第17話 後処理
やっと土埃が収まって来た私の目に入ったのは、壁に叩きつけられて意識を失っている恵比寿さんと、女の子にマンウトポジションからフルボッコにされている上野君だった。
女の子の細腕で殴っているとは思えない音を立てて無表情に上野君を殴る姿に、恐怖を覚える。別の女の子がやってきて彼女を諌めると、その子はこちらに歩きながらかののんを探し始めた。
「かのん!どこ!?」
「あ、あの…。」
「ああ、無事?怪我はない?」
女の子は私を見ると優しそうに微笑んだ。
「えっと、私は大丈夫です。あの、かののんは、この下で…。」
目の前の瓦礫を指差す。言うが早いか、女の子は瓦礫を持ち上げては放り投げ、持ち上げては放り投げ…あっというまに下敷きになったかののんを救い出した。
「かのん、生きてる!?」
「………。なんとか。」
かののんは絞り出すように呟いた。
「間に合ってよかった…。」
女の子がかののんを抱きしめる。その光景を見て、女の子が前にかののんが写真を見せれくれたかののんの彼女のTさんだと気付いた。
Tさんはそのまましばらくかののんを抱きしめていたが、不意に離れると「どう?」と聞いた。
「うん、楽になった。」
「とりあえず変なところは全部治したつもりだけど…お腹の傷は応急処置ね。あなた、自分で変な風に塞いだでしょ。もう一度開いて閉じ直すか、ちょっと気合い入れて治療するかしないとキレイに治らないわ。どっちにしてもここじゃムリ。」
「ちょっと出血がヤバかったからマスタング流止血処置をしたんだ。」
「ミディアム?」
「レアだったらリタイアだね。」
「ねえ、かのん。約束覚えてる?」
「うっ…。はい、覚えてます…。」
「そう、ならいいわ。」
「…怒らないの?」
「怒ってほしいの?」
フルフルと首を振るかののん。
「じゃあ怒らないわ。…私との約束を覚えていてなお、そうしなきゃいけなかったんでしょ?だったら怒っても仕方ないし。」
「冬香…。」
Tさん…冬香さん?に抱きつくかののん。
「ほらほら、まだ全部終わってないんだから。」
「うーん、もうちょい。」
「もうポンコツモードになの?」
「待って、冬香までそれ公認になったの!?」
「ほら、やることやってからポンコッてね。とりあえず何があったか教えて?」
「何があったかと言われても、そこのミア先輩が縛られてる画像とここの住所が送られて来てって話はしたよね。あとはここに着いたら蜘蛛が大量に襲いかかって来て、蜘蛛と蜘蛛の糸を焼いてたら上野レイジと恵比寿ハツネが襲いかかって来て…そのまま交戦して今に至る感じ?」
「あなた、瓦礫に埋まってたけど?」
「それは天井が崩れて来てミア先輩が下敷きになりそうだったから思わずって感じで。…ってミア先輩!無事ですか!?」
ここでやっと私に気付いたかののん。
「あ、うん。かののんが庇ってくれたから…ちょっと打ち身くらいかな?」
「すみません、咄嗟の事で優しく突き飛ばす余裕は無かったんです!」
「それは全然構わないよ。庇ってくれてありがとう。」
「いえいえ、こちらこそ。最後私に止めを刺そうとしてた上野先輩の剣を消してくれましたよね?」
「…気付いてたの?」
「はい。魔力の動きには敏感なんですわ。だから今はミア先輩がしっかりチートスキルを使いこなせる状態だって言うのもわかっちゃってます。土壇場で覚醒するとかさすがチョロインですね!」
「チョロインはやめてよ!…っ痛ぁ…。」
大きな声を出したら体に響いた。痛みに思わず蹲る。
「ほらかのん、怪我人に無理させないの。」
「私も大怪我したんだけどな!?」
「あなたは慣れてるでしょ。…ちょっと魔力を抑えてもらえますか?怪我を治しますので。」
そう言って冬香さんが私に近付いて手を取る。そこから私の身体に温かい力が流れ込んでくるような感覚を受けると身体中から痛みが引いていく…。
「これでよし…でも怪我よりも衰弱の方がひどいわね。一度休んで、細かい話は日を改めての方が良さそう。渚!そっちの2人は終わった!?」
「ちょうど今終わったところ。上野くんはコナちゃんがボコボコにしてくれたお陰でそのまま行けたし、恵比寿ちゃんの方も同意してくれたわ。まあ細かい話をする前に契約しちゃうのはイレギュラーなんやけど仕方ないね。」
「そう。この子はちょっと衰弱してるから一度病院かなって思うんだけど。」
「いいんじゃない?」
「契約は?」
「落ち着いてからでええよ、この子は逃げへんでしょ。かのんちゃんが命張って助けようとしたくらいやし。」
