第10話 ミアとレイジ
大喧嘩から一夜明けて、改めて冬香と今後について話し合う。
「だから今やってる潜入調査はちゃんとやりきってくれないと。」
「いいの?」
「受けた仕事を途中で辞めるなんて私が嫌いな行為よ。だいたい中途半端なところで投げ出すのはかのんだって嫌でしょ?危険が少ない仕事ならして貰っても全然構わないわよ。」
「…わかった。」
そんな感じで、とりあえずやりかけの調査はこのまま続行する事になった。あとは今後戦闘が想定されるような仕事は事前に冬香と話し合って受けるかどうか決めること、戦闘時には安易に自分を犠牲にするような立ち回りは避ける…特に肉を斬らせて骨を断つような戦法はできる限りしないことを約束した。
「かのんは回復できるから死ななきゃ良いやって思ってるもの。その意識を変えないとこっちは心臓がいくつあってももたないわ。」
「…善処します。」
ぶっちゃけこれまでとあまり変わってない気もする。だって昨日と同じ状況になったらやっぱり私は同じ判断をするだろうし、冬香もそれは判っているんだと思う。
それでもこうやって向かい合って話をする事で私は粉雪家の人間に一歩近づけたんだと思いたい。
「それで、明日も行くの?」
「明日は受験組が出席するから、これまで視られなかった人たちを確認するチャンスだしね。」
「そうね。…昨日戦った新宿ユキヒロは事故死って事になるのよね?」
「うん。雪守の事後処理で、例のパトカーが事故を起こしてそこに乗ったまま逃げ遅れたことになってる。」
街中の荒事ということで全てを無かったことに出来なかったため、パトカーの爆発炎上は参考人を護送中の事故として処理された。自損事故だと巻き込まれただけの警官達が処分されてしまうので、そこは対向車がセンターラインをはみ出して来ての正面衝突という事になった。
あれだけの事態になってそんな強引なやり方でいけるのかと思ったが、なんとかなっちゃうのが恐ろしいところだ。
テレビのニュースではこの事故が現場の映像と共に報道されていたが、これも明日にはどの番組も取り扱わなくなるらしい。ネットニュースもほとんどのメディアは同様にこの件の続報は報道しない事になっているとのこと。
ちなみに新宿ユキヒロは「別の事件で参考人とされていた未成年の少年」としか報道されておらず今のところネット上での特定もされては居ないようだ。
ちなみに中学校の被害については不審者が暴れ回った事件として処理された。こっちはある意味真実だな!?しかし容疑者不明として迷宮入りする予定なので心配はいらないと言われている。この街に迷宮なしの名探偵君が居なくてよかったよ。
「仮に残りの魔力持ちの人たちがこのニュースから新宿ユキヒロにたどり着いたとして、事故って事を信じるかしら?」
「魔力持ち同士でどれだけ情報共有してるか分からないんだよね。私と有里奈みたいにべったりだったら、事前に魔力付与した対象が雪守に駆除されてる事を察知して注意喚起してるかも知れない。逆に勇者や聖騎士みたいに基本的に関わりなしって関係なら不幸な事故として納得せざるを得ないかなって。」
「つまり、最悪を想定して動く必要があるって事ね。」
「そうだね。だからこそまだこの事故と彼がつながる可能性が低いうちに確認しておきたい。警戒されたら近づけなくなるからね。」
「でも、神田ミアっていう子はかのんの認識阻害を見破ったんでしょ?」
「そうなんだよね…。ミア先輩だけの特技ならいいんだけど、他の魔力持ちもそれが出来たらマズいから明日は休み時間ごとに外から覗いて確認するに留めようとは思ってる。」
それで全員確認できるかはわからないけど。
「ちゃんと危険が認識出来ているみたいで安心したわ。」
「あとはミア先輩が上野レイジからうまいこと情報を引き出してくれる事を期待かな。」
「そんなに思い通りに動いてくれるかしら?」
「どうだろうね。それに上野レイジが本当に異世界召喚されてたとしてもそれをミア先輩に話すかどうかもわからないし。これは「千の備えで一使えれば上等」ってやつだね。」
「そのセリフは死なない為に死ぬほど準備してから言って頂戴。あの人はある意味あなたと真逆のタイプよ?」
こいつは斬魄刀を一本取られたぜ。
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翌日。センター試験が終わり受験組も登校してきて、久しぶりに賑やかな教室でミアは緊張していた。
(上野君、来た。)
いつもと変わらない様子で佇む上野レイジ。仲の良いクラスメイトと挨拶をして着席すると参考書を取り出し勉強をしている。
ちなみにミアは秋口に推薦入試で志望校に合格済みである。
(いつ話しかけよう…やっぱりお昼かな?いきなり一緒に食べようって誘ったら変に思われないかな。)
ドキドキしながら昼休みを待つ。午前中の授業はセンター試験の振り返りだったり、自己採点の結果から志望校を落とさざるを得ない生徒に対する個別対策だったりで基本的には自習であった。ミアはつい上野の方を何度も見てしまう。彼は特に教師に相談する事も無いのか、黙々と問題集に向き合っていた。
昼休み。どうやって話しかけようかと悩んでいると、なんと上野の方からミアに声をかけてきた。
「神田、俺に何か用か?」
「ええ!?ど、どうして?」
「午前中、何度もこっちを見ていただろう。」
