第9話 すれ違い
粉雪の家に帰って来た私達を冬香が出迎えてくれる。
「おかえりなさい。…大変だったみたいね?」
怪我は治して貰ったけど、ボロボロのコートは隠しようが無い。心配はさせたく無いけれど「どうだった?」と聞かれようものなら答えざるを得ないわけで、嘘が吐けない冬香相手には始めから全部正直に話すことにする。
「なかなか面倒な事態になったんだ。うっかり横槍が入って暗殺出来なかったのが誤算だったよ。」
「横槍?」
「新宿ユキヒロがネットの掲示板に勇者の電話番号晒したらしくてサイバー警察に見つかって連行されてる最中にパトカーを吹っ飛ばして逃走したから、それを追いかけて渚さんが駆除しようとしたら自分を魔導兵にして抵抗してきたって流れ。」
「あれは強かったね。かのんちゃんが居なかったら討伐失敗していたばかりか民間人に大量の被害が出てたわ。そうなったら雪守でも隠蔽しきれんから危ないところやったわ。というかやっぱりあれが魔導兵やったん?」
「そうですね。自分自身に外付けの魔力を乗せてもパワーアップはしないと思ってたんですけどなんかこの間討伐した白オオカミに似た雰囲気の魔力だったのでもしかすると魔導兵化した対象の魔力を吸収できるみたいな能力だったのかもしれません。」
「それってもしもうちの一族の人間が魔導兵にされてたらどんどん魔力を取られてたかもしれんって事?」
「可能性としては有り得ますね。私達の手に負えるうちに討伐できて良かったですねー。」
「かのんはケロッとしてるけど、かなり綱渡りだったって事よね?」
「まあ勝てたし!渚さんの一閃でスパッとね!」
「あら、渚が留めを刺したの?」
「まあそうなんやけど…コナちゃんからも叱ってやってよ。」
そういうと渚さんは魔導兵を討伐した時の様子を詳しく伝える。
「ふーん、つまり渚の刀を強化するために無理をして魔導兵に吹っ飛ばされてまた死にかけたって事かぁ。」
冬香が冷たく言い放つ。
「いや、死にかけては居ないよ。たまたま吹っ飛ばされた先に教室の柱があって強か打ちつけただけでね?」
「それが危ういって言ってるのよ。」
「…でも思い返してもあれは正しい判断だったと思うな。仮にもっと私のダメージが大きくても即死さえしなければ雫さんがいるから回復は出来たわけだし。」
私の反論に頭を抱える冬香。
「かのんは自分が傷つく事に躊躇が無さすぎるのよ。死ななきゃ安いを現実でやる人は世界中探してもあなたくらいよ?」
「私だって痛い思いをしなくて済むならそれに越した事ないけどさ、大抵与えられた状況がそれを許さないんだもん。それになんだかんだ五体満足で帰って来てるじゃん。」
「私はその都度不安に押し潰されそうになってるんだけど!?
