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第8話 VSクジンシー

 ユキヒロのチートスキルである『魔力付与』は、魔力を持たない相手に外付けで魔力を与えることで、対象の身体機能を向上させる。また対象が得た経験値…具体的には付与中に対象が向上させた魔力総量の、ほんの一部がユキヒロに還元される事で自身も強化される。その程度のスキルであった。

 

 残念ながら異世界時代に鍛えたユキヒロの魔力総量は日本に帰還した際にリセットされている。この数ヶ月で彼は複数の対象に魔力を付与してはいたが、彼らから得られた経験値などはほぼゼロというに等しいものであった。


 それならかのんや冬香など白雪一族の面々が日々魔力の総量や利用効率を上げるためにしているような訓練をして自分自身で鍛えれば良かったのでは無いかという話だが、もともとチートスキルを与えられた彼には「魔力を自分で鍛える」という発想がそもそもない。


 つまり厄介なチートスキルを持っているとは言ってもそれは市井に放たれれば制御できないという事で、雪守が武力で駆除しようと思えば何の問題もなく対処できる程度。それが先日までのユキヒロの実力であった。


 しかし先日かのんに討伐された白いオオカミの魔の物。それに魔力付与をした事で状況は一変した。


 白オオカミは山中の獣という獣を殺し尽くした。その過程でオオカミが得た…ひいてはユキヒロに還元された経験値はあまりに膨大でそれこそ彼が異世界で長い時間をかけて得たものを大きく上回る量であった。

 さらにかのんに討伐されて白オオカミが絶命した際に、本来は与えた分がそのままユキヒロに返るだけだったはずの魔力に白オオカミのものの大部分が混じったのだ。これはユキヒロ自身も把握していなかった『魔力付与』の特性で、魔の物に魔力付与を施した後に対象が絶命すると相手の魔力の大部分を奪う事が出来るというものであった。


 だがユキヒロは返ってきた魔力の質が自分自身の持つそれと大きく異なっている事を感じていた。下手に扱ったらそれこそ白オオカミの魔力に自分を乗っ取られるような気がしたのだ。実はこの予感は的中していて、ユキヒロの魔力に対して成長した白オオカミの魔力が大きすぎて既に彼の器に収まるレベルでは無かったのだ。だから迂闊に自分自身にに還元せずに戻ってきた魔力をそのままキープしておいたユキヒロの判断はその時点では正しかったといえる。


 しかし警察に捕われ、逃げた先で謎の少女に命を狙われたユキヒロはこの魔力を使わざるを得ないと判断した。


 本来自分に施しても何の意味もない『魔力付与』。だが自分の器とは別枠にキープしていた白オオカミから返ってきたこの膨大な魔力を、自分自身に付与する事で起死回生を図ったのだ。


 この試みはある意味で大成功だったと言える。かのんをギリギリまで追い詰めた白オオカミ、その魔力はユキヒロを順当に強化した。ただ彼にとって誤算があったとすれば、自身の総量を圧倒的に上回る魔力を付与した事で彼の魔力の器をあっという間に飲み込み、破壊した。魔力の器はチートスキルを制御するため異世界に召喚された際に作られたものだ。これが破壊されたため彼は付与した魔力を制御する事は出来なくなった。


 暴走した魔力がユキヒロを突き動かす。一瞬で魔力だけでなく精神までも白オオカミの本能の残滓に乗っ取られた彼は、ただひたすら周囲を殺すための獣と化した。あとはこのまま魔力と生命力が尽きるまで暴れ回るだけ、ユキヒロは最後にして最悪の魔導兵となったのである。


------------------------------


 私が渚さんに追いついた時、新宿ユキヒロは膨大な魔力を纏ってその場に佇んでいた。


「渚さん!」


「かのんちゃん。ごめん、仕留め切れずにパワーアップされてもうた。」


「あれ、やばげじゃないですか?」


「やばいね。何がってここが街中って事が一番やばい。一般人を巻き込みかねん。とは言えあれだけの念を纏ってると私の刀じゃもう斬れんから、下手に刺激するわけにも行かなくてぶっちゃけかのんちゃんを待ってたんよ。」


