第16話 敗北、そして
レイジとハツネとの戦いが始まって既に十数分。防戦一方となっていた。
レイジは魔剣創造で大量の剣を撃ち込んでくるし、ハツネは蜘蛛をけしかけてミア先輩を奪いに来る。
私はひたすらレイジの剣を弾きつつ、隙を見てハツネの蜘蛛を燃やしていた。
魔剣は絶え間無く飛んでくるもののどうやら10秒程度連射すると一呼吸が必要なようで、その合間に蜘蛛を燃やすというリズムが出来上がりつつあった。弾かれた剣は工場の隅で山を作っているがそのまま放置するとこの残骸に押しつぶされる危険もあり、これも定期的に炎で溶かす作業を挟む。
弾く、弾く、弾く、弾く、弾く、…一呼吸きたので蜘蛛を燃やす、また弾いて弾いて、…また一呼吸、そろそろ剣の残骸を溶かそう。
単純作業だけどほんの一瞬も気の抜けない時間が続いていた。お腹の傷のせいで腕や足に力が入らないのを、紅蓮纏のフィジカルブーストで強引に普段程度まで引き上げてるせいで中々反撃の機会を作れない。
焼き殺すだけなら一呼吸のタイミングに合わせて最大出力の火炎を放てば行けるんだろうけど、レイジは一応ミア先輩の想い人だしハツネにはミア先輩を誘拐監禁した理由を聞かないといけない。そう思うと殺さずに無力化したい。
このまま2人の魔力が尽きるまで凌げれば勝てるけど、多分その前に私が死ぬ。こちらの体力が尽きる前に何か打開策を打たないと…。
そう考えつつも焦って動けばその場で魔剣で串刺しにされる。私はタイムリミットを感じつつも状況が好転するのを待ち続けた。
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(これでも届かないのかっ!)
レイジは焦っていた。絶え間無く撃ち込む魔剣を紅蓮の魔女は悉く弾き飛ばす。攻めているのはこちらだが、いつまで経っても押し切ることが出来ない。
(この時の為に俺は技を磨き続けて来たのに!)
それでも少しずつでも相手を追い詰めている手応えがあればいつか勝てるという確信を持てるのだが、どれだけ剣を撃ち込んでも当たるイメージしか持てなかった。正直、ミアを攫われてさえいなければこの場で撤退もあり得る。気持ちはそのぐらい追い詰められていた。
だが、再びミアを殺させる事は絶対に出来ない。その想いだけで剣を放ち続ける。自分の魔力が尽きるまで。
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想定外の事態にハツネも焦っていた。紅蓮の魔女が強い事は分かっていたが、レイジの剣の雨を捌きながら蜘蛛を近寄らせない。どの方向から蜘蛛を向かわせても悉く燃やされてしまっていた。
ハツネの狙いはミアだ。魔女が殺せばベスト…おそらく勝手に炎に巻き込まれてくれると目論んでいたが、魔女が炎を操る精度は恐ろしいほど精密だ。おそらく誤射は見込めないだろう。
次点はレイジの剣が刺さる事だ。これはレイジが精神的に崩れるリスクが有るが、ミアさえ死ねばこの場で魔女の討伐にこだわる必要も無くなるので彼を連れて逃走すれば良い。魔女に与えたダメージだって小さくは無い。逃げに徹すればなんとかなる公算が高い。
しかしレイジは間違ってもミアに剣を飛ばさないように気を付けているし、魔女もミアがいる後ろには剣を飛ばさないように器用に弾いている。
反対に絶対にやってはいけないのはハツネがミアを殺す事だ。レイジの怒りの矛先が自分に居てしまうからだ。
あとは事故死でも構わないが、この状況で事故など期待できない。
(まてよ?事後といえば…。)
あの時の事を思い出す。いけるか?ハツネは天井を見る。このままじゃダメだ。だけど上手くすれば…。ハツネはこれまで通り蜘蛛をけしかけつつ、少しずつ天井にも向かわせた。
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「少し乱れて来たな…。」
私の呼吸がでは無い。そんなものとっくに乱れきっている。先程まで私を直接、あるいは動きを先読みしてそこに置くようにと飛ばして来ていたレイジの剣に狙いの甘いものが混じって来たのだ。その内いくつかは見逃しても私には当たらなさそうな軌道だったが、万が一後ろにいるミア先輩にあたればケガでは済まない。
結局狙いの甘い剣もこれまで通り撃ち落とす必要があるため、むしろ私を正確に狙ってくれない分やり辛くなってしまった。
とはいえこれは向こうが焦れて来ているという事でもある。このまま焦って大ポカをしてくれれば逆転のチャンスも生まれるんじゃないだろうか。