かのんが戦う度にどんな気持ちで見てると思ってるのよ!治るからいいやってホイホイ大怪我して帰って来て、こっちの気持ちは考えたことある!?」
いきなり怒鳴りつけてくる冬香。言ってることは分かるけど、私だって怪我したくってしてるわけじゃ無い。ムッとして言い返す。
「そんなこと言ったって無傷で勝てる相手じゃないんだから仕方ないって言ってるじゃん。なるべくダメージが少なくなる様にはしてるし、そもそも怪我を治すために回復術があるんでしょ?」
「しなくていい怪我を治すために回復術を覚えたわけじゃ無い!」
「しなくていい怪我じゃ無いって言ってんだろ!こっちだって必死でやってんだよ!それを好き好んでやってるみたいに言われたらどうすればいいんだよ!?」
「そんなの知らねぇよ!もっと自分を大事にしろっつってんだろ!」
「した結果がこれだっつってんだろうが!じゃああのままジリジリ追い詰められて渚さんと2人して殺されてろって事かよ!?」
「なんでそうなるんだよ、バカじゃねぇの!?大体本当に渚に止めを刺させないといけなかったの!?自分が殺したく無いからってわざと渚に殺させようとして無理したんじゃないの!?」
「なんだよそれ!?私がそんな卑怯者だって言ってるのかよ!?」
あまりの言い方に頭がカッとなる。思わず拳に力が入った所で渚さんが間に入った。
「はい、2人ともストップ。コナちゃん、今のはいくらなんでも言ったらあかんよ。」
渚に言われてハッとした表情をする冬香。真っ赤にした顔を俯かせ、そのまま部屋を出て行った。
「かのんちゃんもちょっと熱くなりすぎね。コナちゃんは心配してくれて言ってるのは分かるやろ。」
「むぅ〜!」
まだ怒りの収まらない私を見て、渚さんは大きなため息をつく。
「…夫婦喧嘩の仲裁なんてしたく無いんやけど、今回はウチの責任でもあるからね。ちょっとコナちゃんのところに行ってくるわ。雫、かのんちゃんの話を聞いてあげて。」
雫さんはコクンと頷くとソファに座った。その様子を見て渚さんは部屋を出ていく。
感情の置き場が分からなくなってしまった私はそのまま立ち尽くす。
「…座らないの?」
雫さんが不思議そうに聞いて来た。その仕草になんだか毒気を抜かれてしまい、しぶしぶと雫さんの向かいに腰掛ける事にする。
「はい。」
お茶の入ったカップを渡された。そのまま湯呑みを眺めていると「まず一口飲んで。」と促された。仕方なく一口飲んで、カップをテーブルに置く。
「…感情が昂った時は、とりあえず落ち着こう。」
「…落ち着いた。」
「まだ顔が真っ赤。じゃあもう一口飲もう。」
そんな気分じゃ無い。でもここで雫さんに八つ当たりするほど子供でも無い。だから仕方なくもう一口。
「かのんは何に怒ったの?」
「…見てましたよね?」
「うん。でも、感情的にならずに自分の怒りをきちんと俯瞰して見て。それを口に出して、きちんと整理しよう。」
優しく諭す様に話す雫さん。私はフーッと息を吐いてから改めて心の中を吐き出す。
「1番許せなかったのは、私がわざと渚さんに殺させたって発言。でもさっきの冬香の発言は大体全部気に入らない。私だってしたくて怪我してるわけじゃない。そもそも戦うのだって好きじゃ無いし、誰も傷付けないで済むならそうしたい。だけどそうしないといけないから仕方なく戦ってるだけなのに。誰のために戦ってると思ってるんだよ。」
「…誰のために戦ってるの?」
「え?」
「だから、かのんは誰のために戦ってるの?冬香のためなの?」
「そりゃそうだ…です。」
「別に敬語じゃなくていいよ。」
「あ、はい。
…だってそうでしょ?私は粉雪の嫁として冬香の役に立たないといけないから。私が粉雪のためにできるのは戦う事だけだもん。だから精一杯戦ってるのに。」
「それは、冬香が言ったの?自分のために戦って粉雪の役に立てって。」
「それは…、だって私は戦う力があるから冬香と結婚出来たわけで、だから戦って粉雪家に貢献しないといけないって…。」
「もう一度聞くけど、それは冬香が言ったの?かのんは私達に回復術を教えてくれただけで十分粉雪に貢献したし、なんならかのんが一緒に居るだけで冬香は嬉しそうにしてる。別に無理に戦わなくてもしっかり役に立ってるように見えるけど。
