第15話 衝突
ミア先輩のスマホから送られて来たメッセージに書かれた住所、その廃工場に辿り着く。
中に人は…ミア先輩らしき気配があるだけだ。扉を開くと中央の床にミア先輩が寝かされていた。
「ミア先輩!」
罠ですと言わんばかりのシチュエーションだが行かない選択肢は無い。ミア先輩のもとに駆け寄る。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「うっ…。かののん…?」
「良かった、生きてますね!?」
「うん…、助けに…?」
「はい、来ました。無理しないで寝てていいですよ。」
私がそう言って頭を撫でるとグッタリして意識を失ったミア先輩。衰弱してはいるが命に別状は無さそうだ。ここに向かう途中で連絡した冬香が来てくれれば悪いところも治してくれるだろう。
それにしても先輩をぐるぐる巻きにしてるこれは糸…?触れた手がベタベタする。これってまさか蜘蛛の糸か!?
気がつくと私の身体中にも蜘蛛の巣がくっついていた。手を振って巣を振り払うが、振り払った先にも蜘蛛の巣がありまた手にくっつく。まさかこの工場中に蜘蛛の巣が張られているのだろうか。想像してしまったら気味の悪さに背筋が震えた。
「ここは出た方が良さそうだね。」
ミア先輩を簀巻きにしている糸を引きちぎろうと力を入れるが中々上手くいかない。別に糸の強度が強いというわけではなく、目に見えないほど細い糸が数え切れないほどの本数巻き付いているため効率よく解けないのだ。
と、目の前にボトボトと何か落ちてくる。
それはそのままミア先輩の身体の上を這いはじめる。
「蜘蛛!?」
落ちて来たのはタランチュラ…?5センチ程度の毛が生えた蜘蛛だった。タランチュラは私の上にも落ちてくる…というより天井から次々と降り注いできていた。
「この光景はヤバいわ…。」
タランチュラって毒持ってたっけ?私自身は魔力で身体をガードして蜘蛛に咬まれたりはしないが、ミア先輩が咬まれるのは頂けない。魔力の弾で片っ端から撃ち落としていく。しかし蜘蛛は無尽蔵に落ちてくるのできりがない。
であればとりあえずこのまま担いで一旦工場の外に出ようかと思いミア先輩を持ち上げようとしたのだが、体に巻き付いた糸はそのまま床一面に張られた巣と一体になっているようで持ち上げることも出来ない。
絶え間無く降り注ぐ蜘蛛に対処しながら、ミア先輩を絡まった糸から少しずつ引き摺りしていく。もう少しで解けると思ったその時、天井からゾワリという気配を感じた。
思わず見上げた私の目に入ったのは、天井一面に張り付いていた蜘蛛が私達を押し潰さんばかりに一斉に落ちてくる光景だった。
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ハツネはレイジと共に廃工場に向かいながら、蜘蛛を通してかのんの様子を観察していた。
(さっさと炎を出してくれないかしら?)
このまま工場に着いた時に炎を出していなければレイジにかのんを紅蓮の魔女だと認識して貰えない。ハツネは蜘蛛を操りかのんとミアにけしかける。しかしかのんは紅蓮を使わずに蜘蛛を散らした。
かのんの心境としては、紅蓮の術を使わずに対処できるならそうしたい。舐めプしているわけで無く、使う事によるデメリットがあるからだ。
圧倒的な戦闘力を持つ紅蓮の術だが使用中は他の術が使えなくなる…加えて一度紅蓮の術を使うと魔力の質が炎を生み出すためのものに変わってしまうので、実はリアルタイムに紅蓮と他の術を切り替える事が出来ない。具体的には紅蓮の発動後は1時間程度のクールタイムを挟まないと通常の術が使えない。
このあとミアを連れて安全な場所まで避難して冬香と合流する事を考えると、紅蓮しか使えない状況はできれば避けたかった。
もちろんハツネはそんな事情は知らないが、いずれにせよさっさと炎を出してもらわなければ困る。そこで予定を早めて工場の天井中に待機させていた蜘蛛達を一斉に落としたのだ。
