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エピローグ

「オラァッ!」


 炎を纏わせた拳を全力で叩き尽きる。


「遅いっ!」


 その手を受け止められて完全に威力を殺されてしまった。当然受け止めた方の手は火傷では済まない。しかし手の熱さなど気にする素振りも無いまま相手は私の拳を上に受け流しつつ懐に入り込むと、肘で鳩尾に突き上げるように打ち込んでくる。


「くぅ…!」


 これは蛇破山の裏…!?堪らず一瞬動きが止まると、その隙に右側頭部にハイキックが叩き込まれた。咄嗟にガードする。次の瞬間には()()()()に衝撃を感じ、何が起きたのか理解する前に私はその場に崩れ落ちた。双龍脚かよ…。


「圓明流の使い手が自分だけだと思わないように。…というかやっぱりあなた、弱くなってるわよ。」


 有里奈は平然と言って私に近付いてくるとそのまま回復をしてくれる。ちなみに私の拳を受け止めた時の有里奈の火傷はその手を離した瞬間には自己治癒が完了している。そんな回復超人だからこそ私は遠慮なく全力で戦えるのだが。


「戦闘民族じゃないから瀕死から回復しても別にパワーアップはしないと思うけど…まだやる?」


「お願いしますっ!」


 起き上がった私は再び有里奈と戦う。しかし結局有効打を与えられずに何度も地面に転がされるのであった。


---------------------------


「本当に強いんですね。かのんからタイマンなら有里奈さんの方が強いって聞かされてたましたけど、紅蓮でブーストしたかのんを子供みたいにあしらえるなんて。」


「この子が異世界にいた頃より弱くなってるのよ。いくら紅蓮剣は使わずに体術だけの縛りでって言っても以前はもうちょっと歯応えあったわよ?」


「うぅ…。」


「かのん姉様、まだ何処か痛むのですか?」


「傷は治してるから痛いはず無いわ。どうせ双龍脚は陸奥の技じゃないとか言いたいけど負け惜しみになるのが悔しくて言い出せないとかでしょ。」


 図星過ぎる。


「双龍脚の使い手は圓明流じゃねぇ…。」


 だから言ってやった。


「さて、かのんの精神はへし折ったし次は誰がやる?」


「あの!立候補して良いですか!?」


 春彦さんが手を挙げる。


「もちろん。じゃあ行きましょう。」


 先ほど私がコテンパンにやられた丘の上に2人で並んで歩いていく有里奈と春彦さん。まるでアウトドアデートみたいだぁ。


 …さて、何故私が有里奈に心がへし折れるまで叩きのめされていたかと言えば話は数日前に冬香と有里奈と私の3人で開催した「次の回復術指南をどうしよう」の打ち合わせに遡る。



「実は追加で指南を受けたい人員がなかなか見つからないらしいのよ、ゼロじゃ無いけど前回よりはかなり少なくなりそうって感じで。」


「だったら前回の参加者を集めてより実践的な訓練にしたらどうかしら?回復術だって基本的なものしか教えてないし、かのんや冬香ちゃんの話を聞く感じもうちょっと個々の戦力を高めるのも手だと思うけど。」


「実践的な訓練ですか…具体的には?」


「私が戦いながら回復術を使う運用方法を叩き込んであげる。…冬香ちゃんだっていつまでもかのんに守られてるだけのヒロインをやるつもりはないんでしょ?」


「はい、それは勿論!」


「術は大体あなたに伝授したから、あとは実践って事で冬香ちゃんにも無駄にならない訓練になると思うわ。…丁度かのんからも模擬戦の相手を頼まれてたし。」


「え、そうなの?」


 有里奈め、私が冬香に黙ってたのを気付いててわざと言ったな?


