第5話 潜入調査
冬休みも終わり、今日から授業再開。なのだが私は渚さんから預かった制服に袖を通す事になる。チェックのプリーツスカートがかわいくてちょっとテンションが上がる。
「どう?かわいい?」
「はいはい、かのんはかわいいわよ。」
「よせやい、照れるじゃねえか。」
「自分で聞いておいてその反応。」
「じゃあ行きますか。」
自分の学校に向かう冬香と駅までは一緒に登校だ。
「結局全クラス確認するのよね?」
「うん、まあ例のクラスの他にも魔力持ちが居ないかってのを確認しないといけないから30クラス全部確認が必要って言われてる。」
ちなみに今回私は雪守から「最高戦力級の粉雪かのん」として正式に依頼を受けている。つまり何かあった時は武力での制圧も必要という事だ。
「ささっと見れば3日くらい?」
「カメラに映らない様にするともうちょっとかかるかな…。」
『認識阻害』は周囲の人間が私を気にしなくなる術だが、カメラ越しだと効果が無いという弱点がある。つまり授業をやっている最中に廊下をフラフラして監視カメラに映ってしまうと管理人さんがコラ!どこのクラスの誰だ!と言いに来てしまうのである。
私を意識して探している人にも『認識阻害』の効果が無いということで、移動はなるべく他の生徒に混じって行う必要がある。
また、人にちょっかいをかけたり大きな音を出したりして注目を集めると術の効果が切れるのでその辺りも注意が必要だ。
「基本的に授業の合間に移動してどこかの教室に潜り込みつつ一人一人確認していく感じになるかなあ。」
「あら、結構大変なのね。」
「もらった図面に思ったよりカメラが多かったんだよねぇ。」
ネズミ1匹通さない程では無いにしても、授業中に好き勝手にすぐに動いたら見つかるぐらいにはしっかり監視している。
駅で冬香と別れた私は記憶した道順に沿って潜入先の高校に向かう。次第に登校してくる生徒達が増えて来たのでその流れに混じって校門から堂々と侵入。玄関に入ると誰も使ってなさそうな靴箱にローファーを突っ込み持参した上靴に履き替える。
「まずはカメラの場所を実際に確認しますか。」
何せ各学年10クラスの全30クラスだ。焦って動いても仕方が無いので下準備をきっちり行おう。
教室がある校舎に付いているカメラの位置をひとつひとつ確認していると予鈴がなる。あと5分でホームルームだ。
私はそのまま適当な教室に入り、黒板の前を通過。窓際に立って正面からクラス全体の様子を窺う。まだ8割くらいしか生徒はいないし、みんな着席もしていないがざっと視た限りでは魔力持ちはいなさそうだ。
ここは確か1-Fって書いてあったな。このままGHIJと見ていこうかな。とりあえず全員来るまでは待つか。
残念ながら最後の生徒が滑り込んできたのはHR開始のチャイムがなってからだったためこのタイミングで隣のクラスに移動は出来なかった。担任の先生が入って来て出席を取る。運良く欠席者は居なかったので、1-Fは全員シロという事だ。
連絡事項を伝えて担任が教室を出るのにそのままついていく。1限目の授業が始まる前の5分間で隣の教室を覗く。お、みんなちゃんと着席してるな。感心感心。このクラスも空席は無いので全員いると見ていいだろう。そのまま一通り全員を確認。よし、1-Gもとりあえず全員シロ。
調子が良かったのはここまでで、そのまま1時間目が始まる直前に1-Hに滑り込んだものの教室には誰も居なかった。時間割を見ると1時間目は「音楽」と書いてある。しまったあ、全員音楽室に移動済みか。
しかし今から教室を出るとカメラに映ってしまう。仕方なく私は適当な席に座って時間を潰すことにする。初っ端からスカを引くのはつらたん。
そんな感じで休み時間ごとに1〜2クラスの様子をチェックして、昼休みになった時点で1年後半クラスFGHIJ組までの確認が完了した。
「ここまでは全員シロ…H組から先は何人か欠席してる日人もいたけど、これは後日確認かな。」