「ああなってからどれくらい経ってます?」


「30秒くらい…急いで来てくれて助かったよ。」


「私でもあれを瞬殺できる自信はないですよ。どこか広い場所に誘い出して戦うしかないかな?雫さん!ナビいけます!?」


 通話状態のまま持ってきたスマホに呼びかけると、欲しかった情報がスピーカーから伝わる。


―かのん達から見て200m前方に中学校がある。2つ目の信号を左に曲がったところ。


「あざます!200mか、ちょっとだけ遠いな!」


「やるしかないかね。」


 覚悟を決めると同時に新宿ユキヒロがこちらを見た。その表情は酷く歪み人間というより獣に近い物という印象を受けた。


「カァッ!」


 地面を蹴ったと私達が認識した次の瞬間にはもう、奴は渚さんの懐に潜り込んでいた。ドンッという音と共に渚さんが後ろに吹き飛ばされる。私が彼女の無事を確認する間もなくそのまま敵は私に殴りかかってきた。攻撃を躱してクロスカウンター気味に顎に渾身の一撃をお見舞いする。普通なら確実に意識を刈り取る攻撃だが残念ながらこの相手に対してはあまり有効ではなかったようだ。


「また魔導兵か…。勘弁して欲しいよぉ。」


 思わず弱音を零しつつ、ナイフを取り出す。ちなみにこれは前回の白オオカミの討伐時に燐様から借りたものと同じモデルだ。白オオカミを相手には毛皮が金属のように硬くてあっさり折れてしまったが、対人なら十分効果があると思って今回新たに用意してもらったのだ。ちなみに拳銃は使いたくても一族内で使用許可を得るのがかなり大変だし、接近戦ならナイフの方が早いってキートン先生も言ってたような気がするから私はナイフを愛用するよ。


 再び襲いかかってきた魔導兵にナイフを突き刺そうとするが魔力による身体強化に弾かれてしまった。やっぱりか!?やっぱり聖剣じゃないとだめなのか!?悔しさを堪えて肉弾戦に移行するが、渾身のクロスカウンターがほとんど効かなかった時点で今の私には碌にダメージを与える事ができない。


 仕方ないので私も覚悟を決める。『紅蓮』の術を発動、身体中に炎を纏わせる。魔導兵は一瞬何かに怯んだ様子を見せたが、しかし一転して仇でも見つけたかのような目でこちらを睨みつけて襲いかかってきた。


 適度にあしらい、反撃しつつ雫さんに教えてもらった学校を目指す。不幸中の幸いか、魔導兵は私にしっかりと狙いを定めてくれたようで周りには目もくれずに追いかけてくる。なんとか一般人に被害を出さずに中学校の校庭に飛び込む事が出来た。


------------------------------


 魔導兵と化したユキヒロには既に自我は残っておらず、目の前のモノを破壊し続けるだけの存在になっていた。渚とかのんに真っ先に襲いかかったのはたまたま目に写ったからである。これは渚とかのんにとっては最悪の事態で、彼がもし一般人を視認していたらそちらを優先して襲う可能性が高かった。だがかのんが『紅蓮』を使った事で状況は好転していた。


 ユキヒロの精神を乗っ取った白オオカミの本能の残滓が、目の前の相手を喰い殺せと告げる。自分を一度焼き殺した憎き仇がそこにいる、と。意志も目的も無く全てを破壊し尽くすだけの存在が復讐に染まったのである。事情を知らないかのんが紅蓮を使ったのは単純に戦闘力の強化のためであるが、それが結果的に魔導兵を引きつけることになったのは僥倖であった。


 かのんを殺さんと飛び掛かっては躱され、殴りかかってはいなされ、良いように翻弄される。本能で動いている魔導兵は誘導されている事に気付かずに半ば機械的にかのんを狙い続けた。魔導兵にとして保有する魔力の総量としてはユキヒロの魔力が合わさった今の方が、白オオカミの頃よりも多い。しかし野生の獣がもつ勘と狡猾さ、生存本能すら亡くした今の魔導兵を御するのはかのんにとって比較的簡単な事であった。


 いつの間にか中学校に誘き寄せられた事にも気付かないままかのんを狙い続ける魔導兵。周りを気にする事なく留めを刺したいかのんだったが、ここに来て魔導兵の猛進が彼女にその為の時間を与えない。


 右腕を骨折してしまい、左手一本しか使えないかのん。魔導兵の攻撃をやりごすためにどうしても無理な体勢で避ける事が多くなる。両腕が使えれば自然な動作で攻撃を躱しつつ一瞬の隙を見つけて炎で剣を構築する『紅蓮剣』を発動できるのだが、今はその一瞬のタメを産み出すタイミングを計りかねていた。