「このあいだ私、レイジとハツネのペアに負けたじゃん?術の強さにかまけて鍛錬をサボってたから、ちょっと有里奈に鍛えてもらいたいなって思って。」


 そう。あの時私は2人に敗北した。結果的にミア先輩が時間を稼いで冬香達が間に合って事なきを得たし、最悪あの状態からでも全部燃やし尽くすって手段もあるにはあったけどそれをしたらレイジとハツネは勿論、ミア先輩の命も保障できなかった。それは実質私の負けなわけで…つまりあの場を自分の力で切り抜けられなかった時点で今回の私は敗北した。その後の展開は結果的に上手くいったに過ぎない。


 別に私は自分が最強であるとは思ってない。紅蓮の魔女なんて称号に誇りもなければ拘りも無い。


 それでも、必ず護るなんて大見得切っておいて結局そのミア先輩に助けられて。…悔しかった。


 そう、私は悔しかったんだ!悔しかったんだよぉっ!


 そんな思いを有里奈に愚痴ったところ「お前は最近弛んでるんだよ、叩き直してやる」と言われて是非にとお願いする事になったのだ。


「じゃあその方向で提案してみましょうかしら?でも下雪あたりは回復術の使用者を増やしたい思いがあるから、反発がありそう…。」


「そこは多分大丈夫よ。春彦さんにはちゃんと根回ししてあるし、何より自分を鍛える事は魔力の総量と利用効率を上げる事に直結するから回復術の運用改善に直接効いてくるもの。」


「あれ?有里奈さんって春彦さんと直接やりとりする仲なんですか?」


「ええ、仲良くさせて貰ってるわ。」


 有里奈はウフフと微笑んで、冬香は目を丸くしていた。




 そんなわけで第二次回復指南は郊外の丘…ここももちろん白雪の私有地なわけだが…で始まった。


 すでに春彦さん、雫さん、宮島姉妹はボコボコにされて転がっている。今は総司君が有里奈と組み手をしているところだ。有里奈は相手の攻撃を捌きつつ的確に反撃、ダメージを与えていく。受けた側は身体強化を維持しつつ即座に怪我を治す。だがその治療に時間をかけていては有里奈が待ってくれない。