…一応逆転の手は考えた。2人のおよそ5m程度の距離まで近づいてそこで紅蓮の檻を展開する。紅蓮の檻は私を中心にしか展開出来ないのでこの場で使うとミア先輩も巻き込むが、2人の近くで展開すればミア先輩を巻き込まずに私とレイジとハツネの3人だけを閉じ込める事が出来る。そのまま私は炎の壁に突っ込んで檻を脱出すれば2人を閉じ込めることが出来るという寸法だ。紅蓮纏で炎を全身に纏っている私は紅蓮の檻の壁に突っ込んでもダメージを受けない。首尾よく2人を閉じ込めたらあとは煮るなり焼くなりだ。
問題は私の体力が尽きるまでの、感覚的にはあと数分の内にその決定的な好機が訪れるかって事だな。
狙いが甘くなりつつあるレイジの剣を弾きつつ、ハツネの動きにも注意を払う。ハツネの狙いがよく分からないので動きが読めないんだよなあ…。ミア先輩を攫って私を誘い込んだのは間違いなく彼女だ。だとすれば彼女の狙いは私とミア先輩を殺す事だと思うんだけど、さっきのレイジの発言ってミア先輩を助けようとしているようにも受け取れる。つまりミア先輩は私を釣り上げるための餌で狙いはあくまで私って事なのかな?
…これ以上は推測しても答えは出ないな。いずれにせよこの状況から対話に持ち込もうと思ったらさっきの策を成功させないと。
私は余計な考えを振り切って、目の前の剣を捌く事に集中する。
その時、背後でミア先輩が起き上がる気配がした。
「かののん…?」
私は振り返らずに答える。
「ミア先輩、おはようございます!今ちょーっと修羅場なので出来ればその場で動かずに居てもらえると助かります!」
言いながらも剣を弾きつつ蜘蛛を焼く手は止めない。
「あ、うん…。どういう状況かって説明できる…?」
遠慮がちに聞いてくる。こっちは気を抜いたら死ぬ状況なんですけど!と思いつつ、ミア先輩に敵と認識されて後ろから襲い掛かられたら詰みだ。ここで状況説明と味方アピールは必須だろう。
「上野レイジと恵比寿ハツネのコンビと応戦中です!おそらくミア先輩を攫ってここに監禁したのがハツネですね!?私を誘き寄せる為だと思いますが、そこで助けに来たところを2人に襲われました!」
話すことに意識を持っていかれ、魔剣を弾き方が少しだけ雑になる。うっかりミア先輩から数mのところに剣が飛んでしまった。ズドンッという音と共にミア先輩のそばの床に突き刺さる魔剣。ひっ!という悲鳴を上げてミア先輩は固まってしまった。どうやら腰も抜けてしまっている。
「ミア先輩は私が必ず護ります!だから安心してそこで座ってて下さい!」
声は出せないがコクコクと頷く気配がした。よし、これで後ろは安心だ。
「ミア!今助けるからな!」
ミア先輩が起きたのに気付いたレイジが叫ぶ。やっぱりなんかおかしいんだよな。でも言ってることとやってる事は矛盾している。特に最初の頃はミア先輩に当たる軌道の魔剣射出は無かったものの、狙いが乱れ始めてからは多分何本かミア先輩に向かうものが混じっていた…今のところ全部私が弾いてるけど。
「くそっ!紅蓮の魔女め…!」
レイジは一度剣の射出を止めた。おそらく魔力を多めに込めて剣の速さを上げるか一度に飛ばす剣の量を増やすか、またはその両方をしようとしているのだろう。
だけどこれは私が待っていた反撃のチャンスでもある。私は全力で床を蹴り、レイジとハツネの懐に一気に潜り込んだ。
驚愕の表情を浮かべる2人。勝った!そう確信して紅蓮の檻を発動しようとした瞬間、後ろから悲鳴が聞こえた。咄嗟に振り返った私の目に入ったのは、崩れ落ちる天井の瓦礫とその真下にいるミア先輩の姿だった。
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目の前で繰り広げられている信じられない光景…上野君が次々と生み出してはこちらに飛ばしてくる剣をかののんが炎の剣で弾き飛ばしている。
上野君の横にいるのは恵比寿さんだ。おととい、かののんと駅で別れたあと、家の近くまで歩いて…その後の記憶が無い。気が付いたら縛られてこの場所に寝かされていた。翌日、昼間は誰も来なかったけれど夜になると恵比寿さんがやって来た。助けがきたのかと思ったら彼女は私を憎々しげに睨むだけだった。その表情は、私をこんな目に合わせた張本人だと理解させるには十分だった。
そして今日。彼女は私のスマホを取り上げ何か操作していた。かののんの言葉を信じるなら、私のスマホでかののんを呼び出した…そして上野君と一緒に私を殺そうとしている?