これはもともとレイジと魔女が戦っている時の援護射撃として用意していた切り札の一つではある。しかし状況を見て柔軟にカードを切れる、いわゆる必要であれば中ボス相手でもラストエリクサーを使えるタイプ。これはハツネが持つ強さであった。
とは言え状況判断ではかのんも負けて居ない。使わざるを得ないと思ったらすぐに紅蓮を発動する覚悟は出来ていた。
大量の蜘蛛がかのんとミアを押し潰すその瞬間、炎が渦巻きドームを形成し周囲の蜘蛛達を焼き尽くした。狙い通り。ハツネは小さくガッツポーズをした。
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天井から落ちて来る蜘蛛の壁は既に目の前に迫っている。一匹一匹は数グラムでも数千匹が一度に落ちて来たら何十キロにもなる…直撃したら私はともかくミア先輩が危ない。
観念して紅蓮を発動しそのまま私たちの半径5m程度を囲む炎のドームを作り出す。上から落ちて来た蜘蛛はそのまま焼き尽くされ死骸ごと蒸発する。炎を操ってドーム内の蜘蛛も焼き尽くした。ついでにミア先輩を拘束している糸も焼き切る。服はだいぶ焼けてしまったが身体には火傷を負わさずに糸を切る事に成功した。ちょっと目のやり場に困る格好になってしまったミア先輩に自分が来ていたコートを着せた。
「よっこいしょっと。」
ミア先輩を背負って炎のドームを一旦解除する。このドームは内外両側からの攻撃に強いのだが内側にいる私以外の生き物の体力を奪い続ける特性がある。今のミア先輩をこのドームに閉じ込めるのは得策では無いという判断だ。
…ちなみに前に白オオカミと戦った際には冬香も一緒にいたわけだが、もちろんその時も冬香は体力を奪われていた。ただ冬香は魔力による防御で体力減少のペースはかなり遅らせる事ができたのと、そもそもの基礎体力が高いから大丈夫だろうという判断あってのものだった。
「さて、脱出すっか。」
出入り口に目標を定め駆け出そうとしたその瞬間、お腹に熱を感じた。視線を落とすと、鳩尾にぶっすりとミア先輩の貫手が刺さっていた。それも両手。
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やった!思わず声に出しそうになり、ハツネは自分を諌める。『傀儡蜘蛛』を応用した他人の操作…蜘蛛の糸で操り人形にする技だ。異世界にいた頃は強力な糸を持つ蜘蛛の魔物が多かったため十分実用的な技だったが、日本では少なくとも意識のある人間を操れるだけの糸の強度は出せなかった。
ミアを操って魔女に一撃を加えるため、ハツネはミアの口内に一匹の蜘蛛を潜ませていた。日本に来てから毎日魔力を与え続け、糸を強化したとっておきだ。
魔女がミアを背負った瞬間、ここだと判断してミアを操作。両手をそのまま魔女の鳩尾に突き刺した。
魔女はミアを取り落とし、その場に蹲っている。
不意を突かれたかのんだが、決して油断していたわけでは無い。現にハツネがミアを操った瞬間にその魔力を感じとり半ば無意識にミアの手を下に払っている。それが無ければミアの両手は鳩尾では無く肺や心臓に突き刺さっていた可能性が高い。
しかし偶然とは言え紅蓮の弱点をもろに突かれた形になった。紅蓮発動中の身体強化は全身に炎を纏う『紅蓮纏』。ミアを背負っていたためそれが出来ずに身体強化無しの状態だった。炎のドームを展開していれば目に見えないほど小さな火の粉の反射からミアの動きをより早く察知出来たが、ドームは直前に解除している。そんな不利な状況がたまたま重なり、ハツネの不意打ちがクリティカルヒットしてしまった。
1対1、または1対多なら無類の強さを誇るが誰かを護りながら戦うに向かないという紅蓮の術の弱点を、結果的に的確に突けたわけだが勿論ハツネはそれを狙ったわけでは無い。単に運が味方した結果である。ハツネはその強運で、レイジとぶつける前のかのんに致命的なダメージを与える事に成功した。
「…強い魔力を感じた。あそこか!」
「ええ、その角を曲がってすぐの廃工場よ。」
レイジの質問にハツネは平然と答える。2人はそのまま廃工場に飛び込んだ。