 有里奈は相手の力量を見極めて、全力で回復すればギリギリで回避が間に合うタイミングで追撃を仕掛ける。


 最初の数回は何とか避けられてもすぐに回復が追いつかなくなり受講生達。程なくして総司君も地面に転がる事になった。


「ここまでとはね…。」


 これは有里奈の強さを目の当たりにした冬香の台詞であり、受講生の弱さを肌で感じた有里奈の台詞でもあった。


「みんな、夏の指南から全然変わってないんだけどこの半年、何してたの?そこで悔し泣きしてるメンヘラムッツリスケベの方がまだ歯応えあるわよ?」


 そう言って私を指す有里奈。


「はぁ!?メンヘラムッツリスケベは別に泣いてねーし!」


「メンヘラムッツリスケベの部分を認めるなよ。」


 冬香が冷静に突っ込む。


「あら、そうかしら?紅蓮(奥の手)を使ったのに一本も取れないから隅っこでメソメソ泣いているのかと思ったわ。」


「上等だ、次は転がしてやんよ!」


「はいはい、せめて良いの一発入れてから強がって下さいねー、…来い!」


 なんだかんだ私と相手をする時は気合いと魔力を込めて向き合う有里奈。逆に言えば残りの受講生達は気を抜いた状態で相手しているいう事だ。


---------------------------


「はぁー!つかれたぁー!」


 今日の特訓が終わり、有里奈がだらしなく机に突っ伏している。実はこの子のこういう姿はとても珍しい。


「お疲れ様です。みんなと模擬戦をした感じ、どうでした?」


「うーん、とりあえずかのんは全盛期の8割くらいの実力しか無いわ。異世界で私達に下剋上を誓って居たあの頃のハングリーさがあればねぇ。」


「ぎぎぎ。」


「それでも、今日1日で大分ましになったとは思う。明日からは私との模擬戦も続けつつ、怜ちゃんと綾音さんに新しい呪術を教えてさらに自分も新技の開発をするんでしょ?」


「新技っていうか紅蓮の応用だね。術の性質上あれを使ってる時に他の術が使えないのはどうしようもないから紅蓮自体をもうちょっと使いやすく出来ないかなって。」


「火力より利便性を上げる方向ね。良いんじゃ無い?」


「それにしても有里奈は異世界にいた頃より強くなってない?」


「危なっかしい妹みたいな子を守らないとと思うと、おちおち弱体化も出来ないのよ。当の本人は鈍りに鈍ってるしね?」


「てへぺろっ。」


「かのん以外のメンバーは正直問題外よ。回復術を使えるように教えただけの私も悪いんだけど、回復術の利用回数が少な過ぎて練度が低い。」


「練度ですか?」


「冬香ちゃんはこの子を何度も治している内にだんだんスムーズに治せるようになってきたと感じてない?」


「はい、前より少ない魔力で素早く治せるようになってきてる実感はあります。」


「回復術って技術なのよ。だから使えば使うほど身体がより効率的な使い方を覚えていくの。私が自分の怪我を治すのにほとんど魔力を使わないのは、もう呼吸をするくらい簡単に治せちゃうって身体に染み込んでるからね。」


「異世界でそれだけ怪我をし続けてきたって事ですか?」


「まあ今日みたいな模擬戦での生傷の方が圧倒的に多くて実戦ではそんなに怪我した記憶はないんだけど。だからしばらくは全員を死なない程度に扱いて自己強化の倍率と持続時間の向上、合わせて回復術をひたすら使って貰うわ。目標は1日100回くらいかしら?自分を治すのが上手になれば他人を治すのも上手くなるしね。今日は冬香ちゃんは監督役って事で見てただけだけど、明日からは他の人と同じようにビシバシ行くから覚悟してね!」


「…はい、よろしくお願いします!」


「よろしい。危なっかしい嫁を守れるくらいに強くならないとだもんね。」


「そうですね!」


 2人して私の方をみてニヤニヤしやがって。見てろよ、絶対必殺技を編み出して有里奈にぎゃふんと言わせてやるんだから。


「ぎゃふん。」


「心を読んで先にぎゃふんって言わないで!」


---------------------------


 そんなこんなで第二次回復術指導はスパルタ有里奈先生の指導のもと行われていった。


 そんな地獄のメニューを横目に怜ちゃんと綾音さんには『超感覚』や『痛覚軽減』といった私が普段から好んで使う術を教えていく。


「かのんさん、この『超感覚』ってやばくないですか?マジで世界がゆっくり動いてるんですけど。」


「はい、私のお気に入りの術です。読書に最適ですよ。」


「こんなすごい術を読書に使うとか才能の無駄遣いすぎるやろ…。」


「でもこの術ってパソコンやスマホとは相性が悪いんですよ。10倍の速さで手を動かしてもマシンが付いてこれなくて。」


「かのんさん、そこは逆転の発想ですって。だから使わないんじゃ無くて、10倍の操作が可能なマシンを使えば良いんです。」


「なるほど!?」


「私はまだ周りが少しゆっくり動いてる、くらいなんですが姉様は10倍の速さで動けるんですか?」


「もうちょっとかな?時計の針が1秒動くのに自分の感覚で10秒ぐらい…とかそんな感覚でしか計れないからそこまで正確じゃないけど」


 たぶん今は20倍くらいな気がする。


「凄いですね!私も精進します!」


「頑張って!この術は魔力の消費が殆どなくて練習もしやすいからそういう意味でもオススメだよ。」


「………まてよ、PCのスペックがあがってもソフト側が対応して居ないと意味がないな。CPUの処理的にはインプットが10倍の速さになったって大した問題は無いはず。どこがボトルネックになるんだろう…ブツブツ。」


 可愛くガッツポーズする怜ちゃんと、既に自分の世界に入り込んでいる綾音さん。回復術組と違ってこっちは平和だった。…有里奈が「せっかくだから呪術組も模擬戦しましょうよ」と言い出してブートキャンプに巻き込まれるまでは。



 そんな感じでおよそ1ヶ月の訓練が終わる頃には全員一皮剥けて、別人のような面構えになって居たとか居なかったとか。


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