べてみたいんだけど!有名なスゴクカタイやつ!」
「かのんって本当にネットで話題とか、そういうのが好きよね。」
苦笑しつつ2つ注文する冬香。
「本当に固い!スプーン刺さらない!」
「はいはい、しばらく待ってましょうね。常温だと20、30分くらいが食べ頃だっけ?…かのんならもう10時間勉強できるわね。」
「アイスを前に10時間勉強させるとかそんな殺生な!」
「ふふ、じゃあアイスが溶けるまで休憩ね。」
アイスを手で覆って体温で溶かそうと試みる。
「手の方が冷たくなってきた…。火で温めようかな。」
「ここで火を出したらあなたの大好きなネットニュースに一面で載るわよ。もちろん容疑者として。」
「じゃあ冬香が温めてよー。」
冬香の手を取ると「ひゃん!」と小さな悲鳴をあげる。ヒッヒッヒ、可愛い声で鳴くじゃあ無いか。もう一度アイスで手を冷やし、改めて手に触れると睨まれてしまった。
なんとなく手を触れたまま見つめ合う。
「…こんなところでイヤらしい気分にならないでね?」
冬香は私をドスケベモンスターか何かだと思っているのだろうか。あながち間違ってないけどちゃんとムッツリしてるからTPOは弁えている、はず。とはいえ手を繋いで見つめ合ってるとなんだか悶々としてくるのも事実なので、気に紛らわせるためにもちょっと気になっていた事を聞くことにする。
ちなみに手を離そうという選択肢は今のところ、無い。だって冬香ちゃん、おててスベスベだし。
「そういえば今更なんだけどさ、冬香はいつから私と一緒に行こうって思ったの?」
「唐突ね。…父さんへのプレゼン資料を作ってる最中よ。かのんを手伝っている内にあなたが色んな国を回ってる姿が想像出来て、その隣にいるのは誰かなって考えたの。」
少しトゲのある言い方をする冬香にギクリとする。
「かのんが意識していたのか無意識かは知らないけど、計画を立てる話をする時にあなた誰かと一緒にいる前提っぽい話し方をしていたわよ?
でもあなたは私に一緒に行こうとは、言ってくれなかったじゃない。…それで多分、有里奈さんを誘ってみようとか考えてるんじゃ無いかなって思ったんだけど。」
す、するどい!思わず目が泳いだ私を冬香は見逃さない。
「図星か。まあ良いわ、今回だけは許してあげる。そもそもかのんは私が進学する前提で計画してたわけだからね。
それでね、楽しい海外留学に行ってるかのんと有里奈さんの姿を想像したんだけど、そこに私が居ないって言うのが許せなかったのよ。もちろん浮気を疑っているわけじゃないのよ?かのんの事も有里奈さんの事も信じてるから。でもそう言う事じゃ無いの、わかる?」
「わかります…。」
「だからおちおち進学してる場合じゃねぇなって思ったわけ。留学期間は4年くらいでしょ。そのあと改めて大学に通っても卒業時にまだ20代だし十分時間はあるわ。だったら私は1人で待つなんて出来ないの。父さんも母さんも分かってくれたわ。」
「なるほどね、理解しました。」
よろしい、と冬香は満足げに頷いた。
「まあ急な進路変更だったからこうして各分家に筋を通して回らないといけないわけだけどね。」
「どこかの家が反対してたりするの?」
「表立って反対はされてないわ。でも何かあった時に反対されない為の根回しって必要よね。」
「そういう感じか。…今日は下雪との仕事だよね、春彦さんと有里奈の交際の後押しをしたら点数高い?」
「そういうのは本人同士に任せておきなさいよ。」
でもあの2人ってなかなかくっ付かないんだよな。この間の回復術指南でも距離感こそ縮まってたけど、デクレチャフ少佐と第二〇三航空魔導大隊みたいな関係になっちまったような気がしないでも無い。前回の訓練はスパルタだったからなあ…。
それとなく春彦さんにどうなってるのか訊ねて相談に乗るくらいはしても余計なお世話にはならないだろう。
そんな風に話をしていたらそろそろアイスがいい感じに溶けて…溶けてないな!?どんだけ固いんですか!