混乱する頭では上手く理解できない。だけどかののんは私を守ろうとしてくれている。それだけは理解できた。
その時、上野君の攻撃…絶え間無く撃ち込まれる魔剣の射出が止まった。かののんが一気に距離を詰める。
と、その瞬間小さな砂が上から降って来た。思わず上を上げると天井の一部が崩れ、瓦礫が私目掛けて落ちてくるところだった。
その瞬間、目の前の光景が知らない記憶と重なってフラッシュバックする。
そうだ。これは、一度目の人生が終わった時の記憶だ。
侵略国が攻めて来た時、王は私達に逃げるように言った。地下に続く脱出路に着いたとき、1人足りないことに気付く。
―恵比寿さんが居ない!私探してくる!
―ミア、やめろ!戻るのは危険だ!
―レイジ君はみんなと先に行ってて。
―だったら俺も行く。
―ダメだよ、レイジ君は皆を守らないと。
―だけど…。
―大丈夫。必ず追いつくから!
―分かった…。ミア、無理はするなよ。
―うん!
………
―恵比寿さん!大丈夫!?
―神田さん!?もうだめよ、炎に囲まれてて…。
―待ってて!私の『魔力消失』なら…。やった、紅蓮の魔女の炎も消せたよ!
―あ、ありがとう…。
―ほら、行こう。炎は消したけど壁や天井が脆くなってる。
―本当、急ぎましょう。
―うん。
ガララ…ッ!天井が崩れ始める。
―危ない!
ドンッ。不意に押されて尻餅を着く。そこには私を押し出した恵比寿さんがいた。慌てて立ちあがろうとするが、いつの間にか張られていた粘着質の糸で体が床に固定されてしまっていた。
―えっ?恵比寿さん?
―神田さん…さようなら。
―なんで?
―私ね…あなたの事、大っ嫌いだったの。
そういうと恵比寿さんは踵を返し脱出路へ向かう。体が動かせない私が次に見たのは、上から落ちてくる天井の瓦礫で…。
ドンッと衝撃を受けて、我に返る。瓦礫が私にぶつかる直前、かののんが私を突き飛ばしていた。
「えっ…?」
「必ず護るって言いましたから。」
ニコリと微笑むかののんを、一瞬遅れて瓦礫の山が押し潰した。
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(くそっ!)
ハツネは心の中で舌打ちをした。まさか紅蓮の魔女が自分を犠牲にしてミアを庇うなんて。天井に向かわせた蜘蛛達にミアの真上の部分を崩して落とさせる作戦は上手く行った。あと一瞬遅ければ紅蓮の魔女は私達を無力化していたであろう、ある意味でベストのタイミングで落とすことも出来た。
誤算は、魔女が攻撃を中断してまでミアを優先した事だ。魔女はミアを突き飛ばし代わりに瓦礫に押し潰された。それではまずいのだ。魔女より先にミアを殺さなければ…ミアが生き延びたらレイジに自分の企みが露見してしまう。
考えろ。今すぐミアを殺す方法を。
「ミア!大丈夫か!?」
レイジが呼びかける声を聞いてハツネは、気付いた。自分はそこら中にいる蜘蛛を通して工場全体の様子が把握できているがレイジからは何が起きているのか正確には分からない。
加えて今、ミアと魔女の周りは土埃が舞っていて何も見えていない。
「上野君!魔女が神田さんを殺そうとしているわ!」
「なんだって!?」
魔女がミアを庇ったのは気のせいだという事にすれば良い。彼女の動きに多少疑問は残るだろうが、ミアと魔女の2人とも始末すればどうとでも誤魔化せる。
「いけない!炎で神田さんを焼こうとしている!私の蜘蛛も近づけないわ…。」
「ミアッ!」
「そこよっ!」
レイジの隣にかけより、まっすぐミアの方を指差す。狙い通りレイジは魔剣を創造、ミアに向けて打ち出した。
やった!