だから冬香がかのんを無理矢理戦わせているようには思えなくて。」
冬香は私に、粉雪家のために戦えって…。
「…言ってない。」
「うん。」
「でも私は、冬香と一緒にいるために頑張らないといけないから。」
「うん、それは頑張って。でも別に戦いしか出来ないわけじゃ無いよ。かのんは頭も良いし、努力家でもある。いくらでも役に立てる手段はあるよ。」
「でも、他の奥様方みたいにしっかり当主を支えられないし…。」
「今はまだ、ね。それを言ったら冬香だってまだ次期当主なんだから、一緒に勉強すればいいじゃない。」
…あれ?だったらなんで私はこれまでこんなに必死になって戦っていたんだろう。
「そこがすれ違いの理由だと思うよ。冬香からしたらかのんは自分から危険に首を突っ込んでいる様に見えるんだよ。
…渚がさっき「自分の責任」って言ったのは、かのんを怪我させたからじゃなくて、新宿ユキヒロを仕留め損ねてかのんの力を借りざるを得なくなったからでもなくて、そもそもこの調査自体にかのんを巻き込んだ事。
最高戦力級になったのもあって、てっきりかのんが戦うのを冬香は許容しているんだと思ってた。でも今日の冬香の態度を見て2人の認識の掛け違いに気付いたから、冬香に謝りに行ったんだと思う。」
「…私は戦うべきじゃ無いのかな?」
「それは私に聞く事じゃ無い。でも、私達はかのんの力を認めているのも事実。それに粉雪家の立場だってあるから雪守の人間が軽々しくアドバイスも出来ない。
そういうのをどうするか決めるのが家族だと思うし、相談できないならかのんはまだ粉雪の家族になりきれてないんだよ。」
「家族になり切れてない…?」
「自分を犠牲にしてでも頑張らないとって思うのは、本当の家族じゃない。かのんだって、自分のために冬香が傷付いたら嫌でしょ?」
「嫌です。」
「それが冬香の気持ち。…さっきの冬香の発言だけど、あれは冬香だって自分で滅茶苦茶な事を言ってるって気付いてる。だからかのんに正論を返されて、本当は思ってないことまで言っちゃったんだと思う。
言い方は悪かったけど、かのんを心の底から心配してるのは間違いない。だから、冬香の気持ちをわかってあげた上できちんと話し合いなさい。」
そこまで言うと雫さんは席を立ち扉に向かう。
「じゃあ私と渚は帰るね。…そうだ、かのん。」
「はい?」
「今日はありがとう。かのんが居なかったら渚も私も無事じゃ済まなかった。冬香との喧嘩の原因になったのは申し訳なかったけど、それでも今日のことは感謝している。」
ニコリと笑うとそのまま手を振りつつ部屋を出ていった雫さん。
「…こちらこそ、ありがとうございます。」
残念ながら私のお礼の言葉はすでに部屋を出た彼女には届かなかったけれど、それでも口にせずには居られなかった。
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今日のうちに冬香と話をしようと彼女の部屋を訪ねる。私は喧嘩したあと、翌日なんとなくなあなあで無かった事にって言うのが出来ないタイプだ。昔はよくかりんと喧嘩したし、異世界では有里奈と喧嘩したこともあるけれど、お互いに謝ってきちんと仲直りしてきた。
数日に渡って拗れる事もあるけど、それでも一度感情をぶつけ合ったのをなかった事にはしたく無い。
渚さんと廊下ですれ違う。
「かのんちゃん。雫とは話せた?」
「はい。…冬香に謝りに行こうと思って。」
「そっか。いまコナちゃん大変な事になっとるけど…まあ大丈夫かな。」
「大変な事?」
「行けば分かるよ。それじゃあウチも帰るね。今日はありがとう。」
「こちらこそ。あ、雫さんにはお礼言いそびれちゃったので渚さんから伝えてもらえますか?」
「んー…コナちゃんと仲直り出来たら自分で連絡しな?多分その方が喜ぶと思うで。」
「…そうですね。じゃあ、無事に仲直り出来たらメッセージ送ります。」
「うん、伝えとく。じゃあね。」