「気付いてたの!?ずっと勉強していたのにすごいね!」
「それで、何の様だ?」
「えっと、聞きたい事があるんだけどここはみんなが居るから…ちょっと場所を移していい?」
「…分かった。」
2人で教室を出る。人気のないところはどこかにあったかなと思いキョロキョロと周りを見ながら考えていると上野はスタスタと歩き出した。
「上野君?」
「人が居ないところがいいんだろう?こっちだ。」
迷い無く前を進む上野を慌てて追いかける。彼は化学室の前で足を止めると躊躇なくその扉を開き中に入る。
「ここは誰も居ないの?」
「ああ、確認済みだ。」
ミアは上野に続いて化学室に入ると黒板の前で軽く腕を組んで立つ上野の正面に移動した。
「えっと、上野君に聞きたい事があって。」
「それは教室で聞いた。なんだ?」
「あのさ、夏休み前に上野君が私に聞いたことなんだけど、覚えてる?」
「…ああ。」
「あれってどういう意味なのかなって。」
「妄想だ。忘れてくれ。」
「上野君は異世界に行ってたの?」
「だから、忘れてくれ。」
「もしかして、私も覚えてないだけで異世界に行った事があるのかな?」
「………。」
「もしそうなら、詳しく聞いたら何か思い出せるかなって。」
上野は少し考える様子を見せると、ふいに鋭い目つきでミアを睨みつけた。
「誰の差し金だ?」
「え?」
「半年も経ったこのタイミングで今更そんな事を聞いてくる理由は、誰かから俺に探りを入れるように指示があったからだろう?」
「違うよ、私は上野君の事が気になってて…。」
ミアは一瞬、自分を焚き付けたかのんの顔を思い浮かべる。しかし彼女は相談に乗ってくれただけで、上野に聞くと決断したのは自分自身だ。あくまで自分の意思で質問しているという姿勢を崩さない。だが上野は疑惑の目でミアを見る。
「碌に話した事も無いクラスメイトにか?」
「碌に話した事も無いから、いきなり異世界で愛し合ったなんて言われたら嫌でも意識しちゃったんでしょ!」
それは嘘偽りのない事実だった。クラスメイトから「異世界」「愛し合った」なんてセンセーショナルな単語をいきなりぶつけられたら、その後相手を意識するなという方が無理である。
あれ以来ミアは何かと上野を気にするようになる。すると上野の整った顔立ちや清潔感、真面目な授業態度などに目を惹かれるようになり次第に淡い感情を抱く様になったのだ。かのんはミアをチョロいと称したが、クライスメイトを半年間見続けて徐々に恋に落ちるのはこの年頃の健全な女子としては至って普通の範疇である。
そんなミアの真っ直ぐな想いが届いたのか、上野の態度が少しだけ軟化する。
「確かに一理あるな…。」
上野は少し悩んだあと、ミアに告げる。
「放課後に改めて時間を貰ってもいいか?俺にも心の整理をする時間が欲しい。」
「…うん!」
満面の笑みを浮かべるミア。その笑顔は、かつて異世界で自分に向けられたものと変わらなかった。
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「午前中の授業中、ずっとトイレに篭るのは思ったよりしんどかった…。」
先日ミア先輩に『認識阻害』を見破られた際は強引に誤魔化したけど、今日登校してきた残りの魔力持ちがもしもミア先輩みたいに私の『認識阻害』を見破った場合どうなるかわからなかった。下手すれば敵と見なされて面倒事に発展するリスクがあったから、今日は術を使わずに休み時間ごとに他の生徒に紛れつつさり気なく3-Aを観察、授業中はトイレの個室にこもってやり過ごす事にしたんだけど。
「3-Aで残りの魔力持ちは6人で確定かな。」
なんとか人数は確定、残りの生徒は全員ミア先輩と同じ感じでグレーか。とりあえずスマホに6人の名前を印象と共にメモする。
五反田アキト…妹の恋人?優等生っぽい。
大久保コウメイ…メガネ。地味。
品川ユウキ…陽キャっぽい。
上野レイジ…ミア先輩の異世界彼氏。イケメン。
池袋カナコ…小動物系でかわいい。
恵比寿ハツネ…黒髪ロング美人。
それと故人だけど新宿ユキヒロ…傍迷惑、を含めた7人が魔力持ち。残りの33人はグレー判定。
「このクラスに何があったんだろう。」
さっきミア先輩が上野レイジと2人で出て行くのを見かけたので、上手いこと事情を聞き出してくれないかなあと期待する。というか行動早いな、ミア先輩。恋する乙女は積極的って事ね。
一応ミア先輩から情報を得られなかった時の案はあって、五反田アキトルートとお友達ルートあたりを考えている。
五反田アキトルートはかりんの姉として彼に接触して友好を深めるルート。変則パターンとしてかりんに大体全部ぶっちゃけた上で、かりんから聞いて貰うって方法もあるけれどカワイイ妹を荒事に巻き込みたくは無いので出来ればこの手段は取りたくない。
お友達ルートは偶然を装って誰かに接触、仲良くなって情報を引き出すという出たところ勝負の作戦だ。行き当たりばったりともいう。
「まずは五反田アキトルートの準備かな。かりんには悪いけど2人の関係から彼の素性、性癖と胸派か尻派までしっかりと調べさせて貰おう。」
やる事が決まれば長居は無用、私はさり気ない仕草で学校を後にする。校門を出たところでスマホを取り出し電話をかける。数コールで電話に出てくれる有里奈。
「な、なかいめのコー、ルでスマホをとったきみー。」
―それは著作権的に色々とヤバくない?