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「ぐぅ…。」
ミア先輩を床に置き、魔力の出所を探る。
「そこ、かっ!」
ミア先輩の口の中に手を突っ込み魔力の出所に炎を放つ。申し訳ないけれど異物を取り出す余裕は、無い。ビクンとミア先輩が一度跳ねて、そのまま魔力は霧散した。
「冬香…助けて…。」
この腹の傷はマズイ。結構致命的なダメージだ。このままだと出血多量で死ぬ。
「焼いて塞ぐか…マスタング大佐みたいに二、三度気絶しかけるかな…。」
ハンカチを口に放り込み、紅蓮の炎を傷口に押し当てる。
「ぐうぅぅうぅゔぅぅゔああああああっっっ!」
紅蓮の発動中は痛覚軽減も使えない。腹を直接焼かれる痛みが地獄の苦しみをもたらす。痛みを堪えるために歯を食いしばり過ぎて奥歯が砕けた。ハンカチが薄かったらしい。
「…はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
何とか傷を塞いだが、流した血の量はおそらく1リットル近い。鷲巣麻雀で得た知識では成人男性は1800cc〜2000ccで致死量らしいから、私の場合は1500ccくらいか?だとするとだいぶギリギリじゃないか。頭はクラクラするし、寒気もして来た。
そして傷は応急的に塞いだが乱暴に出血を止めただけだ。ちゃんと治さないと多分死ぬな、これ。
改めてミア先輩を担ごうとするが、持ち上げるだけの力が腕に入らない。やばいな、身体強化無しじゃ持てないぞ。と、廃工場の入り口に人の気配がする。冬香キタ!?これで勝つる!?
しかし運命の女神は私の味方では無かったようだ。そこにいたのは3-Aの魔力持ちのうち2人、上野レイジと恵比寿ハツネだった。
「神田さんを放しなさい!」
ハツネが叫ぶと入り口から大量の蜘蛛が襲いかかってくる。こいつが蜘蛛使いか!
私は紅蓮の炎でその蜘蛛をまとめて焼き尽くす。…魔力は尽きてないのが救いか。
「その炎…お前が紅蓮の魔女か!ミアをどうするつもりだ!?」
レイジが叫んでくる。こいつもハツネとグルか?お前こそミア先輩をどうするつもりだよ。しかし腹の傷が痛み声を出せない。
「…ミアを置いていけ。そうすればこの場は見逃してやる。」
「上野君!?」
「この場は復讐よりミアが優先だ。…紅蓮の魔女の顔は覚えた。」
「でもここで逃したら今度こそ神田さんが!」
「大丈夫、逃しはしないさ…。」
レイジとハツネは何やら言い争っているが、もとより私にミア先輩を見捨てる選択肢は無い。私は手を広げ、ミア先輩を守るように2人の前に立った。
「なるほど、あくまでもやるって事か。」
「…そっちこそ、ここで引くなら、この場は見逃して、あげる。」
頑張って声を張ってみたけど、やっぱり腹痛ぇ。
「ふざけるな。…恵比寿、この魔女は俺がやる。お前はミアを頼む。」
「…ええっ!」
そういうとレイジが『魔剣創造』を発動。産み出された剣が凄い勢いでこちらに飛んでくる。
「はっ!」
紅蓮剣でその剣を横に薙ぎ払う。ミア先輩に当たる可能性がある以上、後ろに逸らすわけには行かない。
「思ったより速いな…。」
ここからレイジまで20mぐらい、剣が見えてから1秒弱で届いたから時速100kmくらいか?弾くだけなら出来るけど、ミア先輩を引きずりながら脱出は無理だな。考えているうちに次の一発も飛んできたので再び弾き返す。今度はレイジの隣にいるハツネの脚を狙って打ち返してみたが、その僅かに横に逸れてしまった。
「キャアっ!」
「恵比寿っ!大丈夫か!?」
「え、ええ、なんとか。」
レイジがハツネに声をかけている隙に、炎を全身に纏う。『紅蓮纏』によるフィジカルブーストだ。このまま距離を詰めて一気に決める!そう思って駆け出そうとするがレイジの周りに大量の剣が出現、一斉にこちらに飛んでくる。
…やっぱり複数本同時に出せるのかよ!
この本数は横に弾くだけで精一杯だ。私の距離を詰める目論見は潰され、その場に貼り付けられてしまった。