全て自分の狙い通りとなり、ハツネは笑顔を隠せない。だがすぐに違和感に気付く。剣がミアに当たってないのだ。
「上野君、魔女は生きているわ。もう一発…。」
「魔剣が消された…?」
「え?」
「弾かれたのでも、溶かされたのでもない…。剣を生み出した魔力そのものが消失した…。こんな事が出来るのは…。」
改めて蜘蛛を通してミアを見ると、彼女は手を前に突き出す姿勢でこちらを睨んでいた。
「ミア!ミア!無事なのか!?」
レイジが呼びかける。ハツネは半狂乱で叫ぶ!
「上野君、撃って!魔女はもう神田さんの首に手をかけているわ!そこ!そこよ!」
半ばハツネに脅されるように、レイジはもう一度魔剣を撃ち出す。
今度はハツネはしっかりと捉えた。レイジの魔剣はミアの1mほど手前で、かき消された。
(『魔力消失』…この土壇場でチートスキルを取り戻したの!?)
ハツネは唇を噛む。どうすれば良い?どうすれば…。そうだ!魔力消失はチートスキルは消せても瓦礫は消せない!
「上野君、直接撃っても剣は魔女に消されてしまうわ!天井に撃って瓦礫を落とすの!」
「え!?何を言ってるんだ!?そんなことしたらミアが!」
「このままだと殺されるわよ!さあ早く!」
「お、おい!恵比寿!?」
もう無茶苦茶だ。だけどミアを殺しさえすれば。その想いがハツネを突き動かす。
「早く!早く!」
ただならぬハツネの様子に戸惑うレイジ。だがその手はいつの間にか天井に向いていた。まさかハツネがミアを殺そうとしているとは思わないレイジは、その必死の様子から無意識に彼女を信じてしまっているのだ。
「さあ!」
そしてハツネの勢いにレイジ負け、魔剣を撃とうとしたその時。
ハツネはトラックにはねられたかのような衝撃を受け、吹き飛んだ。
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「恵比寿!?」
何が起こったのか分からず、焦るレイジ。魔剣を想像する暇も無く、彼も何者かに襟首を掴まれるとそのまま床に叩きつけられた。
「がはっ!」
突然の襲撃者はそのままレイジに馬乗りになる。レイジはそこでやっと相手を視認ふる。
(女の子!?)
レイジに跨った女の子は、片手で襟を掴みもう片方の拳を握りしめ、レイジを殴りつける。
「ぐぅ!?」
そのまま二度、三度、四度…パンチが止まらない。一撃一撃がありえないほど、痛い。骨が粉々に砕けてもおかしく無いほどの攻撃を、数えきれないほどの回数顔打ち込まれて、それでもレイジは自分が死んでいない事が不思議だった。
こんな状況ではとても魔剣は作れない。スキルを使うには一定の集中力が必要なのだ。
死んでもおかしく無い攻撃は止まない。永遠に続くかと思った拷問は、また別の誰かによって終わりを告げる。
「ストーップ。コナちゃん、それ以上やったら死んでまうで。というか既に死んで無い?」
「…死んで無いわ。殴りながら治してるもの。かのんをあんな目に合わせたんだから、簡単に殺したり、しない。」
「怖いなー。でも魔力は温存しとかないと。かのんちゃんを治す分は残しとかないと。」
「…それもそうね。」
「それで、何発殴ったん?」
「覚えてない。」
あまりの痛みに既に正常な思考力を無くしたレイジには、目の前で2人の少女が交わす会話の意味はまるで分からなかった。