「メタい!歌詞変えたけどNGかな?」
―さあ?訴えられない事を祈りなさい。まあ音程もリズムも外してて一瞬何の歌か分からなかったしね。それでどうしたの?冬香ちゃんと喧嘩でもした?
「昨日大喧嘩したけど、もう仲直りしたよ。」
―本当にしたんかい。じゃあ何?デートのお誘い?
「そうそう。例の学校の潜入調査、ひと段落したし相談したいなって。」
―私、一応部外者なんだけど?
「うーん…じゃあそれは口実で、有里奈に会いたいからって理由じゃダメ?」
―しょうがないにゃあ。
「やった!じゃあ待ち合わせ場所送るね。有里奈が好きそうなカフェ見つけたの。」
―あら、気が効くじゃない。楽しみにして行くわね。
「はーい、じゃあまた後で。」
電話を切ると私は渚さんに、有里奈に情報を共有していいか確認する。渚さんからの返事は「そういうのはウチにバレない様にこっそりするのが大人ってやつだよ。まあ今回はメッセージを見る前にうっかり未読削除してもうたから。ウチは何も聞いてないって事で。」との事だった。なるほど。
私は先週の調査時に見つけた学校の近くで見つけたオシャレカフェに入り、有里奈を待つ事にした。
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放課後、改めて人気のない空き教室に移動したミアと上野。
「それで、どこまで聞きたいんだ?」
「どこまでって言われても。じゃあ最初から最後までかな?そうしたら何か思い出せる可能性が少しでも高くなるかもしれないし。」
上野は今のミアに話したところで記憶が戻る事は期待していない。自分たちが召喚した国が滅びた事で帰還時に失うべき記憶とチート能力を引き継いだのだと思っているので仮に全てを話したところで妄想垂れ流しの痛いやつだと思われるのが関の山だ。
だが、それでもミアに話してもいいかと思ったのは、やはり惚れた弱みと、一縷の望みに縋りたかったからだ。
一方で頭の中の冷静な部分はやめておけと告げる。限りなく低いとはいえ、可能性に縋ったら叶わなかった時に絶望をする。だったらこのまま離れた方が良い。
話すべきか話さざるべきか。この時点でまだ上野は迷っていた。だが、続けて紡がれたミアの言葉が彼の背中を後押しする。
「私…きっと上野君の事が好きになりかけてるんだと思う。でも、もしも本当に私が異世界に行っていて、その事を覚えてないんだとしたら、きっと上野君の隣に立てないんだろうって思うんだ。上野君がもつ2人の思い出を私は共有できないって事だから。
それで諦めるのは嫌だなって思ったの。だから、上野君にとっては迷惑な話だとおもうんだけど、話して欲しい。」
ほとんど告白だった。18年生きてきて、初めての告白。当然恥ずかしくてミアは真っ赤になる。それでも自分が真剣だと、決して妄想だなんて上野を笑ったりしないという決意を伝えたくて、真っ直ぐに上野を見つめた。
上野はその姿にもう一度、異世界時代のミアを重ねる。
もしももう一度絶望することになったとしても、目の前にいる少女のために自分ができる事をしなければならないと思った。
「適当な席に座ってくれ。…長い話になる。」
「…うん!」
ミアは3-Aの教室で普段、自分が座っている席に座った。上野はその様子を見て微笑ましい気持ちになる。
ミアの隣に座り、ポツリポツリと話し始める。異世界に召喚された、魔族国サイドの勇者達の物語を。




