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第1話 高校3年生になって

 季節は春を迎えた4月、私達は高校3年生になった。進級したって何があるという訳でも無いと思っていたのだがひとつ大事件起きていた。


「私の名前が無い…だと…?」


 進級と言えばクラス替え、とは言え高校2年生から3年生になるクラス替えは実際はほとんど変わらない。何故なら2年進級時に既に文系上位校進学コースを選んでいたのでそういう人間は同じクラスに集められる。なので安心して登校したわけだが。


「粉雪かのんでも、廿日市かのんでも名前が無いんですが?」


「あったわよ、お隣のクラス。」


「え、なんで冬香とクラスが別れてるの?2人とも文系上位校進学コースだよね?」


「残念だけどそのクラスって2つあるのよね。二分の一を外しちゃったんじゃ無い?」


「のおぉぉっ!」


 ショックを受けて頭を抱える。


「当たり前のように冬香と一緒にいられると思ってたよ…。これからは離れ離れだね。冬香ぁ、私のこと忘れちゃいやだよ…。」


「放課後にはまた会えるでしょってツッコミ待ちかと思ったらガチ泣きしてるのはちょっと引くわ。ほら、涙を拭いて。」


「あい…。」


 ションボリと新クラスに移動する。席に着いて周りを見れば、なるほど確かに3月までのクラスメイトは半分くらいだ。残りの半分はあまり見覚えはないが元隣のクラスだった人達だろう。


「よーしみんな席に着けー。」


 今年の担任教師が教室に入ってくる。去年私たちのクラスの担任だった先生だ。いわゆる持ち上がりってやつだね。丁度いいから後で私と冬香の仲を引き裂いた理由を問い詰めよう。


 最初に一人一言程度の自己紹介というテンプレ作業をしてクラス委員を決める。そのあといくつか連絡事項の通達が終われば初日は終了だ。


「さて、今配ったのは進路希望調査用紙だ。君達も3年生となって受験に向けた大事な1年だけど、そろそろ進路をきちんと定めていく必要がある。親御さんとの3者面談は5月だけど、まずはしっかりと考えてその紙を出してくれ。」


 また来たか、進路希望調査クン。この半年間で何がしたいかと考え続けた結果一応漠然とビジョンは出来てきている…けれどまだ冬香やお義父様やお義母様に何も相談していない。お金が掛かる事なのでどうしても言い出しづらくって。


「でもいつまでも先延ばしに出来ないんだよなぁ。明日の朝にでも話してみようかな。」


 粉雪家は毎朝家族全員でご飯を食べる習慣がある。出来れば全員に話したいしそのタイミングを利用しよう。そんな風に考えていたらホームルームが終わった。さっさと出て行こうとする先生を捕まえる。


「先生!ちょっと聞きたい事があるんですが…。」


「ああ、廿日市。今年もよろしくな。」


「あ、はい。よろしくお願いします。」


「聞きたいことっていうのはクラス編成についてか?」


「そうです。よく分かりましたね?」


「いや、朝からこの世の終わりみたいな顔してたし…。ここだと他の奴らに聞こえるし、隣の生徒指導室に行くか。」


 そう言うとさっさと教室を出ていってしまうので私も慌ててついていく。廊下に出たところで隣のクラスから出てきた冬香と鉢合わせた。


「あら、今から先生と進路相談?」


「違う、私たちの仲を引き裂いた先生に文句を言おうかと思っ」


「みっともないから辞めなさい。」


 あう。なんと冬香からNGが出てしまった。そこに助けを出してくれたのはなんと担任の先生だった。


「丁度いいから粉雪も同席してくれ。俺がこのまま説明しても一年間廿日市に睨まれそうだからな。」


「分かりました…全く、先生は忙しいんだから余計な仕事を増やしたら悪いでしょうに。」


「いいや、生徒の話を聞くのも教師の仕事だからな。」


 先生は笑いながら生徒指導室に入って行った。私達も続く。


 生徒指導室は、普段の教室の半分ほどの大きさの部屋だ。指導室と言いつつその使い道はこうやって人に聞かれたく無い話をする時にちょっと使うぐらいのものである。ここで反省文を書かされるような不良高校生はウチの学校には居ないのだ。先生は部屋の中央付近で手招きする。


「それで、廿日市は粉雪とクラスが分かれた事に納得がいってないんだろ?」


「そうです!分かっているならなんでこんな仕打ちを!私の貴重な青春の1ページをなんだと思ってるんですか!」


「こらこら。」


「まあ気持ちは分かるけどな。一応理由はあって、これは生徒には伝えてないんだけど、少ないケースとはいえ同じ学年内で結婚があった場合は次のクラス替えでは出来るだけクラスを変えるようにするって指針がある。」


「なっ!?」


「出来るだけ、なんですか?」


「ああ。例えば今年は文系上位校進学コースが2クラスあるからそう言う場合は夫婦は別クラスになる。だけどコースの選択に偏りがあって理系が3クラス、文系が1クラスになる年だってあってもしそういう年に文系で結婚があったらその場合は無理にクラスを増やすような事はしないってわけだ。」


「じゃあ私達は離れ離れになる運命だったのか!」


「ぶっちゃけ結婚してなくても付き合ってるって噂があるだけで別々にされる可能性があがるんだぞ?」


「そうなんですね。」


「若人の恋を阻むなんて先生って良い趣味してますね!」


「こらこら。」


「カップルの場合はまあ最後にこの生徒はどっちのクラスでもいいなとなった場合に考慮する程度だけどな。だから教師には極力付き合ってるってだのなんだって話はしない方が良いんだけど意外と知られていないんだよな。」