 このまま千日手となればいずれどちらかの魔力が尽きる。本能のまま魔力を垂れ流し消費し続ける魔導兵と、戦闘時にこそより効率的な魔力の運用を無意識に行えるかのんでは、もともとの魔力保有量の差を考えても後者に軍配が上がるのは明白であったがそれでもかのんには相手の自滅を待つという戦略は取れない。何故ならここは街中で、既に大きな音に反応した人が様子を見に来ている気配を感じているためである。人払いの結界が使えればこのまま消耗戦に持ち込むのやぶさかではないが、それが出来ないのであれば人が来る前に決着をつける必要がある。


 ここに来て『紅蓮』の術の「使用中は他の術が使えなくなる」という弱点がじわじわとかのんを追い詰める。だがそれでも焦って無理に攻めるような事はしない。ここに来て彼女は全盛期…魔王と戦った時のような、感覚の鋭さを取り戻していた。かのんはこのまま膠着状態が続けば遅くて数分、早ければ1分ほど後には一般人がこの場に来てしまうと気付いている。仮にそこで一般人が巻き込まれたとして、それでも無理をしないだろう。今1番してはいけないのはこの場で魔道兵を取り逃すことで、その優先順を崩した瞬間戦況は悪い方に傾くからだ。


「懐かしいな…。」


 異世界での魔王との決戦を思い出し、思わず呟いた。あの時もひとつの判断ミスも許されない激闘であった。最優先は回復薬である聖女アリナが倒れない事で、その為に残りの3人は死力を尽くした。勇者コウが猛攻を仕掛け聖騎士ユキが守る。どちらかが魔王の攻撃を受けたら一旦下がり聖女が回復し、その間は魔女カノンが穴を埋める。魔王が聖女を狙っても必ず誰かがカバーできる体制を維持しつつを少しずつ、少しずつ魔王の力を削ぐ戦いだった。稀に大技に対して連携が崩れるとそこから1人2人と重傷を負う。その場合、動ける誰かがとっておきの切り札を切って僅かな時間の余裕を産み出してその隙にリカバリーを図った。


「あの時は聖剣と聖盾を犠牲にして倒すための隙を作ったんだよね。」


 残念ながらこの場には聖剣も聖盾も、その使い手も居ない。だがかのんは落ち着いてこの事態を好転させる機会が訪れるのを待った。それが来るのが先か、一般人がここに来てしまうのが先か。


 そのまま魔導兵の攻撃を捌き続けて数十秒、待っていた好機が近づいて来るのを察した。かのんは攻撃を躱しつつ少しずつ魔導兵の動きを誘導して、首を斬り易い位置に移動させる。


「ごめん!遅れた!」


 中学校に渚が飛び込んでくる。


 その瞬間、ついに魔導兵の攻撃がかのんを捉えた。


------------------------------


「いたた…。」


 ふと気が付くと地面に転がっていた。


「ああ、ぶん殴られて意識飛ばしてもうたんか…。」


 どれくらい気を失っていたのだろう。周囲を見回すがまだ人が集まって来ている様子は無い。何分も寝てたなら流石に一般人に見つかってそうなものなので、そう時間は経っていないと判断した。


「かのんちゃん?」


 この場にいない相棒の名前を呟く。新宿ユキヒロを倒したのだろうか?魔力探知の範囲を広げる。


「…あかん、めっちゃ戦っとる!」


 200m先、おそらく先ほど雫が教えてくれた中学校と思われる場所のあたりに2つの大きな魔力があるのを察知した。詳しく探知すると、2つともその場に留まっているわけではなくすごい速さで衝突しているようだった。


 傍に転がっていた刀を拾い上げ、そちらに向かって走り出す。


 中学校までおよそ200m、20秒程度の距離を走る間に気配察知で周囲の様子も確認する。


「あかん、かのんちゃん人払いも出来てないやん!」


 学校から繰り返し聞こえる衝突音に、周辺住人が数人外に出て様子を見ようとしているのを察知した。

 

 慌てて人払いの結界を準備する。既に学校を覗いてる人が居たとしたらその者には効かないが、それ以上の人は来なくなる効果は期待できる。


 学校が見えた瞬間、校庭全体に結界を張った。そのまま正門から校庭に飛び込むと新宿ユキヒロだったものとかのんちゃんが激しい肉弾戦を繰り広げられていた。


「ごめん!遅れた!」


 声を掛けてそのまま新宿ユキヒロに斬りかかる。


 だがその瞬間、新宿ユキヒロがかのんちゃんを殴り飛ばした。まともに攻撃を受け校舎に吹き飛ばされるかのんちゃん。窓ガラスを突き破って教室から物凄い音がする。辛うじてガードはしていたようだが、あれだけの勢いだと教室に衝突したダメージも大きいはずだ。