「ふーん、なら良いわ。えっと…神田さんでしたっけ、立てます?」
「あ、はい。…あれ?」
冬香さんは、レイジ君と恵比寿さんのところから呼び寄せた刀を持った女の子と何やら話をしていたが意味は分からなかった。立てるか聞かれたのでその場で立ちあがろうとしたら、足元がふらついて思わず冬香さんの方に倒れ込んでしまった。
「す、すみません!」
「いいのよ、緊張の糸が切れて体が無理出来なくなっただけだと思うわ。渚、救急車って来てる?」
「ごめん、それは呼んでない。近くの病院に受け入れてもらえるように調整するから、外の車に乗せちゃって。」
「了解。」
「冬香、私も付いてっていい?」
「あー…渚、かのんってまだ必要?」
「いや、大丈夫やね。あの2人にはウチらが話聞いておくからかのんちゃんも神田ちゃんについてってあげな。」
「渚さん、ありがとう!」
「どういたしまして。かのんちゃんもお疲れ、お大事にね。」
かののんは関西弁の女の子に手を振ると、私の隣に駆け寄って来る。
「ミア先輩、おんぶとお姫様抱っこどっちが良いですか?」
「お姫様抱っこは恥ずかしいな…。」
「じゃあおんぶします。あ、もうお腹刺さないで下さいね?」
「なんのこと?」
「ああそうか、意識はなかったんだっけ。気にしないでいいっス。」
そう言うと手際良く私を背負ってスタスタと歩き出すかののん。
「あの車?」
「みたいね。」
リムジンですやん。
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ミア先輩をリムジンの座席に寝かせる。
「病院までどのくらい?」
「ちょっと待って…ここから20分くらいね。」
「了解。ミア先輩、寝てて良いですよ。」
「ちょっと待って!あの、展開が急過ぎて全くついて行けてないんだけど少し説明して貰えると嬉しい、かな…?」
横になったミア先輩は困ったようにこちらを覗う。面倒臭いな。そう思い冬香の方を見る。
「面倒臭がらずに説明してあげたら?仲良いんでしょ?」
「べ、別に面倒臭がってるわけじゃないやい!」
「顔に書いてあるわよ。」
どうやら冬香からは説明してくれるつもりは無さそうだ。仕方なく私はミア先輩に向き合う。
「とりあえず順番に説明していきますか。その前にミア先輩がどう認識してるかを確認したいので、これまでの経緯を分かってる範囲で教えてもらえます?恵比寿ハツネに捕まったところからで良いです。」
ミア先輩は小さく頷くと捕まってからの事を語り出した。正直ほとんど覚えて無くて、おととい私と分かれた帰路の途中で意識を失い気付いたら例の工場に居た。ハツネがやって来て奪ったスマホを操作していた。私が助けに来て、一度意識を失った。気が付いたらレイジ&ハツネと私が戦っていた。瓦礫が落ちて来た拍子に異世界での記憶が蘇り、埋まった私を守らなければと半ば無意識に『魔力消失』を使ってレイジの剣を消していた。そこにに冬香が乱入してハツネをぶっ飛ばし、レイジをボコボコにした。
「…そのあとは冬香さんが埋まっていたかののんを掘り起こして今に至るって感じだよ。」
「私を守ってくれてたんですね。ありがとうございます!」
「こちらこそ、だよ。かののんが助けてくれなかったらまた瓦礫に潰されて死んじゃうところだった。」
「また、ですか。…異世界での記憶、戻っちゃったんですね。」
「…うん。全部思い出したんだ。異世界では確かにかののんの炎で崩れた瓦礫に潰されたんだけど、そこに私を押し出したのは恵比寿さんだった…。」
「あ、そうなんですね。あっちでも恨みを買ってたんですか?」
「…よくわかんない。」
「まあ彼女には渚さんが事情を聞いてくれてるので、後で話せる事は話しますよ。…ミア先輩の認識は分かったので説明しますね。
先輩はこれから入院します。2日間飲まず食わずだったので衰弱が激しいのと、ぶっちゃけこの2日間の行方不明の辻褄を合わせるためです。」
「辻褄?」
「はい。先輩が帰って来てないのでご両親は警察に届けてます。そこで先輩は昨日の夜適当なところで行き倒れており、今から行く病院に運ばれたってストーリーになります。このあと病院について手続きが済んだら先輩は目を覚まして、名前を告げることでご家族に連絡がいくことになります。」
「え、そんな都合よく行くの?」