「それはどうしてですか?」


「まあ廿日市にも言えることなんだけど、特定の相手としか付き合わなくなる事を避けるためだな。お前達が同じクラスになったら何をするにもべったりになるだろう?現に去年はそうだったわけだし。だけど俺達…教師としては、色んな人と色んな経験をして欲しいんだ。3年生でクラス全体の行事と言えば体育祭と球技大会と文化祭あたりだけど、こういう若いうちにしか出来ない経験を色々な人として欲しいんだ。」


「それこそ冬香とじゃダメなんですか?」


「…粉雪とは今後、何十年も一緒に過ごすことになる。もちろんそこで力を合わせた経験は一生の思い出になるだろう。だけどな、廿日市。友達と一緒に作った思い出っていうのも大人になってからは何よりの財産になるんだ。余計なおせっかいだと思ってくれて構わないが、俺なりにお前達の事を考えての事だ。」


「むぅー。」


「かのん、別に個人的に付き合っちゃいけないわけじゃ無いんだから。それに、初めからゴネるつもりはないんでしょ。私は先生の言い分は納得できるものだったわよ。」


「先生の言う事は一理あるんだけどさあ。結局もしも離婚することなった場合、元夫婦がクラス内にいるなんてややこしいっていうのが実際のところじゃないのかなって。」


「さすが鋭いな!学校側の思惑はまさにそれだ。だけどさっき俺が話した事も本音だな。あとは自分の中で消化してくれ。」


 ハッハッハと笑って先生は出て行った。


「嘘は言ってなかったわよ。」


「…うん、ありがとう。」


 術無しじゃ冬香みたいに嘘の判定は出来ないが、それでも先生の真剣な想いは伝わった。冬香とベッタリの青春が出来るわけじゃ無いけれど割り切るしか無いよなあ。


---------------------------


「あらあら、別のクラスになっちゃったのね。」


 夕食時。今日はお義母様も同席出来たので私と冬香とお母様の3人での晩御飯だ。


「かのんったら理由を教えろって先生に詰め寄ったのよ。」


「あらあら…それで理由は教えてもらえたの?」


「はい、まあぶっちゃけ離婚後にドロドロするのが面倒くさいって事らしいです。」


 プフッとお茶を溢しそうになる冬香。


「こら、先生はそれ以外の理由を第一に挙げてたでしょ!」


「あ、そうだね。」


 私は先生が言っていた青臭い理由をお義母様に伝える。

 

「なるほどね。私は何となく先生の仰ってる意味がわかる気がするわ。お父さんとは長い付き合いだけど、友達との思い出っていうのもやっぱりかけがえの無いものなのよ。」


「はい、それは何となくそうなんだろうなって思うんですけどね。まあ今日くらいはクラスが別れちゃったショックに打ちひしがれようかなって。そういえば中1の頃からずっとクラスが一緒だったから何気に出会ってから初めて離れ離れだね。」


「確かにずっと一緒のクラスだったわね。でもかのんはちょっと大袈裟なのよ。朝と夕方は一緒だし、お昼だって一緒に食べられるんだから。」


 冬香の言う事はもっともなんだけど、なんかドライと言うか私だけが凹んでるんだよなあ。


「冬香。」


「何?お母さん。」


「今日はかのんと一緒に寝てあげなさい。」


「は?」


「お母さんはかのんの気持ち、分かるわぁ。お父さんも冬香みたいなタイプなのよ。私はむしろかのんタイプね。」


「ちょっと、どう言う事?」


「ウフフ。じゃあかのん、しっかり冬香に甘えなさいな。」


 お義母様は上品に笑って部屋を出て行った。


「…かのんは私に甘えたいの?」


「私はいつでも冬香と甘々だけど、冬香が私に甘えたいならそっちでもいいよ?」


「うーん。今日はこのあとやる事もなかったし、まあ…いいか。」


 やった!お義母様ナイスアシストです!


---------------------------


「要するにあなたは私が平気な顔してるのが面白く無いというわけね?」


 かのんの言う事を要約するとそういう事だと思ったのだが。


「うーん、まあそういう感じかなあ。」


「私だってそれなりには残念だと思ってるわよ。かのんといつだって一緒にいたいもの。」


「そう言ってくれるのは嬉しいな。」


 そういうとかのんが擦り寄ってくる。小動物みたいでかわいいやつめ。でもそんな態度に少し違和感を覚える。


「それでもやっぱり今日のあなた、何か変じゃ無い?」


「私だって甘えたい日はあるよ。」


 うーん?まあかわいいからいいか。ただかのんがこういうモードに入る時って何かやましい事…というか言い出し辛いことがある時だ。


「何か悩みでもあるの?」


「うーん、将来対する漠然とした不安?」


「何そのサラリーマンみたいな答え。」


 思わず笑ってしまうが、これで納得した。今日学校で渡された進路希望調査用紙を見て卒業後どうしようという問題に直面し、それが私とクラスが離れたショックと合わさって甘えんぼモードに入ったといったところだろう。


「かのんがしっかりと考えて決めた進路なら、お父さんもお母さんも反対したりしないわ…もちろん私もね。」


 そう言って抱き寄せる。


「うん、ありがとう。」


 かのんは私にくっついて、猫のように顔を擦り付けてきた。私はかのんが寝付くまで頭をポンポンと撫でてあげた。


 行きたい大学がどこかの私立大学なのかしら。この時の私はその程度に予想していたから、軽い気持ちでかのんの背中を押してしまった。そして翌朝、家族全員が揃った朝食の場での彼女の発言で今度はこっちがショックを受けることになる。

 


「お義父様、お義母様、冬香。私、卒業したら進学せずに世界中を見て回りたいんです。」


 いつもの冗談ではなく、本気のトーンでかのんは言い切った。

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