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さて、辿り着いたよ広島。初めてくるので観光を、と言いたいところだけど今回も現場は山奥なので早々に迎えのハイエースに乗り込んで現場に向かう。
「今日はBランクですけど、春彦さんと綾音さんが2人で討伐するって事でいいんですか?」
ハイエースの後部座席にいた戦闘要員は春彦さんと綾音さんだけであった。Bランクの魔の物は並の使い手なら1人での討伐は不可能とされて熟練のチームでの対応が必要とされる、と言ったぐらいの強さである。今の2人ならきちんと連携が取れれば問題は無いと思われる。
「いや、今回は僕が1人で戦おうと思っている。」
春彦さんが決意を込めた口調で告げる。
「マジすか。」
Bランクの単騎討伐を試みる、それはつまり並の使い手から相当な手練れへとレベルアップしたいという事だ。
「うん。例えBランクを単騎討伐できたからと言ってあの人に並べるとは思えないけど、それでも少しでも追い付きたいんだ。」
「かのんさん、説得しても無駄ですよ。春彦さんってば当主様にも啖呵を切ってましたから。」
「…まあアリナズブートキャンプを乗り越えた春彦さんならそれなりの相手でも引けを取らないと思いますけど。」
ただ、私はBランクの強さがどのくらいかってのが良く分かって無いので太鼓判は押せない。
「いざとなったら骨は拾ってあげますね。」
綾音さんが軽い感じで発破をかける。確かこの人って下雪傘下の一般人だよね?よく当主の息子さんにこんなノリで話せるな、と感心してしまう。
「そうなる前に私が治すから、安心して戦ってくださいね。」
冬香のナイスフォロー。
ハイエースは夕暮れの山道を登っていく。周囲が暗くなる頃やっと目的地に到着。
「まだ魔の物の気配まで1kmくらい先だけど、これ以上は車が入って行けないですね。もう出ます?」
「いや、一般人を巻き込んだり目撃されたりしないために討伐開始は22時以降というのが基本ルールだ。今回はそれを守ろう。綾音君、監視だけお願いしていいかな?」
「はーい。」
そういうと綾音さんはクマの人形を窓から外に出す。ハイエースの後部座席に設置された2つの大型モニター。1つは地図が表示されていて、赤い点が少しずつ動いている。
「こっちがクマカノンに取り付けたGPSの現在地です。」
「もう片方のモニターに写ってるのが、小型カメラから送られてくる映像って事ですか。」
「はい。かのんさんのおかげで諜報活動が捗ります。映像はリアルタイムで送信してくれてるので携帯の電波があるところなら何処でも行けますよ。」
「でもこんな山奥に携帯電話の基地局なんてなく無いですか?」
「実はですね、この車が車載基地局も兼ねてるんです。クマカノン専用局ですよ。だからここから半径3kmくらいなら電波を拾えるようになってます。」
1人の諜報活動のために携帯電話用の専用車載基地局を作るとかさすが白雪グループだ。私が感心していると綾音さんのクマカノンは魔の物の巣に到着した。
「灯りがないと真っ暗ですね。」
「暗視モードに切り替えます。」
途端にカメラの映像が鮮明になる。
そこにいたのは熊の姿をした魔の物のだった。しかしBランクというだけあってその腕は太く長く変形している。
「羆ですね。」
「この時期だと冬眠明けで気が立っているかもしれません。だいぶ危険な気はしますが…春彦さん、それでもやりますか?」
綾音さんが念のため春彦さんに確認をとる。春彦さんは怯む様子もなくやる気満々だ。
「もちろん。確かに強そうだけど、有里奈さんに比べたらマスコットみたいなものさ。」
「ちなみにあの羆の大きさってどのくらいですかね?」
「待ってくださいね、カメラの測定機能を使います。体長3m前後ですかね。」
「姉畑先生がウコチャヌプコロした羆ぐらいか。」
「かのん、品性。」
流石に冬香に叱られてしまったが、綾音さんのツボにはハマってしまったらしく肩が震えている。春彦さんは意味が分からなかったようだ。
そのまま暫くカメラで様子を窺うが羆は眠ったままだ。
「22時を回った。行こう。」
先頭に春彦さん、後ろに私と冬香がついて行く。倒しきれなかった時のカバーが私で治療が冬香の役割だ。綾音さんは車に残ってサポートである。私達3人はインカムを渡されていて、これで互いに通話が可能な状態である。
「春彦さん、どんな怪我でも治すので即死だけはしないように気を付けて下さい。」
冬香が注意すると春彦さんも頷く。
「ああ。そこは鬼教官からも念を押されたからね。心配しないでくれ。」
程なく魔の物の元に到着。
「綾音さん、魔の物の様子は?」
―先程目を覚ましたようです。いまゆっくりと顔を上げました。
「ありがとう。…さすがに寝込みを襲って楽々勝利とはいかないな。」
「では私と冬香は下がっています。ご武運を。」
「うん。あれを倒してしまっても構わんのだろう?」
春彦さん!そのセリフはダメなやつです!…たぶん有里奈の趣味に合わせようと勉強?したんだろうけど使い方が絶望的に間違えています!