 新宿ユキヒロは私には目もくれず、かのんちゃんに追撃しようと腕を振りかぶり教室の方を見た。


 私はその無防備な首に刀を振るう。


 これだけ濃密な魔力で守られていると私の刀では首を落とせない。それでも、かのんちゃんが体制を整える時間をわずかでも稼ぐためにこちらに注意を向ける必要があると思ったのだ。例えその後の反撃で殺される事になったとしてもほんの一瞬の時間を稼ぐ。そんな覚悟を込めた一撃。


 振り抜いた刀は、自分でも驚くべき事に何の抵抗も無く相手の首を斬り落としていた。


「…あれ?」


 予想外の結果にビックリして相手の様子を伺う。そこには一瞬前まで新宿ユキヒロだったものの首と身体が転がっていた。


 驚いて自分の手元を見ると、愛刀の刀身が炎に包まれていた。轟々と燃えているのでは無く、薄い炎の膜て覆われているような様子。興味深く眺めていると炎は徐々に薄くなり、ものの数秒でいつもの刀に戻っていた。恐る恐る刃に触れるが、熱さは無い。


「渚さん、ナイスです。助かりました。」


 教室から全身ボロボロのかのんちゃんが身体を引きずりながら出てくる。


「かのんちゃん!無事やった!?」


「なんとか生きてます。学校を壊しちゃいましたけど…。」


 そう言って背後を見る。そこには爆発事故でもあったかの様な様子の教室があった。


「事後処理はお任せしていいんですよね?」


「うん。何とかして貰おう。」


 私はスマホを取り出し雪守の事後サポート部隊を呼び出す。もともと新宿ユキヒロを自宅付近で仕留める予定だったので想定よりも被害が大きくなった事で親父…当主に小言は言われるかも知れんけど。


「これでOK。雫も呼んだからかのんちゃん、怪我治して貰い?」


「そうですね。このまま帰ったら流石に冬香に怒られちゃいます。」


「どんな感じ?」


「両腕バキバキです。右腕はパトカーに乗ってる警察官を助けた時にやっちゃったんですけどね。左はさっきのパンチをガードして。あとは吹っ飛ばされた先で背中を思いっきり柱の角にぶつけてて、痛みとしてはこれがぶっちぎりですわ。」


「あの警察さん助けてくれたんやね?ありがとう。それにしても背中はヤバいね。選手生命に関わるよ。」


「左手は添えるだけ…折れてて無理ですね。私は花道にはなれません。」


「ところでかのんちゃん、コレに何したの?」


 私は刀を指差す。


「ああ、私の魔力でコーティングして斬れ味を強化したんですよ。渚さんの剣の腕なら絶対一撃で首を落としてくれると思ったので。」


「確かにスパッと斬れたけど…自分でやった方が確実やったんやない?」


「コイツ、隙が全然無くて攻撃用の術を使う暇が無かったんです。ほんの一瞬でも攻撃しようとしたら即ぶっ飛ばされるなって感じで。案の定渚さんの刀を強化した瞬間殴られちゃったじゃないですか。」


「それってもしも私がさっきの一撃で首を落とせなかったらかなりヤバかったんちゃう?」


「一発貰っただけでこの有様なんでそのまま押し切られたかも知れませんね。でも渚さんなら大丈夫って確信してたので。私が自分で止めを刺そうとするより断然勝率が高かったんですよ。」


 ニコリと笑うかのんちゃん。こんな笑顔見せられたら相談もなく無理な戦法をとったことを咎められんやん…。


「まあそういう事にしといたるわ。」


 そのままこの後の流れについて確認していると雫がやって来た。かのんちゃんと、ついでに私も治療をして貰っていると遅れて事後サポート部隊の黒服さん達がやってくる。新宿ユキヒロがパトカーに乗せられたところからの状況を伝えて現場引き継ぎをする。あとは黒服さん達に任せる事にして私達は帰りの車に乗り込んだ。


相変わらずバトルの描写が苦手です…。そこそこ苦戦してる雰囲気が感じて頂けたら幸いです。

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