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プロローグ

 クリスマス会の翌朝。かのんは朝食を取ると実家に帰って行った。年末年始は白雪の年始行事が優先されるので帰省するタイミングが無い。なので今日から2泊3日で廿日市の家に帰る事は前から決まっていた事ではある。


「それにしたって、逃げるように出て行くことないじゃない?」


 私は右手のリングを見ながら呟いた。


 昨夜、かのんが語ったこれまで話さなかった異世界での出来事。確かに想像を絶する経験をしてきたわけだが、それを聞いたところで私のかのんへの想いが揺らぐ事なんてない。


 かのんは異世界で多くの命を奪った。戦いが続く内に精神が疲弊し、有里奈さんのサポートがあってどうにか生きていた期間が数年間もあった。

 

 そして大きな戦いで無理をしたせいで魔力枯渇…そのまま精神が砕けてしまった。その時も有里奈さんの回復術によって奇跡的に生還。ただしその時の後遺症あり、それは日本に帰ってきた今でも残っていると言う事だ。


「罪悪感を感じない事と、自分への執着が薄い事…。」


 前者は、何をしても罪の意識が沸かない。つまりどれだけ非人道的な事をしても感情のブレーキが効かないと言う事らしい。だが異世界ではそのおかげで精神を持ち直しその後の戦いを乗り切ることができたそうだ。

 戦いが終わった後は無感情な殺人マシーンになる事を恐れて人を殺す事を禁じ、それは日本に帰ってきた今も自分への縛りとして課しているとのことだ。


「そんなこんなで魔王を倒したと。」


 決戦の末魔王を倒して凱旋。しかし王国の人々は日本に帰すという約束を破ったばかりか、かのん達を殺そうとしたらしい。しかしその可能性も考慮していたかのん達はそれを返り討ちにしたという。


 そのまま王城を焼き落とした後、日本に帰る方法を探して旅に出たかのん達。しかし探せば探すほどそんなものは無いという結論に近付いてしまい、実はこの頃がある意味で一番辛い時期だったと彼女は語った。「みんな、日本に帰る事だけが目的だと思い込んでたからね。実は一番執着していたのが私で、みんなは私に合わせてくれてたんだと思う。だから帰るのを諦めようってみんなに言うのを私は何ヶ月も悩んで悩んで言い出したのに、わりとあっさり同意されちゃった時は逆にこっちが驚いたんだ」。自虐的に笑って語ったかのん。


 帰る事を諦めたかのん達は、お互いに結婚する事にしたものの実現前に勇者が病死。それと同時期にかのんが妊娠したため、有里奈さんを1人きりにしないため子供のもう1人の母親になって欲しいと打診して有里奈さんがそれを了承。その後は生まれた子と4人で暮らして居たが数年で聖騎士だった旦那さんも病死。どうやら異世界から召喚されたものは皆この病気にかかり死んでしまうようだと推測したかのんと有里奈さんは残された時間を娘さんと精一杯生きる事にした。


 その後十数年で有里奈さんも病死。そこから5年後、娘さんを嫁に行かせ無事に役目を果たしたかのんも病死…したと思ったら召喚かれた翌朝に、17歳の姿で帰ってきていたと。


「改めて壮絶というか…あの子って人生一回やってきてるのよねぇ。」


 そう考えると人生の大先輩のはずなんだけどな。確かに魔術に関しては大先生で間違い無いんだけど、見た目と言動の幼さのせいでどうも年上に見えない。

 でも酒好きなところとムッツリスケベなところはオヤジくさいからそのあたりは精神年齢相応かしら。


「あとは精神崩壊の後遺症、か。罪悪感についてはまあいいんだけど、もう片方が問題ね。」


 自分への執着が薄い件。これはかのんも元旦那に指摘されて気付いたようだが、どうも「自分のために」何かをするモチベーションが上がらないと言う事らしい。

 そんな事ないように見えても、無意識下で「こうすれば周りが心配しないだろう」という打算で動いており純粋に自分のために何かすると言うことが出来なくなっているみたいだと分析していた。

 とはいえかのん自身こちらはさほど困っておらず、例えばかのんが自分自身のために幸せになると言う事に対してはモチベーションゼロなのだが、それがイコール私の幸せに繋がるとなれば義務感からやる気が出る。ある意味究極の利他的な人間になっているわけだが、日常生活に支障は無いらしい。


「そんなこと言われたら、私がかのんに幸せになれって強要しているみたいじゃない。」


 私がかのんに幸せになろうって言ったのは、そういう意味じゃ無い。2人で心から幸せになりたいと思うのだ。


「これはそのうち有里奈さんにも相談したいな…。」


 かのんが心から自分の幸せを願えるようになるために、私は何が出来るだろう。


---------------------------


「ふーん、ついに冬香ちゃんにあっちでの事を話したんだ?」


 私はスタバのラテを飲みながらかのんの話を聞く。朝から話をしたいと呼び出されて、昨日会ったばっかりだし大体今日はクリスマスだぞ?私が彼氏とデートする予定だったらどうするんだよ、まあ彼氏なんていないから暇してたけど!と思いつつ駅で合流。