そういって去っていく渚さん。その背中を見送り、改めて冬香の部屋に向かう。扉をノックするが返事が無い。
「冬香、入るね?」
中に入ると部屋は真っ暗だった。布団が盛り上がりすすり泣く様な声が聞こえる。
「冬香?」
返事は無い。布団を引っ剥がすと涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をして冬香泣いていた。
「冬香…大丈夫?」
「だいじょぶじゃない…わだじ、かのんに酷いごどいっだぁっ…。」
ズビズビと鼻水を垂らして泣き喚く冬香。
「かのんはわだじだぢの為にがんばっでるのわがっでるのに…わだじが勝手に腹だでで、かのんにやづあだりじでぇ…。ごめんなざぃぃ…、ごめんなざぃぃ…!」
そのままわたしの胸に抱きついて来たのであやす様に頭を撫でた。
「私の方こそ冬香の気持ちに気付いてなくてごめんなさい。」
「かのんは悪ぐないがらぁ…。」
「うん、でも冬香だって私を心配してくれただけなんだし。私だって冬香に酷いこと言ったから、おあいこだ。」
ポンポンと頭を撫でる。冬香は顔を上げて真っ赤にした目で私を真っ直ぐ見つめてくる。
「さっき雫さんにも言われて気付いたんだよ。冬香はこれまで、私が無理に戦わなくても良いように色々と気遣ってくれてたんだなって。
だけど私は粉雪の嫁として認めて貰いたいから無理して戦って…冬香に心配をかけてきたんだ。
イヤイヤやってるつもりじゃなかったし2人のためって思ってたんだけど、でも実際は冬香の気持ちを置き去りにした独りよがりな行為だったのかもしれない。」
「かのん…。」
「だから、きちんと冬香とお話ししないといけないんだ。このままだと私達の溝ってどんどん大きくなっちゃう。…今日、冬香が怒ってくれて良かったんだよ。お陰で私は自分が間違ってるって気付けたんだから。」
冬香は再び私の胸に顔を埋めると小さく呟く。
「私、かのんが好き。」
「…うん。私も冬香が好きよ。」
「いま、ひどい顔してる。」
「知ってる。」
「急に話そうって言われても頭の中がグチャグチャで、なんで言って良いか分かんないよ。かのんは落ち着いててズルい。」
「私だってそんなに落ち着いてるわけじゃ無いんだけど…。」
ただ、取り乱す冬香を見たらなんだか冷静になってしまっただけだ。
「だからさ、明日か明後日か。お互いにきちんと落ち着いて、言いたい事をちゃんと整理してから話そうよ。
でもそれはそれとして、私は今日のうちに冬香と仲直りしたいんだよ。あんな風に喧嘩したまま今日を終わりにしたく無い。」
「私も仲直りしたい。
…どうしたらいいの?」
「お互いにちゃんと目を見て謝ろうか。」
「…わかった。」
冬香は私から離れて、きちんとした姿勢になって私を真っ直ぐに見つめて来る。私も背筋を伸ばして冬香に向き合った。
「これまで冬香の気持ちを蔑ろにして来て、心配してくれた冬香に冷たく返してごめんなさい。」
「私も、頑張ってくれてるかのんに八つ当たりして滅茶苦茶な事言って…わ、わざと怪我してるだなんて酷いことまでいって…、ごめんなさい。」
お互いに頭を下げる。私はすぐに頭をあげたけど、冬香はたっぷり10秒ほど頭を下げていた。おずおずと顔を上げながら、不安そうに呟く。
「…許してくれる?」
「もちろん。冬香は?」
「うん…許してあげる。」
「ありがとう。…おいで?」
両手を広げる。ちなみに私の胸は冬香の涙と鼻水でびしょびしょだ。それでも冬香はそんな事気にせず再び飛び込んできた。
「…ありがとう。大好き。」
ギリギリで聞こえるか聞こえないかくらいの声で小さく呟く冬香。私は返事をする代わりに、頭を優しく撫で続けた。
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雫さんには無事に冬香と仲直りできた事を伝えつつお礼のメッセージを送る。すぐに既読が付いて、親指を立てたスタンプが返ってきた。
渚さんと雫さんのフォローのおかげで冬香とすぐに仲直り出来た。こんな風に私達を心配してくれる人達が周りにはたくさんいて。私って恵まれてるんだなって実感した。