「いきますから安心してください。一応形式的に色々と聞かれるかも知れませんが全部覚えていない&帰宅途中に気を失って、気がついたらここに居たでOKです。むしろ余計なことは言わないように。」
「う、うん。わかったよ。」
「宜しい。それでなんでそんな都合良く話が進むかと言えば根回しが済んでいるからです。」
「そうなの?」
「はい。さっき上野先輩をボコボコにしてくれたこちらのカワイイ子が私の奥さんの粉雪冬香です。」
「…どうも。妻のかのんがお世話になってます。」
「妻!?」
「それで、さっき工場にいた刀を持っていた子を覚えてますか?彼女は雪守渚さん。この2人は白雪グループの中枢メンバーです。」
「白雪グループって、あの有名な?」
「はい。あの有名な大きな企業です。なのでお金持ちなのは勿論の事、色々と融通が効きます。例えば2日間行方不明だった女子高生を保護して入院させつつ足取りを煙に巻いたりとかですね。」
「はぇー、すっごい。…かののんは冬香さんの奥さんなんだよね?じゃあかののんも色々とできるの?」
「私はしがない嫁の立場なのでこき使われるだけですね。」
「あ、そうなんだ。」
「へー、そうなのね。私はあなたを大事にしてるつもりだったけど、こき使われてると思ってたのは心外だわ。」
「えっ、違っ!これは言葉の綾ってやつで…。」
「いいのいいの。別に取り繕わなくて。嫁をこき使うのは婚家の特権ですものねー。」
「違うんだよぉ、ごめんなさいぃ…。」
私が冬香にヘコヘコしているとミア先輩が助け舟を出してくれた。
「冬香さんがさっきかののんや私の怪我を治してくれたのは…?」
「ああ、冬香は…というか白雪一族はみんな魔力を使えるんですよ。だからその一端ですね。ちなみに私達みたいに異世界に行って覚えて来たわけではなくて生まれ持っての力です。」
「そうなんだ…。そんな人達が居るんだね。」
「はい。ちなみにこの辺りの話も口外はしないようにお願いしますね。」
「うん、分かったよ。」
よし、口止めはこれでOKかな。
「あと、聞いておきたいことってありますか?」
「えっと、レイジ君と恵比寿さんはどうなるのかな…?」
「あー、どこまで話せるんだっけ?」
視線を冬香に向けて助けを求める。
「特に何かするわけじゃないわよ。これまで通り日常を送ってもらうってだけ。ただ、チートスキルの利用は制限させて貰うことになるんじゃないかしら。」
「利用を制限…?」
「落ち着いたら神田さんのところにも雪守が行くから、その時に詳しい話を聞いて下さい…正直に言って私も細かい裁定基準まで正確には把握しきてれないんです。
ただ、あの場で「契約した」って言ってた以上は2人は無事なのは間違いないわ。その場で処分する相手に契約は結ばないから。」
「しょ、処分ですか!?」
「ミア先輩は処分されたりしないから大丈夫ですよ!」
びびるミア先輩を落ち着かせると車が止まった。
「病院に着いたみたいですね。それではミア先輩、またあとで。しばらくしたらご家族も来ますがそれまで心細かったら電話してくれて良いですよ。」
「あ、うん。ありがとう…。」
「それと、明日お見舞いに来ますね!」
「わかった。楽しみにしてるね。」
「はい、ではまた。」
別れを告げるとリムジンの扉が開く。ミア先輩はそのままストレッチャーに乗れされて救急病棟に運ばれていった。
「…ふぅ。」
「お疲れ様。…帰る?」
「そだね、事後処理は雪守に任せて良いんでしょ?」
「ええ。」
冬香は運転手さんにこのまま私たちを粉雪家につれて行くように伝えた。
「じゃあお腹の傷も治しちゃいましょうか。そこに寝て。」
ミア先輩を寝かせていた座席を指差す。応急処置しかしてなかったから、実はまだ結構痛かったんだよね。素直に横になって治してもらう。
「お願いします。」
冬香が私のお腹に直接触れる。温かい力が流れて来て、お腹の痛みが引いていく。しばらくするとすっかり良くなった。…はずなのだが、冬香は手を離さずに私のお腹をさわさわしている。既に魔力も感じないから治療は終わってると思うんだけど…?
「冬香さん…?」
「まだ動かないで。」
さわさわ。さわさわ。お腹を撫で続ける冬香。別にお腹を撫でられてもイヤらしい気分にはならない…というかどうせさするならお胸とかの方が有難いまであるんだけど、これはどうしたものか。…結局私は家に着くまでずっと冬香にお腹をさすられていた。
家に着いてから、なんでそんな事をしたのかと聞いたら「なんとなくそうしたかったから」らしい。何それカワイイ。