そのまま購買に向かう。お昼のご飯を用意して居なかったのだ。昼休みの購買はそこそこの列ができて居た。私は認識阻害を解除して列に並ぶ。そうしないとおばちゃんからパンを買えないし、列にも並べないからだ。
うっかり他の生徒に絡まれても何せ1200人も生徒がいるのだからやり過ごせるし。まあ列に並んでる人はみんな友達同士で話すか手元のスマホに御執心なので多分大丈夫だろう。
私の番が来た。どれにしようかな。まあ無難なのでいいや。適当にメンチカツパンを注文、おばちゃんから受け取って会計を済ませる。
お釣りを受け取るとそこに1人の女子生徒がやってきた。
「あの、スミマセン!さっき頼んだパン、違うのだったんですが…。」
「ああ、ごめんね!交換するよ!」
「あの、メンチカツパンを頼んだのにこのコロッケパンでした。」
「はいはい。…あー、ごめんよ、メンチカツパンはこの子に売ったやつでお終いだったわ。金額は同じだし、コロッケパンじゃだめかい?」
「えー…。でも仕方ないですね、わかりました…。」
ガックリと肩を落とす女子生徒。なんだかかわいそうになったので声をかける。
「あの、私べつにそこまでメンチカツパンに拘り無いのでコロッケパンと交換してもいいですよ。」
パッと表情を輝かせる女子生徒。
「いいの!?」
「はい。あ、ここだと邪魔になるからちょっと列から外れましょうか。」
購買の購入列から外れた私たちは改めてパンを交換する。
「ありがとう!でも本当にいいの?この購買のメンチカツパンって人気なのに。」
まじかよ、適当に選んだのに。
「全然平気っス。お姉さんが笑顔が何よりのごちそうです。」
「何それ、変な子!2年生だよね、何組?」
ちなみに女子生徒は3年生だ。見分け方は簡単、ネクタイのストライプの色が学年ごとに違うのである。1年生は赤、2年生は黄色、3年生は水色である。私は渚さんから全学年のネクタイを預かって居たが、念のため潜入する学年のネクタイをつけて行動することにしていた。
午後からは2年生の教室を見ようと思っていたので今は黄色のストライプのネクタイをつけていたのである。
「いやいや、お礼をしてもらうほどの事はしておりませんぜ、旦那。」
「何それ、お礼してもらう前提のセリフじゃん!まあお礼にジュースくらいは奢るつもりだったけど。」
「いや、そういえば今日はコロッケパンを食べないと死ぬことになってたんでお姉さんが私の命を救ってくれたってことで、それで帳消しでいいっスよ。」
「えー、それじゃあ私の気が済まないよー。」
「このくらいでジュースを奢ってもらうわけにも。じゃあ今度同じ様に困ってる人がいたら私の代わりに助けてあげてくださいよ。10貰ったら自分の1を上乗せして11にして次の人に渡すってやつです。」
「それ、等価交換を否定してるね。あなたって鋼の錬金術師なの?」
「いえ、紅蓮の魔女です。」
「え?なにそれ?そんなキャラいたっけ?」
「いや、なんでも無いっス!厨二の病だと思って全力で忘れて下さい!」
「あはは、面白いね!でも本当にお礼はいらないの?」
「あ、じゃあお姉さんのお名前だけ教えてもらってもいいですかね?それをお礼代わりに。」
「なにそれー、連絡先とかじゃなくていいの?」
「まずはお名前からで。次の機会があったら連絡先を聞いて、その次に趣味と好みのタイプを聞きますんで。」
「ふふふ、本当に面白い子だね。ミアだよ。3年A組の神田ミア。よろしくね!えーっと…。」
「あ、かのんって言います。」
「かののんだね!よろしく!」
「のは1つで大丈夫っスよ?かのんです。」
「うん!覚えたよ!じゃあね、かののん!メンチカツパンありがとー!」
大きく手を振って去っていく。私も手を振ってその背中を見送った。
「3年A組、神田ミア先輩。グレー。」
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「初日の成果は?」
「3年A組は何かありそう。」
「3年A組って例の3人が在籍するクラスやろ?いきなり本命を当たったん?」