というかそのセリフはいつか私が言いたかった…!
複雑な感情を押し殺して私と冬香は距離をとった。
巣穴から出てきた羆は春彦さんに標的を定めたようだ。その発達した腕を振り上げて襲い掛かる。
春彦さんは魔力で身体強化、真正面から羆に向かっていった。
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「お疲れ様です。」
「ありがとう…さすがに疲れた。」
結論から言えば春彦さんは危なげなく勝利した。羆の攻撃をなるべく受けないようにきちん立ち回り、的確に打撃を打ち込み続け体力を削り切った。決め手に欠けたためとんだ消耗線になってしまい見ているこちらはハラハラしたが、春彦さんの魔力が尽きる前に羆は力尽きたのである。春彦さんにも多少の傷はあるものの自分で治せる程度のものであり、私達の出番は全く無かった。
極度の緊張から解放され、春彦さんはその場に座り込んでいる。冬香から水筒を受け取ると蓋を開けて美味しそうに飲んだ。
「冬香ちゃん、かのんちゃん。どうだったかな?」
「ご立派でした。」
「あとは必殺技があれば完璧でしたね。」
「必殺技か…確かに決め手に欠けるとこんなに大変なんだね。何か良い技はあるかな?」
「私からは何とも。有里奈に聞いてあげて下さい。」
「有里奈さんに…そうだね、無事にBランクの魔の物を討伐出来たっていいつつ改めて指導を乞うよ。」
横から冬香が「余計なことを言うな」という目で見てくるのがわかるが、このくらいは言ってあげないと多分この人自分からは全然連絡しないぞ?惚れてる方から積極的にアプローチしないとダメだって。
「じゃあ戻りましょうか。かのん、ここはそのままで平気?」
冬香が羆の巣穴を指す。
「うん。特に魔力が吹き溜まってる様子も無いし問題無いと思う。」
周囲に他の魔の物も居ないし、今日の仕事はこれでおしまい!結果的に私達は居なくても問題なかったわけだけど保険ってのは使わないに越したことはない。春彦さんが順調に強くなっているということで良き良き。
帰りの車の中でも春彦さんにもうちょっと有里奈に連絡を取るように焚き付けて、本人も少しは自覚してくれたようだ。これでもう一つの目的でもあった有里奈と春彦さんの仲の進展もあるだろうし、わざわざ広島まで来た甲斐があったってもんよ。
翌日、帰りの新幹線の中でもみじ饅頭を食べながら2人の恋の発展を妄想してニヤニヤする私であった。
ちょっとネタを盛り込みすぎたかもしれません。ただシリアスな展開になると差し込みにくくなるのでその分日常パートは楽しく進めて良いかなとw
ちなみに作品全体を通してネタが被らないように気を付けてはいるつもりですが、さすがに使ったネタをリスト化はしていないのでもしあったら作者のミスです。ちなみにポンコツモード時のイメージが某カードキャプターの彼女なのでその真似を何度もさせているのは意図的なものになります。
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