 どこでも良いというので目についたスタバでカフェりつつ話を聞けば、昨晩ついに異世界時代のなんたらかんたらを冬香ちゃんに全て話したとの事だ。


「それで冬香ちゃんにフラれたから慰めて欲しいって?」


「フラれてないよ!ラブラブだよ!」


「ちょっとそこの女子ー、ちょいちょい惚気るのやめてー。それにしてもよく話したわね。ちょっと前まで話す勇気が無いとか言ってたクセに。」


「そこなんだよ、有里奈…。」


 かのんは顔を真っ赤にしている。怒ってるのと違うな、これは。


「もしかして、思い出し恥ずかしがり?」


「そう!そんな感じ!」


「何を恥ずかしがる事があるのよ?」


「正直まだ話すつもりなんてなかったんだよ、昨日は!」


「うん、それで?」


「ぶっちゃけ雰囲気に酔っちゃって…。」


「はぁ。」


「夜は冬香と2人でお酒を飲みつつプレゼント交換してね、」


 ああ、その右手の指輪と左腕の時計ね。


「そのあと2人で見つめ合って、そうするとムラムラしてくるじゃん?」


「ストップ、ストップ!そこの描写は飛ばして良い!てか飛ばせ!」


「むぅ…まあ色々と致して、その後お布団の中で冬香が「話して欲しい」って言ってきて…。」


 飛ばせっつったろうが。色々と致したとか変に想像しちゃうからやめてくれよ。てか飛ばしてこれならコイツ最初はどんなエロトークするつもりだったんだ?


「それでお酒飲んでたのもあるけど、ちょっとその場の雰囲気に酔って流されて全部話したんだけどね。」


「別にフラれなかったなら良かったじゃ無い。」


「そう、そこは良かったんだよ!」


「だから何が問題なの?」


「ちょっと酔った勢いでさあ!私なんか「悲劇のヒロインです」的な空気感を出しつつ物語調に語っちゃったんだよね!異世界での30年を!」


 うわぁ。


「黒歴史確定ですやん。」


「だよね!?最初は酔ってたから自分的にも良い感じで語ってたんだけど、途中でふと我に帰って「あれ?なんで自分こんな語り口で話してるんだろう?」って思っちゃって、でもそこでまだストーリー的には魔王を倒してないの!

 そこで急に話し方変えるのもおかしいじゃん?だから後半は素面で悲劇のヒロインかのんちゃんのストーリーを冬香に語る事になって!しかもアドリブで!」


「やべぇよ、やべぇよ…。」


「やっと話し終えた後には恥ずかしすぎてそのまま震えてお布団に潜って隠れたんだけど、そしたら冬香がポンポンって叩いてきてくれて。あれってどう言う意味かなあ!?やっぱり痛いと、思われてたのかなぁ!?」


「知らないけど、私なら痛すぎて直視できない。」


 何なら私まで恥ずかしくなってきた。、


「うわああぁぁぁ…。」


 顔を真っ赤にして頭を抱えるかのん。冬香ちゃんならそんな痛さもひっくるめてかのんを受け止めてくれると思うけど、悶絶するかのんが面白いから黙っておく。


「これに懲りたらお酒は控えなさい?あなた40過ぎても酒癖悪かったんだから。」


「ほろ酔いだったんだよぅ…。」


「それで翌日こんな愚痴に付き合わされる私の身にもなってよ。」


「おいしいとは思ってるでしょ?」


「それは間違いない。」


 こんな面白い話を一番最初に聞かせてもらえるのは役得である。話を聞いてくれたお礼にとラテも奢ってもらえたし。


「これからどうするの?」


「年末年始は白雪の年明け会合があるから、今日から3日間実家に帰るんだ。」


「なるほど、年末年始に実家でゴロゴロ出来ないのね。大きい家に嫁ぐと大変ね。」


「有里奈は年末年始に実家でゴロゴロするの?」


「その予定。たまには顔を見せないと。もう往復の新幹線もとったし。」


「じゃあ次に会えるのは年明けだね。」


「その時には自分に酔ったかのんを見て冬香ちゃんがどう思ったか、ちゃんと聞いておいてね。」


「無理無理、本気で勘弁してください!」


 アハハと笑ってかのんと別れた。さて、1年ぶりの実家…なんだけど私にとっては25年ぶりくらいの家族との再会だ。泣く事は無いだろうけど、やっぱりそれなりに楽しみではある。みんな元気かな。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新&新章開始、お疲れ様です。 酔った勢いで>黒歴史?告白 あっちの方はかのんが病んでいく描写を読むのが怖くてところどころしか読んでませんが、クズ王国を焼却処分はスカッとしました。 家族と…
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