「先に1、2年生から見ていこうと思ったんだけど、たまたまそのクラスの人と知り合ったんです。」
私は昼間のミア先輩とのやりとりを渚さんに話す。
「いきなり接触するとはやるねえ。グレーって言うのは?」
「魔力はあるけど彼女は使えないと思う。なんて言うか、自発的な流れがないっていう感じで…。」
「なるほど、だからグレーね。それってかのんちゃんの訓練を受ける前のコナちゃんみたいな感じ?」
「うーん、ちょっと違うかも。冬香の場合は潜在能力があるけどそれが眠ってる感じで、ミア先輩の場合は能力はあるけど固まってる感じというか。感覚的なものではあるんですけどね。」
「ウチらはよう分からんからその感覚が頼りなんやけどね。かのんちゃんから見て、神田ミアは管理対象?」
「そこも含めてグレーで。もうちょっと時間下さい。」
「オッケー。じゃあ続報期待してるで。」
私が通話を終えると冬香が部屋に入って来た。
「お疲れさま。順調?」
「ぼちぼちかな。どうしたの?」
「はい、これ。」
冬香から手渡されたのはノートとプリントの束であった。
「今日の授業のプリントとノートね。学校に来ない期間の分は持って来てあげるからちゃんと勉強もしておきなさいね。」
「ひぇぇ。」
私は受け取ったノートをめくってみる。
「赤と黒しか使ってないのにすごく見やすくまとまってるね。さすが冬香。」
「そう?ありがとう。」
私なんて冬香より30年も長く勉強してきているのに未だにノートの取り方がヘタクソである。気付くと教科書の太字にほとんどマーカーひいてあるタイプです。
「じゃあ遅れを取らないようにしっかり勉強もしますかね。」
「あまり根を詰めすぎないようにね。」
「大丈夫!寝不足は回復術でなんとかなるから!」
「それを期待して無理するなって話よ。」
「まあほどほどにするよ。」
そう言ってさっそく取り掛かる。昼は潜入、夜は勉強。だーれだ?正解はかのんでした!
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潜入調査を開始して今日で4日目、意外と調査が難航している。
「3年生の出席率が低いんだが?」
なんとセンター試験直前で受験予定の生徒は自由登校期間となっているらしく、既に進路を決めている生徒以外はほとんど出席していなかった。
1、2年生の全てのクラスの調査は終わっていて、年明けから一度も出席していない数人の生徒を除けば全員シロ…魔力は無かった。
そして3年生。全体の2割程度しか出席していないものの、3-Aの生徒以外は全員シロである。
「問題はこのクラスだよなあ。」
私は3-Aの教室を眺める。
なんとこのクラス、出席している全員がグレー…ミア先輩と同じく「魔力はあるけど固まっていて流れていない」状況である。
「肝心の新宿ユキヒロ、大久保コウメイ、五反田アキトが来てないんだよね。」
この異常な状況は渚さんにも伝えてある。センター試験が終われば一度全員出席する事になっているらしいのでその後に出直した方がいいのでは?とも思ったが、出て来ている範囲でいいので3-Aの様子を数日間監視してほしいとの要望を受けたため私はこの教室の目立たない窓際一番後ろの席…どうやらここは欠席中の五反田アキトの席らしい…に座って後ろから全体を監視していた。
こんな状況で授業が成り立つのかと思いきや大半の授業は自習である。先生によっては教卓に座って質問を受け付けている事もあるが、黒板に「自習」とだけ書いて出ていく授業すらある。そうなると女子はおしゃべり、男子はスマホかゲーム機を取り出して手元に夢中だ。
せっかくなので一人一人詳しく観察するとそれぞれ魔力の質が微妙に違う事に気がつく。例えば私の3つ前の席でずっとスマホをいじってる男子生徒の魔力はなんとなく赤い感じで、その隣でノートに何か書いている女子生徒は少しピンクががっているような感じ。
これはそう見えるというか「なんとなく感じる魔力の色のイメージ」というさらに曖昧なものなので説明が難しいが、なんにせよ質が違うという事だ。
私はそのまま目線をミア先輩に移す。先輩は椅子を後ろに向けて後ろの席の女子と何か話している。写真を机に出して紙の上に並べたりしているので、たぶん卒業アルバムの作成委員的なものなんだろう。
もちろんミア先輩とその後ろの席の女子にも魔力はあり、先の2人とは質の違う。
そのままなんとなくミア先輩を観察する。丸っこい顔にクリッとした目が可愛らしい。髪は染めておらず、ゆるふわウェーブは天然か毎朝の努力の成果か。滅茶苦茶可愛い!ってほどではないが話した時のノリの良さや愛嬌から男にモテそうなタイプではある。私が未婚なら口説いてるね。
そんな風に観察していると、ふと彼女が顔をあげてこちらを見る。もちろん認識阻害の術を使っているので私には気が付かないはずなのだが、ミア先輩は何か変なものを見た様な顔をしたあと目をゴシゴシと擦り改めてこちらを見ると納得のいかない顔でまた視線を机の上に落とした。
私が見たところこのクラスにいま出席している10人は全員が固まった魔力を持っていて、その全てが質の違うものだった。
チャイムが鳴って昼休みを告げる。ほとんどの生徒はそのまま教室を出ていく。ゲーム機を持って出て行った彼は他の教室にいる友人と一狩りするのだろうか。
さて、私も購買に行きますかと思っているとミア先輩が私が座る席に向かってくる。
「やっぱりかののんじゃん!」
なんと彼女は認識阻害中の私に気が付いていた。私は警戒レベルを引き上げつつ彼女に応えた。
「どうも、久しぶりっス。ミア先輩は今日もメンチカツパンですか?」
「今日はお母さんがお弁当作ってくれたから…。そうじゃなくて、なんでかののんが五反田くんの席に座ってるの!?このクラスじゃないし、なんなら2年生だよね?」
なんならこの学校の生徒ですら無いんですが。
「あれからミア先輩の事が忘れられなくて、こっそり会いにきちゃいました。」
「ふぇ!?」
「いつバレるかなーってヒヤヒヤしてたんですけど、意外と誰にも気付かれないもんですね。私って忍者の才能もあるのかとちょっと有頂天になりかけてました。ミア先輩が気付いてくれなかったら進路調査に「忍術学園」って書いちゃうところでしたよ。あぶあぶ。」
「いつからいたの?」
「さっきの授業が始まった時からですね。」
本当は朝からだけど。
「あ、そうなんだ…なんか卒アルのスナップに全員載ってるかなって確認してる時、この席に座ってたの誰だったって?って思って見たらかののんが居るような気がして、あれーってなったんだよね。それで今見たらやっぱりかののんが座っててビックリしたよ。」
なるほど、この席を意識して見たら違和感に気付いたと。…あり得なくは無いんだけど、その程度で見破られるほどの術では無い。
「あー、この席に座ってなければ気付かれなかったんですね。次からは天井に張り付いてストーキングしますね。」
「しなくていいから!っていうか何で私をストーキングしてるのよ!?」
「だからミア先輩の事が忘れられなくて。先輩、彼氏とかいます?…あ、それを聞くのは次回の約束でしたっけ。今日は連絡先だけ聞いてもいいですか?」
このまま勢いでごまかしてこの場を離れようと思いスマホを取り出す。
「彼氏なんていないから!連絡先は…メッセージアプリでいい?」
「はい、私もそれを主に使ってるので。」
お互いのIDを交換する。
「はい、これで私とかののんはお友達だね!」
「まずはお友達からってやつですね。」
「なんでそうなるのよ!」
「あれあれ、いきなりもっと深い関係をお望みで?残念、私はそこまで軽い女では無いのでまずはお友達からでお願いします。」
「逆だよ逆!お友達以上にはならないって言ってるの!」
「む、もしかして先輩、好きな人いますね?それじゃあ仕方ない、私は大人しくお友達ポジションに収まる事にしますから安心して下さい。」
「す、好きな人なんていないよ!…気になってる人は、居るけど…。」
適当な会話で繋いでいたら切り上げるタイミングを失ってしまった。私はもう少し恋バナに付き合う覚悟を決めて椅子に座り直した。




